「フクロウのよろず相談所」高橋桐矢


(PDFバージョン:fukurouno_takahasikiriya
 カシの木の三番目の枝で、よろず相談所の看板を掲げるフクロウの元に、一羽の若いツグミがやってきました。
「ここに来れば楽になるって友達に聞いて来たんだけど。『よろず相談所』ってここかい」
 そう言いながら、若いツグミは辺りをせわしなく見まわしました。フクロウがこたえます。
「はいはい、そうともいいますな」
 ツグミは値踏みするようにフクロウに目を向けました。フクロウは、できるだけ体を丸くしてにっこりとわらいかけました。
「わしはなんのとりえもないただの世話焼きのおじさんですよ。どうぞお気を楽に。さあさあ、こちらにどうぞ」
 フクロウは、小さなツグミにちょうど良い太さの枝をすすめました。枝に留まったツグミは、ぶるっと羽をふるわせてから、くちばしをかちかちと鳴らしました。
「どうなさったんです。何かお怒りのようですな」
 フクロウの問いかけに、ツグミは羽毛をさかだて、さっきより大きくぶるぶるっと全身をふるわせてもだえました。
「どうもこうもねえよ。おれはもう悔しくて。2年生まれのあいつは俺の鼻先をかすめてゴールしやがった」
 ツグミは、仲間のツグミと速飛びで競って負けた話をしました。
 語っているうちに、思い出して余計に悔しくなったのか、自分の留まった木の枝を、激しく突き始めました。
 フクロウは、ツグミの話を聞き終えて、
「そりゃあ、悔しかったでしょうなあ。ツグミさん。しかし」ふと思い出したようにたずねました。「速飛びなら、もっとずっと速い鳥がいるでしょう。タカはどうです? ひゅんと速いタカを見て、それほど悔しく思いますか?」
 木の枝を突いていたツグミが、顔を上げました。
「何言ってんだ。タカはツグミより速いにきまってんじゃねえか」
「悔しくないんですね? 同じ鳥なのに」
「タカとツグミは違う。比べても意味がねえ」
「それじゃ、2年生まれのツグミと、今年生まれのツグミさん、あなたも違うでしょう」
 ツグミは、丸い目をぱちくりとしばたきました。
 フクロウは、ちょっとだけ声を低めて言いました。
「今年生まれのツグミさん、あなたは、巣立ったばかりの口の黄色いひよっこツグミよりは速いはずです」
「そりゃそうだけど」
 小さな羽虫がひらりひらりと二人の間を飛んでいきました。羽虫につられて回した首を、ぐるりともどして、フクロウはこほんと咳をしました。
「あの羽虫よりも、あなたのほうが速いでしょう」
「あんな虫より、おれのほうが何倍も速いさ」
 ツグミは胸をふくらませました。
「そうでしょう、そうでしょう。ところであなたよりもわたしよりもずっと速いタカは、こないだここに来てわたしに、夜目がきかなくてちっとも見えないってぼやいていましたよ。暗いところで見ることにかけちゃ、わたしも自信がありますからね。夜ならタカにも勝てるかも」
「知らねえよ、そんなこと」
 ふてくされた口調ながら、来たときよりはずいぶんリラックスした様子のツグミに、フクロウは、にっこりとわらいかけました。
「あなたより速い鳥、生きものはたくさんいますよ。だけどあなたより遅い鳥や生きものもたくさんいる。だから、あなたは速いけど、遅い。遅くて速い」
「おれが……遅くて速い?」
 フクロウは大きくうなずきました。
「ええ。なんでもそうです。大きいは小さい。小さいは大きい。綺麗は汚い。汚いは綺麗」
 一瞬、ツグミのきょとんとしたその顔に、じわじわと不満そうな色が広がっていきました。
「なんだよそれ。ただの気の持ちよう、って話じゃねえか」
「そうともいいます」
「けっ、うそで丸めこもうとしやがって」
