「目玉焼きとは?」宮野由梨香

(PDFバージョン:medamayakitoha_miyanoyurika) 
 皆さまに重要な質問があります。
「目玉焼きとは、堅焼きですか? それとも、半熟ですか?」
            〇
 これは、『魔法少女まどか☆マギカ』第1話の中のセリフです。
 主人公・鹿目まどか(中2)の担任教師(女性・推定30代)が、朝のホームルームで「今日は皆さんに大事なお話があります。心して聞くように!」と前置きしてから、このように言うのです。
「目玉焼きとは、堅焼きですか? それとも、半熟ですか?、ハイ、中沢くん!?」
「えっ? ええとぉ、…どっちでも、いいんじゃないか、と……」 
「その通り! どっちでもよろしい! たかが卵の焼き加減なんかで女の魅力が決まると思ったら大間違いです!! 女子の皆さんはくれぐれも『半熟じゃなきゃ食べられな~い』とか抜かす男とは交際しないように! そして、男子の皆さんは絶対に卵の焼き加減にケチをつけるような大人にならないこと!!」
            〇
 「そ、そうかなあ?」と、私、宮野由梨香は思いました。
 宮野はこだわるけどなぁ。半熟と堅焼きの中間くらいがいい。半熟好きの男にとって、堅焼きは、そりゃ、許せないであろう。
 そして、全部見終わってから、再び見て気がつきました。
 このシーンは「卵」のモチーフに満ちたこの作品にとって実はとても重要で、多分、テーマとも直結しているのではないか。目玉焼きというのは、とても奥が深い料理だということが、彼女にはわかっていない。そもそも、「料理とは何か」ということも、つきつめて考えたことがない。「どっちでもよろしい」というのが、食べ物に対して失礼であるということがわからない。それは「半熟でなければ食べられない」のと同じくらい失礼な発言なのだが。
 それは、つまり「インキュベーター」と同じ発想なのである。縁あって自分のところにやってきた卵をできるだけ慈しもうという「想い」がない。
 エンディング「Magia」でも唄われているように、「想いだけが頼る全て」だ。「光を呼び覚ます願い」を発する少女まどかは、第4話、朝食の席で「生きていると…略…こんなにおいしい」と言って涙を流す。彼女の目の前にあるのは、目玉焼きだ。それはまどかの好みに合わせて焼かれている。そう、「想い」がこめられている。まどかはそういうものを食べて育った少女だからこそ、あの結末がある。
「……なんてふうに考える宮野は変なのでしょうか?」
と、SF翻訳家の増田まもるさまにつぶやいたところ、次のようなお返事がありました。
「もちろん、目玉焼きの焼き具合は天下国家よりも重要です。味付けは塩胡椒がいいか、ソースか醤油か、はたまたケチャップか、これもまたきわめて重大な問題です。それがわからない人間は、人間の本性がわからないといっても過言ではないと思います。ちなみに、ぼくは熱々のごはんに半熟の目玉焼きをのせて醤油をたらした目玉焼き丼が好きです。『ふだんどんなものを食べているか言ってみたまえ。きみがどんな人間であるか言いあててみせよう』といったのはブリア=サヴァランですが、それほど食べることはすぐれて人間的な営みだと思います。だいいち、おいしいものにこだわらない人は、生きることのおいしさも知らない人ですからね」
 おぉ、ここまで力強いご意見がいただけるとは!
 感動した宮野は、次のような場面を妄想してしまいました。彼女の相手が同じく中学校の先生で、同時刻にこう生徒を説教しているのです
「男子の皆さんは『たかが卵の焼き加減』などと言う女とは絶対に交際しないように。そして、女子の皆さんは『そんなこと、どうでもいいじゃない』などと抜かすような大人には、絶対にならないこと!」
                 〇
「食べること」とは、基本的に「殺すこと」である。
 料理とは、その業を受け止めつつ行う、「殺すこと」に対する誠意の表明である。
 その部分を女性に押しつけて、しかもそのことに無自覚な男には、それを自覚させてやった方がいいと思うけど、自分がより深く無自覚の側に回ることはないのでは?
 生きることのディテールにこだわる男の方が、こだわらない男よりも見込みがあると思うよ。でも、こだわるんだったら、「半熟じゃなきゃ、食べられな~い」ではなく、「あ、目玉焼きは次から僕が焼くから」というところから始めて欲しいけどね。
                 〇
「そんなわけで、ディテール描写をしないわけにいかない小説家に、目玉焼きの焼き加減にこだわらない人はいないと思うのですが、そのあたり、いかがですか?」
と、PW編集部の小説家の方々に尋ねてみました。
 
図子慧(コラム担当)……「目玉焼きは、とろとろのをご飯にのせて食べるのが好きなわたしは、卵かけご飯の亜種です。ご飯ないときは、ベーコンカリカリで」

片理誠(副編集長)……「私も断然、半熟ですね。ただ、レタスやトマトと一緒にパンに挟んで食べる時は堅焼きです。醤油やソースには半熟の方が甘くて美味しいのですが、マヨネーズには堅焼きの方が合うような気がするのです。この場合も完全な堅焼きの一歩手前、くらいがベストなんですけど、これが結構難しくて、油断していると火が通ってしまいます(汗)。余熱を計算に入れておかないと美味しいサンドイッチにはありつけないのです!」

八杉将司(編集長)……「目玉焼きは基本的に半熟が大好きです。でも、白身はある程度しっかりしているほうがいいですね。白身がじゅるじゅるなのはあまり好きではないんですよ。ちなみにしょうゆをつけますが、めんつゆもあっさりしてていいです。でも、基本的に何もつけないことが多いですね。ですが、固焼きも気分によっては食べたいときがあります。このあたりは片理さんと同じですね。周りが柔らかいものばかりのときはあの歯ごたえって絶妙だったりするわけですよ。ということで、状況によるわけですが、だいたいは半熟とろとろがいいなー」
                   〇
 というわけで、やはり、みなさん、「どうでもよろしい」とはお考えにならないようです。
 当然だよね? (←キュゥべえの口調?)
 ……でもねぇ、実は宮野は、揚げ物を夫にやらせてもらえないのです。昔々やった時に、「揚げ物は、僕がやるから」と言われて、それ以来やっていません。衣をつけている段階で奪われ、「あっちへ行け」と追い払われます。
 ううう、なぜかなぁ? 
 以下に、結婚後、夫が宮野に言ったセリフを並べておきますね。
「モヤシの根っこって、普通、切るよね?」
「生ガキって、大根おろしで洗うものだよね?」
「どんぶりものの卵はさぁ、糸のようにたらしてふわりと半熟に仕上げるものだよね?」
「にんにくスライスは炒める前に芽の部分を抜かないと、そこだけ焦げちゃうだろ?」
「枝豆は、茹でる前に両端をハサミで斜めに切ってからにしないと、ふっくらと茹であがらないし、食べにくいよね?」
 ……まだまだあったような気がいたします。
 対応しきれなかった部分は、多分、脳内からデリートされていると推測します…。
                 (おわり)



宮野由梨香プロフィール