「Swing the sun 1」片理誠(画・小珠泰之介)

(紹介文PDFバージョン:Swingthesunshoukai_okawadaakira
「これからSF Prologue Waveの『エクリプス・フェイズ』小説を読もうと思うのですが、どの作品から始めたらいいでしょうか?」
 ――イベントなどで、このような質問を受けることがある。

 SF Prologue Waveは「SFマガジン」の「てれぽーと」欄に毎号、紹介文が掲載されている。なかでも、この『エクリプス・フェイズ』企画は、ゲーム雑誌「Role&Roll」でも毎号、紹介されている。
 これまでSFに興味があっても、なかなか手を出せずにきた人たちがいる。
 それが『エクリプス・フェイズ』をきっかけとして、SFの世界を覗いてみようと考えてくれているわけだ。

 あるいはその逆。
 SF作家クラブ50周年記念のブックフェアやイベントを通して、SFの魅力を再発見してくれた人たちがいる。
 今は、前代未聞のSF短篇アンソロジー・ブームが到来しているが、実のところ、昔ながらの宇宙冒険SFの割合いはそんなに高くないように思われる。
 ブルース・スターリング『スキズマトリックス』やアレステア・レナルズ『啓示空間』の系譜に連なる、ポストヒューマンな宇宙冒険SFはないものだろうか?
 そういう方々が、『エクリプス・フェイズ』に興味をもってくれている。

 むろん、これまで紹介してきた『エクリプス・フェイズ』小説は、いずれも世界の魅力を存分に引き出しつつ、個々の作家の個性が遺憾なく発揮されたものだ。
 いずれも甲乙つけ難い完成度にある。つまり、どの作品から読んでいっても大丈夫。
 そう、太鼓判を押すことができるだろう。

 だが、仮に涙を呑んで一作に絞るならば、今回から連載される片理誠(現SF Prologue Wave編集長)の新作「Swing the sun」が、入門にぴったりな逸品ではないか。
 なぜ「Swing the sun」がオススメなのか?

 ひとことで言えば、抜群の安定感。そして圧倒的なリーダビリティ。
 丁寧な筆致は『エクリプス・フェイズ』世界を理解する格好の教材にもなるだろう。

 いま、SF界で最も熱いテーマとも言われる“ポストヒューマン”を正面から扱いながらも、どこか懐かしさを感じさせるレトロフューチャーな雰囲気。
 アウトローを描きながら、どこかあたたかみを感じさせる筆致。
 野田昌宏編のアンソロジー『太陽系無宿/お祖母ちゃんと宇宙海賊』、収録作のなかでは、エドモンド・ハミルトンの『キャプテン・フューチャー』のようなスペース・オペラの名作にも通じるだろうか。
 そしてアクション、怒濤のアクション!
 “日本SFの夏”を代表する作品だとすら思うが、さすがに言葉が過ぎるだろうか。
 けれども、片理誠は、この「Swing the sun」に一つの勝負をかけている。
 その気迫を、君も体感してほしい。

 毎号、多量のSF小説を読みこなす気鋭のイラストレーター・小珠泰之介の手になる、美麗なイラストが付記されるのも見どころだ。

 なお、宇宙船にまつわる各種設定、ならびに“ダイソン・リング”の設定には、著者が想像を膨らませた部分がある。

 「Swing the sun」に興味をもっていただいた方は、続いて、ジョニィ・スパイス船長が活躍する「黄泉の縁を巡る」に進んでみてほしい。(岡和田晃)



