「リフレクション」朱鷺田祐介

(紹介文PDFバージョン:reflectionshoukai_okawadaakira
 『エクリプス・フェイズ』日本語版の翻訳監修者・朱鷺田祐介の手になる短篇の第四弾「リフレクション」をお届けする。
 朱鷺田祐介はこれまで「SF Prologue Wave」にて、「サンダイバーの幻影」、「マーズ・サイクラーの帰還」、「宇宙クジラと火星の砂」……と、宇宙探検家ランディ・シーゲルが登場する一連の作品を発表してきた。シリーズ最新作にあたる「リフレクション」では、冒頭からオリジナルのランディの魂(エゴ)からコピーされた分岐体(フォーク)の模様が描かれている。ミッションに合わせて交渉能力を強化し、女性の性格を持たせるという『エクリプス・フェイズ』ならではの演出が加えられているわけだ。
 さて、彼女を待つ運命は如何に……。

 朱鷺田祐介の『エクリプス・フェイズ』小説に通底しているのは、基本ルールブックから各種サプリメント(追加設定資料集)の情報を駆使した、きらびやかで幻惑的なイメージを提示していることだろう。かつてウィリアム・ギブスンは、モダン・アートのイメージを借用して『ニューロマンサー』を生み出した。各種サイバーパンク・ゲームのデザイナーは、そのイメージから具体的な設定を導き出し、肉付けして実体化させたわけだが、朱鷺田のテクストが一貫して追究を続けているのは、そのように創られたゲームから、いまいちど、再帰的にサイバーパンク小説の新しいスタイルを捉え返す営為にほかならない。

 「マーズ・サイクラーの帰還」は雑誌「Role&Roll」Vol.95に掲載された同名のゲーム・シナリオと連動し、「サンダイバーの幻影」は「宇宙クジラと火星の砂」は「Role&Roll」Vol.101のゲーム・シナリオ「太陽クジラ」とゆるやかなつながりを見せている。もちろん本作は、「Role&Roll」Vol.103に掲載予定のゲーム・シナリオと、背景の多くに意図して共通要素が盛り込まれている。このように、小説とゲームという表現形式の違いを活かした相互作用を可能にしているのも、『エクリプス・フェイズ』というSF作品の醍醐味だろう。

 朱鷺田祐介は日本を代表するゲームデザイナー/ライターの一人。サイバーパンクとファンタジーを融合させた『シャドウラン』第4版や20th Anniversary Editionの翻訳監修でも知られている。同作のゲーム・リプレイ『九龍の天使たち』が発売されたばかりだ。また、ホラー小説誌「ナイトランド」5号の特集「サイバーパンク/SFホラー」の解説をつとめた。ここでは『シャドウラン』や『エクリプス・フェイズ』についても積極的に言及されている。(岡和田晃)




(PDFバージョン:reflection_tokitayuusuke
「彼女(ワタシ)」は「彼女(ワタシ)」に銃を向けて、引き金を引き絞った。

 27時間前。火星オリンポス・シティ、軌道エレベーター下、再着装センター。
「ランディ・シーゲル。分かりますか?」
 誰かが声をかけてくる。
 ああ、いつもの経験だ。「彼女(ワタシ)」は死に、バックアップから復活しつつある。ここは?→(瞬時に支援AI(ミューズ)がメッシュから位置情報を確認する)← 事態は了解した。「彼女(ワタシ)」は答える。
「違う。私はランディ・シーゲルの三番目の分岐体(フォーク)//アルファ3//であり、女性系交渉人格(フィメール・ネゴシエイター)、リディ・シーゲル」

