「怖くないとは言ってない」―第二回 だから前をよく見て運転しろよ―牧野修(画・YOUCHAN)

(PDFバージョン:maewoyokumite_makinoosamu
 中学生の頃に青信号になったので道路を渡ろうとしたら一瞬目の前が真緑になって、気がついたら道路に仰向けになって空を眺めていて、実はそれって市バス(車体が緑色)に撥ねられていたんだと病院に運ばれていく途中で気がついた牧野です。
 おそらく誰もが自動車で撥ねたり撥ねられたりした経験があるだろう。ないと思っていても、知らぬ間に撥ねたり撥ねられたりしてるはずである。それでもそんな経験がないと言いはるような強情で融通のきかないうえに想像力の欠如した欠陥人間を私は相手にしたくない。
 というようなわけで、事程左様に交通事故は日常的に頻繁に起こっているのである。
 ちなみにちょっと検索したら出てきた平成二十一年度の交通事故死者数がおよそ五千人。それは一日平均十三人半(一人は半殺しとかそういうような意味ではない)が死んでいるということであり、つまりは一時間四十七分に一人が死んでいるわけである。
 これだけ日常的に死者が出る事故原因であるだけに、ホラー映画にかかわらず、映画では交通事故が実に便利な使い方をされる。
 家族が乗った車の描写がしばらく続く。この時、対向車線から近づくトラックとかが交互にスクリーンに映し出されたら間違いなく事故が起こる。
 対向車両がなくとも、カーラジオのアップや、運転手がダッシュボードから何かを探そうとしだしたら、確実に恐ろしい未来が待っている。
 運転手はダッシュボードを探って何かを床に落としたり、置いてあったコーヒーを膝の上にこぼしたり、調子の悪くなったカーラジオのチューニングを始めたりして、前方が疎かになる。
 そして次の瞬間、大事故が引き起こされるのだ。
 ねっ、こんな場面、一度や二度は観たことあるでしょ。
 
 クローネンバーグの初期のホラー作品『ラビッド』は変種の吸血鬼映画である。何しろ脇の下にできちゃった牙で血を吸う美女という、どうしちゃったのおじさん、と監督の肩を掴んでゆすらないといけないような話である。
 で、この奇っ怪な映画も、冒頭、大型バイクで道路をとばしていく男女から始まる。その先に待ち構えているのはエンジントラブルで道の中央に立ち往生してしまった大型車両だ。
 バイクが事故することは火を見るよりも明らかだと思っていると、全速力でぶつかったバイクが爆発炎上するわけである。
 男は脱臼と骨折で済んだが、女は大やけどで重症。これを知って救急車と一緒に駆けつけた医者(多分皮膚科)は女を自分の病院に運びこみ、彼の開発した新しい移植手術を行って、どこをどう間違えたのか脇の下で血を吸う吸血鬼を創り上げてしまうのである。ショッカーでもこれほど無茶な改造手術をしないだろう。
 さすがクローネンバーグ。

 映画上の交通事故で私が最も印象的だったのは、ピーター・メダック監督作品『チェンジリング』(念のために言っておきますが2008年にクリント・イーストウッドが監督した実話を元にした映画とは別物ですよ)の冒頭、初老の音楽家が交通事故により目の前で一瞬にして妻と娘を失うシーンだ。
 物語はこの初老の男が、傷心を癒すべく新居へと引っ越すところから始まる。中心となるのはこの家で引き起こされる霊現象の謎だ。ジョージ・C・スコット扮する音楽家がその謎を解明していくミステリー的な展開に引かれて到着した結末は、虚しくも切ない。
 そしてこのオカルトホラーの名作に通底するのは、理不尽な運命によって愛おしいものを失ってしまったことへの哀しみだ。
 交通事故はまさにその理不尽な運命の象徴としてあった。

 これだけテーマと結びつき重い意味を持った〈交通事故〉は、あまり多くはない。たいていはちょっとしたマクガフィン――進行上の切っ掛けとして「背後から殴られて気を失う」と同様の使い方をされている。
 特にホラーではたいていよからぬことが引き起こされるわけで、そのための不吉な導入部として交通事故ほど相応しいものはないのだろう。