(PDFバージョン:Swingthesun1_hennrimakoto
 居住区同士をつなぐ通路の左右。シートの上に並べられているのは、どれも使いふるされた、シケた品ばかりだった。
 半分以上の発光パネルが切れちまってる上に、残りの半分も消えかかっているもんだから辺りは大層薄暗い。剥き出しのステンレスに囲まれた、いかにも古くさい宇宙ステーションの一角といった感じの場所だ。貨物車両が二台すれ違えるかどうかの幅しかない。ここでは何もかもがすっかりどす黒く変色しちまってる。居並ぶ奴らも、通り過ぎてゆく奴らも。
 もっとも、薄暗いからまだ商売になっているのかもしれない。日の下にさらされたなら、たちまち盗品であることが露見しそうなデバイスばかりだった。
 筐体の一部がめくれ上がっている旧式のエアプレッシャー、液漏れの著しい変圧器、赤錆の浮き上がった何かのフレーム、ボロボロにひび割れたパワードスーツの頭部、安っぽいプラスチックケースの中に無造作に放り込まれている数十枚の電子基板はべっとりとした分厚い油と埃にまみれたままだ。どれもご丁寧にシリアルナンバーがつぶされるか削り取られるかしている。実に不自然。
 その他、ディスプレイがなくなっちまってるセンサー類やら、太さがまちまちなケーブル類やら、よくもまぁ、こんなジャンク以下のガラクタばかりを集めたもんだ。手に取る気にもなれやしない。
 ケッ、と辺りを見渡す。
 どいつもこいつも、貧乏臭そうな奴らばかりだ。
 あーぁ、とため息がこぼれた。
「やっぱり無駄足だったか。ま、こんなところじゃ無理もねぇが。ったく、もうちっとマシなステーションはねぇのかよ……と言っても無駄か。こんなド田舎じゃな」
 俺は今、水星にいる。正確には水星の衛星軌道上に浮かぶ宇宙ステーションの中だ。火星が縄張りの俺がこんなところにいるのにはもちろん訳がある。貧乏、というひどく情けない訳が。
 俺の愛船、ラグタイム・ウルフ号の修理には案の定、結構な金がかかった。船体の方はどうにかなったんだが、残念なことにメイン・ウェポンである大出力陽電子砲が今はない。あれはそもそも正規のルートからでは入手することのできない逸品で、欲しかったら裏から手を回すしかないんだが、それでもそうそう簡単に手に入るようなシロモノじゃないんだ。レアなアイテムってわけ。おかげで地下オークションでは馬鹿みたいな値がついちまってる。
 だがしかし、いざって時に己の命を預けることになるのが武器だ。納得のいかないものでお茶を濁すわけにはいかない。ここにだけはこだわらなくちゃな。
 まぁ、そんなわけで俺には今、とにかく金が必要なんだ。で、こんな星まで貨物を運搬してきたってわけ。今は帰りの荷が届くのを待っている途中だ。もちろん運んでいるのはやばいブツなんかじゃないぜ。ごく普通の一般貨物だ。正直、こんなもんを運んだところで大した金にはならないが、残念ながら今のウルフは丸腰同然でね。荒っぽい任務はこなせない。何しろ低出力の安物レーザー砲が一門と、小型ミサイルが三発きりってんだからな。これじゃ宇宙海賊どもとまともにやり合うのは無理ってもんだ。レーザーで威嚇してミサイルで足止めの時間稼ぎ、その間に全力でずらかる。情けないが、今のウルフにはこれで精一杯。
 幸い、往路では海賊どもには出くわさなかった。ま、復路でも会うことはないだろ。連中が目の色を変えるような品は運んじゃいないんだからな。
 昔は惑星間の輸送にもマス・ドライバー(資源運搬用カタパルトのこと。要するに衛星軌道上に浮かぶリニアモーター・カタパルトを使って運びたい貨物を大砲の砲弾のように撃ち出すのさ)が使われていたんだが、今時そんなことをすれば、もちろん送り出したコンテナは全部、途中で海賊やらスカベンジャーやらに美味しく頂かれちまう。この宇宙には貧乏人やら無法者やらがそこら中にいるからな。
 で、俺のような奴が雇われる、というわけだ。
 だがまぁしかし、水星圏てのはいつきてもシケてやがる。華やかさってもんが一欠片もありゃしねぇ。何しろ太陽エネルギーの中継器と採鉱ステーションくらいしかない、貧乏な惑星だからな。
 昔は太陽に関する研究施設等も数多くあったらしい。ダイソン・リング(と俺たちは呼んでいるが、正式名称は太陽光発電用円環構造体と言う)の小型試作品なんかを造ったりと、一時期はそれなりに羽振りも良かったそうなんだが、今ではその手の太陽研究用施設のほとんどはアテンやフーヴァーマン・ガイシェッカーといった太陽周辺のハビタット(居住区)や、ヴァルカノイド(太陽と水星の間に存在する小惑星群のこと)に移っていて、水星にはほとんど残っていないという話だ。