 〈大破壊後(AF)〉10年、人類が魂(エゴ)をデジタル化して、バックアップできるようになってすでに数十年が経過していた。身体形状(モーフ)は義体(モーフ)と呼ばれる、一時的な乗り物になった。バイオ技術の発達で病気を克服し、必要に応じて義体を乗り換えることで、事実上の不死を手に入れた。
 「彼女(ワタシ)」は、そうした技術で誕生した、宇宙探検家の男性、ランディ・シーゲルのコピー、分岐体(フォーク)である。ランディのオリジナルの魂(エゴ)からコピーされ、ミッションに合わせて交渉能力を強化し、女性の性格を持たせている。オリジナルのランディはワームホールで太陽系外惑星とつながるパンドラゲートに挑む宇宙探検家、ゲートクラッシャーだ。今頃は、ネオ・ネアンデルタールをベースにした骨格強化義体で、太陽系外の高重力惑星探査に挑んでいるはずだ。「彼女(ワタシ)」は太陽系内での活動のために作成された三番目のアルファ分岐体(フォーク)なので、略称アルファ3。〈大破壊後(AF)〉10年の太陽系では、それほど珍しい話じゃない。

「乖離症状がありますね」
 機械外殻(ロボット・シェル)に入った着装技師が精神外科装置をモニターしながら、「彼女(ワタシ)」の魂(エゴ)と義体(モーフ)の統合状態を診断する。
「三人称と一人称が多重化しています」
 技師が使う機械式の合成義体(シンセモーフ)には表情がない。足すらなく蛇状の下半身を使うスリザロイド(爬行義体)。外惑星で多用されるタイプだが、タフで小回りが効くので、宇宙船乗りが愛用する。
「彼女(ワタシ)は、アルファ3だから、客観性を重視します」
 魂のデジタル・コピーを載せただけのクローン義体にすぎない。
 今回、着装したのはエグザルト。セレブ用の高級クローン義体だ。火星の赤い荒野に似合わない羽すらついたムーンフライヤー。顔だけはバイオ彫刻で、私の本来の顔に似せた汎用女性交渉タイプだが、遺伝子レベルでの関連はない。レンタル用の高級義体をカスタマイズしただけに過ぎない。ほぼ無重力を想定した月(ルナ)用義体を、わざと0.4Gの火星モードに調整済み。本気で飛ぶことは出来ないが、フライトパックと併用すれば、長距離飛行も可能だろう。
「最後の記憶は?」



 最後の記憶は木星の衛星エウロパの海中だった。水中用義体アクアノートでも限界に近い水深200m。アンモニア混じりの海水を割って「彼女(ワタシ)」が最後に見たのは巨大なシャチの顎だった。知性化シャチ(ネオ・オルカ)の密輸屋、「渦巻く波のラウドリン」。奴と水中で出会ったのが運の尽きだった。異星人技術(ゼノテック)を巡るミッションの途中だった。いかに水中用義体(アクアノート)とはいえ、新鯨類(ネオ・セスタン)の突進をかわすことは出来なかった。
 一撃で腕がちぎれた。ショック症状で意識が飛んだ。
 次の瞬間、支援AI(ミューズ)がタオルを投げた。いや、不適切な表現だな。ラウドリンとの格闘戦で死んだ場合に備えて脳内にセットしておいたエマージェンシー・ファーキャスター(EF:緊急用量子エゴ送信機)が起動し、魂(エゴ)を脱出させた。EFは本当に小さい機械だが、無理矢理、量子通信機を稼働させるために、超小型反物質電池(MAMB)を内蔵している。これは量子通信機を動かし、大脳皮質記録装置(スタック)に収められていた魂(エゴ)データを予め定められた送信先に送り出すが、その後、電池は反物質の対消滅を制止できず、その対消滅爆発は義体そのものを蒸発させてしまう。おそらく、「彼女(ワタシ)」の義体を咥えていたラウドリンも一緒に蒸発したはずだ。

 着装室から出て、最初に見たのは豚の顔だった。
 ブランド・P・カニンガムはネオ・ピッグ(知性化ブタ)の第二世代である。ミドルネームのPはピッグ(豚)のP。
 食用の家畜を知性化しようなんて考えたのが、どこの馬鹿かは知らないが、ネオ・ピッグは、霊長類(チンパンジー、ゴリラ、オランウータン、ボノボ)、海獣類(クジラ、イルカ、シャチ)、カラス、オウム、タコに続いて知性化され、人類社会に参加しようとしている。
「朝食は……」
 「彼女(ワタシ)」は定番のジョークを言いかけてブランドに睨まれる。ネオ・ピッグであるブランドにとって、ハムやベーコンにまつわるジョークは、聞き飽きている。
「ランディの娘か。外見はどうあれ、お調子者の性格は親父と変わらないな」
 女性系の分岐体(フォーク)を娘と呼ぶのは俗称だが、実際に、幼生義体に自分の『娘』を入れて育てるシングル・ファーザーも少なくない。父(男性系オリジナル)がバンドラゲートの向こう側で冒険中なので、「彼女(ワタシ)」はランディ・シーゲルの太陽系における法的な代理人でもある。
「顛末は聞いたか?」