 幸福な、あるいは退屈な家族や恋人同士が、交通事故を切っ掛けに最悪の方向へと転がり落ちていく。
 典型的な例が『-less』だ。
 クリスマスに祖母の家へと向かう一家。それぞれにちょっとした問題を抱えてはいるが、それなりに幸福であろう彼らの乗る自動車を運転しているのはお父さんだ。
 時刻は夜。家族は眠ってしまい、案の定運転するお父さんもウトウトとし始める。
 すぐに車はふらふらと蛇行を始め、対向車とぶつかりそうになり路肩に逃れる。
 無事を確かめるが、怪我をした者はいないようだ。だがそこで道に迷ったことに気がつく。勝手に脇道に逸れたお父さんに家族の不満が高まり、どんどん家族間の空気が荒れていく。厭な方向へと向かっているなと思っていると、お父さんが路肩に立っている白い服の女を見つける。
 赤ん坊を抱いたこの女、一言も喋らないし額に生々しい出来たばかりの大きな傷がある。さらには赤ん坊の顔を誰にも見せようとしないうえになんだか臭い。
 誰がどう考えても車に乗せちゃ駄目なこの女を、お父さんは車に乗せちゃうのだ。
 観客としては「らめ~!」「みんな逃げて~」「志村、うしろ! うしろ!」的な状況である。
 そして思った通り、この女を乗せてから、一家は次々と起こる奇怪で不快な出来事に翻弄されることになる。

 そういえば前回話に出た『クライモリ』でも、物語は交通事故から始まるのだった。
 急ぎの用事で車を飛ばしている一人の男。そしてその行く先にはパンクしたタイヤを修理しようとしている大きなバン。
 ここまできて事故が起こらないわけがない。
 男は路肩に捨てられた鹿の死骸に気を取られた次の瞬間、そのバンに激突する。

 ところで道路に動物の死骸が落ちている、というのをアメリカ映画ではよく見る。何故か死んでいるのは鹿とアルマジロとスカンクだ。アメリカのフリーウエイでは鹿とアルマジロとスカンクがそこかしこで轢かれて死んでいるのだろうか。
 ちなみにあの死んだケモノたちはアニマルコントロールという保健所の職員みたいな人たちが回収して始末をしているのだそうだ。そうでもしなければ、たちまち高速道路は獣たちの死骸でいっぱいになるのだろう。
 恐るべしアメリカ。
 そんな中でも、とびきり変わったものを轢いたのは『エクストロ』の最初の犠牲者となる男だ。
 夜道に突然飛び出してきた、それこそ鹿ほどの大きさの奇っ怪な生き物を、車は撥ね飛ばす。
 なんとこいつは宇宙から来た宇宙生物なのだ。この宇宙生物、どうやら地球を侵略しにきたようなのだが、侵略に訪れた宇宙人がいきなり車で轢かれる映画はこの『エクストロ』ぐらいのものだろう。
 一度見たら忘れられない独特な姿のこの宇宙生物は動く輸卵管みたいなもので、一軒家に忍びこむと一人住まいの女性の口からデカイ卵を産みつけ死んでしまう。『エイリアン』に出てくるフェイスハガーに似た生態を持っているのだ(ちなみにリドリー・スコット監督の『エイリアン』はこの映画の四年前に公開されている)。
 卵を産みつけられた女性の腹は見る間に膨らみ、なんといきなり成人男性を産み落とす。全裸でぬるぬるのおっさんにはへその緒までついている。そんなバカなと思う間もなく、この映画は次々に強引な見せ場が物語的必然性など無視して連続する。
 何しろ冒頭で宇宙生物を轢いちゃった男は、不用意にそれに近づいたばっかりに殺されるのだが、宇宙生物は二股の舌を男の目の下、頬骨の尖ったあたりに突き刺して男を殺すのである。
 どうして頬骨?
 なんでそれで死ぬ?
 頭の上に現れる大量の疑問符で首の骨を折られる人がいてもおかしくないシーンだ。
 こんな見せ場とも言いづらいシーンがひたすら続き、そのどれもが、きっと特撮が楽しくて仕方なかったんだろうなと思える特殊メイクを中心とした特撮愛に満ち満ちているのだ。そうかそうか、こんなことがしたかったんだよな。わかるよ、おじさんはわかるよ、と始終ニヤニヤしながら観てしまう私の大好きな映画なのだが、どうやらそう思っている人はそれほど多くはないらしく、1983年に製作されてから長い間DVD化されることがなかった。今は手に入るようなので、CG以前の、実写特撮が熱かった時代を知りたかったら一度観てください。ただし苦情は一切受け付けません。

