「ゼノアーケオロジスト」山口優(画・小珠泰之介)

(紹介文PDFバージョン:xenoarcheologistshoukai_okawadaakira
 キレのよい名短篇「サブライム」をご記憶だろうか? その作者・山口優が、『エクリプス・フェイズ』のシェアードワールド小説企画に帰ってきた。その証左が、この「ゼノアーケオロジスト」である。
 本作は単体でも充分に愉しむことができるが――さほど時間はかからないので――できれば「サブライム」と併せて読んでみてほしい。総合芸術家エステル・レンピカをめぐる運命の風景が、より重層的なものとして受け止められるはずだから。

 “ゼノアーケオロジスト”とは、聞きなれない単語と思われるかもしれないが、これは『エクリプス・フェイズ』世界では「異星考古学者」のことを指す。奇しくも「Role&Roll」Vol.104では、サンプル・キャラクターの「アルゴノーツの異星考古学者」が公開されているので、併せてご覧いただきたい。
 ただ、今回の小説で活躍する「異星考古学者」は、サンプル・キャラクターの設定とは異なる部分も多い。本稿で重要な役目を果たす異星考古学者、アシュル・レヴィナスは、SF作家たちが集まってプレイした『エクリプス・フェイズ』のゲーム・セッションにおいて使用されたキャラクターだからである(キャラクター・デザインにあたっては、山口優が提示したコンセプトのもと、Analog Game Studiesが細部の数値設定等の協力を行なっている)。
 本作は連作短篇として今後も続いていゆくようだが、「サブライム」と「ゼノアーケオロジスト」が緩やかな繋がりを有しているように、アシュル=山口優の冒険は、いっそう重層的なものとなってゆくことだろう。

 山口優は『シンギュラリティ・コンクェスト 女神の誓約』で第11回日本SF新人賞を受賞した。続く『アルヴ・レズル ―機械仕掛けの妖精たち―』は第7回BOX-AiR新人賞、およびBOX-AiR新人賞年間最優秀賞に選出された。いずれも、『エクリプス・フェイズ』に興味があれば、大満足違いなしの力作ポストヒューマンSFである。
 とりわけ、『アルヴ・レズル』は、若年層の読者へ向けてポップな装いで出された本格SFで、神経細胞通信ナノマシン(ナーヴセラー・リンカー・ナノマシン)や、アーリー・ラプチャー(全世界で突如起きた、精神喪失事件)といった設定で人間の「魂」と「肉体」の意味を鋭く問うている。
 この『アルヴ・レズル』はマルチメディア展開を開始しており、通常版のほか、『アニメミライ2013』参加作品として劇場公開もされたアニメ版のDVDが同梱された限定版も販売されている。加えて、漫画家・天羽銀によるコミカライズ版の第1巻が、講談社シリウスKCより刊行された。これらも見逃せないだろう。余談だが、イラストレーターの小珠泰之介は、これらヴィジュアル作品を鑑賞したうえで、今回のイラストを仕上げてくれた。(岡和田晃)



