「野原のお茶会」高橋桐矢


(PDFバージョン:noharanoochakai_takahasikiriya

 小さなリスがわたしの背中をつるりとなでた。
「この石が、平たくてテーブルにちょうどいいよ」
 失礼な! テーブルになりそうな石はこの野原にいくらでもあるのに、とわたしは思ったがだまっていた。リスはわたしの上に山盛りの野イチゴのカゴを、どさりと置いた。
「早く早く!」
 と、だれかを手まねきしていたと思ったら、いきなり、ぴょんと飛び上がる。
「いけない! ぼく、カップを用意するのを忘れちゃった」
 いつものことながら、小さなリスはせっかちだ。おさない子供のころから忘れ物をして母さんに怒られたり、うっかり失敗してきたのをわたしは知っている。
 今、かたほうのひげが短いのも、ととのえようとして短く切りすぎてしまったからだ。
 おさないころからの性格は直らないものだ。
 今さら何を言っても無駄だ。
 リスがいなくなって、静かになった。ほっとしていたら、いつのまにか、すぐそばにカタツムリがいた。音も立てずに静かにはってきたものだから、気づかなかった。
 カタツムリは、わたしのまわりをゆっくりゆっくりはいまわってから、はしからのぼってきた。
 最近この原っぱにやってきたカタツムリだ。野イチゴをうまそうに食べているのを見かけたことがある。
 カタツムリは、気がのらないようすで、つきでた目をゆらゆらとゆらしながら、あたりをうかがっている。
「お茶、あんまり好きじゃないんだけど」
 カタツムリのつぶやきに、なるほどとわたしは思った。最近ここに住むようになったカタツムリを、リスがお茶によんだのだろう。
 せっかちで早とちりなリスのことだから、カタツムリがお茶がキライなのも知らずに、いや、どうせ調べもしなかったのだろう。
 カタツムリのほうも、乗り気でないながらも、断りきれずにやってきたというわけだ。
 くだらない茶番だが、ひまつぶしに見てやってもいい。わたしはそうっと首を伸ばした。と、こちらの準備も整ったところで、リスが戻ってきた。
 リスは、手に持ってきたすずらんの花をわたしの上に置いた。これがお茶のカップか。たおれないよう、わたしは背中をまっすぐにしてやった。
「これからお茶会をはじめます」
 リスは二本の前歯をつきだして、にぃっと笑った。なんとも品のない笑顔だ。緊張しているのだろうか。普通に笑えばかわいい顔をしているのに、まったく。
 カタツムリもそう思ったのか顔をしかめた。……もしかしてリスの顔を見てではなく、すずらんのカップが思ったよりたっぷり大きいのを見て、かもしれないが。
「おまねきくださいましてありがとうございます」
 それでもカタツムリは礼儀正しかった。そこだけは少し見直したが、なんにせよお茶が好きじゃないのに、お茶によばれる気持ちはわからない。
 好きなものは好き。嫌いなものは嫌い。わたしの考えは明快だ。
「あの、今すぐ用意しますから」
 遅くなったことを怒っていると思ったのか、リスはあわててお茶の準備をはじめた。
 すずらんの花に、すずらんの葉で集めた朝つゆをそそぐ。くだものカゴの中には、野イチゴが山盛りだ。昨日、リスが山に行ってつんできたものだ。
 そうか、とわたしは納得した。野イチゴはカタツムリの大好物なのだ。前に見かけたとき、いじきたなくムシャムシャと食べていた。お茶はほしくなくても野イチゴは食べたいのだろう。
 だからお茶会に来たのだ。
 そう思うと急に、カタツムリのすました顔が、いやしい顔に見えてきた。
 どうせあわて者のリスはそんなことに気づきもしないだろう。