 もし宇宙人と交通事故にあった場合、保険会社はどうやって話をつけるのだろうかというようなことを考えさせる問題作が『宇宙人ポール』だ(嘘)。
 アメリカのSF大会みたいなのにやってきたイギリス人オタク二人組。彼らの乗っているキャンピングカーを猛スピードで迫ってきた黒塗りの車が追い越しざまに転倒、大破する。
 慌てて車を止めた二人組の前に現れるのは誰がどう見ても宇宙人としか見えない宇宙人(グレイタイプ)だった。
 この映画はディスコミュニケーションをネタにしたSFコメディ映画だ。舞台はアメリカだが主役の二人はイギリス人。しかもオタク。他の登場人物は狂信者と宇宙人。マイノリティであり、相互に会話が不可能なほど文化的背景の異なるものばかりが出てくる。この中で一番まともなのは英語をペラペラ喋る宇宙人ポールだ。
 これと同じテーマの映画が昔あった。タイトルは『狼男アメリカン(原題:An American Werewolf in London)』。イギリスに遊びに来たアメリカ人が狼男になってしまうジョン・ランディス監督のホラーコメディだ。
 マイノリティの孤独を描くのにはコメディという手法が相応しいのだろうか。
 おっと、ずいぶん脱線した。
 交通事故だけに……。
 すまん、ちょっと調子に乗りすぎた、っていうか脱線は列車事故である。

 当然だが宇宙人とか怪物ばかりが事故に遭うのではない。普通の人身事故だって起こる。
 例えば『31㎞』。
 これまたカーラジオをいじくっている間に、道路に飛び出してきた子供を轢きそうになって慌てて急ブレーキ。しまった、子供を轢いてしまったと見に行ってみるとそこにいたのは……。
 都市伝説を絡めた話はなかなかに楽しいので、人生に余裕のある人は一度観てみてください。
 『予兆』というタイ映画は『アイ The EYE』でホラーファンにはお馴染みのオキサイド・パン監督の佳作だ。
 不思議な予兆に導かれる人々の話だが、これもやっぱりカーラジオが故障して、チューニングをしている間に老婆を轢きそうになるシーンがある。
 ホラー映画にはこんなうっかりさんが山のように登場するのだ。そしてホラー映画の中のうっかりさんは「てへぺろ」では許してもらえず、世にも悲惨な目に遭う。

 悲惨な交通事故と聞いて思い出すのが『ファイナル・ディスティネーション』の続編『デッドコースター(原題:FINAL DESTINATION 2)』だ。
 『ファイナル・ディスティネーション』のシリーズは昨年五作目が制作された大ヒットシリーズだ。
 どんな映画かというと、毎回起こることのパターンは決まっている。
 大事故を予知してしまった誰かが、その場から数人と共に逃げ去り、死から免れる。ところが死ぬべき運命は決して彼らを逃がすことがなく、ひとりずつ順番に、運命によって死へと導かれていく。
 助かった人間が運命の力によってひとりずつ事故死していくというアイデアがこの映画のキモで、死のピタゴラスイッチと言われる千差万別のそれぞれの死に方が最大の見せ場となる。
 まさに、死に様の宝石箱や~……。
 すみません。またまた調子に乗りすぎました。もう二度とこのような過ちは繰り返しません。
 で、第二作目『デッドコースター』の話に戻ろう。この作品で最初に予知されるのが高速道路での玉突き事故だ。これがまた、教習所で事故の恐ろしさを教えるために見せたほうが良いのではないかと思えるほど、とんでもなく凄惨な事故の連鎖なのだ。
 トラックに積んであった丸太のワイヤーが切れたことが、この大事故のきっかけとなる。路面に転がった丸太は大きく跳ねて後続車へと向かう。後ろを走っていたパトカーの運転手は、そのときたまたまコーヒーを膝にこぼして目を離したため、それに気がついたときにはもう手遅れだった。
 その後の息を飲む展開は全米びっくり交通事故映像大賞とかがあったら準優勝かは間違いないんじゃないだろう、多分。

