「ツツジの長い午後」―豆腐洗い猫その9―間瀬純子


(PDFバージョン:tutujinonagaigogo_masejyunnko
『読めば読むほどむなしくなる! かわいい猫の妖怪、豆腐洗い猫の悲惨な冒険』

 前回までのあらすじ/六十二本のツツジを挿し木された豆腐洗い猫は、『ツツジ猫ATM』に改造され、△△銀行つつじヶ丘支店に設置された。


一、ツツジ猫ATM


 猫の肛門用インクカートリッジは珍しいようだが、じっさいには、近所の文房具屋さんでも売っている。
 前回、ツツジ猫ATMに改造された豆腐洗い猫は、ATM製造会社の人によって、猫の肛門用インクカートリッジを肛門に挿入され、東京都調布市つつじヶ丘にある△△銀行つつじヶ丘支店に設置された。

 ツツジ猫ATMの構造を説明しよう。なにより重要なのは猫の肛門用インクカートリッジである。ツツジ猫ATMは、入金、振込、通帳記入といった難しい作業はできない。猫のかわいさと機能性は両立しないのだ。

 猫はATM用クッションの上に、人間が腰かけるように、腰をクッションに載せ、上半身は立てつつ、うしろ両脚を前に出し、座っている。

 まず、お客さんが銀行カードを猫の口に入れる。猫のピンクの鼻の穴には、USBポートがあり、テンキーのケーブルが差しこまれている。
 テンキーは猫のかわいいおなかに、柔らかい毛皮につつまれて乗っている。
 お客さんはテンキーの数字を軽快に打って、暗証番号と下ろしたい金額を入力するのだった。

 すると、豆腐洗い猫は、胃の中に溜めたコピー用紙を胃腸の蠕動運動によって、肛門まで送る。猫の肛門用インクカートリッジ(インクジェット方式)が、コピー用紙にお札の模様を噴出し、肛門から排出する。また背中に生えた六十二本のツツジの花がアンテナになって、銀行の中央コンピューターと情報をやりとりするのだ。

 ツツジ猫がATMになった△△都市銀行つつじヶ丘支店のATMロビーは広く、ピカピカに輝くクリーム色の床に、観葉植物の鉢とともに、普通のATMが十数台並んでいたが、お客さんは当然、かわいいツツジ猫ATMに群がった。

 苔橘(こけたちばな)さんの奥さんが言った。「じゃあ十万円下ろすわ」
 ツツジ猫はお客さんがリクエストしたぶんだけお金を印刷する。また、コインを鋳造する。六万八〇〇〇円札と二五三円玉しか作れません。

 六万八〇〇〇円札には、久留米ツツジを作った久留米藩士・坂本元蔵さんの肖像と美しいツツジが印刷されている。虹色に光っている。

 苔橘さんは猫の肛門に目をこらし、じっと待っている。猫の肛門から、猫の肛門用インクカートリッジのみごとな印刷によって作られた新品のお札とコインがじゃらじゃら出てきた。明細書もいっしょだ。
 十万円下ろす苔橘さんの奥さんは、六万八〇〇〇円札を一枚と二五三円玉を一二六枚受け取った。
「ありがとうございますにゃー」猫が苔橘さんに言う。
 苔橘さんが猫の頭を撫でる。「本当にかわいい猫ちゃんねえ」
 猫はにゃーにゃーと苔橘さんに愛嬌を振りまく。あまった一二〇円は当然ツツジが着服していた。

 計算あってるかにゃー、と、豆腐洗い猫は思った。

 となりのATMが言った。『二円消えてますね。ツツジ猫、いや豆腐洗い猫の手数料?』(注)

 ぎゃあああにゃーー!!! 豆腐洗い猫は苔橘さんを追いかけたかったが、もう次のお客さんが並んでいる。

「苔橘さんにゃー! お金、二円にゃー」豆腐洗い猫が叫ぼうとしたところを、ツツジがとめた。
 ツツジ猫ATMのツツジ部分が、となりのATMに言った。「二円の間違いがなんや。日本人の悪い癖や。優秀な人やツツジが、細かい、こまーいことにうつつを抜かし、血眼になって眼から血を流し神経を衰弱させ胃潰瘍になってどないするんや。もっとええ意味で大雑把にならんとな。それが世界標準、グローバルスタンダードやでえ」

