「ゼロ」山口優

(PDFバージョン:zero_yamagutiyuu
「我に続け。進路一時仰角三〇」
 絵留(える)少尉の搭乗機が複雑な運動パターンとともにそう告げる。量子テレポーテーション暗号通信システムは、彼女と私の機が共有している量子エンタングルメントの射影情報によってその通信を復号した。
 一斉に飛行隊はその進路へ向かう。星々だけが観戦する、漆黒に近い闇の戦場。飛行隊の各機の機影が、星の光の中、鈍く浮かび上がる。軽快な運動性と高い航続性を併せ持つ美しい機体たち。伝統的な紀年法に則って、二〇四〇年に制式化された我々の機は、「ゼロ」と通称される。
 前方で瞬く光が、一瞬で通り過ぎる。
 刹那の戦闘。
 私の機は三発の反応弾を敵機に叩き込み、一発を受けそうになったがぎりぎりで回避した。我が飛行小隊の損害はなし。だが我が戦闘爆撃隊全体では、七機の損害。
「第二、第三、第五小隊でそれぞれ二、三、二機がやられた。隊司令は『このまま攻撃続行』の判断だ。目標割り当て、我が隊は標的イ、ハ、ニ。全武装開放」
 我が第一航宙戦隊所属、第二〇三戦闘爆撃隊は、敵艦隊発見の報を受け、急遽出撃した。総勢五〇機五〇名。搭乗員(パイロット)五名、機人搭乗員(アンドロイド・パイロット)四五名。私は後者、機人搭乗員の一人。名はレイ。第二〇三の第一飛行小隊に属する。率いるのは我等が絵留少尉だ。
「レイ、お前と私で大物を狙うぞ――標的イ、多分宙母だ」
 少尉は個人回線で通信してくる。多重量子テレポーテーション通信の幅広い帯域は、彼女の緊迫した息づかいまで伝えてくる。
「了解です」
「うまく行ったら何でもおごってやる――来るぞ」
 相対速度は時速一〇万キロメートル。私の頭脳たる量子コンピュータは、機体のそれと同調、小隊全機の機体のそれらとも連動して敵艦隊の動きを予測し、模擬する。敵艦隊も同じ計算をしている。勝負は一瞬。現状分かる範囲の彼我の情報から、次の刹那にどんな動きをするのか、予め決めておくのだ。
 来た。
 そして終わった。
 我が小隊は全機無事――。だが戦闘爆撃隊全体では、更に一二機がやられた。攻撃は成功。敵艦隊のうち、大型艦艇八隻中、七隻までが戦闘不能に追い込まれた。
 私と少尉が標的とした標的イも、推進剤タンクたる前部氷塊(フロントバルク)――二〇〇メートルのその全長は艦全体の全長二五〇メートルの大半を占める――を我々の上下からの同時反応弾攻撃で、真っ二つに叩き折られた。その内部を貫通する艦上機電磁射出管もろとも。
「やったな」
 上気した少尉の息と共に個人回線でそんな通話が聞こえてきた。
「やりましたね」
 私は答えた。
「……レイ、遅れているぞ」
 不安そうな声。
「はい」
 私は冷静に応じた。
 攻撃が成功した直後だった。標的ワ――駆逐艦と見られる小艦艇が、私の機に正面からレールガンを浴びせてきた。それをまともに喰らい、我が機の前部推進剤タンクは全損、かつ運動量も喪って、敵艦隊中に孤立している。
「離脱しろ――全力でだ!」
 個人回線で命じてきた。
「少尉。私の量子コンピュータには優先順位が予め決められております」
 それは、このような場合、敵艦に突撃することを意味した。少数精鋭の我が軍は将兵の命は大切にする。だが私は将兵ではない。ただの武装だ。私が敵に撃ち込んだ反応弾と、本質的には同じ存在だ。機人搭乗員を介さず、量子コンピュータで直接制御される敵機も、同じ状況になれば同じ動作をするだろう。
「だが例外があったはずだ」
「味方の人間の命は更に高い優先順位にあります。ですが既に全ての味方搭乗員は無事離脱している」
 少し、間があった。といってもゼロコンマ数秒だろう。
「レイ、お前が好きだ。お前が死んだら悲しみのあまり私は自殺する」
 少し震える声音。だがはっきりとした声だった。
「え……」
 私の量子コンピュータは、多分そのとき狂った。激突を覚悟し、正面に捉えていた敵艦を全力で回避した。更に予備ロケットモータを全て全開で噴かし、急速に敵艦隊領域から離脱する。
「よし、離脱したか」
 冷静な少尉の声。
「あの、先程の言葉は」
「ふん――方便だよ。お前は優秀な部下だからな。喪ったら痛手だ。ずっと一緒に戦え。命令だからな」
 上擦った声音のまま、少尉はそう教えた。
 私の感情推定エンジンは、少尉の声音から、その言葉は嘘に近いと告げていた。
 だが、どちらが嘘だっていいじゃないか。私は思い做(な)した。
 またずっと少尉と一緒にいられるのだから。



山口優プロフィール


山口優既刊
『アンノウン・アルヴ
―禁断の妖精たち―』