 このファイナル・ディスティネーション・シリーズの一作目では、映画において画期的ともいえる新しい交通事故描写が誕生している。
 運命による二人目の犠牲者となるテリー・チェニー嬢が彼氏に向かい「私はそんな馬鹿げた事に怯えて過ごすのはまっぴら!」とか言いながら車道へと後退っていく。
 そしてみんなの目の前で横から猛スピードでやって来た車に予告なく一瞬にして撥ねられるシーンだ。
 私の知る限りでは、横から突っ込んできた車に跳ね飛ばされる――というよりは微塵に潰されるというのをカメラ固定ワンシーンで見せたのはこの映画が初めてだと思う。
 「ぶしょっ!」と汚らしい音とともに血と肉が飛び散るさまを見せることが出来るのは、CG技術が発達したからこそだろう。見た者を唖然とさせるこの演出は、これ以降あちこちで見られるようになった。例えば邦画でなら『「超」怖い話A 闇の鴉』の冒頭のシーンがそれだ。これも最近では食傷気味で、またこれ? となってきた。そうなると、どんどんギャグに近づいていく。こういう「いきなりぐしゃりと即死」っていうのはギャグと紙一重だからだ。
 いわゆるカートゥーン――トムとジェリーのようなアニメの中で、上からグランドピアノや「五トン」と書かれた鉄の塊が落ちてきてトムがぺしゃんと潰されたりするギャグを見たことがあると思う。スラップスティックなギャグは、実写にすると残酷に見える。
 そう言えばロッチのネタに、最後はみんな車に弾き飛ばされる、っていうコントのシリーズがある。どれも面白いのだけれど、気になる人はyoutubeで検索して見つけ出してください。いや、これは文字で説明してもその面白さを説明するのが難しいからなのであって、決して手を抜いているわけではない。

 交通事故の話に戻ろう。
 さっきから散々カーラジオをいじっていたりコーヒーを飲んでいたりして事故に遭っているが、事故原因はそれだけではない。
 事故原因アンケートで十五位ぐらいにくるだろうと思えるのが、助手席の女性といちゃいちゃしていたから、というのがある。いちゃいちゃが度を越し、女性が男性の股間に顔をうずめてよからぬことをし始めると、ポルノでない限り次に起こることはまず間違いなく大惨劇である。
 そんなことをしている時に事故にあって、取り返しのつかない結果(早い話が噛み切られてしまう)を招くことは現実にも本当にあったようで、去勢恐怖とつながって、都市伝説として語られることもある。
 映画で描かれたそれは『ガープの世界』が有名だろう。教え子と不倫した奥さんの車に、二人の息子を連れたガープの車が突っ込む。この事故で長男は片目を失い、ガープは幼い次男を亡くす。そして奥さんの不倫相手のマイケルは想像通り噛み切られることになる。この映画では去勢恐怖、あるいは去勢願望が繰り返し描かれるが、ホラー映画というわけではない。
 ホラー映画ならスティーブン・キング原作の『痩せゆく男』だ。
 主人公の弁護士は女性とよからぬことをしていて、老婆を轢き殺してしまい、その夫からジプシーの呪いを掛けられる。



 最初からラストまで後味の悪い話が続くこの映画って、2009年にサム・ライミが監督した『スペル』と同じ構造だ。ただし今は「ジプシーの呪い」などと言い出すと差別表現であるととられるので、その扱いはかなり慎重だ。差別表現に気を遣っていても、後味が悪いのはそっくりで、復讐のための呪いってものを扱うとどうしても後味が悪くなるものなのかもしれない。ウラミハラサデオクベキカってやつだ。恐怖表現をやり過ぎてコメディに近付いているところも、この二つの映画は似ているんだけどね。

 交通事故の映画、というのとかなり近いところにあるのがカー・ホラーというか、自動車社会のアメリカならではの怪物自動車を扱ったホラー映画だ。
 『激突』『ザ・カー』『クリスティーン』『地獄のデビルトラック』といろいろあるが、本筋からは外れるのでこの話はまた後ほど。
 それではまた、同じ時間に同じチャンネルでお会いしましょう。


 タイトルを出した映画に関しては出来るだけ観るようにしておりますが、記憶に頼っている部分も多く、間違いなどもあると思います。もしお気づきでしたらお教えいただけると有り難いです。それ以外にも、ご意見ご感想及び質問やリクエストなどがありましたら、気楽に下記投稿フォームまでご連絡くださいまし。
SF Prologue Wave投稿フォーム

●文中の作品リスト

『ラビッド』
『チェンジリング』
『-less』
『エクストロ』
『エイリアン』
『宇宙人ポール』
『狼男アメリカン』
『31㎞』
『予兆』
『アイ The EYE』
『ファイナル・ディスティネーション』
『デッドコースター』
『「超」怖い話A 闇の鴉』
『ガープの世界』
『痩せゆく男』
『スペル』
『激突』
『ザ・カー』
『クリスティーン』
『地獄のデビルトラック』



牧野修プロフィール
YOUCHANプロフィール


牧野修既刊
『死んだ女は歩かない 3
――命短し行為せよ乙女』