「ザイオンズ・チケット・トゥー・マーズ3」伊野隆之

(PDFバージョン:zionstickettomars03_inotakayuki

「ご依頼の者の身柄を確保しました」
 カザロフの後任の保安主任、マスチフは、これ見よがしの武器を身につけたフューリーを義体に使っている。頭の方は見かけどおりで、あまり優秀とはいえないが、ちょっと荒っぽいくらいが、今の状況にはちょうどいい。
「独房に入れておけ。逃げられないように、両手両足を、しっかりボルトで固定してな。取り調べは俺が自分でやるから、誰も入れるなよ」
 オクトモーフにダウンロードしたザイオンを監禁した独房だった。逃亡ルートになったダクトの補強は終わっており、もう、どんなタコでも逃がさない。柔軟性のないケースであれば、なおさら逃亡の可能性はない。
「ポンコツ野郎は、がっちり固定しておきます」
「武装解除は大丈夫か?」
「スキャンは終わってます。念のため、もう一度調べますが、特別なものは何も持っていません。おとなしいもんです」
「油断するなよ」
 地表との通信を終えたマデラは、執務室の机に向かって一息つく。カザロフからどうやって情報を引き出すか。身柄確保のために強行な手段を使った以上、ちょっとした報酬で情報を引き出せるとは思わないし、拷問するにもケースの体に十分な苦痛を与えることができるかどうかわからない。けれど、魂(ego)のバックアップはあっても、現在の魂を失うこと対する恐怖はあるはずだ。
「地表に降りる。至急、手配してくれ」
 マデラはセクレタリーに声をかけた。カザロフを尋問するには、ザイオンの時同様にボッドを使う手もあったが、機能の劣るボッドでは、相手の言葉や仕草の微妙なニュアンスをとらえきれない。ザイオンの尋問がうまくいかなかったのもそのせいだったかもしれない。義体を手配してエゴキャストする手もあったが、前のバージョンのマデラに起きたことを思えば、慎重には慎重を期した方がいい。
「二時間後に出発するエレベーターの席を手配しました。一等コンパートメントです」
 金星大気の上層部に浮いているノースポールハビタットから、地表へと降りるエレベーターである。
「それから、そうだ。素直な気持ちになれるようなものがあるといいな」
「マデラ様がお使いになるのですか?」
 マデラはがっくりとうなだれる。標準装備のセクレタリーに想像力はない。
「どうでもいいが、ちゃんと効くやつにしてくれ。気分が軽くなって、知っていることは正直に話したくなるようなものがいい」
 苦痛と恐怖だけに頼ったザイオンの尋問は失敗だった。同じ失敗を繰り返すわけにはいかない。
「それでしたら、オネスティはいかがでしょう?」
 ……誰かにあなたの想いを伝えたい。オネスティはそんなあなたを応援します。臆病な心を解き放ち、勇気を持って素直な気持ちを伝えたいときに……。
「こんなものしかないのか?」
 長々と続きそうなPRフレーズを押しとどめる。
「あまり、人気のないカテゴリーですし、非意図的な情報漏洩に伴う訴訟も起きています」
 マスチフに指示すれば、もっとちゃんとしたものを探し出してくるだろう。けれど、ザイオンのことはマデラ一人の秘密であり、他のだれかに疑われるようなことがあってはいけない。忠実な犬のようなマスチフだとしても、あまり関係者を増やしたくなかった。
「役に立つかもしれない。パッケージ化してくれ」
 ないよりはいいだろう、というのがマデラの判断だった。
「今、プレインストールして、待機状態にしておくこともできますが」
 改めて肩を落とすマデラ。マデラ自身が使うわけではないのに、セクレタリーには考えが及ばないのだ。
「言われたことをやれ。おまえは余計なことは一切言わず、俺の指示に従えばそれでいい」
 不愉快そうなマデラの一言は、セクレタリーの意志決定アルゴリズムに決定的な影響を残す。
 もちろん、マデラはそのことに気づいていない。