(PDFバージョン:xenoarcheologist_yamagutiyuu
「メレケト、どう思う?」
 小惑星44ニサ――即ち三七〇〇京トンの岩石と氷の塊――の軌道上を周回するスペースシップの中で、アシュルはそう呟いた。
 アシュル・レヴィナス。
 訳あって生まれ落ちてから一〇年の歳月しか経っていないが、外見は二〇代の青年である。一年前にタイタン自治大学を卒業し、フリーランサーの異星考古学者(ゼノアーケオロジスト)として、最近漸く評判が上がってきたところだ。
 彼が見下ろすように眺める44ニサは、自然の小惑星ではあり得ないことに、その表面にもまばゆい光が点在し、点滅している。
 このジャガイモ型の、長さ一一〇キロメートル、直径六〇キロメートルの小惑星は、その内部が縦横無尽に掘り尽くされ、蟻の巣、または蜂の巣に喩えられる様相を呈している。内部は一気圧の大気が満ち、このほぼ無重力の環境下に、約一〇〇〇万の人々が暮らしている。エクストロピア――それが、この小惑星内に形成された宇宙都市の名だ。
 アシュルは、この44ニサに本拠地を置くハイパーコープ――スキンセティック――の関係者から、つい先程まで聞かされていた話を思い返していた。
 とあるインフォモーフが、残されたDNAや中枢神経のコピー情報から、とある人物の再生を、スキンセティックに要請した。インフォモーフの名は伏せられたが、コピーされた人物の名は教えられている。
 エステル・レンピカ。
 旧時代の総合芸術家だが、特にダンサーとして名高かった、らしい。
 しかし彼女は、「完全なる自殺」を目論み、それに成功させたと思われていた。即ち、自分の死体やDNA等の関連物・情報を全て消去するよう予め手配し、誰も彼女を再生できないようにした後に、自殺したのだ。だがスキンセティックはパンドラ・ゲート絡みの情報屋から彼女の情報を入手することに成功したという。
 そして、顧客であるインフォモーフに、彼女の身体をモーフとして与えたのだ。
 が、そのエゴキャスティングの直後、彼女の肉体は自殺してしまった。顧客の精神とともに。
 この不可解な事象の原因を異星文明の影響に求めたスキンセティックは、密かにアシュルに連絡を取り、原因の追及を依頼した。
「様々な可能性が考えられ、それらを収束させるには追加情報が必要です」
 女性の声のように合成された音声が響く。
 メレケト。
 アシュルをサポートする汎用人工知能であり、彼の搭乗するスペースシップ『シャマイム』の管制も担う。
「だろうな」
 アシュルは物憂げに呟いた。
 人工重力を生成するために回転し続けるキャビンの中。円筒という外形を反映し、その床と天井は僅かに湾曲している。そこは、アシュルが最も寛げる場所だった。その僅かな湾曲にすら、安らぎを覚えるほどに。
 木目調の床と天井、白い壁。藍色のソファ。
 壁には、船外カメラが捉えた44ニサの映像が、これも木目調の枠に囲まれたディスプレイで映じられている。
 窓、と、旧時代の事物の愛好者ならば呼んだだろう。
 アシュルはソファに寝そべる自分のつま先を眺め、それから天井の木目に視線を遣った。そして、『窓』の外にもう一度目を移す。
「それでもいいから可能性を列挙してくれ。僕の考えと答え合わせをしたい」
「分かりました、アシュル。
 第一に、彼らがあなたに嘘を吐いている可能性。彼らスキンセティックの評判は、特に内惑星系ではあまり良いものではありません。今更内惑星出身のあなたにおける評価が下がったところで、歯牙にもかけないでしょう。あなたの評価が内惑星のメッシュに反映されるまで、あなたを生かしておかなければそのリスクも無くなります」
「まあな」
 スキンセティックに関しては、アシュルもいろいろと噂を聞いていた。その中には良からぬ噂も相当含まれている。それが、彼がスキンセティックのエージェントと面会した後、わざわざエクストロピアを離れ、自分のスペースシップに戻った所以だ。
「確かに彼らは怪しい」
「はい」
「だがこの不可解な事件そのものの原因を帰せられるような怪しさじゃあない。それに、僕が彼らに評価をつけるとしたら、その評価は外惑星系でこそ高く参照されるだろうさ。僕は確かに金星出身だが、精神的な故郷はタイタンのつもりだし、周囲からもおそらくそう見なされているだろう。僕自身の評価の大半もタイタンで培ったものなんだから」
