「SFと音楽と映像・門倉純一インタビュー」聞き手:宮野由梨香 ゲスト:狩野あざみ、増田まもる

(PDFバージョン:interview_kadokurajyunniti
 門倉純一さまと言えば、「SFと音楽と映像」の第一人者。日本初のSF映画ファンの同人誌「モノリス」(SF映画ともの会)に関係し、「SF音コン」を主催し、また、NHKの「ラジオSFコーナー」のメインパーソナリティもつとめられた方です。
 そのご邸宅には、すごい設備のホームシアターと、SFコレクションがあるという噂です! その門倉純一さま宅を、増田まもるさま(翻訳家・日本SF作家クラブ事務局長)がご訪問なさるという話を、私・宮野由梨香が聞きつけました。「いいなぁ、いいなぁ」とうらやましがったところ、なんと「よかったらご一緒に」とおっしゃっていただけました。わ~い♪ 更にずうずうしく、「せっかくなので、お話を記事としてまとめさせて下さい」とお願いしたところ、快諾していただきました。ありがとうございます!


門倉純一さま(手にされているのは、ハレー彗星のぬいぐるみです)



♪「SF・音楽・映像」との出会い

――まず、門倉さまの「SF人生の始まり」は、何だったんでしょうか?

門倉「講談社の『少年少女世界科学冒険全集』ですね。あと、親戚から雑誌〈少年〉(1946年~1968年・光文社)をずっと手に入れてもらっていたんです。ズラッと揃っていてね。あれ、今、あればなぁ」

――お宝ですね。

増田「よくわかりますよ。僕も読んでいました。小さなおまけの本がいっぱいついてきてね。『鉄腕アトム』の連載も始まって…」

――えっと、失礼ですが、お生まれは何年ですか?

門倉「昭和22年(1947年)です」

増田「ぼくは昭和24年(1949年)、ほぼ同世代ですね」

門倉「『少年少女世界科学冒険全集』の中では『ぼくらの宇宙旅行』(原田三夫)が一番面白くてね、だから最初は天文少年だったんですよ。高校の時、物理部に入ったんですけど、実態は天文部にしてしまいました。五島プラネタリウムによく行っていて、音楽はプラネタリウムで聴くようになってから好きになったんです。もともと親父がクラシック好きだったんですけどね。映画に関しては『劇映画は邪道だ』という信念があってね(笑)。科学ドキュメンタリーをとてもよく観ていました」

増田「あの頃は、いろいろいい科学ドキュメンタリーがありましたよね」

門倉「それで、瀬名秀明会長に『プラネタリウムが好きだ』ということをちょっと言ったら、SF作家クラブ50周年の記念プラネタリウムの件にかかわることになったわけです」

――ああ、そうでしたね。SF作家クラブの錚々たるメンバーがかかわる記念プラネタリウム、楽しみです!

門倉「あの頃は、よく学校で映画を見せてくれたんですよね。『日本誕生』も学校でみたなぁ。それから、親父がインドネシアの工場に赴任してしまったんで、お袋がよく映画を観に連れていってくれたんです。『ゴジラの逆襲』は日劇に観に行ったんだけど、ロビーに大阪城の前で戦うゴジラとアンギラスの模型が飾ってあってね、「欲しいなぁ」と思いましたね」

――特撮を意識した最初ですか(笑)。

門倉「日劇だからね、映画の前にレビューとかあってね、「どうしてこんなものやるんだ?」と思いましたよ」

増田「時代ですよ、時代(笑)」

――『ゴジラの逆襲』の公開は1955年(昭和30年)ですから、門倉さまは8歳、増田さまは6歳の時の話ですよね。

門倉「そう考えると、よく、覚えていますよねぇ。『ゴジラ』の一作目は公開時に観ていないんですが、その後は全部観ました。『スーパージャイアンツ』なんかもね。だけど、読む本は、あまり小説とかは読まなかったな。中学生の時に読書感想文で賞をとって、神奈川県の開港記念会館とかいうところに賞状を受け取りに行ったんだけど、それも感想を書いた本は「現代天文学講座」でした(笑)」



