「黄泉の縁を巡る 4」片理誠(画・小珠泰之介)

(PDFバージョン:yominofuti04_hennrimakoto
 こんな弁当箱みたいなのがサイレンの魔女なの、と彼女。
 ああ、と俺はウルフ号のコクピットで肯く。
「……まったく危ないところだった。あと数秒で俺も消されてた。今考えても生きた心地がしないぜ。こいつは俺たちにとっては天敵みてぇな存在だ。出会っちまった不幸を呪うしかない悪夢だぜ。あんな強力なコンピュータ・ウィルスは生まれて初めてだった。俺のワクチン・ソフトはまったく効かなかった」
「本当に? うわぁ、それじゃ私でも危ないね」
「試そうなんて夢にも思わないことだな。だが、まぁ、勝てなくても無理はないさ。何せこいつは、ティターンズだ」
 へ、と少女の立体映像が小首を傾げる。
「このちっこいのが?」
 正確には、ティターンズのほんの一部、だな、と俺は修正。
「ティターンズ全体から見れば細胞一つ分程度の力しかねぇだろう。だがそれだって十分な脅威だぜ、俺たち機械人からすればな」
「いったいここで何があったの?」
 俺は腕組みをする。
「……こいつはたぶん、元々はティターンズ軍のミサイルの部品だったんだろうと思う。ところがこの巡洋艦を撃沈した後もこいつはたまたま生き残った。感染しかけてみて分かったんだが、こいつの中には闘争本能しかないぜ。相手を乗っ取り、その戦闘能力を最大限まで解放し、活動するものを片っ端から攻撃する。それしか考えていないんだ。高等な意識のようなものは存在しない。まさにウィルスのような単純な奴だ。だがその単純さが厄介なんだ。とにかく感染能力が半端じゃない。まさか動作確認用LEDを使ってデータリンクを確立しやがるなんて、夢にも思わなかった」
 ふぅ、と俺はため息。
「とにかくこいつは生き延びた。そしてその後もずっと活動を続け、船を沈め続けたんだ。そう。このサルガッソー海域に捉えられた後もな。
 ところが、サイレンの魔女の噂が広まるにつれ、その正体に察しがつく連中も増えた。この辺りは例の“大破壊”の古戦場みたいなもんだ。ここで何かがあったとすりゃあ、ティターンズが関わっていないわけがない。何しろ、神の領域にまで到達したと言われているウルトラスーパー知性体だ。そのオリジナル・ソースコードがほんの一部でも手に入ったら、そいつは莫大な金になる。
 で、大勢の墓荒しどもがここにやってきちゃあ、消えていった、というわけだ。サイレンの魔女の伝説に新たな花を添えつつ、な」
「あのスカベンジャーたちもそんなトレジャーハンターの中の一部だったってこと?」
「そうだ。さすがにプロだけあって慎重な連中だったらしい。まず先遣隊の二人が魔女の居場所を突き止め、本隊を呼び寄せた。本隊の人数は恐らく四人。先遣隊の二人と本隊の一人は外部の警戒に当たり、残りの三人が魔女の回収に向かった。だがまぁ、機械人にとっちゃあ相手が悪すぎた。三人は呆気なく乗っ取られ、互いに殺し合って絶命。SOSでもあったのか、それともあまりに帰りが遅いんで心配になったのか、とにかく残りの一人も調査に行ったんだろう。で、船ごと乗っ取られちまった。奴は先遣隊の二人に襲いかかり彼らを殺害。一方、船の方も新たな獲物を求めていて、そこにたまたま俺たちが現れた、というわけだ」
 リラがこめかみに指を当てて眉を潜め、難しそうな顔をする。
「う~ん、でも分からないことがあるよ、船長。じゃあ、いったい誰が私たちをここに呼び寄せたの? それも前金まで払って」
「スカベンジャーどもが三人も周囲の警戒に当たっていた、というのも気になるところだよな。そこまで厳重に警戒する何かを連中は感じ取っていたんだ」
 よく分からなーい、とリラ。
「でもサイレンの魔女の歌声は止めたわけだから、良いことをしたってことなのかな? お金にはなんなかったけど」
「このジョニィ船長を見くびるなよ、リラ。どんなピンチにあったって金儲けのことだけは忘れやしないぜ?」
