「決闘狂」片理誠

(紹介文PDFバージョン:kettoukyoushoukai_okawadaakira
 第2期『エクリプス・フェイズ』シェアードワールド小説企画の第5弾は、片理誠の新作「決闘狂」だ。
 これは傑作である。何はさておき、この血と硝煙に満ちた世界を堪能してほしい。あなたの五感に訴えかけるものがあるはずだ。

 本作は、今まで「SF Prologue Wave」で発表されてきた『エクリプス・フェイズ』小説のなかで、もっともポストヒューマンSFの王道に近い作品だと言えるかもしれない。
 SFにおけるポストヒューマンを考えるにあたり、大分して二つの流れが存在する。一つは、伊藤計劃×円城塔『屍者の帝国』にて大胆な再解釈が施されたことが記憶に新しい、ロシアの神秘主義思想家フョードロフに代表される、ルネッサンス期に確立されたヒューマニズム、すなわち人間中心主義の延長線上で広義のポストヒューマニズムを考えるもの。情報体(インフォモーフ)の身体性に切り込むことで、この主題に挑んだものとしては、「SF Prologue Wave」で発表された「Feel like making love――about infomorph sex」のような作品がこの系譜にあたるだろう。
 もう一つは、人間の魂(エゴ)がデジタル化したことがすでに自明となり、近代文学的な内省のあり方を根底から塗り替えた、いわば「人間機械論」の系譜に連なる、ポストヒューマン時代のハードボイルドとも言うべき作品群だ。
 恐甲(ダイノクロム)軍団の一員として戦う、知性を有した超戦車の一人称を採用し――スティーヴ・ジャクソン・ゲームズの傑作ゲーム『オーガ』に多大な影響を与えたと言われる――キース・ローマーの《BOLO》シリーズ(「最後の司令」と「ダイノクロム」が邦訳済み)、あるいは徹底して内面描写を廃した戦闘機アズラーイールのエッジの利いた描写が蠱惑的なピーター・ワッツ「天使」が、その代表格と言えるだろう。
 そして「決闘狂」は紛れもなく、後者の系譜に属する快作である。密度の濃い文体に詰め込まれた戦闘描写の妙味、永久に続く凄惨な殺し合いの苦味に酔いしれよ。2013年の幕開けにふさわしい、ポストヒューマニズムの現在形が、ここに映し出されている。このような迫力ある作品が、日本人でも書けたのだ。英語で紹介されれば、評判を呼ぶことは間違いない。

 『エクリプス・フェイズ』ファンにとっては、第1期で「黄泉の縁を巡る」を連載していた片理誠は、もはやお馴染みの書き手と言ってよいかもしれないが、本作はどことなくユーモラスな調子も漂う「黄泉の縁を巡る」とは、タイプが異なる作品だ。片理誠は、作品中にSFやファンタジー、さらにはミステリの成果を贅沢に盛り込むジャンル横断性を内包した作風で知られるが、「決闘狂」をお読みになった方には、ぜひとも『Type: STEELY タイプ・スティーリィ』(幻冬舎)をお勧めしたい。ライトノベル的な意匠に「騙されて」はいけない。暴力と狂気に満ちた怒濤のアクションで読者を魅了する作家、それもまた、片理誠の顔なのだ。(岡和田晃)



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 なぜこんなことになってしまったのかは、どうしても思い出すことができない。だがなぜ思い出すことができないのかは、はっきりと思い出せる。奴のせいだ。殺さなくては。奴に殺される前に──


 今回、ケニン・Dが逃げ込んだのは郊外にある工業用コンビナートの跡地だった。