♪SFファン活動へ

門倉「高校に入ってから、〈SFマガジン〉を買っているような友人ができて……」

増田「創刊は1959年でしたね」

門倉「〈SFマガジン〉は、大学に入ってから全部集めましたね。古本屋で集めたから、集め終わる頃には古本好きになっていた」

増田「よ~く、わかります。(笑)」

門倉「そして、一の日会(いちのひかい・毎月1日・11日・21日・31日に催されていたSFファンの集い)に行くようになって、柴野さんやSFファンの先輩と知り合いになりました。また、SFマガジンのコラムを見て、大伴昌司さんに手紙を書いたんです。丁度大伴さんが「SFシネマテーク」という、SF映画を定期的に見る会を計画されていて、その手伝いをして欲しいという内容のご返事をいただきました(今でもいただいたご返事は保管してあります)」

――大伴さまについては、この夏(2012年)に弥生美術館で展示がありましたね。SFビジュアルに関してのあの方の業績はすごいですよね。

門倉「池上のご自宅にも伺ったことがあります。大伴さんとは亡くなられる二日前にも、この件で電話していました」

――亡くなられたのは36歳でしたか。早すぎますよね。

門倉「大伴さんの死は残念でしたが、大伴さんと交流のあった井口健二さんや竹内博さん、加藤義行さんなんかと葬儀の後、大伴さんの遺志をついで何かやらなければならないとしてスタートしたのが、「SF映画ともの会」です。「とも」は大伴の「とも」の意味も込めているのです。会誌は「モノリス」、表紙は宮武一貴さん、SFセントラルアートの人たちとも、その時お付き合いをしてました。日本で初めてのSF映画専門ファンジンだったと思います。

――先駆者だったんですね。

門倉「 そしてぼくはSFの中でも特に映画や音楽という、いわゆるAV系の事と科学をベースとした事に興味があるのだということを、自覚するようになりました」

――ご自分の使命に目覚めたわけですね。

門倉「 「SF音コン」というマイクロコンベンションのような会を始めたのもそんなことからでした。「SF音コン」は1973年7月が最初でしたね」

増田「ああ、あのころお目にかかっていたらなぁ」(とても残念そう)

門倉「SFをテーマにした音楽なんてあるのか、という疑問はありました。ぼくはSF映画に興味があったから、サントラ盤の蒐集はしていました。会員を募ってそれぞれが持っているものをお互いに持ち寄って聴く会をやればできるだろうと思ったんです。ところがそんなカテゴリーでレコード集めているやつなんていない」

――隔世の感がありますね。

門倉「プロの難波弘之さん、後に参加してくれたロックに詳しい秋沢豊さんなんかがぼくの欠けている部分を補ってくれました」

――場所捜しも大変ですよね。

門倉「会場は、SFで最初の深い友人になったあべりょうぞうさんがビクターの社員だったので、虎ノ門のビクターショールームを借りることができました。オーディ オ機器にも興味がありましたから、良い環境で開催できてよかったです。ここからラジオSFコーナーへの道がつながっていきます。SF雑誌に映画や音楽のコラムも書くようになりました」

――門倉さまは〈宇宙塵〉のほうにも参加していらっしゃったんですよね。

門倉「柴野さんには皆さん感謝されていると思います。これは1974年当時〈宇宙塵〉の例会が行なわれていた目黒区福祉センターの写真です」

増田「こういう写真も誰かが撮って残そうと思わなくては、なかなか残りませんよね」



――貴重な映像ですね。ずっとここで例会だったんですか?

門倉「ずっとではないですね。詳細は『いつまでも前向きに 塵も積もれば 宇宙塵40年史』などを参照いただきたいのですが、この頃はもう山岡謙さんが、例会開催に尽力されていました」

――それで、〈宇宙塵〉の代表として、SFファングループ連合会議にも参加なさっていらしたんですよね? 

門倉「しばらくして柴野さんから連合会議での宇宙塵代表を仰せつかって、その流れで、前職の加藤義行さんから引き継いで、1977年から1985年まで、連合会議議長を務めさせていただきました」

――SF大会でもご活躍ですね。

門倉「SF大会には第11回(MEICONⅡ)から参加していましたけど、「音コン」なんかやっていましたから、あべりょうぞうさんと「音の裏方」をやるようになりました。野田さんが始めた日本SFショーでは、第2回(1974年)の時に第二部の「ゴジラ20周年」の構成を担当し、柴野さんがお持ちの第1回日本SF大会(MEGCON)のラジオ東京(今のTBS)が取材して放送した番組の録音テープをお預かりし、デジタル化して保管することもしました。第1回日本SFショー(1973年)ではその作家講演の録音が残っていて、福島正実さんの肉声とかもあるんですよ。……そろそろ、場所を移動して何か聴いてみますか?」

増田「ぜひ、お願いします」

――同じくです。

門倉「では、地下にどうぞ」
(ここまでは1階の居間でお茶をいただきながらお話を伺っていました。一同、地下の「ホームシアター」に移動します)



♪ホームシアター

――おお、ホームシアター! いいなぁ!!(心底うらやましい宮野) 



――この配置は、奥さまと並んでごらんになるという感じですね!(門倉純一さまの奥様は、小説家の狩野あざみさまです。御夫婦で「日本SF作家クラブ」の会員なんです!)お2人は、SFが取り持つ縁でご結婚なさったんですか?

