「藤元登四郎さんを励ます会」&「第8回日本SF評論賞贈賞式」レポート 忍澤勉

(PDFバージョン:fujimototousirousann8kaiSFhyouronnshou
 2月1日(金) ホテルフロラシオン青山 孔雀の間にて

 天気予報の通り、東京地方は暖かな午後を迎えていた2月1日、ホテルフロラシオン青山の孔雀の間で、「第8回日本SF評論賞贈賞式」と「藤元登四郎さんを励ます会」が開催された。
 私がここに来るのは3回目だ。最初はもちろん昨年の評論賞の贈賞式で、カチカチになった心と身体のまま、表参道の迷宮にはまりつつどうにか到達した。そして2回目は夏の臨時総会。全身汗まみれでついた席はなぜか最前列。最初に一言コメントを求められ冷や汗もかいた。
 ということなので、3度目は余裕のはずが、なんとレポーター役を仰せつかり、また別の緊張感を携えて表参道駅から歩み出した。
 今日は評論賞チームで時間に余裕のあるメンバーは事前にお茶でもしませんか、との呼びかけがあり、カフェに集まると、ちょうどそこに第7回までSF評論賞選考委員長を務められた荒巻義雄先生がいらっしゃった。そこは先生を交えての活発なSF談義の場となっていった。
 しかし名残惜しくも6時にその場は散会となり、それぞれ会場の孔雀の間へと向かう。そして定刻の6時半を少し過ぎたあたりで、事務局長の増田まもるさんの開会の辞があり、最初に第8回日本SF評論賞の贈賞式が始まる。まずは選考委員長を務められた森下一仁さまから講評をいただくことになる。


[第8回SF評論賞候補作の内容と選考過程を紹介する森下選考委員長]

「選考経過についてご報告申し上げます。第8回の日本SF評論賞ですが、最終候補作は3作残りました。個々の作品について簡単にご紹介しますと、まず新藤洋介さんの『世界の終りと細田守的中間地帯(ノーマンズランド)』ですが、これは細田守監督のアニメ作品を分析しています。新藤さんは細田作品がとてもお好きだと思われ、アニメ映画作品すべてについて論じておられます。「二項」とその「短絡」、「セカイ系的リアリズム」「中間地帯」といった概念が用いられていますが、もっと愛する作品の魅力が伝わる書き方であって欲しかった。単なる分析にとどまらない、熱い文章を読ませてもらいたいと感じました。
 次に吉野泰平さんの『日本ユートピア小説論―SFと「文学」が交わる場所で―』ですが、吉野さんは早稲田大学の日本語日本文学コースに在学中の学生さんです。
 梗概には、「本稿は、明治期の政治小説から樺山三英の『ゴースト・オブ・ユートピア』まで、日本におけるユートピア小説の展開を論じるものである」とあるのですが、いかんせん原稿が50枚程度なので、実際の内容はあまりにも駆け足で、テーマが論じ切れていません。今度は梗概どおりの作品に仕上げて、ぜひまたチャレンジしていただきたいと思います。
 そして、タヤンディエー・ドゥニさんの『荒巻義雄の「ブヨブヨ工学」 SF、シュルレアリスム、そしてナノテクノロジーのイマジネーション』。これは荒巻さんが1971年にお書きになった短編『柔らかい時計』を現時点の視点から読み解くというものです。小説が書かれた時代にはまだナノテクノロジーという言葉もありませんでした。そういった科学技術の発展に伴って、作品そのものの読みが変わってくるという、時系列を逆転させたようなスリリングな評論になっています。川又千秋さんはイメージや思考における喚起力に富んでいて、むしろ小説にしたほうがいいのではないかという高い評価でした。正賞が出てもよかったのですが、表記の若干の難点や、重要な要素である精神分析への言及がなかったことなどから、選考委員特別賞となりました」。
 森下委員長の選考経過の説明のあと、受賞されたタヤンディエー・ドゥニさんが登壇する。背の高いドゥニさんのためにマイクが一段と高く調整された。
「皆様今晩は、本日お越しいただいてありがとうございます。今回、選考委員特別賞を受賞させていただき、身に余る光栄です」