 跡地といっても実際には廃墟だ。何もかもがそのままの形で放棄され、朽ちるに任されている。巨人の死骸のようにそびえるプラントも、地に毛細血管のように張り巡らされたパイプ類も、全ては赤錆に覆われ、ボロボロに劣化していた。輝いているものなど何一つない。あるのは錆、腐蝕、そして不気味なほどの巨大な影。天高く突き上げられた煙突のほとんどは途中で折れ曲り、そこら中に架けられた立体迷路のようなコンベアも今は軋む音一つ立てるでもない。窓という窓は全部破れていて、数百、数千もの虚ろな穴と化している。剥き出しになった建家のフレームは巨大な鳥籠かジャングルジムを連想させた。雑草の一本が生えているわけでもない。くすんだ赤色と黒のみの世界。火星の風が砂埃を舞い上げる。
 火星辺境のドーム都市、─オリンポス・シティのようなメジャーな場所じゃない、聞いたこともないような、寂れた町─、に潜伏していたDを見つけだすのに、七ヵ月もの時間がかかった。費やした金額だってかなりなものだ。
 ところが突き止めてみれば、まったくのがっかりだった。奴は、Dは、今回はごくごくありふれた生体義体に収まって、人間に紛れて暮らしていやがった。ご丁寧に三つもの偽名まで使ってだ。もっともケニン・Dという名前自体偽名なのだから、正確には四つということになるか。奴の本名が何かなんて誰も知らない。恐らく本人すらも。
 とにかく、今回のあいつは逃げに徹していたのだ。おかげで見つけるのに随分と手間取った。だがそれだけだ。奴が選択したのはしごくノーマルな、人間のボディだ。戦闘用の体ではない。確かに大衆に紛れるのには向いているのだろう。だが見つかってしまえばそれまでだ。所詮、戦いにおいてはバトル用にチューニングされた義体の敵ではない。スペックがあまりに違いすぎる。
 つまり今回の勝負は俺が奴を見つけた時点で既についてしまっているのだ。実に白ける話ではないか。この七ヵ月間、こちらはありったけの情熱を傾けて探し続けたというのに、先方は俺をもてなす気などさらさらないのだ。なんというふざけた話だろう。ああ、憎い。殺さずにはいられない。
「クソッ、これじゃ割が合わない。楽に死ねると思うなよ、ケニン・D」
 俺は飴細工のように曲がったレールを乗り越え、工業用コンビナートの敷地に向かった。


 崩れた塀の隙間から内部に侵入するとちくちくとした感覚がチタン合金製の皮膚の上を走った。微弱だが確かに周囲に電磁波が走ったのを俺は探知した。センサーの類が作動を開始したのだろう。罠を張って待っている、というわけだ。当然そうだろう。でなければわざわざここに逃げ込む意味がない。だが──
「問題は罠の中身だ」
 こちらをせめて一度くらいはぞくぞくさせてくれるといいのだが。ちんけな花火程度では慰めにもなりはしないんだぞ、D。慰め。そう。俺には慰めが必要だ。こんな下らない人生、楽しみがなければやっていられるものか。
 ここのどこかに歩行戦車の一台でも隠してあるんなら、今からでも評価を改めてやれるんだが、やれやれ、どうやら期待薄だ。テラヘルツ波(T-Ray)発振装置が見つけた地雷の数々に俺はうんざり。
「数だけは多いが、対人地雷ばかりだ。がっかりさせてくれるな。馬鹿じゃないのか、D? こんなもん、踏んだところで掠り傷一つつくものか。仕掛け方にもセンスがないなぁ。こんな漫然とばらまいているだけでは無意味だ」
 俺はレーザーで地雷を焼き払う。爆炎とともに火星の土砂が派手に舞い上げられた。
「戦闘開始の合図くらいにはなったかな。フン! 祝砲にしては随分としょぼいが」
 俺はコンビナートの奥へ向かう。
 最初の角を回り込むと、貨物運搬用の列車が突然突っ込んできた。錆びついた車軸がボロボロに朽ちたレールの上で甲高い悲鳴を上げる。それは地獄から無理矢理連れてこられた魔物の咆哮を思わせた。もう二度と俺の眠りを妨げないでくれ、もう二度と俺を蘇らせないでくれ、と。感傷的すぎるだろうか?
