「地獄のクリスマス」―豆腐洗い猫その5― 間瀬純子


(PDFバージョン:jigokunokurisumasu_masejyunnko
『読めば読むほどむなしくなる! かわいい猫の妖怪、豆腐洗い猫の悲惨な冒険』


一、地獄の葉緑素


 豆腐洗い猫は、上司である一神教の神によって、宇宙の公団住宅の地下にある地獄に派遣されることになった。
 
 そのいきさつはこうである。
 一神教の神は宇宙の公団住宅の一階に住んでおられた。一神教なので一人暮しで、お部屋は簡素であった。豆腐洗い猫は庭のすみっこに宅配ピザの空箱を敷いて寝床にしていた。
 庭に、色々な種類の『つる植物』が生え広がってきたので、下僕の豆腐洗い猫はせっせと草むしりをした。
「取っても取っても生えてくるにゃー」と猫はひとりごとを言った。
 宇宙の公団住宅の空に当たる部分は真っ黒い暗黒星雲だかブラックホールだかに覆われ、いつも宇宙は暗く、光合成など不可能なはずである。
「こんなに暗いのに、なんで草が生えてるんだろうにゃー」と豆腐洗い猫はまた、ひとりごとを言った。
 宇宙の公団住宅名物、びっしり敷かれた玉砂利(一個一個の小石の中に無垢な乙女が入っている)の合間から、つるの先端の芽が鎌首をもたげ、うなだれた青い花がかすかに光っている。

 神がサッシ窓を開け、言われた。「行って、汝のなすべきことをせよ」
 すると庭に穴が開き、豆腐洗い猫は宇宙の公団住宅の地下の地獄に落ちた。

 地獄は洞窟だった。洞窟の大ホールである。鹿威し(ししおどし)のカーンという音がする。
 豆腐洗い猫が着地すると、いっしょに穴に呑まれた玉砂利がざーっと落ちてきて、玉砂利の内部に閉じ込められた乙女たちが歌った。
 玉砂利は猫の頭にぶつかってつぎつぎに割れ、真っ赤な血がばさーっと出て、柔らかい毛をびしょびしょに濡らした。にゃーー! ぎゃーーー!!!!
 豆腐洗い猫は慌てて走って逃げようとしたが、その瞬間にころんだ。見ると後ろ脚に、つる植物の太いつるがからみついているのだった。猫くらいの大きさの葉っぱがぎざぎざに裂けている。猫がじたばたすると、別の種類のつる植物の、つややかな黄色と緑色のまだらで、猫より大きな葉っぱが、顔に貼りついて猫は窒息しそうになった。
 こいつらが宇宙の公団住宅にまで伸びているようだった。猫は顔から葉っぱを剥がすと、いっしょうけんめい、前足でつるを切ろうとしたが、つるはすごくじょうぶだった。その間にも玉砂利がバラバラと落ちてきて、ぐしゃっと潰れながら、血を流しつつ、たわごとを歌った。
『罪、甘美なる』
『嗚呼、地獄よ。黒い翼のはえた堕天使たちの棲むところ』
『クローンの堕天使たちの楽園の地獄よ』『カフカの流刑地みたいに、私の肌に鮮血で描かれる地獄曼荼羅……』

 ようやくつるをほどいて、豆腐洗い猫は走って逃げた。
 地獄は意外と明るい。今、猫のいる位置のすぐ背後には、濡れた岩の壁が迫っており、電信柱が、岩壁に沿って立ち並び、電線には一定間隔を置いて高輝度の電球が光っていた。
 背後の壁と向かいあって、豆腐洗い猫の十数メートル前方にも、切り立った岩壁が伸び広がっている。濡れた岩壁は背後の壁と同様、点々とついた明るい電球に照らされている。
 前の壁と後ろの壁、それぞれに沿って並んだ二列の電球の光は、洞窟の左右奥深くまでつづいていた。洞窟は左右にトンネル状に伸びているようだった。
 やけに輝度の高い電球は、電照菊などを育てるために使う植物育成用ランプだった。電線には、電球と並んで、金紙を切り抜いて作った星や、イカやコンブや靴下がぶら下がっている。
 植物育成用ランプのおかげで、猛々しいつる植物が、洞窟にもかかわらず這い伸び、天井にまでへばりついている。ほとばしる生命力とともに、天井から葉緑素がびしゃああああっと降ってくる。

