「十二宮小品集10 山羊を討つ」太田忠司(画・YOUCHAN)

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 駅の構内で靴磨きをしていた弟が線路内で侵入してきた山羊の群れに圧殺されたと聞かされたのは、私のオリンピック出場の夢が断たれた日の午後だった。
 まずは私自身のことについて話そう。最初にナフガという競技を知ったのは小学校四年のときだった。体育の時間にナフガの選手が学校を訪れてルールのレクチュアをしてくれたのだ。
 この話をすると大概の人間は首を傾げる。ナフガのように複雑なルールを持った、しかも強い筋力を必要とする競技を小学生に教えるというのは無茶ではないかと。その意見には同意しよう。私も初めてナフガを見せられたときには正直なところ、彼らが何をしているのかわからなかった。一見無意味ともいえる動きや、競技用に改良されたとはいえ充分に殺傷力を持っているように見えるナフガンを振り回す仕種など、子供にはなかなか理解しがたいものだった。後に聞いた話ではクラス担任教師とナフガ選手が幼馴染みで、その縁から私たちのクラスのみ特別に教えられたようだ。
 しかしながら、私はナフガに魅了された。もともと機械類に興味を持っていたのだが、直に見せられたナフガンの機能性に一目で惹きつけられたのだった。
 知っている者も多いだろうが、ナフガンは古代ジャポンを発祥とする武器で、第二次絶滅大戦の際にはその威力を大いに誇示したという。銃火器などとは比べ物にならない破壊力ゆえに「人類が手に持つことのできる最強の兵器」と呼ばれた。大戦後は競技用としてのみ使用が許可されている。
 とにもかくにも、その日以来、私は自分の人生をナフガと共に歩むことに決めた。中学に入ると本来は大人しか入会を許されなかったナフガ協会に強引に入り、特訓を始めたのだ。そして中学を卒業する頃には熟練の大人たちに伍してナフガンを操り、非公式ながら競技会にも出場するまでになった。
 大学では当然のようにナフガ部に入部し、チームを国体優勝にまで導いた。二十歳前ではあったが私のナフガンの扱いはプロレベルと評され、次期オリンピックに代表選手として出場することは確実視されていた。私も大舞台でナフガンを操る日を待ちわびていた。
 しかし、ここに思わぬ問題があった。ナフガは他の競技に比べて人気が低かったのだ。たしかにルールは複雑でわかりにくいし、競技自体も地味なものだったから仕方ないことかもしれない。しかしまさか、ナフガがオリンピック競技から外されることがあるとは夢にも思わなかった。ナフガ協会のロビー活動に問題があったとか、いろいろ憶測が流れたが、今となっては後の祭りである。私はひどく落胆した。
 一方、弟である。彼は私と違い、競技の類には一切興味を持たなかった。彼が好んでいたのは思索であり詩作であった。しかも彼は人々の中にあってこそ真の創作が可能だという考えの持ち主で、大学卒業後は将来を嘱望されていたにもかかわらず、駅構内で靴磨きをしていた老人に師事して他人の靴を磨きはじめた。両親は弟の決断にひどく驚き、落胆した。私も残念だと思わないではなかったが、それも彼の決めた道だからと納得することにした。
 弟は仕事の合間に詩を認めていた。そのいくつかを見せてもらったことがあるが、正直なところ文学については何の素養もない私には、その良さがわからなかった。だがきっと、素晴らしいものなのだろう。私は弟を誇りに思っていた。
 仕事に就いて五年後に師匠だった老人が亡くなり、駅での靴磨きは弟が一手に引き受けることとなった。そちらの方面の才能もあったらしく、客の評判は上々だったと聞く。
 そんな弟だから駅のことは一から十まで知り尽くしているはずだった。ましてや山羊が押し寄せてくるときに線路内に入るなどということがあるとは思えない。だが事情を聞いて、なるほどと思った。彼は山羊の蹄を磨こうとしたのだ。
 足許を綺麗にしていない者がいるということが靴磨きとして許せない、と弟は常日頃から口にしていた。だから私の靴なども頼みもしないのに毎日丁寧に磨き上げていたのだ。その彼が泥と糞に塗れた山羊の蹄を磨こうと線路に降り立ったというのは、理解できることだ。
