「死にかけのカエル」高橋桐矢


(PDFバージョン:sinikakenokaeru_takahasikiriya
 カエルは、まちがいなく死にかけていました。でもまだ、今は生きていました。足はまったく動かせず、動かせるのは、ヘビの口から出た上半身だけ。
 そう、カエルは、ヘビの大きな口にぱっくりと、足の先から飲みこまれていたのです。小さなカエルならひとのみにされてしまったでしょうが、まるまるとしたお腹の、よく太ったりっぱなカエルでした。
 それが足の先からがっちりとくわえこまれて、どうやっても逃げ出すことはできません。
 少しずつゆっくりゆっくりとヘビに飲みこまれながら、カエルは「はて、どうしたものか」と思いました。
 もう決して助からぬ、しかしまだしばらくはともかく生きているという、この中途半端な状態で、いったい何をすればよいのでしょう。
「どうしたらいいんだろうなあ」
 カエルのひとりごとは、思ったより大きくひびきました。一番近くにいたのはヘビでしたが、口にしっかりカエルをくわえているので、もちろん何の返事もできません。
「どうなさいました、カエルさん」
 緑の葉かげからひょっこりとカタツムリが顔をだしました。
「どうもこうも。今、死にかけているのですよ」
 カエルは、自分の白くまあるい腹を、吸盤のついた手でぺたぺたと叩きました。
「それはどうもごたいそうな」
 カタツムリは、飛び出た目をゆらゆらとゆらして、カエルを見ました。それからヘビの口を見て、ヘビの金色の瞳ににらまれて、びくりとして目が引っこみました。ヘビが口をきけなくてさいわいでした。
 けれどカエルはまだまだ元気でした。
「まったくですよ。どうにもこうにも、いけません。いったいわたしはこんな格好でなにをすればいいんでしょうか」
 目をひっこませたままカタツムリがなかなかこたえないので、カエルはしびれを切らして口を開きました。
「どっちにしろ、わたしはここから一歩も動けないんですからな」
 するとカタツムりがひょいと目をのばしました。
「動けないなら、来てもらえばいいんじゃないでしょうか。友達や会いたい人に」
「おお、それは名案。つきましては伝言お願いできますかな」
 伝言役を承知したカタツムリがのっそりと森のおくにはっていってからだいぶしばらくして……カタツムリはどういそいでもゆっくりなので……、カエルの友達がやってきました。もう日は西にかたむきかけています。
 カエルはお腹の半分くらいまで飲みこまれていました。
 でも友達を見つけて、大きく手を振りました。
「やあやあ、ひさしぶり」
「おお、カエルくん、ひさしぶり。死にかけにしては元気そうだね」
 と、悪友のイモリ。
「また、高飛び競争、したかったです」
 と、後輩のトノサマバッタ。
「よいお天気ですねえ、カエルさん」
 と、ご近所のモグラ。
 友達や会いたい人に会えて、カエルは、できることなら空高く飛び上がりたい気持ちでしたが、できない代わりに声をはりあげました。
「みなさん、これからわたしは一足お先に死んでいくわけですが、最後にみなさんにお会いできて良かった! さあ、ご一緒に歌を歌いましょう!」
 みんなで調子っぱずれな歌を大声で歌います。
 そのくらいでやめておけばよかったのですが、悪友のイモリが調子に乗りすぎました。
「あいかわらずひどいオンチだなあ。ヘビに食われてもオンチはなおらんな」
 カエルは、かちんときて、言い返しました。
「おまえのような毒イモリは、まずくて食えたもんじゃないとさ」
「へらず口がきけないように、頭からのみこまれればよかったのに」
「なんだと!」
 かんかんに頭にきたカエルは、手をふりまわしてさけびました。
「クソイモリめ! 黒焼きにされて食われてしまえ!」
 どなりちらして、あらい息をしながら、ふとあたりを見まわすと、もうだれもいなくなっていました。
 カエルは、大きな口をあけて、深いためいきをつきました。
「なんてこった。イモリのせいで、さんざんな目にあった」
 わざとらしく大きくせきばらいをしてみましたが、なんの返事もありません。
 ただひらひらと緑の葉が風にゆれているばかりです。
 だれもいなくなってみると、今度はがまんできないほどさびしくなってきました。
「わたしなんて、もうすぐ死ぬんだ。死にかけなんだ。死にかけのカエルのことなんて、だれも気にしちゃいないんだ」
 カエルは天をあおいで、さめざめと泣きました。
 泣いているうちにどんどん悲しくなってきて、しまいにはおんおんと声をあげて泣きました。
 やがては涙もかれはてて、カエルは、またひとり、「どうすればいいのだ」とつぶやきました。
「死にかけのわたしはいったい何をすればいいのだ。死にかけてからしたことといえば、友達と会って喜びさわいで、イモリにバカにされて怒って、それから悲しくなって泣いただけ……。喜んで怒って泣いて……なんだ、いつもとかわりないじゃないか」
 カエルはひとり、うなずきました。
 夕暮れの涼しい風がふきました。
「なるほど、死にかけであろうとも、いつもの毎日とおなじなのだなあ。喜怒哀楽……。しかし最後の、楽はなんとも難しい。こんな格好で、楽しくなれるはずもないからなあ」
 カエルのひとりごとを聞くものは、ヘビしかいません。ヘビはゆっくりゆっくりとカエルを飲みこんでいきます。
「わたしは何をすればいいのだろう」
 ヘビの口はカエルの胸のあたりです。
 お腹までぎゅうぎゅうしめつけられて力が入らないので、もう歌う気分にもなりません。
「歌も歌えず、さりとて、話し相手もいないし」
 もう本当に、何ひとつ、することがなくなってしまいました。
 何もすることがないので、仕方なくカエルは、何もしないでいました。
 ただじっと、少しずつのみこまれながら、目の前の葉っぱを見るともなく、ながめていました。
 葉っぱの先には、小さなしずくがついていました。
 小さなまあるいしずく。
 暮れかけて赤く染まった空を映して、しずくにも小さな赤色がゆらめいています。
 葉っぱの先で、しずくは少しずつほんの少しずつ大きくなっていきます。
 落ちそうで落ちない、そのしずくを、カエルはただながめていました。
 時おり、柔らかな風がふき、草がさやさやとなり、しずくがふるふるとふるえました。
 あたりはだんだん暗くなっていきます。
 赤かったしずくが、濃紺に染まってゆきます。
 落ちそう。
 でも落ちない。
 落ちそう……。
 金色の夕日がしずくに一瞬、きらめいて、次の瞬間、ぽたりと落ちました。
 落ちた!
 カエルは、思わず「うふふ」と笑いました。
 特に何がおかしかったというわけでもないのですが、なぜか笑いがこぼれました。
 もう首のところまで飲みこまれていました。
 ヘビがぐうっと口をさらに大きく開けました。
 カエルは「あはは」と笑いながら、ヘビの口の中にすっかりのみこまれていきました。
 ヘビはゆっくりと口を閉じ、それから赤い舌をちょろりと出しました。




高橋桐矢プロフィール


高橋桐矢既刊
『ドール
ルクシオン年代記』