 あくびが出そうなくらいに緩慢なその攻撃を軽くよけてかわすと、向かいの倉庫の屋上から機銃の掃射が……こなかった。作動を感知した瞬間に俺がプラズマ・ビーム・キャノンで吹き飛ばしていたから。
「なんだ? たったこれだけ? おいおい、オードブルがこの程度では……メインディッシュの方が心配になってきた。少しくらいは楽しませてもらえるんだろうな? こんなんでは三つ星どころか、一つ星にすら遠く及ばないぞ、D」
 狙撃をするのなら、せめて同時に三方向からは仕掛けなくては。それならこちらの注意も分散され、一発くらいはまぐれで当たったかもしれない。いや、そもそもその前に貨物列車に爆薬を仕込んでおかない理由が分からない。こんな間抜けな罠もないだろうに。
 敷地内に動くものの姿はない。
 この工業地帯は人間用のものだったらしく、通路の幅も出入り口の大きさも標準的な人の大きさに合わせて作られている。奥へと延びる真っ黒な通路はうねうねとねじくれていて、まるで悪夢の中の迷路だ。あちこちで集合と離散を繰り返している。左右に立ち並ぶ赤茶けた建家どもはとてつもなく巨大なチョコレート細工。ただしそこに使用されているのはカカオではなく、血だ。どこもかしこもボロボロに腐っていて、今にもこっちに倒れてきそうだった。空中を走る電線たちは、ヒステリーを起こした蜘蛛が張った巣のようで、無秩序という名の出鱈目な秩序にしか基づいていない。適当に工場を拡張していった挙げ句、にっちもさっちもいかなくなって放棄されたのだろうか。太古の恐竜のように、神に見捨てられたのだろうか。下手くそが作ったジオラマみたいだ。それとも、こんなものでも多少は効率的な部分もあったのだろうか、かつては。
 薄汚れたピンク色の火星の空が俺を憂鬱な気分にさせる。
 四本の機械の脚を動かして、狭い道を進む。
 つくづくトランスヒューマンになどならなければ良かったと思う。いや、そもそも魂(エゴ)、即ち人格データのバックアップ技術など、開発されるべきではなかったのだ。不死の獲得? 馬鹿馬鹿しい。そんなことのためにいったい何度死ぬ羽目になるか、昔の俺に教えてやりたいものだ。
 かつてなら、世界がまだシンプルな姿を保っていられたあの時代でなら、俺たちのこの諍いも美しい悲劇として片づけられただろう。俺たち自身、恰好をつけられた。ところが今じゃ、二人ともが揃ってピエロだ。不死の世界で殺し合いを演じているのだからな。こんなものは退屈な喜劇でしかない。しかもこの劇、エンドレスなのだ。永遠にやめることができない。そこが一番、癪に障る。ああ、憎い。殺さずにはいられない。
 爆薬はそこら中に仕掛けられていた。近づくとセンサーが作動して発火する仕組み。だが仕掛けが見え見えな上に、どれも対人用の威力しかない。馬鹿か? あいつに想像力というものはないのか? なんで刺客がわざわざ壊れやすい生体義体なんぞに収まってからやってくると思えるのだ?