 ロクな産業がないので住人も少ない。経済活動は総じて低調だ。当然、活気もない。あの輝かしい太陽に最も近い惑星だってのに、掃き溜めみたいな星になっちまってる。今じゃ影ばかりが濃い、といった塩梅さ。
 だがここを掃き溜めと呼ぶのなら、あの船はまさに舞い降りた鶴だったよなぁ、と俺は通路を歩きながらは独りごちる。いや、宇宙港でウルフの隣に駐機していた宇宙船の話さ。
 あんな綺麗な船を見たのは久しぶりだったぜ。百メートルクラスの超高速クルーズ船。大金持ちが太陽系一周旅行なんかをする時に使う奴だ。真上からだと鋭い鏃のように見える。その流線型の優雅なカーブときたら、見ているだけでもため息が出るほどだ。実にそそられたね。鏡面仕上げの施された銀色の機体には染み一つなかった。後部からは熱核反応エンジンの大型ノズルが五つも覗いてた。恐ろしく速い船、ということだ。全力を出したら軍の高速偵察艇でも追いつけないに違いない。無駄を徹底的にそぎ落としたその機能美は、ほとんど威嚇的ですらあるほどだった。あんな型の船は俺のデータベースにはないから、恐らく職人どもに特注して造らせた一点物の船なんだろう。とんでもなく金がかかってるんだろうな、きっと。
 おかげで、その隣に泊まっている俺の船の貧相なことといったら。泣けてくるほどだったよ。まさに貴婦人とドブネズミだ。やれやれ。リラがいなくて良かった。
 俺の相棒、リラ・ホーリームーンという名のインフォモーフは火星に残してきた。こんなちんけなヤマなら俺一人で十分だし、あいつも今は短期のアルバイト中で、火星の宇宙ステーションで働いているんだ。そろそろ義体(モーフ)でも買う気になったのかね? ま、いつか冒険に出ようってんなら、金はいくらあったって困らないしな。それと、俺の留守中に大出力陽電子砲の出品があった時のための要員として、というのもある。地下マーケットでも滅多に出回らないブツだ。見かけたら速攻で押さえておく必要がある。借金を掻き集めれば、ま、頭金くらいは何とかなるだろう。
 積み荷が届くまでの間、暇つぶしにウインドウショッピングと洒落込むか、と少しばかり足を伸ばしてみたんだが、そもそもこの貧乏宇宙ステーションのマーケットにはウインドウなどという気の利いたものはないのだった。がっかりだ。剥き出しのバルク品が路上に並べられているだけとはね。しかもどれもこれも古いったらない。
「ま、4D光子グラフィックメモリなんてシロモノが、そもそも水星圏なんぞにあるわけもねぇか」
 周囲を見渡して俺は肩をすくめる。
 リラの奴が以前から、電脳ユニットのメモリをもっと高速なものに換えてくれ、とうるさいんだ。「あたしの性能が上がれば、この船全体の性能も上がるのよ!」ときたもんだ。
 もちろん俺にはパートナーを甘やかす趣味なんざない。最先端のメモリチップなんか買わないさ。金もないしな。ただ、相場を見ておくくらいならいいかな、とまぁ、そう思っただけだ。丁度暇だったしね。
 しっかし、まぁ、予想してたこととはいえ、ここにあるのは最先端という言葉からは縁遠い品物ばかりだ。ま、事情はよく分かるよ。水星は太陽が容赦なく照りつける過酷な環境だ。こういう世界ではスペックよりも耐久性が重視される。多少性能が劣っても、頑丈な製品の方が良いのさ。
 無駄足だったなぁ、とつぶやく。
 4D光子グラフィックメモリなら火星でも買える。だが、ちょっとばかし高価でね。火星では品薄のチップなのさ。
「金星でなら安く手に入れられそうだが、そんな遠回りしてたんじゃ水素代が大変なことになっちまうしな」
 積み荷だって届けなくちゃならないんだ。たかだかメモリチップのために寄り道なんてしてられない。ま、リラにはまだまだ当分の間は低速のメモリで我慢してもらわないといけないな。
 さて、船に帰るか、と踵を返そうとした時、銃声が辺りに轟いた。
 とっさに腰をかがめて身構える。とはいえ音はだいぶ遠い。この通路ではないようだ。数ブロック先の、隣か、隣の隣の通路だろう。
 このステーションでは武器の携帯は許可されていないはずなんだが、もちろん、そんなもんは隠そうと思えばどこにだって隠せる。そして港に喧嘩はつきものだ。
 実際、この辺りの連中にとって発砲沙汰などは日常茶飯事であるらしい。もう慣れっこになってしまっていると見えて、頭を抱えてうずくまっていた数名は、すぐに立ち直って、何事もなかったかのように歩き始めた。
 俺も腰を伸ばす。俺以外に向けられた銃口なら、俺には関係ない。触らぬ神に祟りなし、だ。
 今来た道を引き返し始めた。


