「黄泉の縁を巡る 3」片理誠(画・小珠泰之介)

(PDFバージョン:yominofuti03_hennrimakoto
「随分、広いのね」
 リラの声が少し硬い。
 広大な宇宙空間にいる時よりも、重巡洋艦の格納庫の中という閉鎖空間を漂う時の方が不安感が強いというのも考えてみれば奇妙な話だが、確かに広大な空間だった。
 俺のラグタイム・ウルフが二百隻は格納できそうな部屋だ。ハンガーの形状から察するに、戦闘機ではなく大型ミサイルの格納庫だったらしい。だが今は全て空だった。どうやら全弾を撃ち尽くした後で大破したようだ。
 辺りは漆黒の闇だ。ライトで周囲を照らしながらウルフはゆっくりと進む。本当ならドローンと呼ばれる機械端末を繰り出して手広く周囲を探査したいところなんだが、生憎、その装備は切らしたっきり補充ができていない。やれやれ。ますます貧乏が嫌いになりそうだぜ。
 空間自体は広いが、立体格納庫の柱や梁が縦横無尽に走っているのでひどく進みづらい。剥き出しのフレームはどれもまだギラギラと銀色に輝いていた。
「船長! あれ!」
 少女が行く手を指さす。
 部屋の一番奥、床の上にウルフとさして変わらないような大きさの宇宙船が止まっていた。
 ライトで照らしてよく見てみる。
「ビンゴ! 救出依頼のあった船だ。あの船名、間違いない! ……そしてどうやら、ただ働きをしなくてもすみそうだぜ。機械人のボディが二体、宙を漂ってる。生きてるようには、見えねぇな」
 実際、二体の胸には焼け焦げたような跡が見受けられた。
 船の方には外傷はないみたいだけど、とリラ。
 俺は席を立つ。
 今度の「気を付けてね」は、いささか心細そうに聞こえた。
 ラックからヘビー・ハンドガンを取り出し腰のマウントに固定する。有質量弾用の大口径拳銃だ。ビームやレーザーといったエネルギー兵器の類は便利だが、どうも俺の性には合わなくてね。慣れ親しんだ火薬の反動がないと落ち着かないのさ。それに火薬式の銃は大気中でも威力がさほど変わらないなど、色々と独自のメリットも多い。
 機械人が殺されているとなると俺も安穏とはしてられない。たかが拳銃一丁と侮るなかれ。こいつはかなりのハイパワータイプで、たとえ装甲を貫通できなくてもその衝撃だけで大抵のマシンをオシャカにできるってぇシロモノなのだ。
 俺の義体には一応、低出力とはいえ姿勢制御用バーニアが内蔵されているので、ちょっとした宇宙遊泳程度なら特別なユニットを装着する必要はない。もちろん、機械人である俺には生命維持装置の類も不要だ。つまりこの大口径拳銃こそが俺のフォーマル、正装というわけだ。
 ウルフのハッチは標準サイズなので大柄な俺のボディには少し狭い。そこを潜り抜けて船外へ。二〇メートルほどをゆっくりと下って、着低。足裏の電磁石を作動させて感触を確かめる。
 まずは機械人の方からだ。一歩一歩を噛みしめるようにして近づく。
 宙を漂っているボディはどちらも同じ型だった。ケースと呼ばれる廉価版、つまり安物の義体だ。俺が使っているシンスというタイプのボディよりも更にグレードは低い。子供程度の大きさしかなく、パワー、スピード、精密性、その全てにおいて見劣りのする、ロボット・ボディの中でも一等格下の体だった。もっとも、スカベンジャーにとってはこれで十分だったのだろう。実際、この小さな体は経済的で、船で長時間生活するにも適している。過剰なスペックを嫌う、本物指向の機械人の中にもこのボディの愛好者は多いので、安物だからと言って安易に三流機械人と決めつけることはできない。