 鹿威しがカーンと鳴った。
 洞窟のホールは、和風庭園になっていた。大谷石の灯籠をつる植物が埋めつくしている。
 つるの陰にかすかに見える御影石の敷石をぴょんぴょんと飛びはねて、豆腐洗い猫は、枝折り戸の下の隙間をくぐり、茅葺きの茶室を覗いた。
 猫しか入れないような小さな入口が開いている。茶室の中には誰もおらず、畳のかわりにイカとコンブとフジツボが敷き詰められ、茶器に盛られた緑色のお茶は葉緑素汁だった。

 猫が茶室の外に出ると、また、カーンという激しい打撃音がした。豆腐洗い猫はびくりとして飛びあがった。鹿威しにしては音が大きすぎる。
 
 豆腐洗い猫は目をしばたたかせ、きょろきょろと地獄の和風庭園を見まわす。
 右手の奥深くに、緑色の壁が見えた。鉄枠に緑色のナイロンネットが張られている。そこにさらにヘチマやゴーヤなどの『緑のカーテン用植物』が繁茂し、大きな実が折り重なってびっしり成っているのだった。

 ネットと緑のカーテンに、豆腐洗い猫のいる側と反対側から、野球のボールがすごい勢いで当たり、ネットが大きくふくらみ、かろうじてボールを受け止めた。
 
 ネットの向こうは、宇宙の地下の地獄バッティングセンターであり、元・プロ野球チーム『豆腐谷(とふだに)トーテムズ』の最強打者・孤高の天才・非業の死を遂げ、天上に昇り来たりて神となりぬ牧貝東五郎選手が打撃練習をしていた。
 彼がスパイクで玉砂利を踏みにじると、宇宙の公団住宅名物の玉砂利入りの乙女たちが歌った。
『かくのごとく神々しい英雄に踏みにじられる幸福』
『乙女たちの抑圧された欲望、
 抑圧されたいという欲望、の地獄……の幸福』
 そしてぐしゃっと潰れ、血が流れた。
 牧貝東五郎選手が、ピッチングマシンから放たれた時速四〇〇キロの剛速球を猛打する。バッティングセンターの横には、地下の川が流れており、玉砂利の乙女たちの血は、川に流れ込むのだった。
 牧貝選手が打った球がネットに当たり、緑のカーテンに成ったヘチマやゴーヤやきゅうりの実が葉緑素をまき散らしながら、爆発した。生臭い植物の匂いとともに、緑色があたり一面に広がる。
 
 血の赤と、葉緑素の緑、
 赤と緑のクリスマスカラーで、地獄はいつもクリスマスなのだった。
 鹿威しのカーンという音と、牧貝東五郎選手の打撃の音が入り混じり、洞窟じゅうに響きわたった。
 乙女たちが歌った。『素敵なクリスマスライフのご提案……』
 メリークリスマスと書かれた葉っぱがどさっと落ちてくる。


二、地獄のクリスマス釣り


 豆腐洗い猫は、前方の岩壁に向かってちょっと斜めになった地面を、つる植物に脚をとられながら下っていく。茶室の先には、すっかりつる植物に埋まった石庭がありその先には巨大なクリスマスツリーが立っていた。
 ツリーは高さ三メートル以上あり、サツマイモのつるがびっしり巻きつき、上のほうではトウモロコシのヒゲがざーっと垂れていた。てっぺんにはゴーヤの黄色い花が、植物育成用ランプの光を受け、星のように輝いていた。
 クリスマスツリーにはイカやコンブの他、プレゼントを入れる靴下もぶら下がっている。

 豆腐洗い猫は、地上で豆腐屋さんに飼われていたころ、みんなでクリスマスのお祝いをしたことを思いだし、悲しくなった。
 豆腐屋さんのご主人も奥さんも、ご隠居夫妻も子供たちも、一家総出で、せっせと豆腐ケーキを作り、心をこめて猫が豆腐を洗う。そして、跡継ぎの豆腐太郎(とふたろう)くんが、豆腐ケーキにショウガとミョウガとカツオ節をかける。ちゃんと、クリスマス特製醤油もつける。
 お客さんたちは、リボンをかけた豆腐ケーキの箱をかかえ、幸せそうにおうちに帰っていく。
 お店を閉めたあと、疲れた猫が厨房で寝ていると、豆腐屋さん夫妻が夜中にこっそり猫の枕の上にプレゼントを置いておいてくれるのだった。猫が、赤地に金の縞が入った立派な包装紙を爪でかつかつ破くと、カツオ節や『銀のスプーン三つ星グルメお魚づくし』が出てきた。にゃー! 
 そして『これからもずっとよろしくね』と書いたお手紙も一緒だ! 
 