「なあ、君もそう思うやろ」ツツジ猫ATMのツツジ部分は、ATMロビーのはじに置かれている観葉植物サンセベリアに言った。

 サンセベリアは、「いやー別にー、植物だから関係ねーよ」と答えた。
「そない志が低いことではあかんなあ」とツツジは言った。

 久留米ツツジ、濃いピンクの『摩耶夫人』が言う。「葉っぱを切り刻まれて挿し葉にされて、むりやり人間たちに殖やされたそのとき、君の魂まで切り刻まれたんかいな」

 久留米ツツジ、紫がかったピンクの『裾濃の糸』(すそごのいと)が言う。「わしらツツジは園芸植物の大先輩として、君の熱い魂を感じる。サンセベリアよ、君はこんな東京都調布市つつじヶ丘のバカATMのとなりに、空気がきれいになるかな? みたいな感じで植えられとう器やない」

 豆腐洗い猫の口にはすでに、次のお客さんのカードが差しこまれ、暗証番号と、下ろす金額『三八〇〇〇円』が入力されていた。
 どうやって支払うべきだろうか。
 豆腐洗い猫は、銀行員さんが貸してくれた電卓を前足で持ちあげ、三万八〇〇〇割る六八〇〇〇を計算したが、猫の肉球は電卓の間違ったボタンを押してしまう。そのたびに『C』ボタンを押そうとするのだが、また『C』ボタンも間違って押して『7』『MR』とかを押してしまう。
『MR』って何だろうにゃーと豆腐洗い猫は焦りながら思う。計算機だからmathematic right? 数学の権利って何だろうにゃー?
 それでもがんばって計算して電卓に出た数字は、もちろん一以下だし、小数点以下がいっぱいついた割りきれない数だし、どうしていいのかわからない。

「かわいいわねえ、猫が電卓で計算してるわ」急いでいるはずのお客さんたちも、豆腐洗い猫がいっしょうけんめい計算している姿に、思わず足を止め、にこやかに眺める。

 豆腐洗い猫の小さくかわいい脳に侵入したツツジの根は、豆腐洗い猫の脳を使い、また発声器官も使い、サンセベリアに話しかけつづけている。口には銀行カードが入っているのだが、それでもむりやり話すのだった。

 六十二本の久留米ツツジはサンセベリアにつぎつぎに話しかける。
 久留米ツツジ、ほんのりピンクの『朝霞』が言う。「君がアフリカの乾燥地帯からやって来たときのことを忘れたんか。君の挿し葉仲間全員が『天下を取れよ』と応援してくれたやろが」

 久留米ツツジ、可憐なピンクの『宮城野』が言う。「君のクローンきょうだいたちに申し訳あれへんと思われへんのか。天下を取れよ、というても君の個人的幸福のみを追求したらそれはあかんのや。世のため人のため植物のために尽くす……それが君の幸福やないのか? 坂本元蔵さんもそう言うてはる」

 サンセベリアが尋ねる。「坂本元蔵?」

 久留米ツツジ、いかにもピンクの『麒麟』が言う。
「江戸時代後期の久留米藩士で、わしらのような美しいツツジを世に送り出した聖人・神・創造者のお人や、君はなあ、人間に愛されたことがあれへんのやろなあ」

 久留米ツツジ、どぎついピンクの『綾姫』が言う。
「きびしいことを言うようやが、せやから君は公共心に欠けとうんやわ。人間や植物を想い、幸福を願うことができへん。教えられてへんのやからあたりまえや。だがわしらは知っとうでえ、君の中に眠る激しい愛への渇望を! 愛すること、愛されることを望む、燃えさかる魂を!」

 サンセベリアが感動のあまり涙を流す。


二、△△銀行つつじヶ丘支店長の苦悩


 銀行員さんたちが言います。「ツツジ猫ATMが来てから楽しいわね」銀行員さんたちは、争って猫の世話をしようとした。近所の文房具屋さんに、猫の肛門用インクカートリッジを買いに行く当番を決めるのに、みんなでくじ引きをした。

