「コントロール」山口優

(PDFバージョン:konntorooru_yamagutiyuu
 大学時代の友人、絵縫(えぬ)が私に連絡してきたのは、ちょうど、私が誰かと飲みたくてたまらないときだった。
 大学院を出て、お互いに職を得てからは特に、絵縫は滅多に私に連絡しないし、私の誘いにも応じない。共通の友人に聞いてみても、みな、絵縫からはそんな反応しか返ってこないという。
 それだけ仕事が忙しいのか、或いは友人というものにそもそも興味がないのか。
「多分人間よりも人工知能に興味があるんだよ、あの娘(こ)は」
 誰かがちゃかすようにそう言っていたのを思い出す。
「やあ、来たね」
 居酒屋の奥のカウンター席で、絵縫は私の姿を認め、少し手を上げて合図した。
「珍しいね、絵縫の方から誘うなんて」
「ちょっとした祝杯さ。君に誘われていたのを、この前断っちゃったのが心残りでもあった」
「誘ったのは私だけ?」
「まあね。君は一番口が堅そうだし」
 そう評価されるのはありがたいことだが、二人では女子会という風情でもない。
「それは、どうも。祝杯?」
 何かあったのだろうか。
 こちらはそれどころではないが、相手が良い気分なら、こっちは愚痴を垂れ流しても良さそうな気がした。
「ちょっとした研究が成功したんだよ」
 絵縫は「ちょっとした」と言ったが、言語が控えめな彼女がそう言うということは、何かがかなりうまくいったのだろう。
「――テクノトレードの自動化に成功した。今日から稼働してる」
 声を潜め、絵縫は言った。
 テクノトレード。技術融通とも訳される。特許等の技術資産を公開市場で取引することを言う。更なる経済成長の為のイノベーションの促進、という名目で、我が国や他の先進国で数年前から実施されているものだが、今ひとつ取引が活発化しないことが課題とされていた。
 絵縫が勤めているのは証券会社の数理解析部門だが、彼女の会社もたしか、多くの同業他社の例に漏れず、技術融通事業に進出していたはずだ。自社で特許取引仲介をして利益を上げるだけなく、今「買い」の特許を推薦する業務もやっている。
「でも自動化は難しかったんじゃ……」
 私は指摘する。株取引の自動化ならかなり前から実施されており、大手証券会社では、数マイクロ秒という、人間には全くついていけないスピードで大量の株を売買しているが、それはあくまで精密な過去の取引パターンの分析があってこそ。次々と新しい技術特許が上場される技術融通市場では、参照可能な過去のパターンは得にくい。
「ああ。難しかったさ。就職以来そいつを任されてね、君等の誘いを断り続けたのもそれが理由。最初は株と同じように、何とか過去の取引パターン分析を実現しようとしたけど、もうそれは諦めた。代わりに一つ一つの技術特許が人間社会に与え得る影響を分析する方向に舵を切ったのさ。そしたらうまくいった」
「簡単に言うね」
「人間の脳の解析が進んだおかげ。それで、人間が何を望むか、という観点から分析することがかなり簡単になった」
 絵縫はにこにこしている。
 友人としては嬉しいが、ちょっと悔しくもある。私の問題だ。私の方は、ちっともうまく行ってない。卒業以来、友人に誘われてとあるスタートアップのCTOをしているが、そのスタートアップが掲げる技術コンセプトが、全く受け入れられないのだ。原理としては単純なもので、ユーザが集中しているときの脳磁図パターンを読み取り、それを高い精度で経頭蓋磁気刺激法により再現してやるもので、ウチは人口に膾炙することを狙って「やる気スイッチ」という名前をつけて売り出そうとしている。
 だがその製品化には結構な投資が必要だ。「やる気スイッチ」の特許権の五割は分割して特許市場に上場してある。この技術の共同出資者を募るためだ。
 だが、鳴かず飛ばず。買い手がつかない状態が続いている。
 どうやら、「自分を機械にコントロールされる」という誤解に基づく風聞を恐れ、こういう技術は投資家から敬遠されているらしい、とウチのPR担当は言っていた。
 それは事実だが、その機械をコントロールするのは自分だ。何の問題もないではないか。
 私はそう思うのだが、人間社会とは難しいものだ。
 素晴らしいユーザーエクスペリエンスを提供できるものなのに。
 そして、私はこんな状況なのに、絵縫はうまく行っている。
「それは良かったね」
 素直に絵縫を賞賛できない私がそこにいた。
「でもさ。その技術って、機械に技術投資の方向性を決めさせるってことでしょ。機械が未来の技術を決めてしまうことにならない?」
 つい、批判するような口調になってしまう。
「何言ってるのさ。それをコントロールするのは人間だよ。何の問題もない」
 絵縫は微笑んで、どこかで聞いたようなことを言う。
 そういうものかな。
 私は絵縫に更に反駁しようとしたが、それは、自分がうまくいかない憂さを相手で晴らすことに他ならないことも自覚しているから、そこでやめておいた。
 どうにもならない思いを、生ビールで喉の奥に流し込む。
 そのとき、胸ポケットに入れておいた携帯端末が振動する。画面にはウチのスタートアップのCEOの名前。といっても学生時代の同期だが。
「はい」
 出た。
「――すぐに来てくれ。テクノトレード市場がすごいことになってる。大手が数社、ウチの特許を買い占めて、共同出資に合意してくれた。これから彼等とミーティングだ。それじゃ」
 私の返事も聞かず、CEOは通話を切ってしまう。
「どうしたの?」
 絵縫が聞いてくるので、私は早口に状況を告げた。絵縫はにっこりと笑う。
「恩を着せるわけじゃないけど、ウチのお陰かもね」
「多分そう」
 私は頷く。こんなに急に事態が変わるなんて、そんな可能性ぐらいしかない。
「そりゃよかった。人間には分からなかったみたいだけど、機械には君達の技術の価値が分かったってことさ。さ、行っておいで。お祝いに、ここの勘定はオゴリだ」
「ありがとう!」
 私は絵縫に笑顔で微笑み、バッグをひっつかんで居酒屋を飛び出す。
 この古びたバッグも、新しいのに買い換えられるかもね。
 そう思いながら星空の下を歩き出したときにはもう、絵縫に対して私が反駁した内容とか、私たち自身のスタートアップに寄せられていた懸念などは、すっかり頭になかった。



山口優プロフィール


山口優既刊
『アンノウン・アルヴ
―禁断の妖精たち―』