「新年パーティ」高橋桐矢(画・河田ゆうこ)


(PDFバージョン:sinnnennp_takahasikiriya

 真っ白な雪がしんしんとふりつづく冬の夜、土の中の奥深くにカブトムシの幼虫がいました。外は凍り付くほどの寒さですが、土の中はあたたかです。
 幼虫は、トンネルをほりながら、ふんわり甘い枯葉をさくさく食べていました。たくさん食べて大きくなって、夏になったら、黒くて強くてかっこいいカブトムシになるのです。
 ふと、幼虫はもぐもぐ動かしていた口を閉じて、顔を上げました。
「なんだろう。誰かの声が聞こえる」
 声の方向にほりすすめていくと、いきなり土の壁がぽこっと開きました。一瞬、まぶしくて目がくらみます。
「幼虫くん! いらっしゃい」
 声をかけてくれたのは、まるまると太ったカエルのおじさんでした。カエルが、幼虫を手まねきします。
「さあさあ、待っていたよ。もうすぐ新年パーティがはじまるからね」
 幼虫は、あんぐり口をあけてあたりを見回しました。
 見たこともないくらい広い部屋の、壁や天井はきらきら輝いていて(雲母の粒だとカエルが教えてくれました)、クワガタやヘビやトカゲ……、たくさん集まってにぎやかです。なにやらおいしそうな食べ物もあるようです。
 カエルがみんなに、紹介してくれました。
「カブトムシの幼虫くんだよ。これでみんなそろったね」
 しましまもようのヘビの長老が、一段高いステージに上がります。
「諸君、今日だけはおたがい、食べたり食べられたりは、なしじゃ」
 みんなを見渡して、舌をちろりと出しました。幼虫のとなりでカエルののどがひくっと鳴りました。
 きれいな緑色のトカゲが、どんぐりのヘタのコップに、さわやかな甘い香りの黄金色の飲み物をついでくれました。ほかのみんなもコップを手にもっています。
「新年おめでとう! かんぱーい!」
 ヘビの声に、みんなも口々に「乾杯、おめでとう!」とつづけます。
 幼虫も、まねして言いました。
「おめでとう!」
 するとすぐ前にいたセミの子が、にっこり笑いかえしてくれました。
「乾杯! おめでとう!」
 幼虫とセミの子は、同時にひといきで飲みほしました。甘くてとろけそうなほどおいしい飲み物でした。幼虫は思わずさけびました。
「うわあ、おいしい!」
「ほんとうにね!」
 幼虫とセミの子は顔を見合わせて、くすくす笑いました。けれどつぎの瞬間、幼虫は泣きたくなりました。
「ああもう。全部飲んじゃった!」
「大丈夫」と、セミの子は落ちついています。
「どうして?」
 答えを聞く前に、するりと音もなく緑色のトカゲがやってきて、手に持ったくるみのポットから、おかわりをそそいでくれました。
「まだたくさんありますよ。ご馳走もえんりょなく食べてね」
 幼虫は目を丸くしました。
「ご馳走は誰が用意しているの?」
 トカゲはにっこり笑いました。
「冬眠するまえにそれぞれみんなが集めたのよ。新年パーティのためにね」
「この飲み物も?」
 トカゲはすらりと長い首をかしげました。
「さあ……、この飲み物だけは誰かからの差し入れらしいんだけど、わたしはよく知らないのよ。なんでも毎年、カシの木の下に用意してあるんですって」
 セミの子もおかわりをついでもらって、ぐいっと飲み干し目を細めました。
「カエルさんもヘビの長老も知らないらしいよ」
 セミの子の言葉に、幼虫は顔を上げました。
「へえ! 君はくわしいね!」
「だってぼくは新年パーティ三度目だから」
 幼虫は、尊敬のまなざしでセミの子をながめました。
 カエルのおじさんやヘビの長老、トカゲのお姉さんも、みんな大人ばかりの中で、子供はセミの子と、カブトムシの幼虫の二人だけでした。セミの子も自分と同じく、はじめてなのかと思っていたのです。