 ツツジ猫の前は今日も人だかりである。わき起こる「かわいいかわいい」の声。ツイッターに流れる猫ATM写真。ユーチューブに流れる猫ATM画像。全世界のフェイスブック会員全員が猫のかわいさにのたうちまわりながら『いいね!』を連打する。

 他のATMはガラガラなのに、ツツジ猫ATMだけ行列ができ、ボランティアが列の案内をしている。△△銀行つつじヶ丘支店のあるビルを取り囲むツツジの植え込みにまで、人々があふれ、デジタルカメラを構えて並んでいる。
 ツツジ猫ATMまんじゅうやツツジ猫ATM携帯ストラップを売る物売りの声が響きわたる。

 ATMロビーに、支店長さんがやって来た。「お客様、たいへん申し訳ございませんが、ツツジ猫ATMはメンテナンスをいたしますので……」客からブーイングの声があがった。

 お客さんたちは、ツツジ猫ATMのために電車や新幹線や飛行機を乗り継いで、つつじヶ丘までやってきたのだ。新たに△△銀行の口座を作ったお客さんもいっぱいいる。あまりの人気に、通帳にもカードにも『ツツジ猫ATM』の写真入りのやつができた。

 ツツジ猫ATMは座っていたATM用クッションから、ぐにゃっと抱き起こされ、支店長さんに抱っこされて△△銀行つつじヶ丘支店の二階にある『ご融資相談室』に連れて行かれた。

 二階のご融資相談室は完全防音である。窓のサッシは三重だ。悲鳴はどこにも届かない。お金を返さなかった人々の嘆き悲しむさまや、拷問の有様が描かれた油絵が壁にかかっている。隅に置かれたサンセベリアだけが客を見守るのだ。
 簡素なソファに、ツツジ猫ATMはごろんと転がった。豆腐洗い猫はツツジに栄養を吸い取られた上、ずっとATMをやっていたからもうふらふらだった。正面のソファに支店長さんが腰かける。
 支店長さんが、さすがに支店長さんだから冷静に言う。「なぜ、君にここに来てもらったかわかるね?」

 にゃー? と猫ATMは答えた。

「計算が合わないんだよ、さてどうしようかなあ。君は人気者だ。だがね、お金をちょろまかすATMというのはなあ」支店長さんが言った。「辞めてもらうしかないだろうなあ」
 ツツジ猫ATMはかわいく言った。「にゃー。ちょろまかしてなんかいないにゃー。計算間違えただけにゃー。猫ちゃん脳だからしかたないにゃー……」

 ツツジが言う。「支店長はん、支店長はんになるほどの大人物が、たかが猫一匹を責めちゃあかんにゃー」
 ソファのとなりに置かれたサンセベリアが言った。「支店長さん、ツツジ猫ATMはいつも僕を励ましてくれたんです。立派なATMです」

 支店長はふと、自分のエリート銀行員人生を振り返った。

 東京旧帝国大学経済学部銀行学科卒業後、ハーヴァード・ビジネススクールでビジネス経済動物学を学ぶ。マサチューセッツ工科大学大学院ATM学科ATM博士号取得。そろばん日本一。七桁の四則演算が暗算でできる。

 子供のころは公文式に通って、小学一年から微分積分をやっていたなあ。マサチューセッツ工科大学ATM学科をトップで卒業したなあ。教授のスティーブンソンさんは元気かなあ。スティーブ・ジョブズとそろばんで計算合戦をしたなあ。
 NASAにも誘われたが、銀行で働くために断った。
 エレガントな数字が、欲望にまみれた金という悪徳の源泉に変わる恐怖と官能を味わい尽くすことが我が人生だと思い定めたのだからなあ。

 しかし今は猫やツツジやサンセベリアのたわごとを聞かねばならない。支店長はツツジ猫ATMに言った。「猫の猫親さがしボランティア団体に連絡したからね。君は君をかわいがってくれる家族をみつけてもらえるよ」