 あっちにこっちにと道草を食いながら、露天商(宇宙ステーションの中に雨は降らないのだから確かに露天で十分だな)ばかりの市場を後にし、宇宙港へと続くエレベータへと向かう。
 タッチパネルを操作すると、ガラス張りのチューブの中をガタゴトという音を立てながらぼろっちぃケージが上がってきた。
 乗り込む。
 先客がいたが俺はさして気にも留めず、ガラスの外の風景を眺めていた。ガラス張りにした理由のよく分からない、貧相な景観を。
 だが先方は俺に興味があったらしい。わざわざ俺の視界の中に入ってきた。被っていた黒いフードを外すと、女だ。それもなかなかの美人だった。
 ややつり上がった切れ長の目はキツイ印象だが、氷のように冴えた青い瞳にはよく似合っている。肉厚の唇も、すぅっと通った鼻筋も、形は悪くない。やや頬がこけてはいるが、それすらも大人っぽさの演出に一役買っていた。健康的な褐色の肌。艶やかなロングの赤毛。それを無造作に後ろでひっくくっているワイルドなところや、ちょっと大柄なところなんかもバッチリ、俺の好みだった。
 そんな美女が悪戯っぽい視線で俺のことを真っ直ぐのぞき込んできてるんだから、生身だった頃の俺なら口笛の一つも吹いているシチュエーションではある。
「あなた、船乗りね」と彼女はささやいた。
 赤と銀色の簡易型スペーススーツの上からフード付きの黒いマントを羽織っている。身なりにはいささかの古びた感もない。この洗練された出で立ち。どう考えても水星圏の住人のそれじゃない。旅行者だろうか。
 何も言わないでいると、彼女は「簡単な推理よ」と笑った。
「鉱山労働者なら、とっくに星に降りてる。企業の人間なら、そもそもこんな貧相なエリアにいるわけがない。ステーションの地元民にしてはやけに小綺麗」
 俺のアーマーの表面を人差し指で軽くなぞった。
 なるほどね、と俺も笑う。
「こんなナリでも水星じゃそれなりの紳士に見えるってわけだ。確かにあそこまでのガラクタ趣味は俺にはないな」
 ガラスの外を指さす。
 このステーションにも機械人は多い。が、どいつもこいつもひでぇ身なりだった。この星では赤錆やら黒カビやらをまとうのが流行ってるのかと勘違いしてしまいそうになる。
 ま、もっとも、と俺は話を続けた。
「そもそもこのエレベータは宇宙港行きなわけだがね」
 フフ、そうね、と彼女。
「本当のことを言うと、あなたの噂を聞いたのよ」
 へぇ、と俺。
「けど俺はどこにでもいる貨物運搬船の船長で、女ホームズ氏の目に留まるようなことは何もしちゃいないんだけどな。運んでいるのも色気のない積み荷ばかりでね、業務用マシンのパーツとか、人工衛星用の推進剤とか。生憎だが、あんたみたいな美人に横流しできそうな品は何もない。今度からはルージュの一本も積んでおくことにするよ」
 と俺はおどけて見せたが、彼女は何も言わずに微笑んでいる。何を考えているのか分からない、アルカイック・スマイルって奴だ。眺めとしては悪くないが、俺はいささか居心地が悪い。何しろ向こうはこっちを知っているらしいが、俺はこの女のことを何も知らないんだ。
 で、と催促。
「俺に何か用かい?」
 美女がゆっくりと口を開いた。
「仕事を頼みたいのよ、ジョニィ・スパイス船長。荒事になりそうなの」