 セミの子がステージを指さしました。
「テントウムシのダンスがはじまるよ!」
 いつのまにかステージには、明るい赤や黄色の衣装を身につけたテントウムシたちが集まっています。なんてはなやかなんでしょう。幼虫はわくわくして、体をのりだしました。
 ステージの横でカエルのおじさんが歌いだしました。よく通るテノールです。
 おじさんの歌に合わせて、テントウムシたちがおどります。
 ぎっちょん、ぎっちょん、伴奏しているのは、白黒タキシードを着たカミキリムシのお兄さんです。
 そのうち、陽気なリズムにのって、見ていたみんなもおどりだしました。
 幼虫も、気づいたらおどっていました。体が軽くて、楽しくて、セミの子と手を取って、くるくる回りました。目が回ってふらふらすると、こんどはおかしくて笑いがとまりません。
 笑って、おどって、また笑って。
 木の実やキノコのご馳走も食べ放題です。
 トカゲのお姉さんも歌いました。細い体に似合わない、迫力たっぷりのバラードでした。
「新年! めでたいぞ! 実にめでたい!」
 クワガタがさけんでいます。
 カブトムシの幼虫は、幸せで胸がいっぱいでした。きらきら光る雲母の天井が、くるくる回っています。
 セミの子と、十回目の乾杯をしました。
「ほんとうに楽しいね!」
 幼虫は、さっきから同じ事ばかり言っていると思い、言い直しました。
「毎日が新年パーティだといいね!」
 セミの子がうなずきました。
「うん。でも新年は一年に一回しかこないからね」
 遠くを見るようなまなざしでした。
「そうなんだ」
 幼虫は思わずため息をつきました。
 するとセミの子は、にっこり笑いました。
「でもね。今日の日を、ずっとずっと楽しみにしていたんだよ。まっくらな穴の中で、たった一人、土をほりながら、ああまた、乾杯したいなあ、みんなと会いたいなあって、ずっとずーと待っていたんだ。だから、一年分、今日の日がすごくうれしくて」
 こんなにも楽しいのは、一年に一回しかないからなのかもしれません。セミの子だけじゃなく、カエルも、ヘビもみんながこの日を、ずっとずっとわくわくしながら待っていたのでしょう。
 ということは、一回目より二回目、二回目より三回目はもっと楽しいに違いありません。
 幼虫は来年のパーティのことを思って、心がおどりました。
 全員がおどりつかれて、歌もめいっぱい歌って、もうこれ以上一口も入らないくらいお腹もいっぱいになって、パーティはお開きになりました。
 ヘビがステージに上がりました。
「よい年を! また来年の新年会で会いましょうぞ」
 幼虫は、セミの子と握手しました。
「また来年!」
 セミの子は、ちょっとびっくりした顔をしましたが、すぐに笑顔でうなずきました。
 トカゲのお姉さんがやってきました。
「トカゲさん、また来年!」
 トカゲは、さびしそうな笑顔を浮かべました。幼虫も胸がきゅんといたくなりました。パーティが終わるのは、さみしいけど、しかたありません。
 幼虫はパーティにきていたみんなに挨拶をしました。
「テントウムシさん、来年もおどってね」
 テントウムシは一人一人幼虫に手をふってくれました。
「クワガタさん、またね」
 クワガタのおじさんは大きなはさみで幼虫の頭をなでてくれました。
「カエルさん、また来年」
 カエルのおじさんは、まばたきして幼虫をぎゅっとだきしめてくれました。
「元気でな」
 幼虫は、夢のような楽しい気持ちのまま、やってきたトンネルにもどりました。
 そして、眠って食べて、むくむくとふとって大きくなっていきました。
 冷たく寒い冬が終わり、あたたかな春が来て、やがて夏になりました。
 夏の始めのある朝、カブトムシの幼虫は、土の中でさなぎになりました。