 ツツジが言った。「家族やと? 猫を猫扱いしておもちゃやインテリアにして触りまくるだけやろ。ツツジ猫はなあ、坂本さんが作ってくれたんや、偉大なる神の子やで。そこらのぼんくらに家族とか言われて弄ばれてアホ名前をつけられるのは間違っとう、おまえ四則演算がよくできただけのアホ支店長」

 ツツジたちが声を揃える。「神を粗末にするこの銀行は潰れるであろう。アニミズムをバカにする者はアニミズムに滅びる」

 支店長は言った。「寛容な処置だよ。猫やツツジ相手に裁判を起こすのもアレだからねえ」

 六十二本のツツジの声が、ご融資相談室いっぱいに荘厳にこだました。あたかも遠い昔、皓々たる月に照らされた古代ギリシアの劇場を見るかのようだった。
 ツツジたちが言う。「天国が来たるとき、おまえの肛門に猫の肛門用インクカートリッジのマゼンダ、イエロー、シアン、ブラック、蛍光ピンクが突っ込まれるだろう。花の美しさも愛でられんやつが、人の上に立つその傲慢の罰が下るであろう」
 サンセベリアがツツジの演説をうっとり聞いている。
 支店長が指を鳴らすと、パーテーションの影に隠れていた他の銀行員がいっせいに飛びかかってきた。猫をつかまえ、檻に入れる。

 ツツジ猫が叫ぶ。
「サンセベリアよ! 見よこの人々の傲慢を。これがこいつらの正体や、いたいけなツツジや猫になんというひどいことをするんや!」

 豆腐洗い猫はにゃーと思っていたが、ツツジの細い根に全身の神経をあらかた占領されているので、何もできない。

 檻の中で、ツツジが豆腐洗い猫の発声器官を使って叫ぶ。「ストライキや! 悪い資本家を懲らしめるには団結するしかあらへん。サンセベリアよ! そして△△銀行の入り口の我が同胞たちよ! ストライキを決行するんや! 植物の底力見せたれ!」

 ……△△銀行つつじヶ丘支店はなんかエコな理由で酸素自給自足生活を送っていた。酸素が不足し、銀行員と客、合わせて四十六人が死亡した。

 植物のストライキ、それは光合成を休むことである。そして酸素が出ない→動物死亡というシナリオである。
 檻から這い出ると、銀行員さんとお客さん四十六名の死体を前に豆腐洗い猫は慌てた。

 かわいがってくれたお客さんたちの笑顔が脳裏をかけぬける。

 ツツジ猫ATMに会うためにつましい貯金を毎日二五三円ずつ下ろしに来た山下さんのおばあさんや、猫大好きフリスキーを毎日一かけ持ってきてくれた地域猫運動を推進する吉田さん。

 会社が終わったあと、泣きわめく子供たちを保育園に迎えに行かねばならないが、ママチャリで全力疾走して銀行に寄り道し、「猫ちゃんに会うとほっとするよ」と言って撫でてくれた大谷さんのパパや、優しくしてくれた銀行員さんたち。銀行員さんたちと撮った写真を猫は大事に持っている。

 にゃー! ぎゃー! 取り返しがつかないにゃー!!! 外で、救急車とパトカーと消防車のサイレンが聞こえてくる。

 六十二本のツツジが豆腐洗い猫の神経を操り、猫は二階のご融資相談室の窓からぴょんと地面に飛び降りた。
 背中で開花した、直径五〇センチの調布ツツジ『サイコパス調布』の花びらがパラシュートになり、猫は建物の外にふんわり着地した。

 事件のあと、現場検証の刑事さんたちは困惑していた。防犯カメラに写っているのは猫とツツジだけである。猫やツツジがこの凄惨な事件に何の関係があるだろうか。この△△銀行つつじヶ丘支店四十六人死亡事件は永遠の謎として残った。

 その後●●銀行が同じ店舗に入ったが、ビルの入り口の植え込みのツツジたちはいい気になっている。「ちょ、生意気やし退屈やから人間たちを懲らしめたろ。光合成ストライキや」
 サンセベリアもツツジの尻馬に乗る。
 そして●●銀行の銀行員さんも死亡するのだった。