 二人ともアーマーなどの戦闘用チューンアップはしていないようだった。外見から判断する限り、特殊な改造の施されていない、ごくごくノーマルなボディだ。その薄っぺらい胸部外板はたやすく焼き切られていた。大脳皮質記憶装置(スタック)も駄目だ、焼かれている。これさえ無事なら人格データをリロードできたんだが。
 俺は二人を抱きかかえて、よく調べてみる。
《どう?》と無線からリラの声。
《この焦げ具合からするとレーザー、それもあまり高出力じゃない奴に焼かれたみたいだ。光線は裏側までは突き抜けていない。だがそれでも内部の電装品は十分こんがりと焦げちまってるな。お気の毒だが、お陀仏様だ》
《そう》
《二人とも武器を持っていない。周囲にも見あたらないな。つまりお互いを殺し合って相打ちになった、というわけではなさそうだ》
《どこかに誰か、二人を殺した犯人がいるというわけね》
《そういうことになるな》
 俺は一〇メートルほど先に留まっている小型艇の方を見る。
《船内を調べてみる》
《慎重にね、船長》
《ああ》
 船のハッチは開きっぱなしになっていた。やはり狭い。
 苦労して潜り抜け、船内へ。まずはコクピットへ向かったが、案の定無人だった。
 船内の電源は全て落ちており、LED一つ灯ってはいない。ただし異常等は見あたらないので、動かせなくはなさそうだ。だがもう一隻の船が警告抜きで発砲してきたことを考えると、ここは慎重にならざるを得ない。
 俺は計器類には手を触れず、踵を返して船内の残りの部屋の探索に向かった。
 とはいえ、調べるほどのスペースはいくらもなかった。この船は機械人しか乗らないことが前提になっていて、生身の人間用の空間はどこにもない。空いている部屋は全て物置になっていて、さすがプロの墓荒し業者らしく、中には大小様々な道具がぎっしりと詰め込まれていた。
 だがそれよりも俺の興味を惹いたのは船倉だ。そこにはミサイルが五発と、引き込み式の重粒子砲が二門もあった。こんな小さな船にしてはかなりの重装備だ。おかげで船倉はほぼ満杯。これではせっかくお宝を見つけても持ち帰ることができなかろうに。
 どうやらこの船は先遣隊だったらしいな、と通信用無線に流す。
《つまりは下見だった、ってこと?》とリラ。
 ああ、と俺は肯く。
《小回りの効く小型船であちこち調べて回り、めぼしいお宝があったら連絡して本船を呼ぶ。ま、プランとしてはそんなところだったんだろう。もしかすると帰り道の護衛役も受け持っていたのかもな。対海賊用と思われる装備が幾つもあるところからすると。そこそこ金のかかってる船だぜ。乗組員の方はいかにも貧乏って感じだったが》
《じゃあ、これで任務完了ね、船長》
 やれやれ、と俺は肩をすくめる。
《……時々お前のその極楽トンボなところが羨ましくなるよ》
《はぁ?》と少女の声。
 どうにも辻褄の合わない話だった。
 船倉を埋め尽くす武器弾薬の類。ということは? そう。戦いなど起きてはいないということだ。ビーム砲にも焦げなどの使われた形跡はない。それどころか綺麗に磨き上げられて新品同様にピカピカと輝いている。これはいったい何だ? 俺たちは海賊に襲われた業者の救出にきたんじゃなかったのか?