 さなぎになって夢を見ました。
 新年パーティで、またみんなと再会した夢です。
 うれしくてなつかしい夢でした。
 さなぎは夢からさめて、もぞもぞっと体を動かしました。
 カラから出るときがきたのです。
 カブトムシはゆっくりとさなぎのカラをぬぎました。土の中をはいでて、木の幹を歩いてのぼっていきました。
 甘くさわやかな匂いがします。さそわれるように木の枝を進んでいくと、木の幹のくぼんだところに、樹液がたまっていました。
 一口なめると、どこかなつかしいその味は、体中に力がわいてくるような、おいしさです。
 カブトムシは、黒いりりしい角をふりあげ、背中の羽をひらき、飛び立ちました。
 その夏、カブトムシは、いそがしく過ごしました。
 誰よりも大きく強くなって、樹液の出る木をたくさん見つけました。
 強さをたしかめるために戦い、すてきな人と出会い、夢をかたりあいました。
 入道雲を見上げ、夕立ちを木かげでやりすごし、まぶしいひざしをたっぷりあびて、暑い夏は、あっというまに過ぎていきました。
 夏の終わりに、カブトムシの奥さんは、卵をうみました。カブトムシはお父さんになりました。
 けれど、子供の顔を見ることはできないと知っていました。
 カブトムシは、夏が終わって秋になると死んでしまうのです。冬が来て、新年になるまで、生きていることはできないのでした。
 秋風のふく日に、カブトムシはひとり、カシの木の枝にいました。年を取ってうつらうつらと過ごすことが多くなっていました。
 久しぶりに新年パーティのことを思い出していました。
「楽しかったなあ」
 ゆかいな楽しいメンバーの顔が、なつかしく心の中にうかんできます。
 みんな面白くて楽しくて、優しい人たちでした。
 思い出すとうれしいのにせつなくて、涙がでそうになります。
 そういえば、パーティの帰りぎわ、カエルのおじさんがだきしめてくれたとき、ちょっとだけ涙ぐんでいました。
「あのとき、おじさんは知ってたんだなあ」
 カブトムシの幼虫は次の新年パーティには出られないということを。
 テントウムシも、トカゲも、セミの子も、みんな知っていたのでしょう。
 毎年楽しみにしているみんなとはちがうのです。
 カブトムシにとっては一生に一度きりの新年パーティ。それはもうしかたがありません。でも何かが気になっていました。やりのこしていることがある気がするのです。
 おどって歌って、それから何をしたでしょうか。
 セミの子と何度も乾杯したのは、とろけそうに甘い黄金色の飲み物でした……。
 その瞬間、カブトムシは、なぞの答えを知りました。
「ああ、そうか、そうだったのか。毎年、あのパーティに、飲み物を差し入れしていたのは……」
 カブトムシは、残りの力をふりしぼって、飛び立ちました。
 この夏の間に、樹液が出る場所をたくさん見つけました。
 とろーりとした甘い樹液を、水にとかせば、さわやかな匂いの飲み物になります。
 樹液を集めて、くるみのカラにつめました。
 みんなでお腹いっぱい飲めるようたくさん集めました。
「トカゲさんは、カシの木の下って言ってたな」
 カブトムシは、樹液をつめたくるみのカラを、カシの木の下にうめました。
 新年パーティの前に、誰かが見つけてくれるでしょう。
 差し入れは、毎年、そこにうめてあるのですから。
 来年の新年パーティには卵からかえった幼虫もきっとよばれていくことでしょう。新年パーティ四回目のセミの子にも会えるでしょう。
「乾杯!」
 黒くりっぱなツノをかかげて、カブトムシは小さくつぶやいて、微笑みました。

(了)



高橋桐矢プロフィール
河田ゆうこプロフィール


高橋桐矢既刊
『ドール
ルクシオン年代記』