 だが、それで弟の死を承服できるかと言われれば、それは別問題である。私が愛する弟を殺した山羊たちに対して復讐することを決めたのも、理の当然であろう。
 だがここにひとつ問題があった。山羊たちは私には理解不能な理由で取り決められた保護条約に守られ、一斉手出しが許されていないのだ。だからこそ線路内に自由に出入りできるし、人ひとり殺しても何の咎めもない。それどころか山羊たちの進行を妨げたという理由からマスコミには弟を非難する記事さえ掲載されたのだ。もしも山羊たちに対して復讐を決行したら、私は重罪人として捕縛されることになるだろう。
 しかしかまうものか。オリンピック出場の夢を断たれ、あまつさえ弟まで失った私に、法の制約など無きに等しい。
 どうせなら最も得意とするナフガで仕留めてやろう。そう考えた私は、早速ナフガンの改造に取りかかることにした。競技用ナフガンを殺傷力のあるものに改造することは、それだけで重罪である。私は自分を抜き差しならない立場に追い込んだ。
 決行は次の満月の夜とした。山羊の行動は月の満ち欠けに左右され、月が満ちたときに集団で移動する。まとめて始末するなら、それが絶好の機会だ。
 当日、夜空には雲ひとつなく、青白い月が皓々と輝いていた。
 私は人気のなくなった駅に忍び込み、ホームから線路に降り立った。月光に照らされた線路が白く長く延びている。
 その向こうから、蹄の音が聞こえてきた。私はナフガンを構えた。
 やがて小山のようなものがゆっくりと近づいてきた。青白い長毛、黒い顔、そして湾曲した大きな角。山羊たちは首を左右に振りながら、線路の上をゆっくり行進してくる。
 その先頭に立つのは、一際大きな体を持つ雄だった。体高二メートルはありそうで、角は私の腕よりも長く太い。
 こいつだ、と私は思った。こいつが弟を踏み殺した。
 ナフガンの鞘を抜き払い、照準を山羊の額に合わせた。一撃で倒す。それから可能な限り残りの眷属を屠ってやる。
 山羊は私のことなど気にする様子もなく近づいてくる。十メートル、五メートル。いいぞ、もっと来い。
 三メートル。山羊の歩みが、不意に止まった。
 私は照準から眼を離し、山羊を見た。
 どうした、なぜ来ない。臆したか。
 胸の内で声を張り上げ、挑発した。
 と、不意に先頭の山羊が足を折った。その場に傅くように前足を延ばし、頭を下げたのだ。
 その蹄が月明かりを受けて艶やかに輝くのが見えた。
 これは。
 私はナフガンを構えたまま、山羊に近づいた。そして、顔を近づけて山羊の蹄を見つめた。
 蹄には、汚れひとつ見えない。
 おまえ、なのか。
――そうだよ。
 どこからか、声が聞こえた。
――そうだよ。僕だよ。兄さん。
 山羊は静かに顔を上げた。
――僕は死んだんじゃない。本当に在るべき場所を見つけたんだ。
 なぜだ。なぜおまえが……。
――彼らは真の意味で詩人なんだ。彼らから学ぶことは、たくさんある。
 だが、こいつらは足許を汚しているんだぞ。
――それが交換条件。僕が彼らの蹄を磨く。そして彼らは僕に真実を教えてくれる。
 横長の瞳がこちらを見つめ返している。
 私は知らず知らずのうちに涙を流していた。
――許してね。悲しませるつもりはなかった。父さんと母さんには、このことは内緒にしておいて。僕は死んだって思わせておいて。
 おまえは、それでいいのか。
――いいんだ。これが僕の望みだから。
 もう、何も言えなかった。私はナフガンを下ろした。
 山羊は立ち上がった。
――もう、行かなきゃ。山羊は月明かりのある間は移動し続けなきゃならない。
 私は頷き、ホームに登った。
 山羊たちは、ゆっくりと歩きだした。
 私は先頭の山羊に向かって言った。また、会いに来ていいか。
――いいよ。今度は僕の作った新しい詩を聞かせてあげる。たぶん、今までで一番いいものになると思うよ。
 山羊は振り向いた。黒い顔が笑ったように見えた。
 私はホームから山羊たちを見送った。彼らが小さな点になって消えるまで。



太田忠司プロフィール
YOUCHANプロフィール


太田忠司既刊
『星町の物語
奇妙で不思議な40の風景』