 今の俺はフレックスボットという小型の機械外殻(ロボット・シェル)に入っている。もっとも、小型だったのは戦闘用に改造する前の話で、今では元の倍程度の大きさになっていた。何しろ戦闘用に徹底的にチューンしたのだ。強力な武装、分厚い装甲、それでいて機動性も犠牲にはできない。そのため足回りに関してはフレームから駆動系まで全てを換装しなくてはならなかった。エンジンも本来のものより二ランクほど上のグレードのものを搭載している。もちろん、かなりの金がかかった。
 純粋に戦闘用のボディが欲しいのなら、こんな多目的用途向けの義体を改造するよりも、最初から戦闘用の義体を買ってしまった方が安上がりですむ。だが俺の場合、確かに用途は戦闘だが、戦う相手は不特定多数ではない。ケニン・D、ただ一人だ。つまり俺が欲しかったのはDを殺すためだけの専用の義体で、それにはこのボディを改造するのが丁度良いと思えたのだ。
 だが蓋を開けてみれば、肩すかしもいいところだった。まるでファストフード店にタキシード姿で入ってしまったかのような間の悪さ。場違い感。こっ恥ずかしいったらない。これというのもDの奴が正装してこなかったからだ! 俺はこれほどの手間と時間と資金とを投入して、今日というこの日を精一杯楽しもうと努力をし、あまつさえ様々な楽しい夢想すら描いてきたというのに、奴の、Dの、あのクソ野郎のやる気のなさがそんな俺の情熱を木っ端微塵に打ち砕いてしまったのだ! ああぁ、憎い、憎いぞ、D! 何度殺しても飽き足りないくらいお前が憎い! 俺はこの七ヵ月もの間、俺に注ぎ込めるありったけのものを注ぎ込んでお前を追い詰めてくびり殺すことだけを考えてきたというのに、お前は本当にこそこそと逃げ回っていただけなのか? お前の反撃は、せいぜいがこの程度のものなのか? お前は俺の襲撃を、真剣には想定してこなかったというのか? お前は俺をいったい何だと思っているんだッ! ああ、憎い! 腹の底から、いや、モーターの底から貴様が憎い、ケニン・D! 絶対に殺す! だがもうこの極限にまで達した憎しみはただお前を殺すだけでは決して晴れはしない! 屈辱だ、貴様には俺が味わった失望に見合うだけの屈辱を舐めてもらわなくてはならない! 必ず、絶対に、どうしてもだ!
 俺が通るたびにドッカン、ドッカンとあちこちで派手な爆発が起きる。だが威力はしょぼい。俺はもう途中からは面倒臭くなって、いちいち爆薬を駆除したりはせず、爆発するに任せていた。どうせ仕掛けられているのは対人用の手榴弾や地雷ばかり。こんなもの、俺の装甲にとってはそよ風みたいなものだ。
 出てこい、D!
 俺は四門のレールガン式重機関砲を天にかざして無線に吼えた。この機関砲こそが俺のメインウェポンなのだが、まだ一度も使用していない! 低出力レーザーで事足りてしまうような罠ばっかりだったからだ! いい加減、いらいらしていた。
《どこまで俺を失望させれば気がすむんだ、ああ? もう湿気った花火にはうんざりだ! もうちょっと骨のある攻撃をしろよ! でなければお前自身が逃げるか立ち向かうかしろ! とっととだ!》
 しばらくして返事があった。
《もうやめにしないか、こんな馬鹿げたことは。俺はあんたが誰なのかも知らないんだ!》
 俺はアンテナを使ってDのいる方角を探知。そちらに向かってゆっくりと歩を進める。
《俺だって知らないさ、D。お前が本当は誰で、俺が本当は誰なのか、今ではもうまったく思い出すことができない。いや、そもそもなぜ俺たちがこうやって殺し合う羽目になったのか、その理由すらまったく分からないんだ。何度も蘇っては殺され、殺されては蘇っているうちに、データがどんどん欠損していったんだな、お互いに。たぶん、きっかけは些細なことだったんだろう。同じ女を取り合ったとか、酒場でたまたま肩がぶつかったとか》
 工場と工場の狭い隙間に入り込む。右に左に、何度も何度も直角に折れ曲がる。左右に立ち並ぶトタン板は元が何色だったのかも分からない。俺の義体がほんの少しでも触れると、呆気なく錆の粉になって消えてゆく。