《……どうやら俺たちはペテンにかかったらしいぜ》
《え? どういうこと?》
《宇宙海賊なんて最初っからここにはいなかったんだ》
 無線の向こうから数秒間の沈黙が流れてくる。
《え? 何言ってるのか分かんないよ、船長。どういうこと? 私たちをだましていったい誰に何の得があるっていうの?》
 確かにそうだった。ウルフや俺の義体は、中古どころか退役寸前のポンコツだし、リラに至っては立体映像でしかない。こんな手の込んだ真似をしてまで入手する価値などどこにもないのだ。まったく分からないことだらけだ。
 だが一つだけ確信していることがある。
《こいつらのそもそもの目的、それは間違いなく“サイレンの魔女”だ》
 え、そうなの、とリラ。
《……あ、でも考えてみればそれもそうか。でなけりゃこんなとこに駐機しないよね》
《奴らはそれが金に、それも恐らくはとんでもない大金になると踏んだんだ。そうでなけりゃ、こんな危険な宙域にまでわざわざやってきたりはしねぇ。そしてたぶん、奴らは首尾良くそれを見つけた。で、仲間を呼び寄せた》
《ふむふむ》
《だが、ここから先が分からない。何かが起きたんだろうな》
《仲間割れ、とか?》
《よくある話だが、もしそうなら嘘まで使って俺たちを呼び寄せたりはしないだろ》
《確かにそうよね》
《どうにも気になるな》
 船から出る。ウルフのライトが俺を照らす。
《で、どうするの、船長?》
《どうもこうも、あいつらの死体を連れて帰ったところで金にはならねぇってことが分かったんだ。それどころか、下手をすると俺たちが犯人にされちまう。ここは一番、よっく考えないとな》
 この仕事、確かに前金は出ているが、あんな額では赤字も良いところだ。
 一方、この巡洋艦にはサイレンの魔女がいて、スカベンジャーの連中に言わせれば彼女は大層な金額になるらしい。魔女は今も歌っている。データリンク要請コマンドの電波は、既に俺のボディでも受信可能なくらいに強まっていた。彼女はすぐそこにいる、という証だ。
《……やれやれ。やっぱり行くしかねぇ、か》
 俺は腰のマウントから銃を取り出すと、この巨大なミサイル倉庫の先でぽっかりと口を開けている通路へと向かった。


 足裏のマグネットを切って、体を浮かせる。床を蹴り、壁を蹴って物陰から物陰へと素早く移動。通路にはガイドレールが何本も用意されているが、もちろん作動はしていない。
 正八角形の直線通路はあちこちで集合と分散を繰り返す。非常灯すら点いていない完全なる闇の中だ。まったく光源がないのでさすがのロボットの目でも何も見えない。俺にはレーダーの類は備わっていないので、しかたなくボディのライトを灯した。どこかにスカベンジャー二人を殺した奴が潜んでいるかもしれないというこの状況だ。目立つことはあまりやりたくなかったが、しかたがない。手探りで進むよりはマシだ。
 薄暗い風景の中を進む。
 巡洋艦の通路はあちこちで歪み、そこら中がめくれ上がっていた。細切れになったコード類やナット、千切れた金属片などのおびただしいゴミが宙を漂っている。あちこちの床に縦横無尽に走る裂け目からは、折れたパイプやフレームの類が不吉な触手のように生えていた。かつてあった爆発の凄まじさを物語る光景だ。今は何もかもが凍りついたように静まりかえっている。聞こえてくるのは魔女の歌声だけ。相変わらずリンクをしろ、リンクをしろ、と囁いてくる。だがご免だね。生憎、しろと言われてするほど俺の性根は真っ直ぐじゃないのさ。
 リラが言っていたとおり、電波はこの船全体から発せられているらしく、あちこちで奇妙なうねりを生んでいた。発生源を特定しにくい。だがよく気を付ければ若干の強弱があることが分かる。
 通路の突き当たりを左へ、その先にある吹き抜けを上へ跳ぶ。立体迷路のように複雑に交差するキャットウォークを背景に、そこにはおびただしい量の何かが漂っていた。よく見てみると、それらは全部、人間だ。皆、船内用の簡易宇宙服姿だったがさすがにこの十年ですっかすかに干からびていて、どれも見事なミイラになっていた。ち! 嫌なもんを見ちまった。
 再び狭い通路へ。魔女からの電波はかなり強くなってきている。もう少しだ。
 だがこの辺りは損傷が激しい。通路がほとんど潰れてしまっていて先へ進めない箇所もあった。船体もまるで原形を留めていない。通路も部屋も構造体も全部ぐちゃぐちゃになってしまっている。もはや隙間を見つけて進むしかない。スクラップの地層の中に潜り込んじまった気分だ。
 苦心惨憺、這いずるようにしてどうにかそんなプレスずみの地帯を潜り抜け、ほっと一息つく。
 奴が飛び出してきたのは、まさにその瞬間だった。
 キィェェェンという奇声を無線の全周波数帯で発しながら白っぽい何かがねじくれ曲がった通路の先から弾丸のような勢いで突っ込んできた。
 何だ、と思う間もなく俺の装甲の一部が激しく火を噴いた。俺は反射的に銃をぶっ放す。
 火薬式銃の最大の利点は、反動がある、というところだ。狙いもせず適当に撃ったので弾は当然外れたが、その代わりに俺も移動できた。俺がいた空間周辺に漂っていた細かな金属クズが火花を飛ばして吹っ飛んでゆく。間違いない、レーザーによる攻撃だ。
(何なんだ、クソ!)