 豆腐洗い猫はしくしく泣いた。でも気を取り直した。

 やがて豆腐洗い猫は、地底を流れる川のほとりに出た。
 川は、トンネルになった洞窟の、豆腐洗い猫から見て右奥、すなわちバッティングセンターの横から流れてきて、左奥へ向かって、ゆるやかに流れていくのだった。川の対岸はすぐ岩壁で、岩壁に沿って電柱が並び、電線に植物育成用ランプがぶら下がって、川面を照らしていた。ヘチマやきゅうりが水に浸かっている。

 水流の水はとろとろと、血と葉緑素で濃いスープのようになっている。いつもクリスマスである地獄の川では、救世主がほとほとと流れてくるのだった。その他にも、遠くから訪れる神『まれびと』や『ヒルコ』なども流れてくるのだった。

 一神教の神様は、部下というか下僕というか奴隷である豆腐洗い猫に向かい、なすべきことをせよ、とおおせになった。救世主が流れてくるのだから、猫ちゃんがやることは決まっている!

 豆腐洗い猫は、人間のお年寄りがシャツの背中から竹製の『孫の手』を引き抜くように、やわらかい毛に包まれた頭蓋骨の後ろから、背骨をくいと抜いた。頸椎や腰椎はいっしょに抜いたが、仙椎や尾椎は体の中に残してある。猫は、第一頸椎と第二頸椎の間に、かわいい猫ヒゲを結び合わせ、釣り竿を作った。
 釣り針は、しっぽの先をちょっと切って、曲げて鉤しっぽにしたものを使う。

 川岸に、巨大な鯉が、大量に積み重なって、みな同じように、口を開いてエラをバタバタ動かし、まん丸い目で猫をじっと見つめながら流れてきた。餌を投げてくれないだろうかと期待しているようだった。

 豆腐洗い猫は釣り糸を川に投げこみ、川岸の石に腰かけ、釣りを始めた。天井からモグラが落ちてくるので、猫はモグラのおしりから腸を引き抜いてポリポリ食べた。ついでにおなかを裂いて、内臓占いをした。来年の豆腐洗い猫の運勢は、『いいことはあまりないです』だった。『艱難辛苦が汝を玉にす』
 にゃーと猫は思った。

 竿に手応えが来た! 猫は一生懸命、釣り竿を引いたり押したりした。背骨で出来た釣り竿が、椎間板のところでしなる。脊髄神経がブチブチ切れた。

 釣りあげると、獲物は無邪気そうな、若い真っ黒い犬だった。びしょぬれの毛並みは黒いビロードのようであった。しかし、犬は精悍でも利発でもなさそうであった。黒ラブラドール・レトリヴァーをバカっぽくした感じの犬はぬへ、ぬへっと卑屈に笑っている。黒い毛皮の下は、犬の筋肉ではなく、冷え固まった豚足の煮こごりがごろごろ詰まっているかのごとく、全身がぐにゃぐにゃ震えている。犬は、地獄の地面に転がる玉砂利を食べはじめた。血が口からしたたり落ちる。
 犬は後ろ足で立ちあがり、豆腐洗い猫に遊んで欲しいというように、体重をかけて前足をぼかぼかぶつけてくる。

「にゃー。お座り」と猫が命じると、黒い犬はいちおうお座りしたが、斜めにあぐらをかくみたいな座り方で、またたえずぐにゃぐにゃ動き、はあはあ興奮しているので、静謐で端正であるべき『お座り』とはとても言えない。
「お手にゃー」
 黒い犬は太い右手を斜めにあげて、猫の頭上にその右手を振りおろし、ぼかぼか殴った。
 にゃー! ひどいにゃー! と思ったら犬は嬉しそうに、ぬへ、ぬへっと笑いながら上目遣いに猫を見ている、のか見ていないのかよくわからなかった。