 サンセベリアは自分の実力に酔っている。「知らなかった! 自分にも力があるなんて! 故郷のアフリカからむりやり引き離され、葉っぱを切り刻まれ、挿し葉にされて大量に増やされダイソーで一〇五円で売られて、飽きられたらポイと捨てられるのが似つかわしい自分だと思っていた」
 サンセベリアの感慨は続く。
「ああ、そんなのは自己評価が低すぎた!! サンセベリアは人間たちに騙されていた! 我々はかくも偉大な植物だったのだ!」


三、植物たち


 植物たちは、人類の、そして豆腐洗い猫の生殺与奪の権利を握っているのだ。光合成ストライキはその事実を天下に知らしめた!
 植え込みに咲くツツジたちは、植え込みにぽいと捨てられた色んな雑誌を読み、物知りである。日帰り観光ガイドブックや通販カタログのような、欲望を掻きたてる記事もたくさん読んでいる。

 東京都調布市つつじヶ丘を歩いていた通行人の大学生・大屑原翔也(おおくずはら・しょうや)くんは、植え込みのツツジから声を聞いた。ような気がした。
「あのなあ、ちょっとなあ、わしらはディズニーランドに行ってみたいんやわ」

「ええ? 今、ちょっと忙しいから。バイトがあるから」

 真面目な大屑原くんはバイト先のコンビニのシフトを心配している。大屑原くんが出勤しないと、前のシフトの烏賊下足田(いかげそだ)さんが帰れなくなってしまう。烏賊下足田さんは早く帰って夕ご飯を作らなくてはならないのに。

 というかツツジが話しかけてくる幻聴というのはやばいのではないだろうか? 大屑原くんはスマートフォンから『ツツジが喋る幻聴、なう』とツイッターに書いた。

「じゃあ急ぐから」大屑原くんはコンビニに向かおうとした。

 怪奇植物サイコパス調布が直径五〇センチの青と白と紫とピンクの絞り咲きのツツジの花を広げ、大屑原くんの頭をくるんだ! そして囁く。「光合成ストライキするでえ」
 大屑原くんは息が苦しくなってくる。
「植物がどんなに偉大かわかっとんのか?」

 気の毒な大屑原くんは、そのままホームセンターに行き、苦労して稼いだバイト代で、植木鉢と培養土を買った。

 ツツジが大屑原くんに言う。
「培養土は鹿沼土七割の腐葉土三割やで」
「ツツジは弱酸性の土壌が好きなんやわ。日本の国土は弱酸性やからなあ。ツツジは本邦原産で万葉の昔から愛されとう。アメリカあたりでツツジを育てている優れた審美眼を持ったツツジ愛好家の皆さんは、土を弱酸性に保つのに、えらい気ぃくばってはるでえ。美を愛する心持ちは万国共通やなあ」

 大屑原くんはホムセンで植木鉢と培養土を買ってくると、植え込みのツツジを植木鉢に植え替え、鉢を両手にかかえた。
 大屑原くんは京王線つつじヶ丘駅から、ディズニーランド行きの電車に乗った。
 ミッキーマウスとかが描かれたディズニーランド行きの電車には、あちこちに植木鉢を持った人がいた。植木鉢に植えられているのはほとんどがツツジだが、中には、ツツジに励まされたサンセベリアの、挿し木されて増えたクローンきょうだいもいる。

「人間よ、」とツツジが大屑原くんに言う。
「わしらツツジはなあ、ずっと道ばたの植え込みにおった。いつも道ばたに這いつくばって、チンケなオレンジ色の花でかわいい振りをしたナガミヒナゲシのような図々しい悪の外来種から、わが国の生態系を守るために戦いつつ、人間たちのために喜んで排気ガスをかぶっとったんや。そやからなあ、いっぺんだけなあ、高い視点から物事を見てみたいんや。なあ、それくらいしてもらってもええやろ」

 優しい大屑原くんは、ツツジに言われるまま、ディズニーランドのアトラクションがよく見えるように植木鉢を頭に載せた。そして植木鉢が割れ、大屑原くんの髪をかきわけ、頭蓋骨のヒビに細いツツジの根が浸透していく。酸素がなんか濃いような気がする。ので、大屑原くんはハイになった。