 俺は壁だの床だの扉だの柱だのに激しくぶつかりながら発砲による移動を繰り返す。液体火薬の爆発による有無を言わせぬ強引な力が俺をあちこちに吹っ飛ばす。やがて体勢を整えてからは蹴りによって矢のような勢いでジグザグに移動を開始。意識を警戒モードから戦闘モードに変更。全情報処理を敵性存在に集中する。反撃開始だ。
 通路のそこら中から火花が飛ぶ。いや、俺の周辺からのみだ! 狙ってやがる! 敵はいったいどこだ?
 跳びながら俺は首を巡らす。
 いた!
 複雑に絡み合った歪んだ通路の中をそいつは猿のような勢いで飛び回っていた。だがいったいこれは何の冗談だ? 俺は目を凝らす。精密望遠モードでもそいつは小型のロボットにしか見えなかった。ケースだ! 一番安いロボット義体だ! だが何だあの運動性能は? まるで分身の術だ。とてもではないがケースなんぞには不可能な動きだ。あんな機動は戦闘用にフルチューンされたボディでなければ無理なはずだ。
 見かけの情報に惑わされ、俺は完全に虚を衝かれた。俺のボディのあちこちから激しい火花が飛ぶ。レーザー銃による雨霰のような猛攻にさらされた俺は両腕を交差させて頭部をガード。自己診断プログラムからの警告が視界に被さる。
 ッの野郎!
 通路の裂け目の中に隠れて反撃。腕を大きく突き出す。どういうわけか不思議だったが、奴のレーザー銃、出力はさほど高くないようだ。何とか俺のアーマーでもしのげている。徹底的な改造が施されたはずの戦闘用ロボットが、なぜそんな貧弱な武器しか持たないのか理解に苦しむが、とにかく考えるのは後だった。
 左手で裂け目の縁をつかみ、右手からのリコイルに備える。だが俺の放った弾丸は全てかわされた。狙いが甘かったのではない。奴が咄嗟に、あり得ない姿勢で避けたのだ。
 何だと!



 必殺の一撃がことごとく外れる、という悪夢の光景に俺は驚愕する。まるでフレームなどないかのような変幻自在の動きだった。軟体動物のような身のこなしでこちらの攻撃をかわし、パルスモードで正確にレーザーを浴びせてくる。しかもどう見てもケースなのだ。そんな凄まじい性能を秘めているようにはとても思われない外見だ。ぶん殴っただけで行動不能になりそうな貧弱ボディ。あのどこにそんな凄まじいパワーが眠っているのか。
 ギュニャァァァ、という奇声を上げながら奴が凄まじい勢いで突っ込んできた。しかも全身の関節という関節から青白いスパークを撒き散らしながらだ。鬼気迫るとはこのことか。凄まじい迫力だった。
 俺が撃った弾は全部避けられてしまう。奴はのけ反った姿勢のままこちらを攻撃。俺と俺の周囲から花火大会みたいに盛大な火花が上がる。
 くそッ!
