【小松左京氏追悼エッセイ】「小松左京先生のこと」有村とおる

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 子供の頃、ギリシャ神話を読んで空想を広げると、想像の世界にはオリンポスの神々が実在していました。想像世界の実在感があまりに強かったので、ギリシャはすでに失われた国、アトランティスやムー大陸のような伝説の世界にちがいないと感じていました。やがてギリシャが地中海に面した国であり誰もオリンポスの神々を信じていないと知ったとき、私の心の神話は崩壊して不思議な違和感だけが残りました。
 小学生のときから物語を読むのが大好きで、とくにSFを手当たりしだいに読みふけったためSFが空想の中で身近な存在になっていました。40年前に豊田有恒さんの書いた作家たちのゴシップ、星新一さんの漏らした悪口の話に笑い転げながら、どこかSF作家が現実の人間と感じられず、オリンポスの神々のように想像世界で生き生きと活躍している人々に思えていました。小松左京先生はそうした伝説の巨人たちの中で、ひときわ大きなスーパーマンでした。
 小松先生と初めてお会いしたのは、第5回小松左京賞受賞パーティの直前です。そのとき豊田有恒さんや堀晃さんといった慣れ親しんだ本の中でしか名前を見たことのない方々とお会いできて、まるでアポロやポセイドンが突然目の前に現れたような既視感と幸福感に襲われたのをはっきりと覚えています。思わず、聞こえないように小さな声で「本物の小松左京だ」とつぶやいてしまいました。
「日本アパッチ族」で小松先生の名前を知って以来、いったい何冊の本を読んだことでしょう。私が小説らしいものを書き出したのは30代の半ばになってからです。短編のSF小説を毎年1篇ずつ書いて3回ほど公募賞に応募しましたが、最終選考に残った作品が酷評されてから小説を書くのを止めて、日本の作家の書いたSFを読まなくなりました。ですから小松左京先生のイメージは20年前に凍結されて、大きなからだと丸々したお顔で永久に歳をとらないスーパーマンの姿のままでした。実際にお会いしたときずいぶんお痩せになっていて、スーパーマンも歳を召されるのだと驚きましたが、短い会話で示された広範な知識と鋭い頭脳は想像を超えていました。メス蜂に擬態するハンマーオーキッドのお話は強く印象に残っています。肉体は衰えても精神はスーパーマンそのもので、本物にお会いしても私の神話は崩れなかったのです。
 受賞した「暗黒の城」はSF小説として書いたものではありません。長編を書き終えて、公募の小説賞を探していたところ、かつて耽溺した小松左京の名前を見つけたのです。「小松左京賞」という名称は、私にとって重みのあるものでした。図らずも受賞に至り、本物の小松先生とお話しできた私は本当に幸運だと感じます。
 受賞以来作品を発表していない私は不肖の弟子ですが、小説を書く意欲を失っていたわけではありません。7月にApp Storeに「ほら、ピーちゃんが飛んでいる」という長編の電子書籍を上梓しました(App Storeでは「ピーちゃん」というアプリ名称)。ここ3年間、私の生活と精神を占領してきたかしこい文鳥と財務省による「二重課税」、それに対する行政訴訟を描いたノンフィクションノーベルです。ようやく小松先生に読んでいただいても恥ずかしくない作品を発表できたと思っていた矢先に先生の訃報に接するとは、言葉もありません。
 せめて3年間全力で書いた物語を世に広めて、先生への手向けにしたいと思っています。



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