 路地の吹きだまりには白骨化した人間の遺体が幾つも転がっていた。殺戮兵器と化したこのでかい図体では上手く避けることができない。しかたなく踏んづけてゆくと火星の赤い砂に混じって乾いた灰色の粉が舞った。ああ、気分が悪い。これも全てDのせいだ。俺は正々堂々とした一対一での対決を夢見ていたのに。
《理由がないのなら、もう俺たちが殺し合うことなんてないだろ! もうよそう。あんたはあんたの、俺は俺の人生に戻ればいい》
《それは駄目だ、D》
《なぜだ!》
《俺はお前が憎いのさ。なぜこんなにお前を憎んでいるのか、その理由はどうしても思い出すことができない。だが俺はお前が憎い。ただただひたすらお前が憎くて憎くてたまらないんだ。生きていても憎いし、死んでいても憎い。笑っていても憎いし、泣いていても憎い。走ってても憎いし、立ち止まっていても憎い。お前が何をやっていても憎いし、何もしていなくても憎いんだ! お前の一挙手一投足が全部俺には憎いのさッ! 絶対に殺さずにはいられない》
《お前は狂っている!》
《ああ、そうかもしれない。俺たちは互いの尾を飲み込む二匹の黒い蛇だ、復讐という名前のな》
《永遠のループだ! 俺たちは最後の審判の日までこんな不毛な争いを繰り返すのか?》
 それは違うな、と俺は教えてやる。
《たぶん、最後の審判の日の後もだ》
《クソったれめ!》
《俺が憎いか、D? いいぞ、もっと俺を憎め。お前が俺を憎めば憎むほど、俺もお前をもっと激しく憎む。俺は更なる憎しみでお前に仕返ししてやろう》
《頼むからもう俺には関わらないでくれ! たくさんだ! お互いに手を引こう!》
 フ、と俺は笑う。
《どんなに懇願したところで無駄だぞ、D。お前のその言葉には既に二度騙されている。そして三度目はないんだ。俺はブッダじゃないんだからな》
 通信が途絶える。
 だが問題はない。既に奴の居場所にはかなり近づいている。もう少しだ。
 路地を通り抜けると正面には巨大な倉庫があった。ちょっとしたスタジアム並のでかさだ。Dはあの中にいる。
 フン、まぁよくあるパターンだな、と俺は独りごつ。最後のサプライズが仕掛けられているってわけか? ちゃんと脅かしてもらえるんだろうな。もう貧相なのは勘弁だぞ。
 開きっぱなしのシャッターから中に入ろうとすると球形をしたロボットが四体、どこからともなく転がり出てきて戦闘形態に変形し……ようとした次の瞬間にはどれも爆発し炎上した。やれやれ、まさかこれがメインディッシュじゃないだろうな? こんな程度のものが? やっと重機関砲を撃てたのはいいが、たったの四発では腹の、いや、メモリーの足しにもなりはしない。
 俺は静まりかえった倉庫の中を進む。天井パネルの隙間から多少の光は漏れてくるが、周囲はまったくの闇といってもいいほどに暗い。だがカメラアイを暗視モードに切り替えた俺にとっては真っ昼間のようなものだ。
 周囲には三階建て住宅並の巨大な機械が所狭しと置かれていた。やはりどれもボロボロに朽ちている。
 そして床に降り積もった赤い砂の上にはまだ真新しい足跡がくっきりと残っていた。随分と分かりやすい誘いじゃないか、ええ? Dよ。
 せっかくなので俺はあえてその誘いに乗ってやることにした。足跡に導かれるままに、倉庫の奥へ進む。
 やがて倉庫の中央に降り積もった小高い丘の上に出た。折り重なった機械類の残骸の上に砂塵が積もってできたものらしい。足跡はここで途切れている。
 天井にぽっかりと空いた穴から弱々しい光の柱が降り注いでいた。
 機械の墓場にしつらえられた砂の祭壇、といったところか。ここからは倉庫内の全体がよく見渡せた。確かに眺めは悪くない。いささか観賞するには寂しい風景ではあるが。
 さぁ、来てやったぞ、と俺は無線に呼びかける。
《そろそろ決着をつけようじゃないか、D》
 その時、周囲に眩い閃光が走った。爆発。規模はさほどでもないが、全周囲で、同時にそれは起こった。
 その爆発は俺を直接狙ったものではない。狙われたのは倉庫の柱だ。Dは天井を支えている金属製の柱を一遍に全部吹き飛ばした。
 支えを失った頭上の構造物が土石流のように降り注いでくる。剥き出しになった鉄骨、劣化したセラミック建材の欠片、凄まじい土埃。何も見えない。さすがのこの義体もセンサーモードの切り替えに一瞬の時間を要した。
 その瞬間──
 !