 頭上を通り過ぎていった奴に背後から弾丸をフルオートで浴びせるが、奴はボディを波打たせるようにして全部かわしやがった。
 俺は驚きを隠せない。何なんだこれは? 今まで機械人とも幾度となく対戦してきたが、弾丸よりも速く動く奴なんて一人もいなかった。いったい内部でどんな情報処理をすれば、あんな芸当が可能になるんだ?
 いくら威力が低いレーザーとはいえ、いつまでもこの調子で浴び続ければこちらの義体が保たない。だが奴は俺が放つ弾丸を全てかわせるのだ。きっと奴にとってこの世界の全てはスローモーションのようなものなのだろう。どうする?
 奴は再び奇声を上げながら襲いかかってきた。まだ銃のマガジンを交換している途中だった俺は反撃できない。両腕で頭を守るだけが精一杯だった。眩いスパークが視界を埋め尽くす。ボディからの警告。
 アーマーの防御力もそろそろ限界だ。次の攻撃を喰らうとヤバイ。
 銃の底部にマガジンを叩き込むと俺は通路の裂け目から飛び出した。
 丁度、奴が再び突進してくるところだった。フィビィヤァアアアッ、という奇声が轟く。
 俺はフルオートで撃ち尽くす。ただし、今回狙ったのは奴ではない。俺が撃ったのは通路の壁やフレームなどだ。火薬式銃の利点その二。有質量弾は跳ね返る。そう。跳弾するのだ。何十という弾丸が火花を散らしながら狭い通路の中を不規則に跳ね回り、奴に襲いかかる。ただ直進していた先ほどまでの弾道とはわけが違う。その軌道の全てを瞬時に予測することは不可能だ。
 放った弾丸のほとんどは外れたが、それでも数発だけは命中したらしく、奴の動きが止まった。
 俺は素早く弾丸を込め直すと奴を撃った。まず頭、念のために両手と両足も吹き飛ばす。ぎくしゃくとしか動けない敵を葬るのは造作もないことだった。
 銃撃後の余韻が残響となってしばらく義体内に留まる。だがいつもなら湧き上がってくるはずの戦闘後の安堵感はない。
 もはやトルソーと化した敵。脅威など残ってはいないはずだ。だがそれでも俺は構えた銃を下ろせないでいた。今味わった体験はそれほどまでに強烈だったのだ。時間にすればほんの二十秒程度だっただろうが、あんな恐ろしい思いをしたのは本当に久しぶりだ。まったく、機械の体でなければ滝のような冷や汗をかいていただろう。
 ゆっくりと近づく。敵はもはや微動だにしていない。
 よく見てみて俺は驚いた。なんてこった、やっぱりケースだ!
 目視した限りでは、その胴体は一番安いロボット・ボディのそれだった。しかもほぼノーマル。目立った改造はなされていない。
 どういうことだ、と俺は独りごつ。なぜこんな安物のボディに、あんな凄まじい戦闘能力が宿るのだ?