門倉「まあ、そんな感じで(笑)」

狩野「SF大会では、私は新参者。彼は壇上の人で偉そうにしていました」

――それが、どうして?

門倉「まあ、あちこちで出会ううちに…」

――今度、2人きりで会おうよ、とか?

狩野「会ってもSFの話ばかり」

増田「音楽の話もあったんじゃないですか?」

狩野「SF映画の音楽の話ね(笑)」

――スクリーンの左側にいるのはビクターの犬ですよね? 実物大の犬の大きさ!

門倉「ああ、あれは友人からもらったんです」

狩野「家を建てた時に、『一軒家なら、犬が必要でしょうから、送ります』という連絡が来て、『え? 本物の犬?』とか思っていたら、これでした(笑)。その方、ビクターの社員(あべりょうぞうさん)だったんです」

――なるほど、それは貴重な品ですね。右側にはゴジラもありますね!

門倉「これは親戚の人がクレーンゲームで取ってきたものをいただいたんです」

――スクリーンに、カーテンがかかっているんですね!

狩野「昔の映画館みたいでしょう?(笑)」

――これは、スクリーンの保護のためですか?

門倉「あと、スピーカーの音を吸収するから、カーテンがあった方が音響的にいいんです。最近、フロントとセンターのスピーカーをドイツのエラックに、アンプは3D信号が扱えるようにメーカーのサービスを受けて、アップデートしました」

――このコレクションも、マニア垂涎ものですね。


狩野あざみさま・門倉純一さま・増田まもるさま

門倉:映画『時をかける少女』(2010年版)や『三丁目の夕日‘64』(2011)の撮影のためにポスターや本を貸し出したこともあるんですよ。当時のSFファンの少年が登場人物なんで、その部屋の装飾用にね」



♪『ゴジラ』の音楽

門倉「……さて、何を聴きましょうか?」

増田「やはり、『ゴジラ』ですよね!」

門倉「では、いい音で『ゴジラ』を聴いてみましょうか。最初の『ゴジラ』の録音の時には、こんな音が鳴っていたんだろうな、というのを。特撮サントラの構成をしている早川優さんが「怪獣王」というボックスセットを作った時に、最初の『ゴジラ』の音楽を10分間ほどの組曲にして再演奏した録音を特典で入れたんです。オリジナルに近い演奏に編曲してあります」

――是非、お願いします。

(音楽が始まりました。とても、クリアーな音の、ゾクゾクするような『ゴジラ』です。お聴かせできないのが残念です。代わりに、これを御覧下さい)


素敵な「記事」

門倉「特撮映画のサントラが商売になることがわかったのは、東宝レコードが、1977年に発売した映画音楽のシリーズレコードからでした。1作曲家1枚の構成で、日本の映画音楽初の体系的な紹介でした。その4枚目に「伊福部昭」があったのです。このレコードに収められたゴジラのテーマにほんの少し片チャンネル音が欠けた場所があったので、僕は東宝レコードの方に連絡し、東宝レコードまで出かけていきました」

――それで、どうなったんですか?

門倉「営業の方だったと思うんですが、お会いしたら、このレコードが売れていて、『予想もしていなかった。どうして売れているかわからない』というんですよ。『伊福部先生は弟子も多いので、その関係かな』とおっしゃるので、『違いますよ。ゴジラ、ラドン、など東宝特撮映画のサントラが始めてここに収められているからです』と強調しました」

増田「その頃はまだ「特撮ファン」という人たちの存在が社会的に認知されていなかったんですね」

門倉「同時期に多くの特撮映画ファンから手紙や電話などが届くようになって、東宝レコードは宝の山を見つけることができたんです。SF交響ファンタジーは竹内博さんをはじめとする特撮ファンの方たちがカセットにこのようなものをと、伊福部先生に提示して、それを参考に作られたと聞いています」