「……それ、誉めていいのかどうか、よく分からないよ」
 俺はミサイルの欠片を手に取る。
「よく見ろよ。俺が撃ったのはバッテリーだ。魔女は今、眠っているだけ。新しい電池をやりさえすりゃあ、また元気一杯に歌い出すのさ」
「え? それじゃあ?」
「サイレンの魔女は無事だ。こいつをアルゴノーツ辺りに持っていってみろ、言い値で買ってくれるぜ」
「じゃ、じゃあ、大金持ちになれるの?」
「ああ。どんな義体だって思いのままだ。最新型の最高級の奴が買えるぜ、リラ。いつまでも情報体のままじゃ不便だろ」
 彼女が戸惑ったように俯く。
「い、いいよ、私はまだ。心の準備もできてないし。そ、それより船長こそ、全身黒こげじゃない。新しいボディにしたら?」
「ん? ああ、ま、確かにな」
 自分の体を見回してみる。あちこちいじってだましだまし使ってきたが、確かにこの義体もそろそろ限界だった。これ以上の酷使には耐えられそうもない。
 俺は肩をすくめる。
「ま、使い道はゆっくり考えればいいさ。とにかく、全ては生きて帰れたら、の話だ」
「じゃあ早く帰ろうよ、船長!」
 お前は本当に単純だな、と呆れる。
「賭けてもいいが……俺たちはまず、無事には帰れないのさ」


 予備の電脳を船の航行システムにスタンド・アロンでセット。自動的に火星に帰還するようタイマーでセットしておく。同時に救難信号を発するようにも指定しておく。これで運さえ良ければ船は戻るだろう。
 サルベージ会社の宇宙船のシステムを立ち上げ、データリンク。随伴させる。
 そろり、と巡洋艦の格納庫から二艇が抜け出た時だった。
 船長、通信が、とリラ。
 分かってるよ、と俺。レーダーに蠢く影。
「……やっぱり隠れてやがったか。ステルス・モードだな」
 それは既に解除されている。一〇〇メートルクラスの中型艦二隻と、五〇メートルクラスの小型艦が五隻。中型艦からは何十という小型艇が出てくる。こちらを包囲する気だ。
 相手は惑星連合のパトロール隊を名乗った。
「臨検だって。この辺りに宇宙海賊の基地があるとの通報があったからって」
 嘘つけ、と俺はつぶやく。
「後ろで戦闘展開しといてよく言うぜ。連中、どうあっても俺たちを無事に帰すつもりはないらしいな」
「総勢百隻以上の大艦隊だよ、船長!」
「フル加速される前に叩いておきたい、というわけだ。連中はウルフの正確な性能を知らないのさ。どうせ駆けっこじゃ勝ち目なんかねぇんだが」
「小型艇が一隻、近づいてくるよ! 小型と言ってもこっちよりは大きいんだからね」
「ああ」
 俺は大出力陽電子砲のチャージ状況を横目で確認。いつでも発射可能だ。
「……に、逃げられないよ、船長。彼らが私たちを?」
 そうだ、と肯く。
「サルベージ屋の通信を傍受し、偽の依頼を口利き屋に流して俺たちをここにおびき寄せた」
「なんで惑星連合のパトロール隊がそんなことを!」
「惑星連合のパトロール隊、じゃないからさ」
 光学照準で近づいてくる宇宙艇にそっと狙いを合わせる。
「奴ら、データリンクの要請をしなかっただろ? 本物のパトロール隊ならこちらの氏素性を確認しようとするはずだ。この船に何が載ってるのか、連中は知ってるんだ。ま、当然だな。魔女の歌声は止まってるんだから」
「それじゃ、あいつらは」
「恐らくはハイパーコープの中のどれかだろうよ。ダイレクト・アクション社辺りが臭そうだ。……サイレンの魔女が欲しいのさ。こいつは最凶最悪のコンピュータ・ウィルスだ。使い道はいくらでもある」
「だったらなぜ自分たちで探さないのよ!」
「プロの墓荒しどもが手もなく全滅しちまうシロモノなんだぜ? 素人が迂闊に手は出せないさ。ティターンズが相手なら、戦力なんていくらあっても安心はできない。誰がいつ敵になるか分からないんだからな。横から奪う方が遙かに安全で確実だ」
「ど、どうしよう? 事情を説明して魔女を渡しちゃう? 多少は報酬をくれるかも」
