「バレンタインギフト」図子慧

(PDFバージョン:valentinegift_zusikei

 イベントというものは普及しすぎると、ありがたみが薄れてきます。
 最近、めっきり影が薄くなっているのがバレンタイン・ディ。毎年この時期には、街のあちこちに専用コーナーが設けられて珍しいチョコを手に入れることができるのですが、ここ数年なんとなく活気がありません。うちの近所の店などコーナーは作るものの、積んであるのは、徳用チョコと通常商品の特売セールのみという脱力ぶり。ま、所帯やつれして甘い辛いも一緒くたのおばちゃんおじちゃんのお店なので、徳用チョコでいいんですけどね。ちと淋しい。
 
 わたしの初バレンタインは、チロルチョコと明治の板チョコでした。しかし、あの出来事がはたしてバレンタインだったといえるのかどうか……。たしか小学校五年のころです。当時は、バレンタインの認知度が低くて、地元の子はだれも知りませんでした。
 田舎の小学生にしては情報通だったわたしは(ませてたともいう)、その都会のイベントを試してみたくてしかたありませんでした。で、友だちに持ちかけました。
「男子に、チョコ配る日があるんじゃと。やってみん?」
「はぁ?」
 学年一腕相撲の強い女子だったわたしの友人は、こちらの正気を疑う眼でみました。友人は、勉強はできなかったんですが、世間に対する知識や常識では、わたしより数段上でした。
「なんか毒でもまぜるん? 泥で作ったチョコを食わすとか?」
「いやいやいや、本物。さすがに毒食わせたら死ぬし」
 友人は、「本物を配ったりするのは危険すぎる、あのアホどもに配るチョコがあるなら、あたしが食べたい」とまっとうな反対意見を述べました。そういわれて、わたしも、チョコが惜しい気持ちが増してきました。
 しかも、クラスの男子というのは、わたしの筆箱に瞬間接着剤を流しこんだり、座布団の裏に画鋲を貼り付けるようなヤツラなのです。行儀の悪さといったら、飼い犬にも劣るという。
 なぜして、そういう未開人どもにチョコを貢ぐのか判然としなかったのですが、バレンタインというものは、女から男に渡すと本に書いてあったし、愛の告白などという大義名分があれば野蛮人どももすこしは大人しくなるんじゃなかろうか。
 そういう希望的観測で友人を説得しまして、計画を練りました。用意したチョコはこの段階であらかた食べたので、あんまり残ってなかったんですけど。チロルチョコと明治の板チョコだったと思いますが、その包み紙で偽物を作りました。いわゆるエアチョコです。本物もすこし残ってたいたので、それも混ぜときました。
 で、チョコとエアチョコを持って、自転車に二人乗りして、男子がいつも遊んでる場所にいってみたんすよ。
「あんたら、バレンタインって知っとる?」
 わたしの計画では、ここでなにかの会話が発生するはずでした。
 相手が「なんね?」と興味を示したら、バレンタインのうんちくを披露する。やつらの態度が友好的であれば、もったいつけて、うやうやしくチョコを下げ渡す……なシミュレーションの手順を考えてきたのです。プレゼンテーションですね。わたしは、プレゼンテーションがしたかったんですよ。今にしてわかった。
 しかし、友人の予想通り、飢えた十歳男児に、日本語は通じませんでした。「チョコレートのにおいがする」とだれかが叫んで、わっと襲いかかってきたんですよ。
 雄叫びをあげた男子が駆けよってきたので、われわれは脊髄反射で逃げました。自転車を必死にこいだんですが、二人乗りした子どもチャリでは速度がでません。坂のところで追いつかれそうになり、持ってたチロルチョコをばらまいて逃走しました。
 これが人生の初バレンタイン。
 なんて寒い……。

 その後、友人とわたしは、家で残ったチョコを食べました。
 みなさまが美味しいチョコレートを楽しめますように。



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