「作家の質量」八杉将司

(PDFバージョン:sakkanosituryou_yasugimasayosi
 七月、ヒッグス粒子発見か、というニュースが駆け巡りました。
 その前もそれっぽいのを観測したかもという報道が流れましたが、あれよりも確実なデータが取れたというので今回大きく取り上げられてます。
 拙著の話になりますが、早川書房から出しました「Delivery」の一部の設定が、このヒッグス粒子が見つからなかったらという前提であんなことや、こんなことになるというところがあって、執筆しているときはヒッグス粒子は見つかってなかったのですが、出版が近くになって「そろそろ見つかるかも」といった話が出てきて、もし発見されたらどう修正しようかとはらはらいたしました。そんなことで冷や汗かいたのは日本中でぼくぐらいだったかもしれません。
 とりあえずまだヒッグス粒子であるとの確定はできておらず、限りなくそれに近い新種の素粒子と思われる観測データが見つかりました、という段階なので、某ウィスロー粒子の影だったなんてこともあるかもしれません。(ないって)

 ところで、ヒッグス粒子とは何? 質量を生むって話があるけど、どういうこと? といった疑問を持たれた方はたくさんおられると思います。ぼくも小説を書くために素粒子物理を勉強するまで、ヒッグス粒子なんて名前すら知りませんでした。
 その勉強をしたてのころです。
 何年か前の日本SF大会の企画で、日本SF作家クラブの会員とファンが交流するパーティーイベントがありました。それに参加していた瀬名秀明さん(現・日本SF作家クラブ会長)にファンの方が押し寄せ、ほとんど身動き取れなくなっている様子を見て、ぼくは隣にいた友人に思わずこんなことを言ってしまいました。

「あ、あそこにすごい質量が発生してる!」
「は?」

 さて。
 質量と重さは違います。
 なんてことを中学のときに習ったかと思います。理科の先生はこの違いについて、間違いやすいので難しいけども混乱しないよう気をつけなさいとおっしゃってました。そう言われると余計に混乱して難しく考えて間違えるのがぼくでしたが。
 それはともかくとして、質量は物質固有の物理量で、重さというのはその物理量に対する重力の大きさ(引力の強さ)を示しています。つまり地球で測ろうが月で測ろうが、分銅を天秤に乗せて計測したら1キログラムは1キログラム。これが質量。しかし、重力を利用するバネ秤では1キログラムが、引力が地球の六分の一である月だと166グラムの目盛りを示すわけです。これが重さです。
 質量の性質としては重さ以外にもう一つ、動かしにくさというのもあります。重いので動かない。軽いから動かしやすい。また重力に関係なく、宇宙空間でも大きな質量の物体を押して動かすのは大変です。当たり前のことですが、これは質量がそのような性質を持っているからです。
 では、そんな性質を持ってる質量とは何か。何でそんなものが物質に備わっているのか。自分の体がなぜ重く感じるのか、それは重力があるからなんですが、どうして重力が自分の体にそう働きかけるのか。
 それにヒッグス粒子が関係しているのですが、まずはこの宇宙のお話をします。
 宇宙は、何種類もの素粒子が、互いを結びつける「力」を相互作用させることによって形成されています。具体的に言えば重力、電磁気力、強い力、弱い力の四つによって離れ離れにならずに我々は形を保っていられるわけです。その力の性質について、すべてが解明されたわけではありませんが、かなりうまい具合に説明できる標準理論が物理学者によって打ち立てられています。ちなみにすべてが説明できる理論を万物理論(TOE)と言います。SFではおなじみですね。
 この標準理論から、質量が生じるメカニズムの仮説が提唱されました。
 その仮説に登場する素粒子がヒッグス粒子です。
 簡単にいえば、この宇宙にはヒッグス粒子なるものがぎっしり詰まっていて、そいつが物質を動かしにくくしているそうです。動かしにくさは重力の大きさに直結しているので、質量がある物体には重さが発生してしまうわけです。
 ここでパーティーで見かけた瀬名さんの話に戻ってきます。実はヒッグス粒子の性質をたとえで説明する場合、パーティーの話がよく挙げられます。
 人がぎっしり詰まったパーティー会場に人気のある先生が入ってくると、先生と話をしようと人々がたくさん集まってきて、その人だかりで先生は会場の中を動きにくくなる。これがヒッグス粒子によるヒッグス場であり、質量の発生である、と。

「あ、あそこにすごい質量が発生してる!」

 というのは、素粒子物理の入門書などで何度も読んだことのある光景が目の前に現れたので、つい反応してしまったわけです。
 瀬名さんに限らず、こういったパーティやイベントに行くと、人気作家にいろんな方がたくさん話しかけてきます。ファン、作家、編集者、評論家など。ときどききれーなおねえさんとか。それはいわばその作家の質量とも言えるでしょう。
 以下、妄想。
 日本SF作家クラブはこのたび五十周年を迎えてあちこちでイベントをやっているのですが、これがきっかけになってSF・ファンタジーの人気がさらに興隆して、それにともない作家の人気もうなぎ上りとなっていくかもしれません。
 そうなればイベントや出版社のパーティーにおける作家の質量が増大します。すでに大質量な作家にはさらなる質量が。ぼくみたいなぺーぺー作家にもおこぼれや何やかやで恐ろしいまでの質量が。
 大量の質量が一ヶ所に集まり、ある一定量を超えると核融合を起こして光を放ちます。恒星の誕生です。
 大質量作家が集まれば、そのように太陽のごとく燦然と輝くことになるでしょう。
 そして、それはさらなる質量の増大を呼び込み、連鎖となって、えーと、あ、重力崩壊を招くかな。あげくそこまでの質量増大からだとブラックホールになりますね。よろしくない……いや、ならいっそ渦巻き銀河の中心にあたるバルジクラスの超大質量ブラックホールにまでなってもらいましょう。
 ということで、日本SF作家クラブは、銀河になるべくこれから盛り上げていきますって、いや、もう何を書いているのかわからなくなってきたのでこのへんで。



八杉将司プロフィール


八杉将司既刊
『Delivery』