 タージは、ノースポールハビタットのスペースポートにあるホテルの一室で、ヴィーナスポートへと向かうシャトル便を待っていた。まるで、タージを護送しているかのように、テーブルを挟んだ向かい側のソファには、磨きあげられたようなボディのケースが座っている。
「緊張する必要はない。タイミングがくればわかる」
 そう言われても、緊張が簡単にほぐれるはずはない。なぜ、こんなところに、見知らぬケースといるのか。その上、まるでタージの正気をモニターしているかのように、タージはテーブルの上の小さな機械につながれている。
「心配はいらない。本当に臆病なヤツだな」
 タージは混乱していた。飛び飛びの記憶のどこかで、出会っているのかもしれないが、思い出すのは、いつも漆黒の凶々しい翼を広げたインドラルの姿だけで、黄色い瞳を思い出すだけで記憶を辿ろうという意欲が失せてしまう。
「……私はどこかに連行されるのでしょうか?」
 ありったけの勇気を振り絞り、かろうじて言葉を絞り出す。
「落ち着け。私はおまえのボディガードのようなものだ。ここでの安全は保証する」
 タージは、ない首をいっそう縮める。
「何をおびえている。俺が怖いか?」
 ケースの言葉には、面白がっているようなニュアンスがあったが、擬似人格にすぎないタージには、そこまでは聞き取れない。
「……めめめ滅相もございません」
 体表の色胞は萎縮し、全身が青白くなっていることだろう。本来なら、自由に扱える身体機能すら、今のタージにはままならない。ザイオンの仮面にすぎないタージは、とことん臆病に作られている。
「今はゆっくりしているがいい」
 ソファでタコらしくなくかしこまったタージは、テーブルに無造作におかれたトランスミッターを介し、分厚い大気で隔てられた地表とつながっている。
 一方、ザイオンは、地表のケースと接続した状態で、マデラの到着を待っていた。ケースからのインプットを視覚と聴覚に絞った状態で、緩やかに接続している。視覚インプットは、なじみのある部屋を映していた。
 薄暗い照明にむき出しのコンクリート、天井を走るダクトには金属の格子が後付けされている。標準仕様のケースの視覚はオクトモーフに比べて劣っており、必ずしも記憶している部屋と同じようには見えていなかったが、確かに同じ独房だった。なにより、大気の上にいながらにして独房の中にいるケースにアクセスできている。情報遮蔽が当然の独房に、ちょっとした細工ができたのは、カザロフの協力があってこそだった。
 ザイオンは、ケースの身体感覚を遮断していた。さもなければ、苦痛でまともに考えることもできなかったろう。視野の隅で点滅している赤いアイコンは、ケースのボディに生じた重大な障害で、両腕と両脚に機能を失うような破損があることを告げている。何とか首をひねると、金属の腕には太いボルトが無造作に突き立てられているのが見える。広げた手のひらにも太いボルトが打ち込まれ、妙な方向を向いた指先は動かない。この義体はもともと中古品を安く買いたたいたもので、さほど惜しくはなかったが、こうなっては部品取りに使う以上の価値はないだろう。
 ザイオンは、改めて独房のドアを見る。まるでアクセサリーのように武器を身につけたフューリーが現れるとは思わなかった。カザロフの後任者の仕事は、このケースの体を確保した時点で終わったはずだからだ。かつてザイオンを拷問したボッドが現れる可能性もあったが、ザイオンの尋問に失敗した経験から学んでいたとしたら、機能に限界のあるボッドを使うことはないだろう。前のバージョンのマデラの身に起きたことを考えれば、新しい義体にエゴキャストしてくる可能性も低い。
 マデラ自身が姿を現すはず。さもなければ、ザイオンの計画は失敗したと言うことだ。
 ザイオンは、ケースの目で閉じられた独房のドアを見つめていた。