 歪んだ外装をバリバリと力任せに引き剥がし、中を詳しく確認してみる。ごくごく普通のロボット・ボディだった。ただ、限界以上に酷使されていたらしく、関節部分はどれもひどく痛んでいる。すり減ってしまっていて、隙間が空いていた。電装部品も黒ずみに覆われており、焼き付く寸前だったことが窺える。
 自分の体を見回してみる。こっちもそこら中が黒こげだらけだった。軽く触れただけで炭化したアーマーが剥がれ落ちてゆく。実に危ないところだったのだ。俺が勝てたのはひとえに装備の差があったからだ。あんな護身用の低出力な銃ではなく、もう少し強力な武装がこいつにあったら、殺されていたのは間違いなく俺の方だった。なんてこった。信じられない。こんなノーマルのケースに後れを取るなんて。ひどくプライドが傷ついたぜ。
 暗闇の中に佇む。進行方向を見つめた。
 ったく、いったい、どうなってやがるんだ、この船は。


 装甲板の裂け目から船の外に出る。隠れる場所のない宇宙空間を漂うのは狙撃される可能性を考えるとあまり気が進まなかったが、しかたがない。船内にはもう、俺が進める空間は残っていないのだ。あれからも圧縮の度合いはますます高まった。ネズミでもない限り、もう船内を進むのは不可能だ。
 頼みの綱だったアーマーの防御を失い、俺の神経はささくれる。今、不意打ちで一発でも喰らえば、それだけでジ・エンド、終りになる。慎重にもなるというものだ。
 強烈な太陽が俺を焙る。深緑色の巡洋艦の外板の上に落ちる影がやけに濃い。
 握りつぶされたかのように歪んだ船体が眼前に伸びてゆく。だがそれはほんの五〇メートルほど先で強引に向きを変えていた。真っ直ぐに伸びていた船体がその向こう側では壁のようにそそり立っている。ほぼ直角、くの字に折れ曲げられているのだ。
 折れた部分に幾つかの大穴が空いているのが見えた。クレーターだ。サイレンの魔女の電波はその内の一つ、一番巨大な穴の底から流れてくるらしかった。
 穴の奥は影になってしまっていて俺の位置からは見えない。まるで地獄に通じている洞穴みたいだ。周囲とのコントラストの違いに機械の目が戸惑ってしまい、明度の調整が一瞬遅れる。やれやれ。あの中に入って行かなきゃならんのか。
 宇宙巡洋艦の船体からはアンテナや砲塔、ガイド・アーム、はみ出たフレーム材などがところ構わず突き出ており、幸いつかまる場所には事欠かなかった。
 俺はなるべく物陰に隠れるようにしながら移動。穴の縁に辿りつく。
 中を見下ろしてみたが、深すぎて何も見えなかった。ぐちゃぐちゃにつぶされた船の構造体の一部が辛うじて分かっただけだ。これだけの規模の戦闘艦を折り曲げるほどの力が加わったのだ、よほどの爆発が起きたに違いない。
 さて、と俺は右手の銃を握り直す。さっきみたいな強敵がいなけりゃいいのだが。
(祈るしかない、な)
 意を決して巨大な穴の奥へと跳躍。闇が俺を飲み込む。
 すかさず目が暗所用のモードに切り替わる。多少は船体で反射した太陽光が射し込んでいるらしく、朧気ではあったが周囲の様子ぐらいは見ることができた。動くものの気配はない。
 巨大な、擂鉢状の穴だ。周囲は荒っぽく切り取られてギザギザと尖っているが、穴の底の方は押し固められた装甲板が層になっているらしく、逆にツルツルとした床のようになっている。俺はその端へ落ちてゆく。
 着底。足のマグネットをオン。
 俺はその場にかがみ、油断なく周囲の様子を窺った。攻撃は、ない。動くものの気配も、ない。
 ふぅ、と一息つく。もし攻撃してくるとすれば落下の途中を狙うだろうから、ここにこうして立てているということ自体が、周囲に敵はいないということの傍証だ。だが理屈ではそうでも、実際のところはひどく神経がすり減る。あんな恐ろしい敵にはもう二度と出会いたくはない。
 擂鉢の一番底の部分に向かって歩く。何かが宙を漂っているのが見えた。人だ、いや、機械人だ。
 またしてもケースだった。それも三体。どれも綺麗に胸を撃たれている。
 スカベンジャーどもか、と俺。
 今度の死体はどれも銃を握りしめていた。一番安いレーザー銃だ。互いに殺し合ったと見える。
 どういうことだ、と俺。
(仲間割れにしたっておかしいだろう。まだお宝を回収していないだろうに)
 実際、三人が握っているのは銃だけで、もう一方の手は空いている。何も持ってはいないのだ。
(お宝の目の前で殺し合うなんて)
 それにあの化物じみた戦闘力を有していたケースのことも気になる。いったい何が起きた?
