「飛ばない機体」伊野隆之

(PDFバージョン:tobanaikitai_inotakayuki
 エンタープライズ号を見てきた。
 スタートレックの方ではなく、スペースシャトルである。
 もう旧聞にはなるけれど、今年の夏に気になったニュースの一つが、三十年に及んだスペースシャトルの退役だった。ずいぶんと前から決まっていたことらしいが、本当にやめちゃうの? というのが正直な感想だった。
 シャトルの運用が終わっても、宇宙開発が終わるわけではないし、火星への有人飛行計画も検討されている。それなのに、宇宙が遠くなってしまったかのような感じを覚えた。
 8月、ワシントンDCに仕事で行くついでに、スミソニアン協会の航空宇宙博物館別館であるウドバーヘイジーセンターに立寄ろうと思ったのは、そんなことがきっかけだった。
 シャトルの現物を見たいのであれば、ケネディ宇宙センターに行って、退役したアトランティスを見るのが王道なのだろうが、無理がある。それに比べるとウドバーヘイジーセンターに展示されているエンタープライズは、ついでに見るのにちょうどいい。エンタープライズ自体は滑空実験のために作られた、宇宙に行けない機体ではあるけれど、外観は他のスペースシャトルと同じだから、シャトルの実物を見るのと変わらないだろう。
 僕はそう考えたのだ。