[受賞者のドゥニさんが、新井素子前会長に合わせてマイクを調整する]


[新井素子前会長から表彰状を授与されるタヤンディエー・ドゥニさん]


 短くも端的なドゥニさんの挨拶は見事な日本語だった。そして前会長の新井素子さまが瀬名会長に代わって賞状の授与を行ったのだが、今度はドゥニさんが新井前会長に合わせてまたマイクの高さを調整し直している。そのなんとも微笑ましい場面に、会場が笑いに包まれた。
 引き続き、「藤元登四郎さんを励ます会」へと次第は移り、まずは藤元登四郎さんご本人が登壇されて、自己紹介となる。


[「励ます会」にあたっての藤元登四郎さんのご挨拶]

「私は七十歳を超えておりますが、昔からの荒巻先生のファンでした。ですから贈賞式でお会いしたときにとても感動いたしました。そんな思いをバネにして、今回出版した『シュルレアリスト精神分析』で荒巻論を書くことができました。この本は幸いにも日本SF大賞の候補作に選んでいただきました。残念ながら受賞とはなりませんでしたが、この会を催していただいたことを栄誉としたいと思います。私はもともとSFを書きたかったのですが、医学の道に進むことになりました。しかし今後はこれを励みとして頑張っていきたいと思います。皆様ありがとうございました」。
 続いて登壇したのは荒巻先生。評論賞贈賞式と「励ます会」の双方に深く関係した先生は今回の催しの影の主人公であるともいえるかもしれない。緊張した面持ちの藤元さんの横で、荒巻先生は軽快に語りだす。


[ドゥニさんと藤元さんへ、荒巻義雄先生から軽妙なお話をいただく]

「評論賞のほうから話しましょうか。まずドゥニさん、このタヤンディエーという名は覚えるのが難しいので、僕は〈なに言ってタヤンデェ(やんでぇ)〉と覚えることにしました。(笑い)でも、ここでは、ドゥニさんでいいですね。
 ナノテクノロジーと僕の「柔らかい時計」を結びつけた彼の評論はまさに新解釈です。すでに、巽さんが中心になり、アメリカのシャイナーさんの手で、サイバーパンク的な解釈で英訳されておりますが、こちらは情報ですから『柔らかい時計』は食べられない。ところが、ドゥニさんの解釈ですと食べられる時計になるんです。そんな点でも21世紀的だと思いました。40年前の僕って、こんなすごいこと考えていたんですね。(笑い)
 それから藤元さんですが、私が評論賞の選考委員をやっていたとき、皆さんが難解だと言って評価しない。そこで、この人に賞をあげなかったら、オレは委員を辞めるぞって脅かしました。
 たしかに、専門知識がなければ、精神科医である藤元さんの仕事はわかりにくいと思います。しかし、これは僕の私的見解ですが、20世紀の学問である精神分析学は、21世紀ではフロイトの時代が終わり、藤元さんがフランス留学で習ったアンリ・エーの時代になると思う。このエーの理論は〈器質力動説〉というもので、藤元さんは何冊も翻訳しております。実はさきほどうかがったばかりですが、藤元さんの病院にはすごい機械(MEG/脳磁計)があって、それで人の脳を画像で調べると海のようになっているらしい。しかし、精神疾患と正常の脳ではネットワークのパターンが異なるんだそうです。
 となると、これはもう生きている海であるソラリスの世界ですよね。つまり、わがSFの想像力と現代科学が結びついているとも言えるわけです」
 ここで荒巻先生による乾杯の音頭となる。
「それではよろしいでしょうか。選考委員特別賞を授与された、ええとナニイッテヤンデェことタヤンディエー・ドゥニさんと、長男なのになぜか四郎さんの藤元登四郎さんに乾杯しましょう。乾杯!」
 一同「乾杯!!」
 今回は藤元さんご自身で作られた小冊子「宇宙神話」が配布されていて、そこにはごあいさつ文やお仕事、郷土の都城や霧島の紹介やその地が醸し出す宇宙的な息吹、また新燃岳爆発時の不思議な飛行物体との対面エピソードなどが網羅されている。
 ここではその「ごあいさつ」の一部をご紹介しておこう。
「私は、人間は自分の表現したいことは決まっており、それを終えるまでは生き続けるのだと信じています。SFの世界は広大でありますが、精神医学の体験を生かして、人間の想像力や妄想・幻覚や意識などの観点から、SFに一条の光を当てていく計画です。フィリップ・K・ディックは、ライフワークとしてまとめていくつもりです。また、荒巻義雄先生の様々なジャンルの作品など偉大なお仕事についてこれから考えるつもりです。道のりはまだまだ遠いのですが、とにかく、寸刻を惜しんでSF作品を書いて目的を達成したいと念じております」
 会場は歓談の場となり、大小の人の輪がいくつも出来上がっていく。その一つ一つに首を伸ばせば、興味深い話題や斬新なアイデア、そして知られざる発見を見つけ出すことができるだろう。
 私はまず評論賞選考委員特別賞の受賞者であるタヤンディエー・ドゥニさんを中心とする輪に近づき、ご挨拶した。昨年8月にご結婚されたという御夫人の麻衣子さまが寄り添っていて、何やらとてもうらやましい。