「カタツムリさんをおさそいして、よかったです……あの、ハチミツは入れますか?」
 リスの口調はかたくるしく緊張している。
「あ、はい」
「ハチミツの甘いのは、食べられるんですね」
 リスはすずらんのカップに、はちみつをたらし、野イチゴのおしべのスプーンでかきまわした。
「イチゴも甘くておいしいんだけど」リスは残念そうにつぶやき、すぐに言い直した。
「あ、ごめんなさい。イチゴは好きじゃないんですよね。無理にすすめてるわけじゃなくて、あの、無理して食べなくていいですからね」
 カタツムリは、なんともいえない複雑な表情でうなずいた。
 わたしは考えをめぐらせた。
 おたがいの好きなもの、嫌いなものも知らないようだ。
 お互いの受け答えを聞くかぎり、二人はそれほど親しくないのだろう。今日会ったばかりなのかもしれない。
 イチゴがあるからと、お茶にさそったのはリスだ。
 カタツムリはイチゴは好きじゃないと、一度はことわったのだろう。
 そのくせ、こうしてやってきた。ばかなカタツムリだ。
 好きなものは好きで、嫌いなものは嫌い。そうはっきりと言えばよかったのだ。こんな簡単なことがなぜわからないのだろう。わたしは、腹が立ってきた。
 リスが、すずらんのお茶をさしだした。
「どうぞ」
 カタツムリは、うなずいてうけとり、カップの中をじっとながめている。やはりお茶は好きではないのだ。しばらくまよっていたが、決心のついた顔で、ぐっと一気に飲みほした。
 リスがすかさず手を伸ばした。
「そんなにのどがかわいていたんですね。おかわりありますよ!」
「いえ、あの、いいです」
「遠慮せずに」
「していませんってば」
 ああじれったい。見ているうちに、わたしののどがかわいてきた。
 リスはカタツムリからむりやりカップをもぎとると、たっぷりと朝つゆをそそいだ。
「ここに入れるはちみつの量がむずかしいんですよね。あとおしべのスプーンはすばやくかきまぜないと、ふにゃっとなっちゃいますから。花粉がほどよくまじるように、てばやく、こんなふうに」
 さっきまで緊張していたのが、急におしゃべりになっている。
 その様子を見ているうちに、リスがカタツムリをお茶にさそった理由がわかった。リスは、最近、お茶の作法をならっていたのだった。おぼえたばかりで、誰にでもお茶を入れて見せたいのだ。それを知っている友達は、めんどうくさいから逃げたのだ。
 だからしかたなく、さほど親しくないカタツムリをさそったのだろう。
 とはいえ、お茶の練習をしたいから飲んでほしい、本当は誰でもいいんだけど、と言えるわけがない。
 カタツムリだって、友達でもないリスとお茶なんて飲みたくもないけれど、野イチゴだけは食べたいなんて言えるわけもない。
 カタツムリは、さっきからじっと野イチゴのカゴをちらりちらりとながめている。
 リスは首をひねったが、「あの、もし食べられるならイチゴもどうぞ」と声をかけた。
 カタツムリは、すごい勢いで、首をふった。食べたいだろうに、いまさら言えるわけもない。
 食べたくてしかたないのを、がまんしている。
 なんとも気の毒だ。
 せっかくのイチゴも、お茶会を断る口実につかってしまったとなると、もう食べるわけにはいかない。
 しかたなしに、リスが、野イチゴをぱくぱく食べはじめた。それをカタツムリは、なぜかうっとりとした表情で見ている。
 カタツムリにとっては、こんなにつらくて無駄な時間はないはずだ。
 わたしは内心、ため息をついた。
 世の中、なんて、無駄が多いのだろう。
 うそをつくから無駄が増える。うそと無駄、ちっともシンプルじゃない。もっと単純明快に、暮らせないものか!