 ワシントンDCの空の玄関の一つであるダレス国際空港には、日本からの直行便が飛んでいる。エンタープライズが展示されているウドバーヘイジーセンターは、まさにそのダレス空港の隣に位置しているので、到着後に寄るのにちょうどいい。GoogleEarthで見るとよくわかるが、ダレス空港の滑走路とウドバーヘイジーセンターは直接つながっているのだ。
 幸いなことに、夏の間は開館時間が延長されているので、午後四時頃に到着するフライトでも、十分に間にあう。八月のある日曜日、同僚とワシントンDCに飛んだ僕は、長い入国検査の列にも、さほど焦らずにすんだ。
 ダレス空港の空はアメリカらしい青空だった。日本のように湿度が高くない分、快適である。ウドバーヘイジーセンターへはバスも出ているらしいが、僕たちはまっすぐにタクシー乗り場に向かった。
 ダレス空港に着けているタクシーは、ワシントンフライヤーという会社のタクシーで、信頼が置ける。すぐ近くのウドバーヘイジーだけどいいか、と聞くと、「ノープロブレム」という返事だった。タクシーに乗ってから意外に時間がかかったのは、ウドバーヘイジーセンターが、広い空港をほぼ半周する位置にあるからだった。
 十分ほど走って博物館に到着する。広い駐車場には、たくさんの車が止まっていた。日曜日だけあって、家族連れが多い。入館時のセキュリティー検査でキャリーバックを開けられ、きっちりと畳んだワイシャツの下までチェックされたのはちょっと何だけれど、9・11以降の保安上の配慮となれば仕方がない。
 入場は、ワシントンDC市内のモールにある航空宇宙博物館の本館と同様に、無料である。そのあたりは、さすがスミソニアンというところだろう。僕たちは、荷物を何とかしたかったので、インフォメーションでコインロッカーの場所を教えてもらった。
 僕のキャリーバックはコインロッカーの中に簡単に収まったけれど、残念ながら僕の同僚はスーツケースで、ロッカーの幅が微妙に足りなかった。クロークもないので預けるのは断念し、同僚の方は荷物を引っ張っての博物館見物となった。もっとも車いすで全館回れるようになっている館内は、大きなスーツケースを引いていても十分に回ることができる。広々した館内で、見学者で混み合っているわけでもないから、そんなに不便だったわけではないと思う。
 入り口のあるフロアと展示品が収載されているフロアには一階分の段差があって、入ってまっすぐに行ったところで、広い館内全体を見渡すことができるようになっていた。
 すぐに目に入ってくるのは、正面にあるブラックバードだ。第一世代のステルス機であるブラックバードは文句なしにカッコいい。ある種の凶悪さを持った精悍なデザインについ見ほれてしまう。
 エンタープライズが展示してあるホールはブラックバードの向こう側にあった。ホールの中に小さく見えているシャトルの機体に、どうしたって期待感が高まる。
 長いスロープを下って下のフロアに降りると、ブラックバードがすぐ目の前に現れる。上から全体像を俯瞰するのと比べると、近すぎてよく形がよくわからない。僕たちは、意外と背の低い漆黒のブラックバードの横を通って、奥の方にあるシャトルの展示室へと向かった。
 展示室ではエンタープライズをほんの数メートルの距離で見ることができる。実物を目にして、最初に感じたのは、機体のボリューム感だった。
 全長に比べた胴体の太さが際立っている。直前に見た精悍なブラックバードと比べるからなおさらなのかも知れないが、シャトルはずんぐりとしていて、いかにも内部に荷物を載せて運ぶための機体だという印象がある。
 ブラックバードがスポーツカーだとしたら、シャトルはバスやトラックのような印象なのだ。そう思って改めて見てみると、スペースシャトルの持っていた特別な意味が感じられる。
 スペースシャトルは荷物を運ぶためのもの、だったのだ。
 スペースシャトルの胴体は貨物室だ。そのスペースがあるからこそ、ハッブル望遠鏡のような大きな荷物や、国際宇宙ステーションの建築資材を運ぶことができた。
 スペースシャトルは宇宙のトラックだった。トラックなら、スマートではなくても仕方がない。そう考えると、ずんぐりした体形が逆に好ましく思えてくる。この胴体があったからこそ、僕たちは宇宙について多くの事を知ることができたとも言えるだろう。
 ところで、トラックで運ばれた荷物の一つであるハッブル望遠鏡は、当初の予定を越えて運用が続いている。では、なぜシャトルは運用を終わらなくてはならなかったのか。
 スペースシャトルの問題は、機体の再利用による打ち上げコストの削減効果が、思ったほどでもなかったということなのだろう。三十年の運用で、悲惨な事故が二回もある。歴史上もっとも複雑な機械と言われたように、複雑さが増せば増すほど整備は難しくなるし、コストもかかる。そんなことは最初からわかっていたはずだが、それでもなおスペースシャトルというシステムが開発されたのは、運用の実績を積むことによって整備も容易になり、コストダウンが進むはずだという目論見もあったにちがいない。これは僕の確信でもあるのだが、シャトルの設計には、「宇宙に行くための乗り物が欲しい」、という希望のようなものが反映されていたのではないのだろうか。
 スペースシャトルができるまで、ヒトが宇宙に行くためには、ロケットに乗って行かなければならなかった。帰ってくるときには、巨大なロケットの姿は跡形もなく、小さな降下用のカプセルに乗って、空から地表に落ちてくる。それが、スベースシャトル以前の宇宙への行き方だった。カプセルの中に入って、外の様子もわからないまま地球に落ちてくるカプセルは、「乗り物」というにはいささか不十分なものだろう。それに比べるとスペースシャトルは、個体ロケットや燃料タンクという付属品を捨てるだけで、ほぼそのままの形で大気圏を通過し、地上に帰ってくることができる。
 もちろん、帰ってくるときは飛行機のように飛んで帰ってくるわけではなく、滑空して帰ってくるし、着陸の時の降下角度は飛行機に比べて遙かに大きい。長い滑走路が必要で、巨大なパラシュートを使ってブレーキをかけなければならない。離陸はロケットのように垂直に離陸する。それでも、オービターが飛び立ったまま帰ってくることで、スペースシャトルは、ある種の乗り物らしさという錯覚をもたらしていたのだと思う。
 地球を離れた時のままの形で帰ってくること。スペースシャトルは、それまでの宇宙への移動方法ではあり得なかったことを実現した。その意味で、宇宙をより身近に感じさせてくれた。
 普通の人が普通に行って帰ってこられるという意味での、普通の乗り物ではないにしても、普通に行って帰ってこられるようになる日がすぐそこまで来ているような、幻想をスペースシャトルはもたらしてくれたのではなかったか。
 そのスペースシャトルの運用が終わってしまった。機体自体の運用が長くなったことに加え、事故を契機として、安全確保のための点検整備のコストが膨れあがってしまっていたのが要因なのだろう。
 コロンビア。
 チャレンジャー。
 ディスカバリー。
 アトランティス。
 エンデバー。
 五機のスペースシャトルによる一三五回のミッションは、宇宙開発の歴史において多くを成し遂げたのだと思う。残念なことに、途中でチャレンジャーとコロンビアが失われた。
ウドバーヘイジーセンターには、かつての超音速旅客機、コンコルドや日本に原子爆弾を落としたエノラゲイも一緒に展示されている。エンタープライズそのものはずいぶんと前から置かれていたにも関わらず、スペースシャトルの運用が終わってしまった事を思うと、一つの時代が過去になったと感じてしまう。
 スペースシャトルの登場で、いったんは身近になったように思えた宇宙がまた遠くなってしまった。スペースシャトルの運用終了を知ったときに感じた感慨のようなものの正体は、宇宙に行って帰ってくることができる「乗り物」が失われてしまったということなのだろう。
 三十年の運用が明らかにしたのは、僕たちが行くには、宇宙はまだ遠い場所であるということだ。GPSやGoogleEarthのように宇宙の利用は確実に身近になっている。けれど、GPSやGoogleEarthで、どれだけ宇宙を感じられるだろう。僕たちの視点を広げてはくれたけれど、宇宙を体験する可能性はまだ遠いままだ。
 スペースシャトルが現役を引退した今、なにが宇宙を身近なものとして感じさせてくれるのだろうか。民間に委ねるとしたアメリカの判断は、NASA自身による開発が困難になり、投げ出してしまったのではないかと思えたこともあった。
 湾岸戦争があり、アフガン戦争があり、イラク戦争があった。余計な戦争をしなければ、その資金を使ってこの三十年の間にスペースシャトルの後継機が開発されていてもおかしくはない。軍事と宇宙開発は一枚の硬貨の裏表だから、戦争がなかったとしてもスペースシャトルの後継機が早期に開発されていたという保証はない。経済的にもリーマンショックがあり、アメリカが世界唯一の超大国だった時代は過去になっている。宇宙開発のエンジン役であるアメリカの調子がおかしい状況で、人を運ぶ「乗り物」の開発の道筋ははっきりしていない。
 もちろん、良きにつけ悪しきにつけ、いちど実現可能だと判れば、必ず実現してきたのが人類の性である。宇宙への想いというのも、所詮はそんなものではないかと思えば、悲観することはないのかも知れない。現に最近になって、スペースシャトルに替わる民間の宇宙往還機の候補であるドリームチェイサーの試験飛行が、来夏にも予定されているとのニュースが飛び込んできた。
 新聞の記事で見たドリームチェイサーは、スペースシャトルよりも随分と小振りで、バスやトラックという感じではなさそうだけれど、そのフォルムはスペースシャトルの遺伝子を感じさせるものだ。スペースシャトルが三十年に渡って築いてきたものが、次の世代に受け継がれているようにも思える。それに、ドリームチェイサーという名前がいい。シャトルの夢を継ぎ、宇宙への夢を追いかけるための機体として、これほどふさわしい名前はないと思う。ネーミングだけでも応援したくなるし、期待を持たせてくれる。