[ドゥニさんご夫妻。まだ結婚半年のホットなカップルです]

 まずは「初めまして。忍澤と申します。ご受賞おめでとうございます。今回の催しのレポートが書かせていただきます」と声をお掛けしたのだが、実はドゥニさまとお会いするのは、二度目だったことが後でわかる。昨年開催された日本SF作家クラブ50周年のキックオフイベントである川又千秋先生「幻詩狩り」シンポジウム後のレセプションで、お目に掛っていたのだ。そのときお話しをしたのはミーハーで面食いを自認するウチのつれ合いで、どうした機会だったのか、ドゥニさまと立ち話をして、彼女はアクセサリーを褒めていただいたなどと一人で喜んでいた。贈賞式の写真を見た彼女はそういって受賞をたいへん喜んでいる。
 身内の話はこのくらいにしておこう。ちなみにドゥニさんはとても流暢な日本語で話される。レポート担当を依頼された時、日本語で大丈夫なんですかと関係者に確認したのだが、ドゥニさまの日本語は私よりもうまいのだ。
 以前は日本とフランスを往復していたけれど、2009年からは日本で暮らしているという。現在のお住まいは京都で、立命館大学言語教育センターの嘱託講師としてフランス語を教えていて、さらに茨木市の追手門学院大学では「日本SF入門」と題された授業を2011年から担当され、留学生に日本SFの作品を紹介しているのだという。日本語の勉強と並行して、日本の戦後文学、とくにSFに関心を持つようになったとのこと。しかもそのほとんどを原書(つまり日本語)で読まれるというのだからスゴイ。ただ最近は伊藤計劃作品など、英訳される日本SFも多いので、論文の都合からそちらを参照することもあるとのこと。
 ところでタヤンディエー・ドゥニさんという書き方は姓・名の順である。だから本来ならタヤンディエーさんとしなくてはいけないのだが、すでに皆さんがドゥニさんと呼んでいて、ご本人からもご了承いただいたので、ここでは失礼ながらドゥニさんで統一させていただくことにした。
 次に挨拶に回ったのは、藤元登四郎さんである。お会いするのは今回が初めてなのだ。SF評論賞チームのメンバーの中で、作家クラブから「励ます会」を催してもらったのはもちろん初めてだ。昨年から多くの著書や訳書を上梓されているご活躍から当然のことといえるだろう。
 ちなみに藤元さんの手がけたSF関係の著作は『シュルレアリスト精神分析、ボッシュ+ダリ+マグリット+エッシャー+初期 新巻義雄/論』、そして訳書としてステファンヌ・マンフレドの『フランス流SF入門』が、また精神分析学の訳書としてジャン・ギャラベの『アンリ・エー入門 エーと現代の精神医学思想』がある。これ以外にも学術的に著作や訳書は多数に上っている。
 しかし藤元さんは、そんな業績からは想像できないほど温和で謙虚な方として目の前にいらっしゃった。
 SF評論賞の素材がP・K・ディックだったのも、お仕事の精神分析からのアプローチが可能だったからだとか。医学への関心とSFのそれとはどちらが先かとお聞きすると、当然のことのようにSFですとおっしゃる。特に手塚治虫さんの作品には影響を受けたそうである。お話しをお聞きしていると、なるほど藤元さんの世代の子どもたちはみんなSFに囲まれていたように思う。そう、手塚さんも藤元さんもともに医学博士であり、かつSFの世界の人なのだ。