――そんないきさつがあったんですね。

門倉「私も初演の日比谷公会堂へは招待券をいただき、感無量で聴いていました」

――やっと時代が我々に追いついてきたぞ、という感じでしょうか。

門倉「東宝レコードの方とはその後も何回かお会いし、『門倉さんは営業も製作もできるから、引き抜こうかと思った』といわれたことがありました。私はその後もコンピューターの仕事を続けることになり、そちらのほうにはいきませんでしたが」



門倉「キングレコードが、ウルトラマンでやはり一山当てましたね。「交響詩ウルトラセブン/ウルトラマン」は東京交響楽団の演奏で録音したのですが、会場は福生の市民会館でした。観客は私たった一人でした」

――福生ですか。なかなか象徴的な場所での録音だったんですね。

門倉「ところで、お2人は、『ゴジラ』の原曲をお聴きになったことはありますか? ゴジラのテーマは、伊福部昭のヴァイオリン協奏曲である、「ヴァイオリンと管弦楽のための協奏風狂詩曲」の第一楽章中間部に出てくるテーマなんです」

――ないです。是非、聴きたいです!

門倉「『ゴジラ』を作るのよりもかなり前に作られたものです。2楽章の曲なんですが、はじめてこれを聴いた時は興奮しましたよ。このヴァイオリン協奏曲の演奏会は、特撮ファンであふれたという話です。今や結構知られていると思っていたんですが」

増田「僕も話には聞いているけど、実際に聴いたことはないなぁ」

門倉「では、かけてみましょう」

(ヴァイオリン協奏曲が流れています)

――おお、これは、『ゴジラ』ファンなら聴くべきものですね。

増田「伊福部さんというのは、日本の土俗性みたいなものを、ものすごく体の中に持っている人だということがわかりますね」

門倉「もともとアイヌの方の音楽に強い親近感を抱かれていた方ですから。テーマがこういう形で使いまわされていることを知った後は、純音楽作品を聴きまくりましたよ。逆のケースもあってね、怪獣映画の中に使われたテーマが後の曲に入っていたりもするんです。「聖なる泉」という『モスラ対ゴジラ』の中の曲も、琴の曲に転用されて使われています」

増田「多分、内から湧き出してくるリアルなイメージというのが、ずっと明確にあるからなんでしょうね」

門倉「アメリカ映画『クローバーフィールドHAKAISHA』はご覧になっていますか?」

――すみません。観ていません。

門倉「怪獣がニューヨークを襲うんですけど、パーティに参加していた男の手振れカメラに記録されていた映像をそのまま映画として見せる、という設定なんです。襲われる側からの視点なので、ただ、ドーン、ドーンという音がして、建物が崩れていく。『あるところで発見されたビデオを再生してみたら…』ということなので、音楽はない。それがエンドタイトルのみ音楽があって、それが、伊福部の音楽へのオマージュになっているんです。聴いてみますか?」

――ぜひ、お願いします。

増田「これはね、観ていればわかるんですよ。死ぬほど好きなんだなって(笑)」

(曲の向こう側から、伊福部昭の『ゴジラ』が立ち上がってくるような曲が流れます!)

――う~ん、本当にオマージュですね。

増田「メロディーは絶対に同じにしていないけれども、構造は同じですね」

門倉「ええ。作曲したマイケル・ジアッキノは新作の「スター・トレック」や「ジョン・カーター」なども手がけたまさに職人です」

増田「こういう職人がいるから、ハリウッドは強いんですよね」

――以前、娘に「オマージュって何? パクリとどう違うの?」と尋ねられて、うまく説明できなかったんですけど、本質的に違いますね。

増田「最大の違いは、オマージュは元の作品を思い浮かべてもらうことを目指すけど、パクリはバレないことを願うということかな?」



♪『2001年 宇宙の旅』

門倉「次は何をかけましょうか?」

増田「せっかくの機会ですから『2001年 宇宙の旅』をお願いします。キューブリックの最高傑作というと、どうしてもこれになってしまいますよね。40~50回、観ています」

門倉「僕は29回ですね。試写も含めて。では、ブルーレイで、メインタイトルから観てみましょうか」

(最初のアフリカの場面から、モノリスの場面を経て、宇宙船の場面までを観せていただきました)