 シャトルのあるホールには、結局お蔵入りになったジェミニのパラグライダーなどがあり、それからコンコルドやエノラゲイトいった大物や、第二次世界大戦の時期の日本やドイツの戦闘機、ヘリコプターやパラグライダーを駆け足で見て、ミュージアムショップでお土産を物色してから、閉館時間の三十分ほど前に外に出た。
 出入り口の周辺にはバス停らしいものはなく、ウドバーヘイジーセンターと空港の間のバスはよくわからないままだった。僕たちは、少し暗くなりかかってきた空を見て焦ったけれど、念のために鞄の中に入れておいたワシントンフライヤーのパンフレットを思い出し、何とかタクシーに迎えに来てもらうことができた。

 ところで、ウドバーヘイジーセンターに展示してあるエンタープライズは、ニューヨークに移され、その代わりにディスカバリーがやってくることになっているらしい。
 飛行実験用の機体ではなく、実際に宇宙に行った機体だ。展示されていたエンタープライズではきれいだったエンジンノズルは、ディスカバリーでは違っているだろうし、耐熱タイルも違って見えるはずだろう。次にDCに行く機会があるかどうかわからないけど、いつかディスカバリーを見てみたいと思っている。



伊野隆之プロフィール


伊野隆之既刊
『樹環惑星
――ダイビング・オパリア――』