 衝撃が俺の頭部を突き抜けていった。


 折り重なった倉庫の残骸を押しのけて立ち上がると、無線から声がした。
《ば、馬鹿な……ガハッ!》
 Dは五〇メートルほど離れたクレーンの上にいた。爆破する際、周到に計算したのだろう。クレーンの周囲には天井の残骸がほとんど見あたらなかったし、クレーンもきちんと立っている。荒野の中に一本だけそびえる柱のように。
 だがDの方は無傷ではなかった。いいや、それどころかひび割れたワインボトルのように腹からおびただしい量の赤い液体を撒き散らしている。俺が反射的に放った三〇ミリ弾の幾つかはしっかりと奴に命中してくれていたようだ。あの状況では精密な射撃などは無理で、だいたいの方角に向けて放った当てずっぽうの反撃だった。だが俺の勘もまんざら捨てたものではない。
 無線から伝わってくるDの呼吸はかなり荒い。鏡面仕上げの施されたバトルスーツのヘルメットのせいで顔を見ることはできないが、中ではさぞや苦悶の表情を浮かべているに違いない。
《ッハァ、ハァ、……馬鹿な……絶対に撃ち抜いた……はず…だ》
 ああ、確かに頭部ユニットに風穴を一つ空けられたな、と応えてやる。
 放たれたのは恐らくタングステン鋼芯を使った徹甲弾だ。なおかつ炸薬の量を相当増やした強装弾でもあったはず。そうでなければ俺の装甲を撃ち抜けるはずがない。
《わざと不甲斐ない反撃をして見せて、俺が油断したところを一撃で仕留める、というプランだったのか? 甘い甘い。見え見えだよ、D。舐めてもらっては困る。お前相手に手は抜かないさ、どんなに腑抜けていようともな。俺は今、機械の体なんだぞ。なんで電子頭脳を頭部に搭載する必要がある? 狙うのならせめてエンジンにすべきだったな。もっとも、予備バッテリーの電力があれば数時間は余裕で戦えるがね。つまり、どっちにしろお前に勝ち目はなかったのさ、D。お前の乾坤一擲の一撃は、たかだかセンサーを幾つか壊したに過ぎない》
《く、くそ! ハァ……ば…化物め!》
 クレーンの上、Dの奴は抱えていた馬鹿でかいライフルをもう一度構えようとした。が、実際には立ち上がることもできなかった。やがてそこから落下し、地面の上に横たわる。
 奴の肉体が急激に冷えてゆくのを俺はセンサーで確認した。演技ではない。ケニン・Dは死んだ。
 案の定、俺には何の感慨も湧いてはこなかった。当然だ。こんな歯ごたえのない戦闘では。高揚などできるはずがない。
 俺はしばらくの間、そのまま冷ややかにDの死体を観察していたが、やがて踵を返し、コンビナートの出口へと向かった。
 いつもならここは、怒りに任せて奴の義体を徹底的に破壊してやっているところだ。だが今回はあえて蹂躙しないことにした。あのボディの中に残っている大脳皮質記憶装置(スタック)のデータをわざと奴に残してやろうというのだ。
 ククク、と俺は笑いをこらえる。
 Dの奴はいずれバックアップデータから復活してくる。だが蘇ったあいつが持っているのは、そのバックアップが取られた時点での記憶だ。つまり、ついさっき俺に殺されたことを知らずに蘇生される。だが大脳皮質記憶装置の中の記憶があれば、復活したDは殺される直前までの自分の記憶を更に補完することができるのだ。
 奴は思い出すだろう。前回の自分がどんな無様な死に様をさらしたのかを。いかに不甲斐ない戦いぶりだったのかを。奴は以前の自分を心底恥じるに違いない。一方でこの俺の神々しいまでの強さに打ちひしがれもするだろう。そしてこの記憶がわざと与えられたことに対し、激怒する。不倶戴天の仇に情けをかけられる。この世の中にこれほどの屈辱があるだろうか? プククク、とうとう俺は笑いをこらえることができなくなった。楽しみだぞ、D。お前が真実を知った時に味わうことになる恥辱の数々。お前の怒り狂う姿が目に浮かぶようだ。