 宇宙港の待合ロビーの一角、巨大な観葉植物の陰で美人と立ち話、とくれば男なら誰だってロマンチックな想像をしそうなもんだが、残念ながら俺たちがしたのはビジネスの話だ。それも冗談みたいな。
 ジェスティ・K・マクビーと名乗った彼女の口から出たのは、ファイアウォール、という単語だった。
 知ってる?、と彼女。
 知らいでか、と俺。
「知らない人間を探す方が難しいだろうぜ。何しろ太陽系でもっとも有名な都市伝説の中の一つだ。俺の相棒なんざ、毎日のようにメッシュを検索してはファイアー、ファイアー言ってるよ。ファンなんだ、あの組織の」
 ファイアウォール、考えるだけでも憂鬱になるね。こいつは最も有名であると同時に、最も複雑な謎に包まれている組織だ。そもそもその目的からして諸説ある。一般的にはトランスヒューマンを社会の陰から保護し続けている正義の秘密組織ってことになっているが、やっていることは必ずしも正義とは限らないなんて噂もある。その全貌を理解している者は、もしかしたら太陽系には一人もいないのかもしれない。まぁとにかく、ファイアウォールに関する情報は全て噂にすぎず、その内容は憶測の域を出ない。
 最も一般的なところとしては、とにかく人類の危機が発生すると奴らは現れ、その危機を取り除いて去ってゆく、というもの。現れると言っても、多くの場合、その規模はせいぜいが数人程度。そのたった数人のエージェントどもも、一人一人は大したことを知らない。彼らはただ上の命令に従っているだけのアルバイトやボランティアみたいな連中なのだ。だからたとえ捕まえて締め上げたとしても、本当のところは何も分からない。もっとも、実際のファイアウォールのエージェントは少数精鋭、優秀な奴らばかりと相場は決まっているから、捕まえて締め上るのだってそう楽ではないはずだがね。ま、とにかく、正義の味方と言われているわりには、それに似つかわしくない徹底した秘密主義に貫かれている、ってことだけは言えるだろうな。
 そんなわけなんで、ファイアウォールに関しては「謎の組織」ということ以外はほとんど何も分かっていないんだ。
 もちろん、噂では、だが。
「あなたはどうなの、船長? その様子じゃ信じていないみたいね」
 俺は片手を挙げる。
「よしてくれ、もう夢見る年頃はとっくにすぎてる。人類を人知れず守り続ける裏の組織? ヘッ。よくあるおとぎ話だよ。いかにもティーンの好きそうなお膳立てじゃないか。馬鹿馬鹿しい。大人はそこまで暇じゃないぜ」
 肩をすくめる。
 彼女は少し困ったような表情を浮かべた。美人が浮かべるとどんな表情でも美しいね。
「ではこういうことにしておきましょ。とにかくあたしはある組織のエージェントの一人で」
「ついさっきドジを踏んだばかりなの、だろ?」
 俺が会話の先回りをしてやると、彼女はますます困ったように微笑んだ。ああ、何て魅力的なんだ。思わずもっと色んな表情を引き出してしまいたくなる。まったく、リラの奴もこれくらい色っぽかったら良かったのに。
「あなたの淑女へのいたわりの心は、まだ十分とは言えないわね、船長」
「よく指摘されるよ。やっぱりか。あの銃声騒ぎの原因はあんただったってわけだ」
 これこそ簡単な推理だ。何のトラブルも抱えていない人間が、わざわざ俺なんかに接触してくるわけがない。
 ジェスティは腕組みをすると、ふぅ、と小さく息を吐いた。
「実際のところ、厄介なミッションなのよ。よくここまでこれたものだと自分でも思うわ。けれどそろそろ手詰まり。こんなちんけなステーションの中では身動きが取れないでしょ。このままでは敵の手に落ちるのも時間の問題ってわけ。焦ってたのよ。本当ならもう少し慎重に情報屋とも接触したかったんだけど。でも無駄ではなかったわ。こうしてあなたに出会えているのだから」
「どんな噂をいくらで買ったのかは知らないが、俺は火星の犯罪者ギルドの中ではせいぜい二流ってところだぜ。ケチな運び屋さ。お姫様のナイト役にはちっとばかし役者が不足してると思うがね」
「依頼したいのはまさにその、運び、なの」
「ほぅ」
「運んでもらいたいのはこの私。それと」
 簡易型スペーススーツの襟の中から小さなペンダントを引っ張り出す。
「このカプセル」
「何だい、そりゃ?」
 銀色の鎖の先には、確かに小さな金属製の気密容器が吊されていた。