 とにかく、これらの全てにサイレンの魔女が関わっているのは間違いないだろう。彼女を探し出すのが一番手っ取り早い。
 通信機を使って電波の源を探す。それはそう離れていない場所から発せられていた。
 大きく窪んだ擂鉢の底、そこに空いた小さな穴の奥から、そのデータリンク要請コマンドは発せられていた。
 一応無線を使ってリラに呼びかけてみたが、返信はない。こんな穴の底ではしかたがない、か。
 さて、いよいよ魔女とのご対面だ。俺は銃の安全装置が外れていることを確かめてから穴の中を覗き込んでみる。
 構えた銃の照星の先、人の頭ほどの大きさしかない穴の中で何かがチカチカと瞬いていた。
 何だ、と俺。ライトを点ける。
 その穴は、実際には穴と言うよりは窪みだった。中に黒っぽい、何かの部品と思われる四角い物体が引っかかっていた。小さめの辞書くらいの大きさ。ただし外側は大きく裂けてしまっていて、内部の基盤がほぼ剥き出しになっている。点滅しているのはその基盤に埋め込まれた赤いLEDだ。何だ、これがサイレンの魔女?
 力んでいた俺は思わず拍子抜けしてしまう。どんな恐ろしい化物が潜んでいるのかと思いきや、何だこれ? こんなものがサイレンの魔女なのか?
 その部品はしきりに微かな明かりを瞬かせていた。俺は興味本位で覗き込む。そこには規則性があった。
(このLEDは……ただ出鱈目に灯っているんじゃないな、規則性がある……何だ、これは……レーザー通信用の標準プロトコルか、……adiopjp1222ew5451afghauoihp451202adar……)
 しまった、と思った時にはもう遅かった。魔女に伸ばしかけていた左手が止まる。まずい! 簡易リンクを確立するための強制コマンドだ。うっかり読んでしまった。俺のボディのハードウェアが勝手に情報通信を開始してしまう。義眼に埋め込まれている制御用マイクロ・コンピュータを乗っ取られてしまったらしい。遮ることができない。LEDの点滅を通して俺の中にデータが流れ込んでくる。サイレンの魔女が、勝手に俺の中に侵入してくる!
 どうにかしなくてはならなかったが奴の流入してくるスピードが優っているために、俺のキャンセル・コマンドは情報処理に割り込みをかけることができない。何度発行してもビジーで弾かれてしまう。なんて狡猾な奴だ。こうなってしまうともう、どうすることもできない。このデータ転送を中断させるにはもはや物理的な手段に訴えるしかないが、あいにく今の俺には指一本動かせないのだ。やばい。このままではこの得体の知れない相手に体を乗っ取られて──
 メモリ領域のほとんどを魔女に占められてしまった俺は既にまともな意識を保つこともできないでいた。リソースのほとんどを奪われ、俺の意識は消えかかる。
 朦朧とした頭でここまでか、と観念した時だ、不意に強烈な光が俺の周囲を照らした。LEDの微かな赤い光がかき消される。
 その刹那、俺はボディに最大出力で割り込みコマンドを発行、全神経を右手の人差し指に集中し銃のトリガーを引く。発砲。
 爆発による反動によって足裏の電磁石が床から引き剥がされる。
 きりもみ状態になって宙を漂う間に俺はすかさずメモリ領域をリフレッシュ。正体不明のデータを消し去る。
 体が何かにぶつかった。慌ててしがみつく。
 ウルフ号だった。
 ごめ~ん船長、という少女の声。
《あんまり長い間応答がなかったから、探しにきちゃった。……もしかして、怒ってる?》



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