 再着装から一週間前。オリンポス・シティで再着装した「彼女(ワタシ)」は、ブランドとともに、異星人技術(ゼノテック)の密輸を懸念する秘密組織「ファイアウォール」の命令に基づき、オリンポス・シティのスラムへと踏み込んでいった。
「もはや、この街自体がスラムか、ゴーストタウンだがな」
 ブランドが窓の外のビルを眺める。どこも綺麗だが、人気があまり感じられない。
 オリンポスは、かつては火星の首都であり、数百万の人口を誇ったが、火星のテラフォーミングが進むにつれ、もはやこの高地に住む理由はなくなり、より豊かなマリネリス渓谷の都市、ヴァリス=新上海やノクティス=潜蛟(チンジャオ)へと流れていった。磁気浮遊列車(マグレヴ)に乗れば、ノクティスまでわずか3時間。とどまる理由などない。今では、軌道エレベーターを運用するオリンポス基盤機構(OIA)やエレベーター関連の物流荷役を請け負う星間企業コメックスの関係者を中心に百万人ほどが残るばかりで、多くのビルには空き室が目立つようになった。治安維持は、オリンポス基盤機構(OIA)の戦術部隊が担当しているが、隣接するティターンズ隔離地帯との境界警備に人員を割くことが多く、エレベーターに近い中環(ジョングアン)周辺でさえ、空きビルに巣食う不法居住者を排除できないでいる。そして、軌道エレベーターから十分に離れ、ゴーストタウン化したあたりには、スラムがある。そこにいるのは、街を離れる金も気力もなく、ただ労役で日々の生活をつなぐ者たちだけだ。機械式の合成義体に乗り換えれば、可能性も広がるのにその決断すらできない。
 ブランドと「彼女(ワタシ)」、知性化タコのキャプテン・バスターこと佐藤海(さとう・かい)、保安官、アリシア・スミスとその相棒の半知性化マントヒヒ(スマート・バブーン)、ドンだ。この時の「彼女(ワタシ)」は、エウロパで使っていた水中用義体アクアノートのままだったというから、火星の乾いた街にはずいぶんと似合わないチーム編成だった。
チームはそのまま、姿を消した。
「あのスラムは、三合会(トライアド)の縄張りだ」
 ブランドが付け加える。
 三合会(トライアド)は、中華系犯罪組織のひとつだ。歴史的な漢族の宗派から発したとも、少林寺の末裔とも言われるもので、しばしば、中国人のコミュニティに入り込み、根を張る。〈大破壊〉の前、中国当局は余剰人口を大量に火星へ送り込んだ。巨大な貨物船とも言えるマーズ・サイクラー(火星巡回船)で数十万人の中国人が火星に向かい、赤い荒野の開拓に携わってきた。
「489は?」(489:三合会を滑る頭目の通称、山主(サンチュ)、龍頭とも)
 支援AIが自動検索する三合会の情報を見ながら、最短の略語で質問をする。
「労働監督局次長のミズ馬維」
 ブランドの言葉とともに、情報がポップアップ。交渉系のシルフ義体をまとった中国人の美女だが、中身がどれほど老獪な化物かはわからない。
「彼女に対するファイアウォールの評価は?」
「特に、Xリスクとは認められない」
 「ファイアウォール」は、人類を守るために誕生した秘密組織だ。〈大破壊〉以降、全太陽系で十億人足らずまで減少した人類は、個々の入植地や宇宙居住区(ハビタット)に分断され、種としての絶滅の可能性をはらんでいる。Xリスク、すなわち、人類絶滅につながる危険要素を排除し、人類の存続を目指すのが「ファイアウォール」の目標だ。
「衰退した街で権力の甘い汁を吸っている幹部要員などどこにでもいる」
 ブランドが冷静に言う。
 魂(エゴ)がデジタルで記録でき、義体を乗り換えれば、不死を獲得できるこの時代、腐敗した上層部は果てしなく続く老害そのものであるが、心身の弱体化を生む老化現象も回避できるのであれば、腐った上層部が居座っても、有能であれば、安定要因でしかない。
「では、どこから」
 ブランドからの短信で「彼女(ワタシ)」の脳内にマップ・データが点滅し、スラムの一部が明滅する。義体市場。盗まれたか、あるいは、やむなく手放した義体を売る闇市だ。
「アリシアの義体(ボディ)が転売リストに乗った」
 彼女の義体はマーシャン・アルピナー、火星高地用義体だ。火星の薄い大気中でも呼吸器無しで活動できる高性能な生体義体だ。火星政府であるタルシス・リーグから、火星の治安を担う保安官たちに配給されている。転売すれば、すぐに売れるだろう。