「X-リスク、とだけ言っておくわ」
 X-リスクというのは人類を絶滅させかねない危険のことだ。やれやれ、ファイアウォールの次はX-リスクときたか。ま、この二つはセットみたいなもんだからな。自然ではある。
「まさか、ウィルスの類いか」
「かもね。詳しいことは私も知らない。とにかくこれが開いたら人類は滅びかねない、ということだけは確か。私の役目はこのカプセルを金星の同志に届けること」
「おいおい、随分と物騒な話だな」
「安全な品なら、わざわざあなたを探したりはしないわ。正規の郵送手続きを踏めばいいんだもの。でしょ?」
 そりゃそうだ。裏稼業の運び屋が絡む以上、積み荷はろくでもない物に決まっているさ、もちろん。だがさすがにX-リスクとなると、俺だって怖じ気づきたくもなるぜ。機械人に感染するウィルスだってあるんだからな。積み荷としては最低最悪だろう。たとえ美人と一緒であったとしても。
「そいつを巡って一悶着、というわけか。……敵どもの正体は?」
 彼女がかぶりを振る。
「皆目。組織は私たちに必要最低限の情報しかくれないし、どのみちX-リスクということなら欲しがる奴はそこら中にいる。これ一つでどんな政府だろうと脅したい放題。内容次第では兵器にだって転用できるんだもの」
 それもそうか、と俺も納得。ハイリスクの裏には、ハイリターンが隠れているものだ。X-リスクに富の匂いを嗅ぐ奴がいたって何も不思議なことはない。
 とはいえ、自分がそこに関わるとなったらそう肯いてばかりもいられないだろう。何しろ周りは全部敵ってことだ。何の準備もなしにそんなヘヴィな争いに巻き込まれるなんて、どう考えても感心しないぜ。
 ……それにどうも彼女の話には引っかかる部分があるのだ。
 できればこの仕事、受けたくない、な。
 俺は腕組みをして考え込んだフリをした後、重々しく口を開いた。
「問題が幾つかあるな。まず俺の行き先は金星じゃない。火星だ。帰りの積み荷だって既に決まってる」
「でもあなたは金星に飛ぶわ。だって火星まで鉱物を運ぶ仕事なんて、誰にだってできるもの」
「簡単に言ってくれるがね、お嬢さん」
「ジェスト、でいい」
「今日びの物流じゃ、海賊対策が欠かせないんだぜ、ジェスト。自動操縦のロボット船じゃ、ポテト一つ運べやしない」
「私とこのカプセルを金星に届ける方が何万倍も難しいわよ」
「違約金を払わなくちゃならないんだ」
「もちろん、必要経費はこちらで全て持つわ。その上で報酬は三倍出す。しかもその半額を前払いするってのでどう? 私の所属している組織、気前だけはいいんだから。それともケチ臭いクライアントの方がお好み?」
 くっ。金のことを言われるとこちらも弱い。
 大出力陽電子砲。全ては大出力陽電子砲のため。俺には金が要るんだ。三倍ってことなら、確かに話としては悪くないが……。
「火星に飛ぶはずだった船が急遽、行き先を金星に変更するんだ。目立たないはずがない。どんな馬鹿だって気づくだろうぜ」
「難易度が一つ上がるというわけね。ンフフ、ぞくぞくしちゃう」
 獲物を見つけた狐みたいに目を細めている。この女、危ない奴かも。
 おいおい、と俺。リスクを喜ぶなんて、まともじゃないぞ。
「色々と事情が重なってましてね、俺の船は現在、ロクな武装をしていないんだ」
「それは全然問題ないわ。ドンパチをやるつもりはないもの。金星まで逃げ切れればそれでいいのよ」
「ところがどっこい、俺の船は足が遅い」
「貨物船に過度な期待はしてないってば。その点も大丈夫。ちゃんと考えてあるんだから」
「コールドスリープや生命維持のための装置だって積んでないんだ。生身の人間が乗れるような仕様にはなってない。改修には少々時間が」
「大丈夫よ。ちゃんと宇宙服を着込んでいくから」
「おいおい、金星までどれだけかかると思ってんだ。しかもあの星は今、太陽の向こう側にある」
「その点も好都合。エゴキャストで追ってこられる心配をしなくてもすむものね。通信用の中継衛星程度ではさすがにエゴデータの転送はできないわ」
 あのな、と俺。
「えっちらおっちらと太陽を回っていかなくちゃならないんだ。その間ずっと宇宙服を着ているつもりなのか?」
「そうよ」
 無茶な。俺は天を仰ぐ。金星までウルフの足ではどんなに早くても一週間はかかる。その間、ずっと同じ服で過ごすのか? 宇宙服を着たままじゃ、尻も掻けないんだぜ。
「さて次は? 問題はもう出きったのかしら? じゃぁ次は私の番ね。さっそく行きましょ」
「行くって、どこへ?」
「い、い、と、こ、ろ♪ きっとあなたも気に入ると思うわ、船長」
 悪戯っぽく微笑む。
 なぜだろう、ジェストの笑顔を俺はあまり魅力的に思えなくなってきていた。胸の中に嫌な予感が湧き上がってくるのだ、それはもう叢雲のような勢いで。
 (つづく)



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