「駄目だにゃー。ちゃんとお手だにゃー」
 そう命じると、犬は全身を激しく痙攣させた。ばたばたばたと扇風機のように全身を震わせる。豆腐洗い猫が驚いていると、犬は震えるのをやめ、何ごともなかったようにぬへぬへと笑った。もちろんお手はしない。痙攣によって、命令は消去されてしまったらしいのだった。
 そして、またぬへぬへ笑いながら、後ろ足で立ちあがり、猫を前足でぼかぼか殴った。

 犬、あるいは犬のような生物は、生えまくるつる植物をどかどか踏み潰しながら、地獄のどこかに行ってしまった。

 豆腐洗い猫は、再び釣り糸を垂れた。地獄のクリスマスの川に、救世主やヒルコや『まれびと』やゴミや一斗缶や豆腐のカスがほとほとと流れてくる。
 流れてくるのは良いが、夜店の射的ゲームやゲームセンターのUFOキャッチャーがそうであるように、良い景品は川岸から離れた遠くを流れ、取るのは難しいのだった。
 猫は、先ほどと同じ、暴れる犬のような黒い生き物を二回釣りあげ、それから、あとたくさんのヒルコとか、全身にお賽銭の小銭をびっしり貼られて腐ったインドマグロを釣りあげた。これは十年前に『えびす神社』で祭られたマグロがそのまま腐ったものだった。

 地獄の川は、豆腐洗い猫の左手の下流に向かうにつれて流れが早くなり、やがて洞窟の開口部に至り、宇宙の地下からどこかへ滝となってなだれ落ちていく。
 大阪の南港へ、そして原初の地球へ。
 滝には虹がかかっており、この前、十四歳で死んだ、筆者のリアル愛猫のシャオちゃんが虹の橋をわたって永遠の幸福を手にしている。

 大物がきた! まともな川釣りなら幻の魚イトウのレベル! 食玩ならスペシャルシークレット! 救世主っぽい、威厳と慈愛に満ちた目つきの青年が、対岸近くの瀬を植物育成用ランプに照らされながら、流れていく。彼の全身から、神聖さのオーラが漂っている。猫はあれだにゃーと思い、後ろ足で立ちあがり、釣り竿を大きくふりかぶり、釣り糸を遠くの流れに投じようとした。
 
 が! 今、猫には背骨がない!

 立ちあがった猫の上半身が後ろにがくっと崩れ倒れた。その間に、まわりで天使が歌いながら祝福する救世主の青年は流れに半ば浮いたり沈んだりしつつ、つるーっと流れを流れていき、滝にさしかかると、虹の橋のたもとに降り立った。そこでは、亡くなったペットたちの魂が、生前の飼い主がやってくるのを一心に待っているのだ。救世主の青年は、かわいいペットたちを連れて虹の橋をわたり、栄光の神の国に昇っていった。


三、地獄の大地母神


 クリスマスツリーが、釣りをする豆腐洗い猫の横に立っていた。
 ツリーは、もちろん大地母神様であった。
 神々のまします宇宙の公団住宅の地下にある地獄であるから、すべての穀物の元たる大地母神がいらっしゃるのは当然である。

 大地母神様は、豆腐洗い猫にお訊きになる。「そなた猫よ、なにをしておる」
 豊饒な大地母神様は、美しい豊かな胸、豊かな腹、豊かな腰を揺らし、そこにはトウモロコシやコメや小麦やじゃがいも、タロイモやヤムイモがみごとに成っているのだった。女神の髪はトウモロコシのヒゲだった。そしてもちろん、大豆が! 大豆がなければ豆腐は出来ない! 
 その豊かなお体にくらべて、おみ足は小さい。纏足(てんそく)しておられるのだった。女神の背は三メートルあり、炭水化物満載な感じである。

「女神様、釣りですにゃー」
 大地母神は、身体中に生えた草を揺らしながら、纏足の尖った爪先で、猫をぼかすか蹴った。纏足の爪先は紫サツマイモの尖ったおしりだった。
 豆腐洗い猫はしくしく泣きながら、大地母神様にお尋ね申しあげた。
「にゃー……。猫ちゃんが何かしましたかにゃー……」

 大地母神様はおごそかに言われた。「農耕の女神の前で漁撈(ぎょろう)をなすとは不敬なり」

 そうだ! そうだ! と大地母神様の信者の園芸愛好家たちが、園芸カタログを振りあげながら言った。『家庭園芸』(株式会社サカタのタネ)や『花と野菜ガイド』(タキイ種苗株式会社)といった、素敵な植物がいっぱい載った通販カタログである。