「惨めな姿だな。立場をちゃんとわきまえないからそうなるんだ」
 マデラの目の前には、はり付けにされた金属のボディがある。マスチフが乱暴に扱ったらしく、手足には太いボルトが何本も突き刺さり、ケースの体をがっちりと固定している。以前はきれいだったボディにも、大きな傷やへこみが目立つ。
「こんなことをしてどうするつもりだ?」
 目の前のケースが言った。
「手荒なまねをしてすまなかった。だか、苦痛はいくらでも遮断できたはずだ。不愉快な思いをしたとしたら、君の判断の間違いだよ。ケースのボディでフューリーには太刀打ちできない」
「さほど抵抗したつもりはないが、ずいぶんと手荒に扱ってくれたよ。これでは修理に出しても元には戻らない」
「そんなスクラップはさっさと脱いで、新しい義体にすればいい。私の申し出はまだ有効だよ。火星に行くには、どうせ邪魔な義体だ」
「俺はこのボディで行きたいと言ったはずだ」
「なぜそんな義体にこだわる。おまえのようなケースが、客として金星を出るなんてことはあり得ない。あり得ないんだよ!」
 突然、予期しない衝撃がおそった。それが痛みだと気づく前に、ケースの意識が途切れる。
「さて、十秒というところだな。どうだった、ちょっとしたシャットダウンの経験は?」
 マデラの手には棍棒のようなものがある。
「暴動鎮圧用の小道具だよ。ちょっとしたパルスが直接電子回路に負荷をかけ、シャットダウンさせる。すぐには決定的なダメージにはならないが、繰り返すと回復できなくなるかもしれない。今は公社を離れているとはいえ、いろいろと貢献してくれた君に、手荒なことはしたくないんだが、分不相応な要求をするから、こういうことになる」
 衝撃。シャットダウン。
「どうだ、そろそろ情報提供する気になったか?」
「俺にはバックアップがある。こんなことをしてただですむと思うなよ」
「そうだな。おまえのバックアップが、私と会うことを知っていたら、多少は問題になるかもしれない。だが、バックアップしたのはいつだ?」
 バックアップをするのもただではない。はり付けにされたケースはみすぼらしく、頻繁にバックアップできるようには見えなかった。
「いいところに気づいたな。そうだよ、俺のバックアップは今の状況を知らない。だが、同じようにおまえが探しているタコのことも知らないんだ。俺に何かあればあのタコの情報は失われる。それでいいのか?」
 衝撃。ブラックアウト。自己診断と再起動のプロセス。
「回復にちょっと時間がかかったな。そろそろ危ないかもしれない。まあ、おまえのバックアップが起動されたら、今度は俺が雇ってやることにしよう。正当な対価を払ってな。もっともその貧弱なブレインから情報のサルベージに失敗した場合の話だが」
「サルベージはあきらめろ。俺がシャットダウンした瞬間に、情報は消去される」
「通常の保安措置だな。だが、おまえのバックアップなら同じことができるはずだ。ちゃんと調査のヒントももらってあるしな」
「ああ、俺ならできるだろうな。でもその前に、このバージョンの俺に何があったのか調べるはずだ。前のバージョンのおまえがどうなったのか気になったろ?」
 その言葉にマデラの顔色が変わる。
「なぜそのことを知っている? この俺をどうした?」
 前のバージョンのマデラの死。ロジカルには今のマデラと関係ないはずなのに、恐怖は論理を超越する。
「何をやったんだ。黒幕は誰だ。誰が俺の足を引っ張ってるんだ?」
 息が荒くなり、瞳孔が開いている。
 ……心拍が冗進し、強度の興奮と緊張状態にあります。いつものオーシャンブリーズの処方(インストール)を推薦します……。
「うるさい、黙っていろ!」
 セクレタリーの提案を、声を荒げて一蹴する。
「なぜだ、なぜおまえが俺の邪魔をする!」
 マデラがケースに向けて棍棒を振り上げたその瞬間だった。
 突然、マデラの手が止まる。
 セクレタリーを介した通信だった。
 ……マデラ様、ノースポールハビタットのノイアズ様より、借入金を繰り上げ返済したいとの連絡がありました。返済を了解してよろしいでしょうか?
 執務室にいたら、少なくとも顧客管理データベースの確認を行っていただろう。そうしていれば、契約の解除にマデラの同意を必要とするノイアズとの契約の異常さに気づいたはずだ。けれど、マデラがいるのは地表で、執務室の環境はここになく、契約の詳細はわからない。捕えたケースとの会話に割り込むセクレタリーにいらついていたマデラは、声高に怒鳴り返す。
「誰だ、そんなヤツは。こっちが片づくまで待たせておけ」
 ……お待ち頂くよう連絡しましたが、ノイアズ様は、既に内諾があるとおっしゃっております。
 前のバージョンのマデラだ。間抜けなマデラ。危険を冒して死んだマデラ。
「俺は知らん!」
 タージというタコもそうだが、公社以外の誰もかれもがマデラとの契約を終わらせたがっているようにも思えた。だから、内諾などと言う中途半端なことをしたのか。そんな疑問が一瞬だけマデラの脳裏に浮かんだ。
 ……顧客管理データベースには了解済みの記録がありますが……。
「それならさっさと片づけてしまえ。そんなことで俺を煩わせるなッ!」
 セクレタリーを遮りマデラが言う。
 ……了解しました。繰り上げ返済を承認します。
 地表に降りる直前の指示がなければ、マデラのセクレタリーはノイアズが特別な顧客であることを指摘していただろうし、顧客管理データベースの記録が蓄積されたマデラ自身の行動記録と一致していないことも報告しただろう。けれど、マデラの指示は、余計なことを一切言わず、指示に従えというものだった。
 繰り上げ返済の同意は、セクレタリーを通じてザイオンに伝わる。元々高額だったオクトモーフの代金に、法外な金利が上乗せされた額が営業区の口座に振り込まれ、ザイオンの魂(ego)が負っていた負債は、一瞬でゼロになる。
 ザイオンの負債が消える。つまり、金星を出る時点でマデラに連絡が行くことはないし、マデラはもうザイオンの出国を止められない。
 マデラは肩で息をしていた。普段、運動とは縁がないのに、むやみに棍棒を振り回した結果、息が上がっている。
「さあ、つまらない用事が片付いたところで、続きを始めようか。俺のタコはどこで、俺の足を引っ張っているヤツは誰だ」
 手にした棒で、磔にされたケースの胸のあたりをつつくマデラ。
「まだ気がつかないのか? やはり、おまえは三流以下のエージェントだよ。今、契約を解除したノイアズが誰かよく考えるんだな」
 ……NOIAZ。マデラが首をひねる。
「おまえが契約に使った私の名前だ」
 ……ZAION。
「私を覚醒させてくれたことには礼を言う。だが、欲の皮は突っ張らせない方がよかったな」
 その一言を最後に、マデラの前のケースは沈黙する。