「こいつは八角か?」
 ブランドは鼻を鳴らす。
 サンドバギーに乗ってチャイナ・スラムに踏み込むと、煮炊きしているらしい匂いが漂ってきた。見ると、路肩に焚き火している住民たちが鍋で何か煮込んでいる。
「自分で料理するなんて」
 「彼女(ワタシ)」は思わず、声をもらす。
 家事ドローンもオート・キッチンも使わず、直火を使うなど、どれほど野蛮なことか? 冒険家のランディ・シーゲルのメンタリティでなければ、パニックしてしまうかもしれない。
 だが、ブランドはただ肩をすくめる。
「中国人に火を使うな、というのか?」
 中華料理は火の文化だ。火を使いこなしてこその料理である。

 しかし、衣食住に困らない場所を貧民窟(スラム)と呼ぶのはおかしな話だ。
 義体市場のある、チャイナ・コミュニティはオリンポス・シティが人であふれていた頃、文化施設があった厚生地区にあった。地区の中央事務所には、公共のナノテク万能合成機(コルヌコピア・マシン)、別名、機械式「豊穣の角」があり、住民IDを提示すれば、毎日、最低限度の食事(完全栄養バーと栄養補助飲料、あるいは人工食材と水、合成フレーバーは20種類)、使い捨ての衣服(色は自由に選べる)が得られる。眠る場所は周辺のビルにいくらでもあり、殺菌済みの使い捨てシーツと毛布ならば、毎週、機械が配給してくれる。生体義体なら、食事も必要だが、機械式の合成義体になれば、月に一度のメンテ以外は、電気しかいらない。
 時折、働いて市民IDを維持し、合成フレーバーに我慢すれば、餓死もしないし、平和に暮らせる。基本バイオ調整済みの生体義体なら100年以上老化はない。
 三合会の縄張りだから、開拓民に強制徴用もされず、この廃れた街に住んでいる。
 ブランドが義体市場の前でバギーを止めた。
 義体市場はスラムの入り口に近い倉庫だ。入り口では、火星用の機械外殻(ロボット・シェル)、ラスカーを着用したアリシア・スミスが三合会の幹部(公開されたIDは、陽錦平)と話し込んでいた。
「小一時間待ってくれ。着替えてくる」
 すでに、義体を買い戻す段取りはついているようだ。
 義体の足元には半知性化されたバブーンが一匹。おそらく、ドンのバックアップが入っているのだろう。
 殺された女が、自分の義体を買い戻しにくる。
 そんな矛盾した状況も、この街では珍しいことではない。
「その間に、幹部の話を聞こう」
 ブランドの後からサンドバギーを降りた「彼女(ワタシ)」を見て、陽が奇妙な顔をする。
「ミス・アイーシャ・ザミャーチン?」
 陽はささやいただけだったが、聴覚強化していた「彼女(ワタシ)」とブランドは、そのつぶやきを聞き落とさない。支援AI(ミューズ)が音声入力をフィードバックし、フィルターして、その言葉を正確に取り出すとともに、メッシュ検索を開始する。
 コンマ1秒で、20世紀のソ連で書かれたディストピア小説「われら」の作者がヒットしたリストから排除される。代わりに浮かび上がったのは、ソ連崩壊後、ロシアン・マフィア(ヴォリー・ザコーネ=盗賊)と結託して成り上がった新財閥の特権階級(オリガルヒ)の一族。それを率いたのは「シベリアの女王」こと、アイン・ザミャーチン。人権擁護団体の大義に隠れて中央アジアの難民キャンプを食い物にして蓄財し、〈大破壊〉の予兆を感じ取るや、小惑星帯に脱出し、自由経済宇宙都市「エクスペリア」と、星間企業「コグナイト」を闇から支配するようになった。犯罪組織「ナイト・カルテル」にも近い。
 では、アイーシャは?
 メッシュ・トランザクションが加速する。
 支援AI(ミューズ)が軌道エレベーター経由で惑星外通信を開く。