 しばし歓談のあと、慶応義塾大学教授の巽孝之先生が登壇された。先生はかつてSF評論賞の樹立に尽力されるとともに 2005年からの初代選考委員を三年間務められ、現在も評論賞チームをサポートいただいている。


[巽孝之先生からは評論賞チームへのエールをいただく]

「日本SF評論賞というのは前世紀末、大原まり子会長の時代から作ろうという動きがあったのですが、たいへんな難産の末に2005年に設立されて、今回で第8回となるわけですね。こういう賞を続けていくことで、世の中にSF評論というジャンルがあるということを知らしめることができるばかりか、ここより才能ある新人評論家がぞくぞく巣立って行ったのはまことに幸運だったと思います。もちろん、SF評論家が真に独り立ちするためには、雑誌論考や文庫解説、読書案内ばかりでなく、独自のヴィジョンにもとづくまとまった一冊の単行書を出していく必要がありますが、このところの藤元さんの第一著書『シュルレアリスト精神分析』に続き、今年早々には藤田直哉くんの筒井康隆論である『虚構内存在』が出版されたことで、ますます先行き明るくなったと感じます。
 今回の受賞者であるドゥニくんは、最初からSFを捉える前提としてナノテクノロジーを考えていて、当初の研究テーマは「星新一とナノテクノロジー」だったんですが、こういった会などに誘っているうちに荒巻先生とも懇意になり、ナノテクノロジーなら「柔らかい時計」があったね、という話も出たことが、今回の論文「荒巻義雄の『ブヨブヨ工学』」 に結実したことをとてもうれしく思います。言ってみれば、ドゥニくんの場合は日本SF評論を書く前に日本SF賞パーティに出席し、まさにこの席で見聞を広めたことが受賞作につながったわけなので、日本SFから生まれた、というよりは文字どおり日本SF評論賞から生まれた新人評論家ということになります。今日は慶應義塾大学文学部国文学専攻でドゥニ君の正式な指導教授を務めている松村友視、ドゥニくんの勤務先の立命館大学で日本文学を講じておられる中川成美の両先生にもご臨席賜りました。おふたりとも、現在の日本文学研究をリードする国文学者であり、その意味でもドゥニくんはほんとうに幸せ者ですね。
 個人的には、今回の受賞をきっかけに、ドゥニくんには遠からずぜひとも日本SF論の単著を日本語と英語とフランス語で出すように、と強く要望しておきます。期待していますよ。今回はほんとうにおめでとう!」

 続いて藤田直哉さんから新著のご紹介があり、また小谷真理さまからは、SFクラブ特製Tシャツの案内があるなど、和やかな時の中で、今年の第8回SF評論賞贈賞式と藤元登四郎さんを励ます会は閉会となった。
 今回は「励ます会」の藤元さんも評論賞チームの一員であるということもあって、会全体が評論分野への、そして評論賞チームへの励ましの場でもあったのかもしれない。その末席を汚している私としても、怠慢著しい日常を反省しなくてはいけないと、表参道駅へと向かう坂の途中で酔いに鈍くなった頭を寒さにさらして思うのであった。
 後日、藤元さんからはご挨拶と愛読書の紹介を、ドゥニさんから受賞の言葉をいただきました。以下、ご紹介いたします。

