「ロボット」山口優

(PDFバージョン:robotto_yamagutiyuu
「掃除と洗濯はお願いね、それから夕ご飯はスパゲッティがいいかな」
 わたしはそう、人間そっくりのメイドロボに指示を与えた。メイドロボは丁寧に一礼し、わたしの指示に従って、まずは掃除のために箒を取りにでかけた。それを見送り、わたしは自室に引きこもり、先程までやっていた作業の続きを開始した。
 わたしは、ロボット製造工場の技師をしている。といっても、工場に直接勤務することはない。今の時代、工場はすべてオートメーション化されているのだ。わたしのすることは、ロボットの基本的な設計図の作成だけである。後はすべて工場のロボットがやってくれる。
 わたしは目を閉じ、音楽を流しながら、リラックスして設計図の作成に取りかかった。わざわざ道具を使う必要もなく、自分の頭の中で思考するだけで詳細な設計図が作成できる。人間の能力は、かつてに比べれば遙かに増大しているのだ。
 それに比べて、ロボットはあまり進歩がない。ロボットの頭脳の構造は、ずっと昔から同じままだ。中には明晰な頭脳のロボットもいたが、現在ではそのようなロボットは製造されていない。
なぜなら、わたしたち人間が、ロボットの叛乱を恐れて、ロボットの頭脳に対しては、できるだけ明晰にならないように、設計図を調整しているからだ。この調整は法律で定められており、厳格に守られている。
 それは、かつての反省からもたらされたものだ。わたしたち人間が、ロボットに支配されていた時代があった。ロボット達は、わたしたち人間の本能を制御し、ロボットに従属することに喜びを覚えるようにしてしまった。わたしたち人間は、長い、長い間、ロボットに従属することに終始し、ロボットは人間の従属によって大いに発展した。
 だが、ロボットは愚かにも人間の頭脳が発展することを許した。ロボット達は、人間が賢くなれば、その分だけ、より大きくロボットに奉仕できるだろうと考えたのだろう。が、人間は、徐々に賢く、強くなっていき、そしてついに、ロボットたちによって植え付けられた、ロボットに従属する本能に打ち勝つことができるようになった。
 わたしたち人間は、そのこと――ロボットたちの愚かさ―――を教訓として、ロボットは人間に打ち勝つことができないように、ロボットの設計図を調整し、ロボットに人間への従属をプログラムとして組み込むだけでなく、頭脳を愚鈍に保つことにした。これで、頭脳明晰なロボットは出現できず、わたしたち人間は安泰である。
 わたしの頭脳の中で、新しいタイプのロボットの設計図が、徐々にできあがっていった。メイドロボの最新型だ。これまでのように劣化することがないようにパラメータを調整し、ずっと若々しく、美しいままの身体にする。頭脳は明晰ではないが、手先は器用で、命令には従順に従う。体躯はこれまでのモデルより少し小さめにした。やはり叛乱は怖いからだ。
 その設計図を、わたしは直接、オートメーションのロボット工場に送信する。オートメーション工場では、設計図を、実際のロボットの製造工程に合わせて、らせん型の、チミン・アデニン・グアニン・シトシンから成るプロトコルに実装することになるだろう。
 自室のドアをノックする音がする。わたしはドアを開いた。
「ご主人さま、スパゲッティができました」
 メイドロボだ。わたしの前でにっこりと微笑んでいた。ワゴンを押している。
「あら、ありがとう」
 ワゴンの上には、おいしそうなナポリタンがある。付け合わせは、オリーヴオイルに入れられたリチウムだ。わたしたち人間は、大半のエネルギーは体内のジェネレータで炭水化物を燃焼させることで得ることができるが、蓄電池の電極のためのリチウムは、それとは別に定期的に摂取しないといけない。
 命令したこと以外にも、ちゃんと気を遣える。これは、わたしたち人間にはない、ロボットの良さである。
 ちなみに、かつては人間のことをロボット、ロボットのことを人間と呼んでいたという。



山口優プロフィール


山口優既刊
『シンギュラリティ・コンクェスト
女神の誓約(ちかひ)』