「私は偏在する」
 太陽フレアを泳ぐ宇宙クジラ「スーリヤ」義体の中で、情報体(インフォモーフ)メアリー・Iがつぶやく。ファイアウォール・エージェントの情報生命体(インフォライフ)。汎用人工知性(AGI)を知性化(アップリフト)し、自我を持つようにまで人格化した存在だ。プログラムに魂(エゴ)など無いという者もいるが、すでに、魂(エゴ)がデジタルで記録できるようになって久しい。人の一生など、スタック・チップ1枚に収まってしまう程度の物。情報体と変わりなどしない。
 それでも、メアリーは人類に好意的であるように、プログラムされている。人類に奉仕し、彼らのために働くのがメアリーの存在意義だ。彼女が女性人格を与えられているのも、人類との円滑なコミュニケーションのためだ。
「私は偏在する」
 リディ・シーゲルの要請を受けて、メアリーは分岐体(フォーク)を4体作り、量子通信機で送り出した。アルファ1は小惑星帯のエクスペリアに、アルファ2は金星軌道上の宇宙居住区(ハビタット)「ソート」に、アルファ3は火星の衛星フォボスに、アルファ4をオリンポス・シティに飛ばした。
「私は偏在する」
 「彼女(ワタシ)」の脳裏に、メアリー・Iのアルファ4が入り込んでくる。脳に埋め込まれたゴーストライダー・システムが彼女の定位置だ。
「アイーシャは、アインの不正規分岐体(イレギュラー・フォーク)」
 通常、分岐体(フォーク)はオリジナルとの差分が大きくならないうちに、魂(エゴ)を再統合するか、経験情報(EX)だけ取り出して処分されるものだ。さもなければ、世界に同じ人間が複数いることになってしまう。そうしたイレギュラーを嫌う人も多いが、逆に、リディのように「娘」として承認し、自分のコピーを家族のように扱う者もいる。残念ながら、内惑星圏(サンワード)では、分岐体はあくまで分岐体、オリジナルの従属資産とみられることが多い。
 アイーシャは、不正規分岐体(イレギュラー・フォーク)、本人が承認していないまま、継続して活動している分岐体(フォーク)だ。本人が娘とみなすのでもなく、本人に戻るでもなく、独自に活動し、個別の人格を得るに至っている。
「アインの記憶は抹消済み」
 メアリーが補足する。それが放置された理由か。
 アイーシャ・ザミャーチンの最終記録は、月(ルナ)エラトー・ドーム。ある種のテロを企てて射殺され、QEによって消滅した。
「彼女(ワタシ)」みたい。
そして、今、「彼女(ワタシ)」が入っている、ルナフライヤーはアイーシャが最後に使っていたのと同型の有翼型エグザルト。

(なるほど、ファイアウォールの狙いはソレか?)