 俺のこの義体に関する情報を次のお前に知らせるのは、俺にとってもかなりの危険を伴う。だがまぁ、いい。これはハンデだ。今回の貴様はハンデを与えられても文句がいえないらいに情けない存在だった。もっと強くなれ、ケニン・D。もっともっと俺を憎悪しろ。弱い奴を倒しても楽しくない。俺が欲しいのは強敵なんだ。
 俺たちはトランスヒューマン。不死の存在だ。何度殺されてもバックアップデータから蘇ってしまう。俺たちは消滅することができない。いつまでもいつまでも、永遠に殺し合う存在だ。殺さなければ殺される。俺たちは二度とこの無意味なループから抜け出すことはできないだろう。パンドラ・ゲートを抜けて宇宙の果てまで逃げたとしても、お前はどこまでも追ってくるに違いない。分るのさ、D。俺だって絶対にそうするからな。この広大な宇宙も、無限の寿命を持つ俺たちにとってはさして広くもない。俺たちはいつかどこかで必ず出会う。だからそうなる前に、こちらから探し出して仕掛けてやる。
 もちろん、バックアップデータから復活するのも無料ではない。だからいつかは経済的な死がどちらかに訪れるはずだ。だがそれでもデータは残る。データがある限り、例えばどっかの金持ちや企業がそのデータを復活させないとも限らない。何しろ俺たちは永遠に生きるのだ。そこではどんなことだって起こりうる。
 だがいいだろう。たとえどんなに不毛だろうと非生産的だろうと、これが俺たちの人生なら受け入れるまでだ。D、貴様が百万回蘇るのなら、俺は百万と一回お前を殺す。俺はお前を上回る憎悪で常にお前を殺し続ける。だからD、お前も俺をもっともっと憎め。更に更に強くなれ。人生を楽しもうじゃないか、お互いに。俺は強敵との出会いの予感に打ち震えていたいんだ。次こそはきっと──
 この時、突然太陽が落っこちてきたかのような光が周囲を包んだ。



 しばらくは何が起きたのか分からなかった。凄まじい熱線、衝撃波、放射線。俺は吹き飛ばされ火星の大地の上を転がった。たぶん数百メートルは移動したに違いない。
 起き上がった時、俺は目を、いや、カメラアイのレンズを見張った。
 コンビナートの廃墟が跡形もなく吹き飛ばされている。そこにはもう、激しく燃え盛る巨大なクレーターしかなかった。
 Dだ、と俺は確信した。奴の仕業に間違いない。
 あいつは俺があいつの大脳皮質記憶装置を破壊しにくることに賭けたのだ。俺が近づいた途端に爆発するようにセットした爆弾を体内に抱え込んでいたのに違いない。さっきのはいつまで経っても俺がやってこないので時限装置が痺れを切らしたのだろう。つまり今回、奴の狙いは最初から相打ちだったというわけだ。
 あの規模、あの威力。戦術核兵器並の破壊力だ。使われたのは反物質を使用するタイプの爆弾だったに違いない。そんな物騒なシロモノをいったいどうやって手に入れたのか。ましてや普段から抱えて暮らすなんて。まさにクレイジーだ。完全にイカレている。あの爆発なら、確かに近くで食らっていたらこの義体といえども助からなかった。
「凄い……凄いぞ、D! やればできるじゃないか! 最高のデザートだ!」
 立ち上ってゆく巨大な爆煙に向かって俺は全武装をかざして叫んだ。
「そんなに俺が憎いか! そんなに俺を殺したいか! いいぞ! 凄くいい! ぞくぞくしてきた! それでこそ貴様だ! これだけのガッツがあるのなら、次の戦いも期待できる! 楽しみだ! 早く蘇ってこい、D! 俺はお前が俺を殺しにくるのを一日千秋の思いで待っているぞ!」
 俺は思いっきり笑い続ける。
 不意に意識の奥で奴の台詞がこだました。
 ──お前は狂っている!
 ああ、そうかもしれない、と俺はおもむろに肯く。だが──
 激しく渦巻く炎とプラズマの嵐を俺はじっと見つめる。
 ──それはお前も同じだ。



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片理誠プロフィール


片理誠既刊
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『Type:STEELY 下』