「違いますよ」フクロウは首をふって、ぐぐっとツグミに詰め寄りました。「本当のことです。速い遅いも、大きい小さいも、何かと比べてはじめて決まるんです。あなたはミノムシよりは大きいが、タカよりは小さい。あなたは大きくて小さい。遅くて速い。ウソじゃない。本当のことです」
 ツグミの留まった枝のすぐよこで、小さなミノムシが糸の先にぶらさがって、風にゆらゆらゆれています。
 ツグミは、ミノムシをちらと見て、うーんと考えこみました。
「てえことは、自分が何かによって、世界も百八十度変わるってことなのか?」
 目を半分閉じて、一生懸命考えています。
「そんで、おれが決まれば世界が決まる。とすると逆に世界が、おれが何なのか決めてるっても言えるよな」
「そうですそうです!」
 フクロウは何度もうなずきました。
「あなたの周りの世界は、小さなミノムシがゆらゆらゆれていて、あなたよりずっと速いタカがいて、ちょっとだけ速い2年生まれのツグミがいて、そして仲良しの女の子ツグミが、悩むあなたによろず相談所に行けばいいよってすすめてくれて、だからここにいるあなたは、ほかの誰でもないあなたなんです」
 木の葉がうなずくようにさや、さやと鳴りました。フクロウは、言葉がツグミの中の世界を変えていくのを、じっと待っていました。
 ミノムシがゆらゆらゆれて、羽虫がひらりひらりと飛んでいきます。
 しばらくして
「ところでさ」と、ツグミは横を向いたままたずねました。「さっき言ってた、女の子のことだけど。ええと何かほかに言ってたかい」
「ええ、はいはい。あなたのことを心配してましたよ。きっとあれは好きなんでしょうな。間違いありませんよ」
「え? 女の子が誰を好きだって?」
「あなたですよ! ほかのだれでもない、今わたしの目の前にいるあなたです」
 フクロウの言葉に、ツグミはクチバシをぱくぱくさせてから、なにやらあわてて、ささっと羽つくろいをしました。
「まあ、ともかく。おれはおれだ」
「そうですよ」
 いつのまにか、ツグミはさっぱりすっきりとした顔をしています。もぞもぞしながら、照れ笑いがこぼれました。
「へへっ。なんだか、うまく言いくるめられたような気もしないでもねえが……まあいいや。とにかく元気が出たよ。ありがとう。フクロウのおじさん。じゃあな」
 若いっていいなあ、とフクロウは微笑ましく思いました。
「いいえ、どういたしまして」
 若いツグミが、飛んでいった後も、フクロウは、満ち足りた気持ちでじっとしていました。太陽が西に傾き、もうすぐ日が暮れようとしています。
 そろそろ店じまいをしようかと思ったそのとき、ばさばさと羽音がして、フクロウの奥さんがやってきました。
「あんた、またこんなとこでぐずぐずして。今日のばんごはんを早く捕りに行ってきなさいよ」
 奥さんにせかされて、フクロウは、丸い頭を肩にうずめて小さくつぶやきました。
「今行こうと思ってたところなのに……」
 奥さんはフクロウをじろりとにらみつけました。
「遅いのよ。あんたなんて、何のとりえもないただのおせっかい。ひがな一日くだらない講釈たれてるだけでクソの役にも立ちゃしないんだからね」
「そこまで言わんでも……」
「人の世話焼いてるひまがあったら、もう少し早くうちに帰ってこられないの。昨日だって、ゆっくり話する間もなく寝ちまって」
「そうかそうか」
 フクロウが、ぐるぐると首を回すと、奥さんは、夫を罵倒する悪妻から、夫の帰りが遅くて寂しがる妻に、ぐるっと入れ替わりました。
「分かりましたよ。はいはい」
 奥さんはまだ、つんと横を向いています。
「じゃあ、一緒にばんごはんの獲物を取りに行きますか。今日はこれで店じまいです」
 フクロウは、よろず相談所の看板を、くるりと裏返しにしました。

終わり




高橋桐矢プロフィール


高橋桐矢既刊
『ドール
ルクシオン年代記』