 キーワードを得ると同時に、メアリー・Iがコミュニティのセキュリティをハックし、一週間前のログを掘り起こす。サイマルスペースに展開される当時の状況。サルベージされるメモリーが増えるたびに欠けていた状況が再現され、立体的に状況が補足される。タグ・データがどんどん加算され、レイヤーが厚くなる。
 どこにでもあるセンサーのログで空気の様子や人の影、音や匂いまで追加されていく。
 街にプライバシーなど存在しない。
 一週間前。
 「彼女(ワタシ)」のチームは、異星技術(ゼノテック)の遺品(レリック)→ エスサージェント・ウィルスに関与の可能性あり →の密輸ルートを追い、ここまで達した。ネオ・オルカの密輸屋、「渦巻く波のラウドリン」の遺品(レリック)を追ってきたのだ。
 だが、気づかれ、スラムで罠にはまって全滅した。
 自爆兵だった。
 一見、無害なペットのテナガザルに見えたのは、サイバーブレインを埋め込んだPOD義体だった。サンドバギーを降りたばかりのチームの足元に紛れ込んだ後、自爆した。文字通りの鉄砲玉。チームは全員吹き飛び、道路に倒れた。
 三合会の下っ端がアリシアの義体を拾い上げ、運び去った。
「他は?」
 「彼女(ワタシ)」はブランドのふてくされた顔を見て察する。中華系のスラムで、豚と猿と蛸ならそのままキッチン行きだ。特に、豚は声しか残らない。二本足なら、食べないのは親だけだそうだ。栄養バーに飽きて自炊する街にはずいぶんなごちそうだろう。
「待って。私は?」
 映像を巻き戻し、視点を移動する。
 「彼女(ワタシ)」はチームの中でもテナガザルから離れた側にいた。そのまま、転がって路地まで飛ばされる。路地の影はセンサー類が死んでいたが、近隣のセンサーからログを再構成し、路地で起こったことを再現する。
 路地に転がった「彼女(ワタシ)」。それをアイーシャ・ザミャーチンとネオ・オルカの密輸屋、「渦巻く波のラウドリン」が見る。ラウドリンは7mもの巨体を四脚のウォーカーに押し込んでおり、歩行戦車のようだ。アイーシャはルナフライヤーの翼を広げ、誰かに指示する。三合会の下っ端たちが走り寄り、「彼女(ワタシ)」の死体は持ち去られた。
「スタックを抜き取ってハックするか、バーチャル拷問か?」
 ブランドが取りうる手段を語る。魂(エゴ)を記録する大脳皮質記録装置(スタック)は、ダイヤモンド皮膜で守られた堅牢なチップだ。生体義体がずたずたに引き裂かれても、スタックが損傷することはまずありえない。
 死体を持ち去ったということは、魂(エゴ)を洗いざらい見られることを意味する。
 スタックをハックすれば、すべての経験情報は抽出できる。AIに精査させ、必要な部分を要約させれば、数十年の人生を知ることもそれほど難しくはない。
 憎悪があるなら、スタックから抜き出した魂(エゴ)を、バーチャルスペースに閉じ込め、拷問の経験プログラム(XP)を流し込めばいいし、スマートにやりたいなら、精神外科手術で記憶を改竄してしまうこともできる。
 すべてを知った後、スタックは犯罪組織に売ってしまえばいい。
「お前のスタックは売りには出ていない」
 ザミャーチンは三合会より、ナイト・カルテルに近い。エゴ誘拐を得意とするこの連中なら、スタックをコイン代わりにポケットへ入れてしまうだろう。
「アイーシャの居場所は?」
 「彼女(ワタシ)」は脳内の友人に聞く。
「もうすぐ分かるわ」
 メアリー・Iは、木霊に耳を傾ける。太陽系各地から分岐体(フォーク)がハックしてくる情報の木霊。自分であり、自分でない何かがセキュリティの隙間からかき集めてきた断片が融合し、形を取る。
「パスファインダー・シティ」