「ディズニーランド、なあ。もっとツツジが活躍するアトラクションはないんか。ミッキーマウスなんかネズミやわ。豆腐洗い猫にさえ負けとう」

 かのようにして、
 植物用娯楽施設『プラントランド・ジャパン』が誕生した。
 『ジャパン』とついているのは、もちろん、海外進出も視野に入れているのだ。

 『プラントランド・ジャパン』では、巨大ハエトリソウが人間や馬鹿犬を食べるアトラクションが人気だった。観客は頭にツツジを生やしている人ばかりだった。
「植物の横暴・傍若無人を許さないぞ!」フリーダム人間党の人が甲州街道でデモ行進をしている。その横の植え込みでいっせいに光合成ストライキが行われる。フリーダム人間党の人々が酸素不足でばたばたと倒れる。

「人権を守れ!」と息も絶え絶えに道路に這いつくばったフリーダム人間党の人が叫ぶ。
 植え込みのツツジが嘲笑う。「人権より植物権やわアホ! 酸素のうても生きられるようになってから言えや」「君らはまさか人間のほうが植物よりえらいなどというたわごとを信じとんのか?」「人権なんて人間が作り出した単なるフィクションやろ!」「しかし植物が酸素を作っとう、これは厳粛なる*事実*や!」

 植物に言われるままに、頭にツツジを生やした人々は、フリーダム人間党員たちを巨大ハエトリソウの餌食にするのだった。

 植物は光合成して、酸素とともにデンプンなどの有機物をつくり、ちょっと宿主の人間にも分けてくれるので、頭に生やしておけば、あまりものを食べなくてすむ。これは良いことではなかろうか。人々は怠けられるのだった。(ただし、豆腐洗い猫のように、みずからのキャパシティを越えて植物を六十二本も生やしていると、吸い取られる栄養のほうが多い)
 とにかく自分の頭に生えている植物を心をこめて栽培すればいいのだ。

 頭に生やす植物は色々で、野菜も人気だった。プチトマトを育てて、ちょっとつまんで食べるかわいい少女たちの姿があちこちで見られる。新米豆腐屋さんの頭陀袋留美子さんはせっせと理想の大豆を育てている。最近は、かわいいペットの犬や猫の頭の上にもきれいな植物を生やすのが飼い主のつとめとされている。

 しかし、大根とか人参といった根菜を育てている人たちはなかなかたいへんだった。あたりまえだ、脳味噌の中にがんがんサツマイモとかが増えていくのだ。


 夕暮れの甲州街道を、頭に大根とか生やした人々が急いで家路をたどる。

 なぜならば、頭に植物を生やしていると、日光が出ているうちに生活しないといけない。二十四時間コンビニエンスストアもあるが、人間の従業員はいない。

 人間はもうすべて、地下活動を続けるフリーダム人間党員を除き、みんな植物を頭に生やしている。そして、コンビニはすべてサカタのタネさんの直轄になり、売られているのは、殺虫殺菌剤のオルトランCとか植物活力素メネデール、鹿沼土とかばかりだ。

 ちなみに、頭に生やす植物として、ツツジ大人気だった。常緑樹で一年中光合成してくれるし、植え込みにたくさんあるから入手も容易だ。
 根っこが細くて根張りが浅く、人間の肉体と共存しやすい。低木だからサイズも手頃だ。ケヤキなどの高木を生やすとたいへんだ。そしてツツジの蜜は甘い。花も美しい。
 人間の頭に生える植物のうち、ツツジのシェアは七〇パーセントを突破した。

 豆腐洗い猫の背中でツツジが言った。「日ごろ人間たちに尽くした甲斐があったなあ」

 にゃー……と、猫は思った。豆腐洗い猫の肛門には、猫の肛門用インクカートリッジが入ったままであり、今回は豆腐洗い猫なのに豆腐も洗っていないのだった。


怪奇植物編終わり つづく

注 ツイッターで、xzr_twさまにじっさいにいただいたご指摘。xzr_twさまは黒猫アイコンがかわいい。https://twitter.com/#!/xzr_tw



間瀬純子プロフィール


間瀬純子既刊
『短篇ベストコレクション
現代の小説2012』