「よこはま・たそがれ」井上剛

(PDFバージョン:yokohamatasogare_inouetuyosi
 先日、何となく『よこはま・たそがれ』という歌を口ずさんでいたのだが、あらためて歌ってみると、これはなかなかに奥深い歌詞だなあと感じ入ってしまった。
 この歌は1971(昭和四十六)年の発表なので、僕はまだ七歳だったわけだが、当時はこの歌の言わんとしていることがまるで分かっていなかったのだ。
 冒頭、「よこはま たそがれ ホテルの小部屋」とあるが、当時の僕は、ホテルというのは単なる西洋風の宿泊施設だという知識しかなかった。しかしこの歌は、明らかに恋愛関係にある男女の別れを描いているので、ホテルと言ってもただのホテルではなかろう。おそらくラブホテルのはずである。
 それに、「あの人は 行って行ってしまった」と歌っているからには、歌の視点主人公である女性のそばから男性が去ったということになるが、今しがた去って行ったということは、それに先立つ数十分もしくは数時間、二人は「ホテルの小部屋」でともに過ごしていたはずだ。当然、最後の名残に、するべきことはしているものと推察される。実際、「くちづけ 残り香」という歌詞が続いているから、肉体的接触はあったと考えるのが自然である。
 しかも最終的な別離は「たそがれ」、つまり夕方に発生したのだから、それに先立つ数十分もしくは数時間というのは、当然にして真っ昼間である。ラブホテルは昼間のほうが御休憩の時間単価は安いのが普通だから、逢瀬にこの時間帯を選択するのは合理的であるが、とにかくまあ二人は昼日中からそういうことをいたしていたわけである。
 子どもだった僕は、そういう状況を暗に示した歌だとも知らずに、平気な顔をして「ホテルの~こべや~」などと得意げに歌っていたわけだ。今思うとたいそう恥ずかしい。
 がしかし、この歌詞をさらに詳しく見ると、少々異なる状況が浮かび上がってくる。
 通常、ラブホテルには窓はない。また、部屋の遮音性も高いはずである。とすると、この歌詞は不自然なのだ。
 主人公は「たそがれ」だと言っている。外が見えなければ、実際にたそがれているか否かは判断できないだろう。それに、防音効果が高ければ、外の様子を音で推測することも不可能だ。
 実際、僕も若かりし頃、そういう場所で誰かさんとだらだら午睡を貪っていた時、「午後三時に入ってだいたい二時間ぐらい経っただろうから今は五時ぐらいか」と思って時計を見るととっくに七時になっていて、後の予定が狂うやら延長料金を取られるやらでエライ目に遭ったことがある。ってかアナタにもそんな経験あるでしょ。
 なぜあんなに寝こけていたのかは原因不明だが、もし外が見えていれば、日が暮れてきたことで時間の経過に気づいた筈だ。翻って歌詞の話題に戻ると、外がたそがれていることを主人公が察知していたということは、すなわちこの部屋には窓があったはずなのである。
 外が見えなくても時刻だけで黄昏時だと判断した、という解釈もあり得るが、地名と併せて「よこはま たそがれ」と言っているのだから、これは実際にたそがれの風景を描写していると考えるべきだろう。
 したがって、この歌詞の舞台はラブホテルではなく、部屋に窓のあるちゃんとしたホテルだということになる。おそらく、安っぽいビジネスホテルなどではなく、シティホテルであったろう。
 そうなると、またひとつ検討すべき課題が生じる。調べてみるとこの歌は、3月1日に発売されている。3月1日の横浜の日没時刻は、およそ午後五時半だ。黄昏時には一定の時間帯の幅があるが、とりあえず一番の歌詞の現在時刻を午後五時半と置こう。
 仮にこのホテルのチェックイン可能時刻が午後三時だったとしたら、それから五時半までの二時間半で、二人がするべきことをして別れ話を完了させて身支度をして男性が出て行くのは、時間的にちょっと窮屈ではないだろうか。よって二人は、午後三時よりは早い時刻から部屋に入っていたと考えるほうが自然である。
 それに、ちゃんとしたホテルなら、利用の際にはフロントで係員から鍵を受け取らねばならない。今から別れようとしている男女が仲良く打ち揃ってフロントでチェックインしたとは考えにくく、男性が一人でチェックインして女性は後からこっそりと部屋を訪れた蓋然性が高い。この手順で幾ばくかのタイムラグが発生することもあり得るから、それを考え合わせれば、午後三時チェックインで午後五時半に別離を完了させるという進行は、あまりにタイトである。
 とすれば、考えうる状況は三通りだ。チェックイン可能時刻が午後三時より早いホテルであったか、個別に交渉してチェックイン時刻を早めてもらったか、あるいはデイユースサービスを利用したか、である。
 一般的にいって、グレードの高いホテルは早めのチェックイン時刻を設定していることが多い。また、チェックイン時刻を早めるサービスは「アーリーチェックイン」などと称して一部のホテルで実施されているが、広く人口に膾炙しているものでもない。デイユースも然りである。
 つまりこの男は、シティホテルの利用法に関して非常に通暁している人物であると言えよう。当然、そういったホテルを利用する機会が多いはずだ。相当に可処分所得が多い身分なのだろう。
 しかも、である。「くちづけ 残り香 煙草の煙」と歌詞にあるから、最後の去り際にキスをして行ったわけだ。しかも「ブルース 口笛」である。女と別れておきながら、口笛を吹きながら去っていくのである。気障で冷酷な遊び人、といった人物像が窺えるではないか。今までも金にものを言わせて数多の女性とつき合い、その度に捨ててきたに違いない。
 主人公の女性は、二番や三番の歌詞ではずいぶん憔悴して悲しみに打ちひしがれているようだが、こんな男とは別れて正解である。「もう帰らない」などと未練にすがらず、新しい恋を見つけていただきたいものである。
 とはいえ、1971年発売のこの歌の主人公が当時二十五歳であったと仮定すると、現在すでに六十六歳か。さすがにもう――いえいえ、恋は一生現役でございますわよ、はい。

 ――というコラムを書き上げて意気揚々と編集部へ送ったらば、図子慧編集員から「この歌のモデルになったホテルが実在するらしいですよ」との指摘をいただいた。
 調べてみると、既に廃業して現在は建物も残っていないが、なかなか由緒ある老舗ホテルだったらしい。知らぬこととは言えラブホだの何だの書いてしまってすみませんでした。興味のある方は「バンドホテル」で検索してみてください。



井上剛プロフィール


井上剛既刊
『死なないで』