 それに僕が金星出身だって知ってる人間自体が限られている――。心の中で、そう付け足す。
「仰る通りです」
 と、メレケト。
「それに嘘を吐く必要がどこにある? 自分達の評価を上げる嘘ならともかく、著しく下げるものだぜ、これは」
「ですので、可能性は低いでしょう。この可能性を真剣に検討するには追加情報が足りません」
 メレケトはあっさり認めた。
「じゃあ次の可能性の検討に進もう」
「はい。第二は、彼らがエゴキャスティングにおいて致命的なミスを犯した可能性です。顧客であるインフォモーフの精神に著しい変調を来す情報を、紛れ込ませてしまった」
「それも却下だ。少なくとも技術的な面における彼らの評価は、僕には信頼に値するものに思える」
「そうですね。私もこの可能性も低いと言わざるを得ません」
「追加情報がないかぎりは、か?」
「おっしゃるとおりです」
 アシュルは、ふう、と息を吐いた。思わず、へブライ語で、あまり品行方正でない言葉を呟こうとしたが、やめておいた。メレケトは今は英語でしゃべっているが、ヘブライ語も解する。たとえ相手が汎用人工知能とはいえ、そういった言葉は自分の評価を下げるようで嫌だった。
「じゃあ第三の可能性だな」
「はい。それは――」
「待て。僕が言おう。スキンセティックの連中が言うとおり、異星文明が絡んでいる」
「全く違います。肉体の神経系の復活における不具合です」
「見解の相違だな」
「あなたが抱える、ある種の認知バイアスの結果かと思います」
「僕の異星文明への情熱をそんな言葉で片付けるのはやめてくれ。――だが聞こうじゃないか」
「まず、前提として、モーフとして提供される有機的な肉体で、かつてこの一件のように、実際に生きていた人間の肉体を再構成して使用した例はない、ということは覚えておいていただきたいと存じます」
「なるほどな。確かに重要な視点だ」
 アシュルは再びため息をついた。かつて一度だけ嗜んだことのある、タバコをふかしたくなった。だが、やめておく。トランスヒューマンとして、かつての人間より毒や薬物に耐性の強いアシュルでも、タバコを嗜むことで評判を下げる可能性には抗えない。
「警報:宇宙船に振動あり」
 急にメレケトの声音が変わった。雑談調から、緊迫して警告を促すような声音へと。
「何だ? デブリでもぶつかったか」
「いえ。デブリにしても、震動の程度から類推した質量に対して、反射率が低すぎます。意図的にレーダー反射しにくい素材がコーティングされていたと思われます」
「なんだそれは。ステルスか」
「警報:エアロックに解放信号」
「おい! やめさせろ」
 アシュルは叫ぶ。
「警報:管制プログラムへの侵入あり。エアロック解放阻止不能」
「警報:エアロック解放。侵入者あり。繰り返す。侵入者あり。大気圧は正常値を維持」
「推奨:武装して侵入者に対応」
 メレケトは矢継ぎ早に情報を上げてくる。
「――君でも防げないとはな。AGIの高級なやつか、まさかシードAIか?」
「分かりません。武装を、早く! この部屋のロックも解除されるでしょう」
 エアロックが破られたのだ。それは当然、予想できることだった。
 アシュルは机の引き出しからレーザー・ガンを引っ張り出し、扉の入り口に向けて構える。
「エクストロピアにSOSを」
「間に合うかどうかは全く分かりませんが」
「気休めだよ。だがやってくれ」
「了解です」
 メレケトの声に重なるように、キャビンのロックが解錠された。息をのみ、レーザー・ガンを構え続けるアシュル。
 が、扉から出現した人物の姿を見て、彼は、銃を取り落としそうになった。
「エステル・レンピカ……」
 亡霊を見るような視線で、彼は、自分の相対する人物を見つめ続けた。





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『表示 – 非営利 – 継承 3.0 Unported』
ライセンスのもとに作成されています。
ライセンスの詳細については、以下をご覧下さい。
http://creativecommons.org/licenses/by-nc-sa/3.0/




山口優プロフィール
小珠泰之介プロフィール


山口優既刊
『アルヴ・レズル
―機械仕掛けの妖精たち―』