「ロングテールの共通項」山口優

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『世間に私がどう見えているのかは知らない。が、私自身にとっては、海辺で戯れつつ、ときおり、いつも見るよりも滑らかな石や、かわいらしい貝殻を探し出し、楽しんでいる少年にすぎない。未発見の偉大な真理の海を目前にしながら』
――アイザック・ニュートン

 インターネット上の商取引の興隆とともに、ロングテール、という用語が人口に膾炙して久しくなりました。本などの商品売り上げのグラフを、縦軸を売り上げ数、横軸を書名として、売り上げの多い書名の順に左から並べると、売り上げの低い書名がずっと長く右の方に並ぶそうです。この、高さは低いけれどもずっと長く続く部分が恐竜の長い尾のように見えるため、「ロングテール」と呼びます。アマゾンに代表されるインターネット上の店舗は、書棚スペースという制限がないためにこのようなロングテールの部分の商品も多く取り扱っており、既存の書店にないアドバンテージを得ることができます。
 この用語はネット店舗のアドバンテージを説明することだけに使われてきましたが、私は最近、日々の生活で、それが豊かさと直結していることを感じています。つまり、豊かさとは、ロングテールのような多様でマイナーな選択肢を許すような環境のことではないかと。
 たとえば、テレビ番組です。私はテレビを殆ど見ないのですが、その理由の一つは、選択肢が一〇程度しかなく、そのどれもがあまり私の趣味嗜好に合致しないことに依るものです。ケーブルテレビにすれば、その一〇倍ほどのチャンネル数になるのでいいのかもしれませんが、それよりは動画サイトでも見ていた方がおもしろい。
 或いは、新聞の論調なども。一〇紙に満たない主要紙はそれぞれ互いに異なる論調を展開しているように見えますが、取り上げるニュースの傾向やそれに対する論調は、その他の見解をブログ等の他のメディアで知っていると、いかにも単調で変化のないものに思えてきます。
 結局のところ、マジョリティを支配する少数の商品なり番組なり論調なりは、それらとは別のところに重心を置く立場から見ると、とても変化に乏しく面白みのないものになります。この部分は、テールの対義語として、ヘッドの部分と呼ばれるのですが、何しろ大部分を占めているにも関わらず変化に乏しいので、ロングテールの多様な生態系が熱帯雨林だとすれば、沙漠にも等しい無味乾燥とした大地です。或いは、多様な生態系を包含する海洋を目前にした砂浜のようなものかもしれません。
 但し、社会には共通項が必ず必要で、共有する価値観が何も無くなれば社会は崩壊してしまいます。今までは、そういうこともあって、社会として、共通項をできるだけ厚くしよう、という無意識或いは意識的な圧力がかかっていたのではないかと思われます。尤も、書店などは、物理的な制約によってヘッド部分に偏っていたのだと思われますが、一方で新聞・テレビ等のマスメディアにおいては意識的に、社会の共通項的な認識・価値観の維持を一面では目指していたのではないかと思います。確かに、現在の社会を維持するために何らかの共通の価値観は必要ではあります。
 ただ、それは、社会の将来における価値観を模索する試行錯誤の部分――つまりは、広い意味での文学や芸術、あるいは言論活動には似合わない考え方ではあるでしょう。フランス革命において果たされたルソーの著作の役割や、一九三五年、それに二〇一〇年にノーベル平和賞を受賞した人々(カール・フォン・オシエツキー氏、劉暁波氏)の著作や言論活動が与えた影響を考えるとき、社会において共有されるマジョリティと呼べる価値観とは異なる見方が、その社会の未来へ向けた発展にとって、非常に――時に死活的に――重要だと分かります。換言すれば、ロングテールが象徴する豊さとは、社会の発展の多様な可能性ではないかと思うのです。
 冒頭のニュートンの言葉は、科学者としての彼の謙虚さを示すと同時に、彼が『海』を意識し、飽くなき探求心を以てその全体像を――あるいは、そのあるべき姿を――見極めようとしていたことを示しています。ロングテールを意識し、そこに重心を置く立場とは、このニュートンの立場に近いのではないかと、私はしばしば考えます。彼が想定していたのは人間社会ではなく宇宙の法則ですが、人間が科学を駆使して周囲の環境を変えていく努力を幾何級数的に増大させていくならば、宇宙の物理法則にもいつか手をつけることができるようになるかもしれません。そうなったとき、人間社会のあるべき姿は、宇宙の物理法則のそれと同じ意味になるでしょう。いずれにせよ、今あるものだけに満足せず、もっと深く大きな可能性があるのだと意識し続けることが重要なのだと考えます。
 ロングテールにこのように積極的な価値を見いだすならば、備えなければならない共通項も見えてきます。それらが多様に主張する価値観が、単にヘッド部分と同じだがそれよりも劣っているがゆえにヘッドになれない、というものではなく、その価値観ひとつひとつが、ヘッド部分の価値観と同じ、あるいはそれ以上にきちんとした、説得力のある立場であること。それが必要ではないかと思います。
 SFというのは、なかなかマジョリティになれないジャンルではあります。ですが、科学的リアリティを以て来るべき社会のイメージを膨らませることのできる『ソーシャル・フィクション』としてのSFを捉えたとき、これほど社会の発展の多様な可能性を提示できる分野もありません。但しそうなるためには、リアリティと、それに由来する説得力が殊更重要なことは間違いないことも事実です。そのことを意識しつつ、この価値ある分野の発展のために、私も微力を尽くしたい――そう考えています。



山口優プロフィール


山口優既刊
『シンギュラリティ・コンクェスト
女神の誓約(ちかひ)』