 いいや、それはまったくの逆だ、と俺。
「連中はサイレンの魔女をいざという時の切り札にしておきたいんだ。秘密を知る者は一人でも少ない方がいい」
「嫌なこと言わないでよ」
「事実ならしかたがないだろ」
 そんなぁ、とリラがうなだれる。
「それじゃ私たち、殺されちゃうの?」
「殺してもらえるんならまだ御の字さ。バックアップから復活できる。最悪なのは情報を操作されることだ」
「ど、どうなるの?」
 俺はメイン・モニタを見つめる。
「……何を聞かれても“はい”としか応えない木偶人形が、明日からジョニィ・スパイスやリラ・ホーリームーンとして生きることになる」
 リラは絶句。両手で口を覆い、目を大きく見開いている。
「少しは深刻度を分かってもらえたか。こいつは限りなくシリアスだぜ」
「どどど、どど、どうするのよ、船長ッ!」
「どうするって? 逃げられない以上、決まってるだろ」
 俺は操縦桿のトリガーを引き絞る。
 十分引きつけていた上にレーダーではなく光学照準だったので不意打ちは成功。俺の放った攻撃は狙い違わず敵の燃料タンク、推進機関用水素ボンベを撃ち抜いた。
 接近中だった小型艇が爆発四散する。
「戦うんだよ!」
 俺はすかさずエンジンを全開、ウルフは弾かれたように飛び出す。戦闘機動開始。
 随伴させていたサルベージ会社の宇宙船にもコマンドを送信、囮として飛び回させる。
「くッ!」
 すかさず何百という照準用レーダー波が浴びせられる。俺は周囲の障害物を利用しつつ、ウルフにアクロバティックな飛行をさせてこれらの照準を引き剥がしにかかる。何しろこっちの砲は連射が効かない、チャージに時間がかかるのだ。それまでは逃げ回るしかない。だが凄まじい速さで猛追していくる何百というカーソルをかわし続けるのは、さすがの俺の操船技術をもってしても難しかった。ウルフの外板の温度が局所的に急上昇する。レーザー砲による攻撃だ。
 だがこちらを一撃で破壊可能なミサイルやビーム砲の類はこない。奴らはあくまでもこっちの積み荷を奪うつもりなので、強力な火器は使えないのだ。低出力のレーザーで機関を破壊して足を止める気なのだろう。俺としてはそこに一縷の勝機を見出すしかない。奴らは手加減せざるを得ないが、こっちはフルパワーで戦えるのだ。しかも──
「思ったとおりだ! 動きが鈍いぞ!」
 長時間ステルスモードで隠れていたため、向こうのエンジンはまだ暖まっていない。どん亀みたいなトロいスピードだ。
「もらった!」
 大出力陽電子砲を再び発射。最も接近していた小型艇を更に一隻、沈める。
 だが敵もさすがに怒ったらしい。直後に凄まじい量のレーザーを浴びてウルフの船体が激しく震動する。アラームが鳴り響く。何箇所か、装甲を破られたらしい。
 すかさずウルフを手近な残骸の影に隠す。
 敵は左右から大きく回り込んでくる。取囲む気か。
 いつまでも隠れてはいられない。もうすぐ敵艦のエンジンも暖まる。時間が経てば経つほど俺たちは不利になる。
 私も戦う、とリラが耳元で吼えていた。
「もう一隻の方の、サルベージ会社の船で私も戦うから! データリンク・キーを頂戴、船長!」
「リラ……」
 俺は席を立つ。
「……お前に一つ、頼みたいことがある」
「え、何? 任せて! 何だってやってみせるわ!」
「もし俺に会ったら、伝えて欲しい。お前は確かに生きている、ってな」
 少女の顔が途端に、きょとんとしたものになる。
「何……何を言ってるの、船長? 人格を書き換えられてしまうくらいなら、潔く戦って散る。そうなんでしょ、船長!」
 俺は彼女のデータが収められている電脳ユニットに手をかけた。
「俺たちには、金が要るんだ。夢を叶えるには、相応の費用がかかる。今ここで潔く散るわけにはいかないんだよ」
「何をするの? やめて、船長!」
 俺は顔を上げて彼女を見つめた。
「夢を諦めるなよ、リラ。それだけが、俺の希望なんだ」
「嫌だよ船長! 私にも戦わせ──」
