【小松左京氏追悼エッセイ】「ただただ、残念です」長山靖生

(PDFバージョン:tadatadazannnenndesu_nagayamayasuo
 日本は今、一番指導を仰ぎたい人を失ってしまいました。
 小松左京先生は日本SF界の牽引役であったばかりでなく、二十世紀後半の日本を代表する知の巨人でした。今更、私ごときが言うことではありませんが、先生の知的好奇心はきわめて旺盛かつ柔軟で、文学はもちろん、先端科学から社会・政治、さらには落語や芸能界にまで幅広く、かつ深く及んでいました。SF大会などでお目にかかると、話題があまりに豊富で、しかも冗談混じりであちこちにジャンプするので、戸惑うこともありました。しかしお別れした後で、会話の文脈を反芻してみると、話題転換の背景に先生の明晰な思考の軌跡が察せられ、その鋭さとスピードに驚嘆したものです。お忙しいなか、それでも若輩者にアドバイスしてやろうと、あれこれ圧縮して話して下さっていたのだと思います。さすがはコンピュータ付ブルドーザー。
 古典SF研究会をはじめた時は、横田順彌先生の仲介を得て、名誉会長をお引き受け頂きました(たぶん、先生ご自身はお忘れになっていたと思いますが)。そして機関紙「未来趣味」を創刊する際には、さすがに原稿をお願いするほどの非常識さは湧かず、それでもけっこう図々しいのでインタビューをお願いしたら快く応じて下さいました。それを巻頭談話として掲載させて頂きました。
 近年は車椅子での出御となり、「小松左京マガジン」最新号に載っていた写真ではすっかりお痩せになっていて、不安な気持ちになっておりました。また神戸文学館で開催されている小松左京展で、先生ご自身の講演も公開インタビューも予定されていないと知って胸騒ぎを覚えていました。しかしそれにしても、日本沈没のときにお亡くなりになるとは……。
 石川喬司先生や筒井康隆先生によれば、東日本大震災、そして東電の福島第一原発放射能汚染事故といった惨事の後も、小松先生は「日本人は必ずこの困難を乗り越えるだろう」とおっしゃっていたそうです。しかし正直なところ、少なくとも今の私にはそのようには思えません。小松先生と共に、日本の希望が失われてしまったような思いに捕らわれています。気力が湧かないのです。「立ち直らなくては、立ち直らなくては」と思いながら、先生の本を読み返しています。



長山靖生プロフィール