「足跡」植草昌実


(PDFバージョン:asiato_uekusamasami
 たいして収集しようという気もなかったのに、手元に小さな化石がゴロゴロ転がるようになっている。
 ことのおこりは小学生の頃だろう。遠足で岐阜県の瑞浪に行った。中新世の哺乳類、デスモスチルスの化石が発掘されたところだ。当然、目的地は博物館で、あの面長のカバのような巨獣の化石を見たし、敷地の中で化石掘りもさせてもらった。小さなかけらではあったけれど、木の葉と二枚貝の殻が裏表になった化石を拾って、意気揚々と帰ったのを覚えている。
 子供の頃から、化石になったのも生きているのも、動物はなんでも好きで、椋鳩十や戸川幸夫の本と一緒に、たかしよいちの本も学校の図書室で借りては読んでいた。瑞浪のデスモスチルスについては、遠足のあと『まぼろしの怪獣』で発掘のいきさつを読み、先に読んでおけばよかった、と思ったものだ。
 もっとも、その後は古生物学者にも化石採掘者にもならなかった。宮澤賢治の童話に出てくる、楢之木学士のようになって、化石や鉱物を採掘して暮らしていられたらな、とは思っても、あれだって鉱物好きの彼の夢、現実にはとても生計は立てられまい。
 もっとも、気に入った小さな化石をときどき買ってはいる。長年買っていれば数だけは増えるが、収集しているという気もしない。もちろん、これ欲しいな、と思うような化石はある。だが、そういうのはたいてい、博物館に展示されるようなものだから、自分で持っていなくてもいい。上野の科学博物館に行けば、バージェス・モンスターも恐竜も、メガテリウムも見られる。そういえば、あそこには角のある怪齧歯類、ケラトガウルスの全身骨格もあった(エピガウルスの名で展示されていたような気がする)。それを見たばかりに「地下洞」という掌篇小説を書くにいたったのだが、ケラトガウルスの化石を売っているところには、まだ出くわしてはいない。もし見かけても、買える値段ではないだろうけれど。
 個人が小遣いで買える化石というと、たいしたものはないが、おなじみの三葉虫やアンモナイトをはじめ、植物や小型の魚介類、鮫や恐竜の歯、化石ではないがマンモスの体毛、と並べて見てみると、けっこう面白くなってくる。どれもそうそう安価ではないが、二百円のガチャポンを五回十回やっても目当てのものが出ない、なんてことを考えると、その分でカンブリア紀やジュラ紀のかけらが手元に置けると思えば、安い楽しみかもしれない。
 生物そのものでない化石もある。たとえば糞化石。化石というには生々しい形のはおおむね亀のやつだが、小型の草食恐竜の丸っこいのもたまに見かける。草食恐竜といえば、川底の石のように丸くすべすべした、胃石もよく売っている。色のきれいなものを見つけると、ちょっと嬉しくなるものだ。
 こういった、いわば駄物を並べて楽しんでいるのだが、中でも好きなのが、足跡の化石。水辺など、土の軟らかいところについた足跡が、土が石になったのでそのまま残った、というやつだ。
 初めて手に入れたのは、もう十何年か前だろうか、灰褐色の小さな石板に、たぶん雀くらいの小鳥の足跡が、三つくらい残っているもの。小鳥の足跡なんて、あっさり消えてしまいそうなものが残っているのに惹かれて買ったのだが、行ったり来たりしたらしいさまを想像して、なんとも可愛らしく思った、というのもある。
 それを手に入れて以来、足跡の出物はないか、気をつけて見ているのだが、あまり見かけない。あっても高価だから、足跡はやはり残りにくいものなのだろう。
 ようやく五、六年前に手に入れたのが、掌よりも小さな赤い石板に、小豆くらいの握りこぶしを押しつけたような跡が、規則的に並んでいるもの。始祖鳥で有名なゾレンホーフェンの化石商が持ってきていたが、残念なことにかの地の出土品ではなかった。イタリアのあるところの、ペルム紀の地層から掘り出されたものだという。「サンショウウオの足跡か?」とカタカナで書いたような英語で尋ねたら、ドイツ語訛りの英語で「両棲類だと思う」という、なんだかたよりない返事がかえってきたが、足跡の化石を見つけた、というだけで嬉しくなったものだ。
 もっとも、十年くらいでこの二つ、そのあとは増える気配もない。エビの遠足やゴカイの散策の跡らしい化石を見はするが、希少で高価、というよりも、大きさが平方メートル単位のものばかりなので、とても買うわけにはいかない。
 だが、実にすばらしいものを見る機会はあった。新宿で毎年六月に開催される「東京ミネラルフェア」の特別展示場にあった、高さ1メートル強、幅三メートル弱の大物である。その上を、肢のたくさんある奴がひとり、延々と歩いた跡が連なっている。
 妻と肩を並べて、その跡を追いながら、「敵に追われていたのかな」「食べるものを探していたんじゃない?」などと話していたのだが、石板の隅まで続く足跡が、三葉虫の化石で止まっているのを見つけて、ぼくと妻は顔を見合わせた。
「旅の終りね」ぽつりと彼女が言った。
 どこかの博物館で、この一人旅の化石が展示されることを、願っている。
 こんなことを思い出しているうちに、恐竜の足跡が見たくなってきた。たしか、アメリカだとユタ州やテキサス州で、「恐竜ハイウェイ」呼ばれる、足跡の化石が集中して見つかっているところがあるという。もっとも、じゃあ見に行こう、というわけにはいかないので、古本屋で買ったまま忘れていた『足跡でたどる恐竜学』(ロックレイ、松川、小畠著 丸善ライブラリー 一九九一年)を読んでみることにした。それで治まるか、と思いきや、なおさら見たくなってしまって、困った。
 アメリカ大陸だけでなく、スペインやトルコや韓国などでも発見されている恐竜の足跡化石だが、恐竜の種類や当時の地形はもちろん、「貝を踏みくだいた」「ワニにつまずいた」「前足を怪我している」というような、その足跡がついたときにどんなことが起きていたか、見てわかるというのである。
 テキサスのある場所では、アパトサウルス(同書ではブロントサウルス)の群が逃げるのを、数頭の小型肉食恐竜が追っているのがわかる足跡が、長く続いているのだそうだ。
 実際に見に行ったとしたら、恐竜たちの行動を想像しながら足跡を追って、後先も考えずにどんどん歩いて、幸せに遭難してしまうかもしれない。もちろん、地表はすでに乾ききっているので、そんな間抜けな人間の足跡は、化石には残らないだろう。



植草昌実プロフィール


植草昌実 翻訳作品
『名探偵登場』