 俺は装置の電源を落とす。少女の立体映像が消えた。
 電脳ユニットをスロットから引き抜くとそれを精密部品用パッケージの中にそっと収める。念のために梱包材を何重にも入れておいた。これで彼女は大丈夫だ。
 代わりに俺はサイレンの魔女が入っているミサイル片を取り出す。
 多少有利な点が幾つかあったところで敵は百倍以上の大勢力。まともに喧嘩しても勝てるわけなどない。だが、こいつを使えば……。もはやなりふりなど構ってはいられないのだ。
「魔女の歌はハードウェアの戦闘能力を極限まで引き出す魔法の呪文。しかも次々に感染してゆく」
 ティターンズの残した遺産の中に「バジリスク・ハック」という危険なウィルスがある、という噂を聞いたことがある。トランスヒューマンに感染して変異させる「エクスサージェント・ウィルス」の一種で、感染者に精神障害を与えるタイプの奴のことだ。詳しく調べたわけじゃないが、サイレンの魔女の正体は、恐らくその「バジリスク・ハック」の亜種の内の一つだ。だとすればこんな小さな欠片でも、その脅威は全太陽系をも滅ぼしかねないほどの圧倒的なものとなる。
 襲撃者どもは念のためにこちらからのデータ通信を拒んでいるが、奴ら同士は連携のために情報のやりとりを頻繁に行っている。こいつの出すパケットは、その中に紛れて連中の電脳システムを徐々に浸食してゆくだろう。そして最後には完全に乗っ取ってしまうに違いない。そうなったらもう、敵も味方もない。全員が狂戦士(バーサーカー)、ただ破壊し尽くすだけの存在だ。
 エゴキャスティングという人格データの転送ができれば今すぐここから逃げられるんだが、ドローンすら積めていないこの貧乏船にそのためのバカ高い装備なんぞあるわけもないし、どのみちサルガッソー海域の中からではデータリンクを確立できない。
 こちらの頼りはスタンド・アロンでセットしておいた予備の電脳システムだけだ。数時間後にこの船は自動で火星に向かう。無事サルガッソーを抜けられるかどうかはまさに運次第。何とも心細い話だが、今はこの微かな可能性に賭けるしかないのだ。
 ただで死ぬつもりはない。勝者どもにいいようにされてたまるか。俺たちのささやかな希望に手出しなどさせはしない。ざまぁみやがれってんだ、クソどもめ! この俺を嵌めたことを死ぬほど後悔するがいいぜ。
 俺は一番小さなバッテリーを取り出すとそれをミサイル片の中の電子基板にセットした。
 瞬間、血のように赤いLEDが灯り、周囲の電子デバイスが一斉に歓喜の雄叫びを上げる。


 バックアップから復活するのはこれで二度目だ。もっとも、今度の時間的ロスは一ヵ月と少々ですんだ。そして今回は俺が確実にくたばっている、という点でも前回とは違っていた。
 火星を周回するラグタイム・ウルフ号が発見された時、以前の俺はコクピットの中で丸焦げになっていたらしい。外部のアーマーもボロボロだったそうだが、それよりも内部の方がひどかったという話だ。何しろ基盤からアクチュエーターまで、使える部品は素子一つ残ってなかったという。シャフトやポールといった可動部分も激しくすり減っていてまるで使い物にならず、おかげで以前のボディは下取りにも出せずに、くず鉄として売るしかなかった。ま、元々ボロだったしな、しかたがないと言えばしかたがない。あちこちに色々と手を加えてもきたので結構愛着のある義体だったのだが。それにしても、いったいどんな使い方をすればあそこまで酷使できるものなのか、今でも不思議でしょうがないぜ。
 もっとも、現在の俺自身はすこぶる機嫌が良い。なぜなら新しいボディを手に入れているからだ。