[藤元さんのご挨拶]
「まず、皆様方に、盛大な会を開催していただきましたことを改めて厚く御礼申し上げます。さて、愛読書はそのときによって変わりますが、現在は、メラニー・クラインやドゥルーズなどを読んでいます。これらの作品を通じて、言語や無意識の問題を考えております。言葉は不思議なもので、一見、途方もない空想を語っているようであっても、最終的には、無意識にたどり着きます。また、精神の内面を語っているつもりであっても、メビウスの輪のように、いつの間にか外の出来事を語っています。SFは、この内と外、そして意識と無意識の交錯の問題に向かって、大胆に切り込むことができる先端的な分野です。将来、SFはメインストリームを呑み込むことになるのではないでしょうか」

[ドゥニさんの受賞の言葉]
「皆さま、こんばんは、本日はお越し頂き、誠にありがとうございます。今回、日本SF評論賞選考委員特別賞を頂き、身にあまる光栄です。
 生まれて初めて壇上にのぼりました。初めて賞を受賞したのです。おそらく最後なのかも知れませんが、という訳で、ちょっと(!)緊張しています。これほど偉い人達が自分の前に集まっていると思うと、さらにあがってしまいますので、短いスピーチにさせて頂きます。
 さて、日本語で形式的なスピーチをするには、どうしたら良いか分かりませんので、まずは、感謝の言葉から始めさせて頂こうと思います。
 まず、巽先生に心からお礼を申し上げます。先生にご指導頂けなければ、ここに立つことはできなかったでしょう。日本SF評論賞は勿論、私の研究が進んできたのも、先生のお陰です。様々な人と会う機会を作って頂いたり、助言を何度も頂いたりしました。大変感謝しております!
 実は、私の研究は、2009年に慶応義塾大学で水面下で始まったのです。なぜ「水面下」かというと、巽先生の大学でのご専門は日本文学ではないため、私の研究プロジェクトを正式的に承諾することは不可能だったのです。しかし、黒幕には、仲間がいました。同大学のお知り合いの松村先生をご紹介頂き、先生は私の願いをお受け入れくださり、「表向き」指導教授になりました。つまり、巽先生と松村先生は、影になり日向になり、私の面倒を見てくださったのです。改めて、感謝の気持ちを申し上げます! 巽先生、松村先生がいらっしゃらなかったら、 日本SFの大陸に辿り着けなかったでしょう。
 初めて巽先生にお目にかかった時は、よく覚えています。それは、先生の研究室でした。実は、荒巻先生の作品に出会ったのは、その時でした。「ナノテクのイマジネーションに興味があるなら、『柔らかい時計』が必読だ! 書かれた時期の枠を超えて、21世紀の視点から見ると明らかにナノだよ」という先生のお言葉を聞いて、まさにこの作品を研究しなければならないと思いました。
 その後、 第5回日本SF評論賞授賞式に出席させて頂きました。それは、私が日本SFの多くの専門家に会う初めての機会でした。当時、受賞なさった岡和田さんと伊藤計劃についてお話もできましたし、選考委員の荒巻先生にも初めてお会いできました。その時から、荒巻先生と岡和田さんにも大変お世話になっております。ご支援とご助言をいつもありがとうございます!
 Et voila(こうして)、3年間が経ちました。『柔らかい時計』についての論文で、選考委員特別賞を受賞するなんて想像に及びませんでした。
 一人のSF研究者として、この賞に恥じないレベルに達することができるよう、今後も日々精進して参りたいと思います」



忍澤勉プロフィール
藤元登四郎プロフィール


藤元登四郎既刊
『シュルレアリスト精神分析
ボッシュ+ダリ+マグリット+エッシャー+初期荒巻義雄/論』