「タキオンと前提論」山口優

(PDFバージョン:takionntozennteironn_yamagutiyuu

Learn from yesterday, live for today, hope for tomorrow. The important thing is not to stop questioning.(過去から学び、今の為に生き、未来に希望を。大切なのは、疑問を持つのをやめないことだ)
    ―アルバート・アインシュタイン


 突然ですが、次の式をXに対するYのグラフにしてみてください。
 Y=(X^2+M^2)^2
 但し、Mの二乗をマイナスとします。
 描かれるであろうグラフの正解を先に言葉で表現してしまいますと、これは、ワインボトルの底のような形になります。中央部分が、高さM^4で盛り上がっており、その両側で一端下がり、そこから一気に縦向けに上がっていくようなイメージです。
 実はこのような形のグラフは、二重井戸型ポテンシャルと呼ばれ、素粒子物理学ではよく、「真空凝縮」というメカニズムを説明するときに使われます。簡単に言ってしまえば、ボトルの中央部の上に凸に膨らんだ部分は不安定なので、ボトルの一番低い部分に必ず状態は落ちていく、ということです。
 すみません。いきなりぶっとんだ話から始めてしまいました。
 九月下旬、スイス・ジュネーヴ郊外の欧州原子力研究機構(CERN)のポジトロン・ストレージリングから照射されたニュートリノが、イタリアのグラン・サッソ国立研究所のエマルション検出器に検出された際、その速度が光速よりも0.0025%だけ速かった、という実験結果が得られたという発表は、ここ最近の科学技術関連のニュースの中でひときわ目を引くものでしたので、何か関連した話ができないかと思い、冒頭のグラフに至ったわけです。
 さて、グラフの説明で、「Mの二乗をマイナスとします」と但し書きを付けました。実は光速を超える粒子、タキオンは、相対論の枠組みでは必ず、質量が虚数になります。虚数というのは、その二乗がマイナスになる数という意味で、つまり、最初のグラフも質量Mを虚数として設定した粒子の、ポテンシャル(状態のエネルギー)のグラフでした。尤も、簡単にするためにいろいろと省略していますが。
 虚数質量を持つタキオンを前提としたグラフを書いてしまったわけですが、このグラフ、不都合でしょうか? 不都合、というのは、この場合、その上で粒子が安定して存在できるかどうか、ということなのですが、実は、不都合ではありません。
 中央は確かに不安定ですが(ワインボトルの中央に落とした水滴はそこにとどまりませんよね?)、その周辺は凹んでいるので、そちらに落ちれば安定です。この、安定している部分で、改めてそこを中心として、「場を展開」し直せば、ちゃんと虚数でない質量のある粒子の場が出てきます。この枠組みを、特に、「タキオン凝縮」と呼びます。
 初めから、タキオンなんて存在しないんだから、そんなややこしいことを考えずに質量が虚数でない場合だけ考えれば良かったのでは?
 そうした考えも確かにあるかと思います。考え方の枠組みを初めから決めてしまって、そこに意識をフォーカスした方が、確かに理論は簡単になるし、すぐに結論に辿り着きやすい。
 しかし、相対論においても、別に光速を超える粒子であるタキオンが存在しないと言われているわけではなく、単に、人類が今まで発見してきた、普通の身の回りにある粒子(光を含め)は、いくら加速しても光速を超えるわけではない、と言っているだけです。その意味では、今回の結果は確かにおかしいのですが(ニュートリノは、ここでいう、「普通の粒子」です)、まあそれは、おいおい開始されるであろう追試の結論を待ちましょう。
 科学、特に、その最も基層にある物理学という学問は、こうした安易な前提の設定、つまり、タキオンなんて存在しないから考える必要がない、というようなことを特に嫌います。それはこの学問が、宇宙の根源を解き明かし、宇宙に存在する、或いは、宇宙の外に存在する全てをも含めた統一的な事物の成り立ちを探ろうとする学問だからであり、全てを解き明かすことを目論むならば、意識を、何の思慮もなく何らかの枠組みにフォーカスしてしまうことは厳に避けるべきだからです。現に、タキオン凝縮の枠組みは、我々の住む宇宙そのものの一つの表象とも言われるDブレーンの対消滅において、無視できない役割を果たすと言われており、更に理論の発展に貢献していくでしょう。
 さて、物理学とは異なり、我々の日常生活は前提だらけであり、一つ一つ、それを疑っていたらキリがありません。ではありますが、いろいろな前提を疑ってかかること、もっと具体的に言えば、その前提を成り立たせているのはどのようなロジックなのか、他に考え方はないのか、そう思って視野を広げてみることは、それほど悪いことではないのかも知れません。
 冒頭に引用したアインシュタインの言葉は、こうした姿勢を端的に示しているように思われます。物理学者らしい、と私などは思いますが、大切なことは、疑問を持ち続けるのをやめないことです。確かに、人は無意識の前提を設定してしまいがちです。それは仕方のないことです。人は人であって、一部の宗教が前提とするような、万能の存在になれるわけではない。しかし、過去の失敗から学ぶならば、よりよい選択を、未来には行うことができるでしょう。未来にはよりよい選択ができるはずだ、という希望が、過去から失敗を学ぶモチベーションになりもします。
 それが、現在を生きる上でも、何よりの活力になるでしょう。
 今年は大変な年でした。日本に限定しても、年の前半に震災があり、そこから続く原子力災害は今も我々の心を不安にかきたてています。経済は一向に上向かず、また、つい最近は国論を二分する貿易協定の議論がありました。世界に目を向ければ、日本で地震が起こる一月前にニュージーランドでも地震が起こっており、トルコも震災に見舞われました。欧州では、経済がひどい落ち込みを見せています。そして、まだ今年は終わっていない。
 にもかかわらず、私はきっと、未来はより良くなるだろうと信じています。なぜなら、タキオンが発見されたかも知れない、というニュースが、世界中で多くの関心をもって受け入れられたからです。タキオンの存在など、殆どの人の日常生活には全く関係ないにもかかわらず。このことから私は一つの事実を見ます。それは、多くの人が、超光速粒子など存在しないはずだ、といった、世の中の多くの前提を安易に受け入れていないということ。寧ろ、そうした過去の前提からの逸脱を、未来への変化を、積極的に望んでいるということ。
 それは、過去の失敗を未来への希望へと変える姿勢へと繋がるはず――だとすれば、未来を悲観する要素はどこにもない。私はそう思います。
 結局のところ、未来というのは人々の意志で決まるものなのですから。



山口優プロフィール


山口優既刊
『シンギュラリティ・コンクェスト
女神の誓約(ちかひ)』