「クマのおじいさん」高橋桐矢


(PDFバージョン:kumanoojiisann_takahasikiriya
 ある年の冬、クマのおじいさんが死にました。夜明けに水を飲みに行って、そのままもどらなかったのです。
 森のみんなが覚えている一番昔から、クマのおじいさんは、おじいさんでした。クマのおじいさんがいくつだったのか誰も知りませんが、とにかく、かなりの年寄りだったことはたしかです。
 クマのおじいさんはいつも、柿の木の根元のくぼみでごろりと横たわって、うつらうつらと昼寝をしていました。
 夏は柿の木の葉かげですずみながら。秋は、ときどきは起き上がって、みんなのために、柿の木をゆらして実を落としてくれました。冬は葉のなくなった木の根元で、ひなたぼっこしていたものでした。
 年がら年中いつもそうしていたので、柿の木の根元の土がクマのおじいさんの体の形に、へこんでいました。
 クマのおじいさんが死んでいなくなって、春になってもなぜか、そこだけは草が生えませんでした。クマのおじいさんの大きくてまあるい体の形に、くぼんだあとが残っています。
 森の動物たちは、ときおりそのくぼみにやってきます。
 今日は、小さなヤマネがきています。ヤマネは、おじいさんの形のくぼみのまわりを、ぐるっと歩きました。
「おじいさん、いつもここにいたんだよなあ……」
 形はくっきりのこっていても、その上に寝ていた黒くて大きくて、優しいクマのおじいさんがいません。
 おじいさんの形のくぼみの中にはなんだかすわってはいけない気がして、そのとなりに、ヤマネはちょこんとすわりました。
「こうして、よく話を聞いてもらったっけ」
 キツネにおいかけられた話、ねぼけて木から落ちそうになった話、フクロウにおそわれそうになった話。心配性で気の小さいヤマネの愚痴や泣き言を、クマのおじいさんは、いつでも聞いてくれたのでした。
 けれどとりたてて役立つアドバイスもなければ、説教もしません。
「いつもただ『ああ』とか『うん』とか言ってるだけだったけど、クマのおじいさんに話すと、なんだか気が楽になるんだよな。でもそういえば」
 ヤマネは、おじいさんと最後に話したときのことを思い出しました。
 ヤマネは、ケンカした友達のリスと仲直りしたいと話したのでした。クマのおじいさんは、横になったまま、「よしよし、大丈夫、まかせておきなさい。わしがなんとかしてやるから」とめずらしく、ハッキリと答えたのでした。
 ヤマネはふうっとためいきをつきました。
「なんだよ。まかせておきなさいって。なんにもしないで、死んじゃったじゃないか」
 結局、友達のリスとは、ずっと仲違いしたままです。おじいさんはもういないし、いまさらどうにもなりません。
 ヤマネは、しばらくおじいさんとの思い出にひたってから、その場を後にしました。帰り際、だれかにひきとめられたような気がして、おじいさんの形のくぼみをふりかえりました。
「また来るよ。おじいさん」
 だれもいないのに、なんとなく、いまでもクマのおじいさんがそこにいるような気がしてしまうのでした。
 ヤマネが次に柿の木の根元のクマのおじいさんのくぼみにやってきたとき、そこには先客がいて、しゃがんで草むしりをしていました。
 振り向いた先客……友達のリスと、ヤマネは目が合ってしまいました。
「あ、きみが草をむしっていたのか」
 ヤマネの言葉に、リスは、決まり悪そうに答えました。
「見つかっちゃったか。まあね。そうなんだよ。なんだか気になってね」
 柿の木の根元には、今も、クマのおじいさんの形のまま、草がはえずに黒々と残っています。その形を見るたびに、不思議だなあと思いながらも、おじいさんがついさっきまでそこにいたような気がしていたのでした。
 今見ると、あちこちに小さな草の芽が出てきています。
「そうか。ぼくも草むしりすればよかったな」
 ヤマネの言葉に、リスは、そっぽをむいたまま言いました。
「今からすれば?」
 ならんでしゃがんで、生えかけた草の芽をぬきながら、どちらからともなくクマのおじいさんの思い出話になりました。
「おじいさんにとってもらった柿はおいしかったねえ」
「おじいさんは、一番やわらかいのを食べていたね」
「ほら、柿のタネがおじいさんの鼻の中に入って」
「ああ! そうそう!」
 そのときのことを思い出して、ふたりはお腹をかかえて笑いました。
 おじいさんの形に草むしりが終わる頃には、リスとヤマネは、もうすっかり仲良しにもどっていました。
 リスが、満足げに言いました。
「またいっしょに草むしりしようね」
 ヤマネはうなずいて顔を見合わせて笑いました。仲直りできた……と思った瞬間、はっと気づきました。仲直りさせてくれたのは……。
「おじいさんだ」
 リスはうなずいて、おじいさんのくぼみをながめました。
「うん。おじいさんがそこにいるような気がするね」
 黒くて大きくてまあるくて、優しかったクマのおじいさん。
 ヤマネも何度もうなずきました。
「うん。きっといるよ」
 おじいさんの形のくぼみを見ていると、確かにおじいさんが今でもそこにいるように思えてくるのでした。
 ふたりは、おじいさんの形のくぼみに手をふりました。
「またくるからね。おじいさん!」




高橋桐矢プロフィール


高橋桐矢既刊
『あたしたちのサバイバル教室』