 カタツムリは半分あいた口から今にもよだれをたらしそうだ。わたしの背中によだれがこぼれる。
 もうがまんできない。
 わたしは、とうとう口を開いた。
「お前ら、いいかげんにせんか!」
 リスが「ぎゃっ」とさけんで飛び上がった。驚いて体をカラにひっこめたカタツムリは、ころころと転がっていった。
 わたしは、背中の甲羅の上の野イチゴのカゴとすずらんのカップをこぼさないよう、そっと体をおこした。
 飛びのいたリスが、目をまんまるくしてつぶやいた。
「カ、カメさん」
 カタツムリが、カラからそっと顔を出した。
 わたしは、ずばっと言ってやった。
「カタツムリ、イチゴは大好きなのに、うそをつくな」
 カタツムリははっとして一瞬、カラに顔をひっこめた。リスがカタツムリにつめよった。
「そうなの? どうして?」
 カタツムリは、わたしとリスをかわりばんこに見つめた。それからゆらゆらゆれる目で、わたしのことをじろりとにらみつけ、口をとがらせた。
「わたしが野イチゴ好きと知ったら、リスさんが遠慮して食べないからよ!」
 リスは、意外そうな顔をした。
「ぼくはてっきりカタツムリさんが無理してきてくれたとばかり」
「無理してないわ。さそってくれてうれしかった」
 リスは顔を赤くしている。
 なんだか、思わぬ方向に行きかけている二人に、わたしは肝心なことを思い出させてやった。
「リス。早とちりするんじゃない。カタツムリはお茶が嫌いなんだ。だからリスは、ほかにお茶を飲んでくれる相手をさがせばいい」
 するとリスは大きく首をふった。
「ぼくはカタツムリさんにお茶を入れてあげたかったんだ」
「そのカタツムリがお茶を嫌いだって言ってるんだ」
 リスは、一瞬、ぐっとつまったが、生意気にも言い返してきた。
「でも野イチゴは好きなんだよね。だから野イチゴを食べてほし……」
 強気なまま言い切ることができずにうつむいてしまう。
 カタツムリは、とびでた目をふるふるとふった。
「だって野イチゴはめったに見つからないごちそうよ。リスさんがそう言ってたんじゃない」
「だから、カタツムリさんに食べてほしいんだ」
 リスの声は消えいりそうだ。
 聞いているうちにわたしは、だんだん面倒くさくなってきた。
「じゃあ、半分にすればいいじゃないか。リスはカタツムリに食べてほしい。カタツムリもリスに食べてほしい。そうだろう? 単純なことだ! シンプルに!」
 その瞬間、ぱっと顔を上げたリスはにこっと笑い、カタツムリと顔を見あわせた。
 カタツムリが、「三人で分けましょ」と言った。
 リスも「それがいいよ。三人でお茶会しよう」と答えた。
 わたしは「なんでそうなる」とさけんだ。
 カタツムリとリスは、二人とも、にんまりと笑っている。
 リスはいつのまにかカゴの中から、すずらんのカップをもう一つとりだした。
「カタツムリさん、うまくいったね」
 リスが小声で言ったのが聞こえた。カタツムリがリスをたしなめた。
「言っちゃだめよ。おへそを曲げちゃうから」
 わたしは、聞こえなかったふりをした。
 シンプルに。単純に。好きなものは好き。嫌いなものは嫌い。そうできたら苦労はない。できないから、そうしたいと願うのだ。わたしはそう願いながら、こうやって重い甲羅を背負って、ずっと一人ですごしてきた。
「カメさん、お茶会しましょう」
 わたしはお茶は嫌いじゃない。いや、むしろ好きだ。ひさしぶりにたくさんしゃべってのどもかわいた。
 カタツムリに、わたしは「しかたないな」と答えた。
 これは本当のことだ。そこまで言うならしかたがない。
 誰がなんと言おうと、本当のことだ。
 リスがすずらんのカップを手に持った。
「ぼくがお茶を入れましょう」
「わたしはもうお腹いっぱいよ」
「じゃあ、カタツムリの分も、わたしがもらおう」
 わたしの答えにリスが、目をくるっと丸くした。
 カタツムリがとびでた目をゆらゆらとゆらした。
 わたしは、うぉっほんとせきばらいした。
 すぐそのあとで思った。今のせきばらいは、いらなかった。
 まったく世の中、無駄が多すぎる。
 もうすこしシンプルに生きられないものか。




高橋桐矢プロフィール


高橋桐矢既刊
『はじめてのルーン&パワーストーン
組み合わせ入門』