 タージの意識をシャットダウンし、ザイオンが立ち上がる。ザイオンは、地表のケースとの接続を断っている。
「ヤツの顔を見たかったな」
 ザイオンの横で、地表に残してきたケースより遙かに状態のいいボディのカザロフが言った。
「今頃は、自分の間抜けさ加減に唖然としているはずだ。それとも、まだ状況が飲み込めていないか」
 きっと後者だろうとザイオンは思う。マデラの魂が再起動される前に、ザイオンが何を仕組んだのか。マデラがすべてを理解するには、顧客管理データベースへのアクセスログを調べる必要があるだろう。
「セキュリティの観点からすれば、奴は、なぜ前のバージョンの自分が殺されたのかを、落ち着いて考えるべきだったな」
 マデラの魂(ego)をダウンロードしたインドラルの義体から、ザイオンは顧客管理データベースへのアクセスキーを手に入れていた。もちろん、マデラとの契約そのものは変更できなかったが、契約内容を詳細に確認することもできたし、契約解除に内々に同意したという記録も書き込むことができた。
 マデラの同意を得るまで、ぎりぎりの綱渡りだったが、ザイオンには勝算があった。目の前の餌に釣られたマデラは、自分自身をコントロールできない。だからこそ、ザイオンがコントロールできた。
「さあ、ヴィーナスポート行きのシャトルの時間だ」
 ザイオンの一言で、ゲートに向かう二人。
 金星では最下層に属するアップリフトのタコと、磨き上げているとはいえ義体としては最下級のケースが肩を並べて向かったのは、シャトルのファーストクラスの搭乗口だった。あわてて二人の行く先を阻もうとした係員は、提示されたチケットを見て目を丸くする。
 ファーストクラスのチケット。
「シャンパンを積んであったら、コンパートメントまで運んでくれ。ちょっとしたお祝いでね」
 タコの味覚からすれば、シャンパンは美味くも何ともないが、お祝いはするべきだろう。ビジネスでは、そう言った節目を大事にしなければならない。
「俺は付き合えないぞ」
 カザロフの不服そうな呟きを、ザイオンは無視する。
 タコの体で歩きながら、ザイオンは、次の一歩を見据えている。
 火星は、まだゴールではない。






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伊野隆之プロフィール


伊野隆之既刊
『九十九神曼荼羅シリーズ 
海から来た怪獣』