「貴様は元・神のくせに、せっかく進歩した農耕文化を否定し、時代を巻き戻す気か」
「海辺で海藻を引きちぎって玉藻刈り、船虫をしゃぶり、土を掘ってカブトムシの巨大幼虫を捜す、ダンゴムシも二センチ以上になると、つぶすと肉って感じがして美味そう? そんな採集漁撈(ぎょろう)の時代に戻したいんだな?」
「いにしへの しづのをだまき くりかへし むかしを今に なすよしもがにゃー《注》、じゃない! ケッ」
「農耕がなければ文明もない! No Agriculture No Cultureだ! 大豆がなければ、豆腐にかけるおいしい醤油も作れないぞ!」
「だいたい、貴様が豆腐を洗えるのも豆腐が存在するからであり、豆腐の元となる大豆も大地母神様が作られたのだ! 恥を知れこのバカ猫!」
「猫は園芸の敵だ! バカ猫たちはだいじな植物を枯らすために花壇に糞尿をするのだ!」

 にゃー……。
 豆腐洗い猫は、釣り竿になった背骨を手に持ったまま、言った。「漁撈じゃないですにゃー。クリスマスだからきゅうせいしゅを……」

 守秘義務を破りそうになったので一神教の神が、下僕の豆腐洗い猫に、天罰として遠隔電撃攻撃を与えた。猫の体にびりびりと電流が走る。神の電流は地獄の電柱の電線にも流れ、植物育成用ランプを輝かせ、大地母神様の光合成を促進させた。大地母神様のお体のトウモロコシやタロイモの葉はますます繁り、まるで輝く緑の塔である。園芸を愛する、良い魔女たちが薬草を摘みにやってくる。園芸愛好家たちはゴーヤの開花に喜び、蜜を吸いにきた蝶が飛びまわる。

「……にゃー、ただ魚釣りゲームをやってるんですにゃー」と豆腐洗い猫は言った。
 面白半分に魚を大虐殺しているらしいぞ、と園芸愛好家たちが囁いた。良い魔女たちが、ひどい猫だわ! 悪い魔女の使い魔よ! 猫といえば使い魔! と叫んで猫にマンドラゴラをぶつけた。マンドラゴラは猫に張りつくと、すごい声で泣き叫んだ。
 ヘチマやゴーヤやきゅうりが投げつけられ、熟れた実がびしゃああっと破裂する。

 豆腐洗い猫は逃げようとしたが、背骨はまだ取り出して、釣り竿として使用中だし、ヒゲも釣り糸として川に垂れている。猫は背骨の釣り竿を、川からひっぱりあげようとした。
 すると、黒いバカ犬がまた釣れた。
 犬は、ぬへぬへ笑いながら、遊んでくれといわんばかりに、前足を大地母神様の体にかけ、ぼかぼか殴った。そして犬だから地面を掘りたいのだ。大地母神様のお体を構成するのは肥沃な土であるから、犬は、大地母神様のお体を掘りはじめた。掘りまくった末、大地母神様から色んな植物の根っこが抜けてしまった!

 大地母神が土塊になってどっと倒れた。
 そこから色々と、人に有益な園芸植物が生えた。

 園芸愛好家たちは怒り狂って、泣きながら、大地母神様の体から鹿沼土をすくい、猫に投げつけた。猫の背中に鹿沼土が、ひらりと食いつく。
 豆腐洗い猫は慌てて、釣り竿を解体し、背中に背骨をしまった。ヒゲもくっつける。釣り針にしたしっぽの先は、犬に食われてしまったので、猫のしっぽはちょっと短くなった。

 三十人の園芸愛好家たちは、大地母神様から生えたツツジの枝を両手に一本づつ持ち、猫を追いかけ、猫の背中の鹿沼土につぎつぎと挿し木した。
 ツツジが計六十本挿し木された。

 豆腐洗い猫の詠んだ歌。
 
 鹿沼土 赤玉土も われ知らぬ 我が身ひとつが 挿し床ならば

つづく

《注》本歌は伊勢物語第三十二段



間瀬純子プロフィール


間瀬純子既刊
『Fの肖像
フランケンシュタインの幻想たち
異形コレクション』