 磁気浮遊列車(マグレヴ)で6時間。赤道の渓谷の外れにあるパスファインダー・シティはその名前を冠した星間企業「パスファインダー」の支配する街だ。異星人の残したワームホール・ゲートのひとつ「火星ゲート」で太陽系外惑星とつながる街。
「おそらく、アイーシャは異星技術(ゼノテック)同士の相互干渉を起こすつもりね」
 元の生体義体に戻ったアリシアがそう分析する。
「ゲートをくぐられたら、もう手出し出来ない」
「大丈夫。遅滞工作は成功」
 メアリー・Iがメッシュで報告する。彼女はすべてのアルファ分岐体(フォーク)を呼び戻し、パスファインダーのサーバーにハックする。
「パスファインダー・ホテルのスイートにアイーシャらしき人物。同行者は、ネオ・オルカ1体、アクアノート1体」
 ホテルのサーバーからハックした映像。そこには「彼女(ワタシ)」。
「中身は?」
「不明」
「エゴIDは?」
「あなたと同一。ランディ・シーゲルの女性型分岐体アルファ3」
「爆発の検証を」
 再び、脳内でリピートされる爆発の瞬間。
 よく見れば、あの時の「彼女(ワタシ)」は、少しだけ動きが早い。
「異能(アシンク)か」
 「彼女(ワタシ)」の心を先取りするように、ブランドが言う。
 あの「彼女(ワタシ)」には、異能(アシンク)があった。
かつて、太陽系外惑星ドロップレットの原始的な海で、異星技術(ゼノテック)の遺品(レリック)と接触した際、エクスサージェント・ウィルスの特殊株に感染した結果、「彼女(ワタシ)」は超能力に目覚めた。一歩間違えば、未知の異星ウィルスで怪物化していただけに、公に言えることではなかったが、異能は「彼女(ワタシ)」をファイアウォールへと導いた。
 その力のお陰で、爆発の瞬間も、「彼女(ワタシ)」は超感覚ともいうべき勘の良さを発揮した。コンマ1秒早く、対爆体制を取りつつ、自ら飛んだ。もとより、水深200mの水圧に耐える水中用義体アクアノートは、爆発が生み出す圧倒的な気圧の変化にも耐える。一瞬、首筋の鰓を開閉して爆風の衝撃を流す。路地に叩きつけられ、意識は失っていたが、実際には死んでいなかった。路地のセンサーが生きていれば、「彼女(ワタシ)」の生命活動も感知できただろう。アリシアが死に、ブランドの肉体さえ引き裂かれていたのを見て、即死したと勘違いしてしまったのだ。
「中身が同じかは分からないな」
 たぶん、少し違う。
 アクアノートの「彼女(ワタシ)」とルナフライヤーの「彼女(ワタシ)」。
 海を泳ぐ体と無重力の空を舞う体。
 そして、一週間ぶんの人生。



 パスファインダー・シティで待っていた知性化タコの佐藤海(さとう・かい)の手助けで、ホテルへの潜入はすんなりと進んだ。巨大なネオ・オルカを連れている限り、身を隠すことなどできない。
 部屋に突入し、アイーシャらに銃を向けた。
「あら、あなたも私のコピー?」
 アイーシャは笑い、羽を広げる。その手にあるのはシュレッダー。貫通力を高めた一種のニードルガンだ。数百の破片を高速で打ち出し、肉体をミンチにする。アリシアの片腕が吹き飛んだが、残った片手でレールガンを打ち返すと、アイーシャは壁の染みになり、次の瞬間、じゅっと蒸発した。
「また、EFか」
 エマージェンシー・ファーキャスター。死亡と同時に、魂(エゴ)を送信する超小型量子通信機。ワンショットで起動する反物質電池はそのまま暴走し、肉体を蒸発させる。壁に刻まれた天使のような黒い染み。
 ラウドリンはウォーカーについた作業アームでSMGを構えるが、ブランドのプラズマ・ライフルがオルカの頭を黒焦げの肉塊に変えた。
 異星技術(ゼノテック)の遺品(レリック)は、佐藤海が超テルミット爆薬で焼き尽くした。
 残ったのは、もうひとりの「彼女(ワタシ)」。
 まとう義体は「アクアノート」。乾いた火星に似合わない水中探査用の義体。
 そして、その手にはシュレッダー。

「彼女(ワタシ)」は「彼女(ワタシ)」に銃を向けて、引き金を引き絞った。

                     (終わり)



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ライセンスの詳細については、以下をご覧下さい。
http://creativecommons.org/licenses/by-nc-sa/3.0/




朱鷺田祐介プロフィール


朱鷺田祐介既刊
『シャドウラン4th Edition リプレイ
九龍の天使たち』