増田「いや~、気持ちがいいなぁ。これ、撮影所はシェパートンなんですよ。J・G・バラードゆかりの」

――これは、大きな画面で観なくては駄目ですね。

増田「50や60じゃ、どうしようもないよね。このスクリーンは何インチなんですか?」

門倉「110インチなんですけど、16対9だと100インチです」

――音も最高でした。

門倉「映像と音楽がみごとに結びついている映画ですよね。『美しき青きドナウ』は、クラシックでとても有名な曲でしょう? しかもワルツですから、これは回転運動。後でディスカバリー号が木星へ向かう場面ではガイーヌから「アダージョ」です。これは慣性運動なんです。両方ともニュートン力学ですね。それに対して、リゲティの現代音楽は量子論的な宇宙の論理的だけど不可思議な世界に付けられている。ツァラトゥストラはこの二つを結ぶ鍵であり、それは知性であることを主張しているように見えるんです」

増田「ああ、そうですね」

門倉「SF好きだからわかる。そういうことを、あまり誰も言わないんだよね」

増田「おそらく、キューブリックのもとのセンスというのは、あえて少し外すことによって、より象徴性を持たせるというところにあると思うんですよ。あの違和感がたまらんのですよ」

門倉「あと、『A.I.』ってのは、機械生命版『2001年宇宙の旅』ですよね。そのことを言っている人もあまりにも少ないのではないか、と思います」

増田「そうですね。『2001年 宇宙の旅』では人間が勝ち残るけど、『A.I.』は逆ですね」

門倉「主人公の名前もディヴィッドで同じですし。「2001年」と共通する場面がいくつもあります」

増田「そういえば、リドリー・スコットの『プロメテウス』に登場するアンドロイドの名前もディヴィッドでしたね」





♪第1回日本SFショーの録音、第1回日本SF大会(MEGCON)の録音

門倉「では、福島正実さんの講演を聴いてみましょうか。これは17分ほどの長さです。第1回日本SFショーにおけるものです。それからMEGCONのラジオ録音も」

――目黒公会堂清水別館で行なわれたものですね。

(福島さまのエネルギーとSFに対する真摯さが伝わってくる講演でした。「13年前の〈SFマガジン〉創刊当時、いかに孤独だったか」が語られていました。創造的な仕事をするには、一定の時期、「熱っぽい孤独」の中にどっぷり漬からなくてはならないというメッセージは、深い印象を残します)

――ううむ、貴重な肉声ですね。これはまとめられて、どこかに収録されていないんですか?

門倉「いませんね」

――でも、これはテープ起こしして活字化するというより、肉声そのままを何らかの形で資料として後世に伝えたいですね。

門倉「これは「リレー講演」ですから、他の方のもあるんですよ」

――ああ、そうなんですね。

門倉「ラジオ番組や講演記録はコンテンツとして公開することが難しいのです。著作権が複雑だったり、録音も私的なものだったりしますから。今はこうしてお聞かせするしかないと思っています」

――ううむ。せっかく貴重なものなのに、もったいない気がします。

門倉「確かに、時々不安になりますね。ここにあるだけだと思うと」

――バックアップをとって、どこかに保管するとか?

増田「作家クラブがそういう場所を持っていないんですよ。今でも資料とかは、僕の家ですから。『いっそのこと、貸し事務所を』という話も、作家クラブ内部にはあるんですがね」

門倉「でもね、一番いいのは、やはり、誰が何を持っているかのアーカイブをきっちり作ることですよ。なまじひとところに集めると、管理が逆に大変ですからね」

増田「そういう意味では、作家クラブ創設50周年というのは、いい機会です」



♪♪最後にすべてをひっくり返すのがSF

 これ以外にも、NHK少年ドラマシリーズ「タイム・トラベラー」主題曲の、サントラ盤として発売されているCDよりはるかに音がクリアーなものとか、「スター・ウォーズのテーマ」を日本語で熱唱する子門真人とか、フランス語版「キャンディ・キャンディ」、などなどを聴かせていただきました。
 ほぼ同世代の門倉純一さまと増田まもるさまのお話はとてももりあがって、貴重なお話は尽きないのですが、今回は、特に印象的だった次のやりとりをご紹介して、記事を閉じさせていただきたいと思います。

門倉「僕が好きな映画はね、ストーリーが進んでいって、そして最後にストーリー全体を書き直してくれる映画なんです」

増田「そう、よくわかります。世界観をひっくり返してくれなかったらSFじゃないですよね!」

 どうもありがとうございました。
                 (2012年9月28日 門倉さまご邸宅にて)





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