 バックアップから目覚めてみれば俺は大金持ちだった。貯まりに貯まっていた各方面へのツケを全部清算してもまだまだクレジットは残ってたんだ。で、奮発したというわけ。シンスと言う、グレードこそこれまでのボディと同じ義体だが今度のは凄い。何と言っても最新型、しかも新品! 俺がこれまで散々苦労しながら改造して引き出していたスピード、パワー、精密性が、このボディではノーマルで出せる。ベースがこれだからな、ちょいとチューンすりゃあ、凄いことになりそうだ。今からちょっとわくわくするね。関節部分のジョイントも完璧で、砂粒どころか煙の粒子一つ入りそうにない。そしてこの滑らかな動きときたら! 以前までの俺が出来の悪い操り人形だったように思えてくるくらいだ。見た目も幾分スマートになって格好良いし、やはり新しいってのは、いいな。
 リラの話では古いミサイルのちっちゃな部品一個を売っただけなんだそうだが、それでこの大金というのは、どうにも解せない話だ。アルゴノーツの連中がそんなに気前がいいとは知らなかった。
 もっと詳しい話を聞きたかったんだが、厄介なことに彼女は今、超絶不機嫌モードで、何度呼びかけても電脳ユニットの中から出てこようとしない。完全な引き籠もりだ。
「お前は確かに生きている? 何だ、そりゃ」
「知らないわよ、馬鹿ッ!」
 と怒鳴ったっきり、もう三日。そう言えば自分宛への伝言があった点も、前回の復活とは異なっていたな。もっとも、俺にはさっぱり意味が分からないんだが。いったい俺は何を思ったんだ?
 まぁ、いい。俺には関わりのないことだ。リラも喋りたくないらしいし、無理に聞き出すようなことはこっちだってしたくない。大事なのは、俺がこの世に一人しか存在していない、という点だけだ。今回、その部分に疑いの余地はないわけで、俺としてはそれで十分。
 リラがへそを曲げるのも今回が初めてというわけでもないしな。また一週間もしないうちに出てくるだろう。一応仮にも冒険者を目指しているわけで、いつまでも閉じ籠もっていられるような性分はしちゃいない。もっとも、俺はやめとけと言ってるんだがね。
 そういや彼女、今回の報酬を頑として受け取ろうとしない。せっかくの大金だってのに。人の気も知らないで、まったく。ま、彼女の取り分に手を付けるほど俺も落ちぶれちゃいないんで、プールしておいてやってるが、とにかくガキってのは本当に面倒臭い。やれやれだ。
 ま、俺だってご機嫌斜めなお嬢様にそういつまでも関わってはいられない。というわけで、口うるさい小鬼のいぬ間に魂の洗濯、とばかりに俺はここ、「鋼色の憂鬱亭」にやってきた。
 明日からはまた忙しくなる。
 何せ俺の愛船、ラグタイム・ウルフ号ときたら、そらもうひどい有様だったのだ。スタンド・アロンで動いていたサブ電脳以外の電子部品は全て焼き付いちまっていたし、船体はそこら中黒こげで穴ぼこだらけ。何かにぶつかりまくったらしくてあの頑丈なフレームまでもがガタガタで、最大の自慢だった大出力陽電子砲は台座しか残ってなかった。エンジンもよほどひどい使い方をされたらしく、応急修理ぐらいではもうどうにもならない。本格的なオーバーホールに出さないと。とにかく金がかかる。
 義体は新調するしかなかったが、船の方は、フレームとエンジンだけはプロの修理工に頼むとしても、他の部分は何とかありあわせの部品で当座をしのがねばならない。さすがに新品の船を買えるほどの余裕まではないのだ。やれやれ。また明日からジャンク屋巡りだ。良い出物がありゃあいいんだが。このボディ用のアーマーも買わなくちゃならないし、色々と出費がかさむ。この分ではどうやらまたすぐに借金生活に逆戻りすることになりそうだぜ。
 年代物のワークステーションからケーブルを引き出し自分のインターフェースに接続すると、だがそういった厄介な現実は意識の裏側に後退してゆく。代わりに懐かしい、ほろ苦い風景が浮かび上がってくる。
 俺はいつもの微睡みにゆっくりと浸る。そしてやがて、いつものとおりの物思いに辿りつくのだ。様々な風景が浮かんでは通り過ぎてゆくが、考えることは常に同じ。果たして俺は、生きているのだろうか──





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