「ノミの大地」高橋桐矢


(PDFバージョン:nominodaiti_takahasikiriya
 犬の首すじのあたりに、ノミがいました。
 ノミは、お腹いっぱい血を吸うと、仲間に話しかけました。
「どうも最近、味が薄いと思わないか?」
 そばにいた仲間のノミが、こたえます。
「ああ、おれもそう思っていた」
「そうよねえ、気のせいかと思っていたけれど、やっぱりそうだわ」
 仲間たちが口々にうなずきます。
「気のせいなんかじゃない。前は栄養たっぷりの濃い血だったのに、今は味気なく薄めたような血になってしまった。このままでは」
 ノミは言葉を切って、まばらな木の森にちらばる仲間たちを見まわしました。
――空に向かってまっすぐに伸びる大きな木は、犬の毛です。
 ノミは本当ならここで、はるか高い木の上まで飛び上がって見せたかったのですが、腹がいっぱいで重たいのでやめました。
 そのかわりに、木のねもとを一周して言いました。
「近いうちに、大地は枯れ果ててしまうだろう」
 ノミの仲間たちは、驚いてさわぎだしました。
 次の瞬間、大地が大きくゆれました。木がなぎ倒されました。巨大で凶悪な何かが一気にノミたちを吹き飛ばします。
――犬が首すじを、足でがりがりとかいたのでした。
 ノミたちは、必死に体をふせ、木につかまってたえました。
 一匹のノミが声をはりあげました。
「大地が怒っている!」
 ノミたちは、ぴょんぴょん飛びはねたり、ころげまわったり、うずくまったり、さんざんさわいだあげく、集まって頭をつきあわせました。
「どうする?」
 事態は思った以上に深刻でせっぱつまっています。
「どうしましょう」
 そこで最初に演説をぶったノミが、再び登場します。
「どうすればいいかって? それを知ってどうするんだ?」
 仲間たちは、口をそろえてこたえました。
「昔のように豊かな大地を取り戻したいんだ!」
 みんなの中心で、ノミはおごそかにつげました。
「大地を痩せさせているのは、おれたちだ。おれたちが血を吸いすぎたんだ」
 ノミたちは、しんとしずまりました。
 足元の大地は、心なしか以前より、かさついているように見えます。空に伸びる木も、前はもっとみずみずしく力強かったのではないでしょうか。大地が痩せ、枯れかけていることに、どうして気付かなかったのでしょう。ノミたちは頭をかかえてなげきました。
「おれたちは……おろかだった。好き放題やってきたツケが回ってきたんだ」
 大地の下に流れる血は、いくら飲んでもなくならないと思っていたのです。
 豊かな大地は永遠にあるものと、思いこんでいたのです。
「取り戻すには、おれたちみんなで大地をまもるしかない! おれたちの大地を、おれたちがまもるんだ!」
 真剣な訴えは、みんなの心を深くゆりうごかしました。
 うなだれていたノミが、頭を上げました。
「おれ、がんばるよ」
「血を吸いすぎないようにする」
「つばをつけるのも、今までの半分にする」
 ノミは、ちょいとつばをつけてから血を吸います。つばには血が固まらなくなる成分が入っています。
――ノミのつばが、犬にとってはかゆい原因になるのでした。
 ノミたちは興奮してぴょんぴょん飛びはねました。
 みんなが血を吸いすぎないようにして、つばも半分にして、大地を愛せば、きっとまた昔のように豊かになるはずです。
 ノミたちは全員、すがすがしい顔をしていました。
「大地を取り戻そう! 大地に暮らすすべての仲間のために!」
 犬の体には、ノミだけでなく、ダニや微生物やさまざまな生きものが暮らしています。
「そうだ、ほかのやつらはこんなこと考えもしないさ!」
 微生物は当然、何も考えていないでしょうし、ダニは体は大きいものの、ノロマで頭が悪くて話になりません。ひとつところにかみついて自分の体が何倍にもふくれあがるまで血を吸うダニを、ノミは軽蔑していました。
 でも軽蔑していても、同じ大地の恵みで暮らす仲間には違いありません。ノミたちは、軽蔑している相手のことも、ちゃんと考えているのです。
 ノミは飛びはねながら、ほこらしげに大地を見まわしました。
「おれたちが、大地をまもるんだ!」

――ノミたちの心がひとつにまとまったことを、犬はまったく知りませんでした。
 年老いた犬は最近、疲れやすく毛もぱさついていました。貧血気味だったのです。
 散歩の途中、池のそばを通りました。なにげなく池を見下ろしているうちに、首すじのあたりがまたかゆくなってきました。
 水浴びしたら気持ちよさそうです。
 犬はじゃぶじゃぶと池に入っていきました。

 ノミたちは、いきなりの大洪水に、大混乱していました。
「大地の反乱だ!」
 とさけびながら何匹か、流されていきました。演説をぶっていたノミも、おぼれてしまいました。
 最後まで必死につかまっていたノミたちも、次々に水に飲みこまれていきました。

――水から上がった犬は、さっぱりした顔で、ぶるぶるっと体を震わせました。首すじのかゆさもすっかりなくなっていました。
 ただ……ノミはいなくなりましたが、犬のお腹のあたりに、しっかりがっちりと食らいついていたダニだけは、ちゃっかりと流されずに残っていたのでした。

 了



高橋桐矢プロフィール


高橋桐矢既刊
『はじめてのルーン&パワーストーン
組み合わせ入門』