「空中ブランコ都市」田丸雅智


(PDFバージョン:kuuchuuburannkotosi_tamarumasatomo
 じいちゃんは、ここのところずっと忙しくしてる。だから、学校から帰ってきても仕事に出かけて居ないことがとっても多い。
 こうやって休みの日に鉄工所にやってきたのも、今日くらいはじいちゃんも家にいるだろうと思ってのことだった。
「ばあちゃん、じいちゃんは?」
 鉄工所の二階が、じいちゃんの家になっている。
 ぼくは、台所で割烹着姿になっているばあちゃんに聞いてみた。
「さあ、屋根の上にでもいるんじゃないかしらねぇ。ちょっと外にでて見てみたら?」
「今日も仕事なの?」
「みたいねぇ」
 溶接用のマスクをかぶったじいちゃんは、鉄工所の屋根にのぼって青白い火花をバチバチと散らしているところだった。
「じいちゃん、何やってんのー?」
 大きな声で聞いてみた。バチバチバチッと火花が散る。
「じいちゃんってばーっ!」
「おお、来たんか」
 と、マスクをとってじいちゃんが言った。
「すまんが、もうちょっと待ってくれ。もう終わるから」
 また少しのあいだバチバチバチッとやってから、じいちゃんはするすると梯子を降りてきた。
 一緒に家のなかへと戻ると、ばあちゃんがお菓子を出してくれた。
「すまんかったな。ここのところ忙しくての」
「何の仕事なの?」
「国から、ある壮大な実験の音頭をとるよう頼まれてな」
「国!?」
 驚きで、思わず叫んでしまった。じいちゃんがすごいのは分かっていたけど、国の仕事までやっているとは知らなかった。
「そんなに驚くことじゃない。仕事の価値は依頼主では決まらんからのお」
「でも、やっぱりじいちゃんはすごいや。それで、どんな仕事なの?」
「空中ブランコ都市計画と言ってな」
 その言葉を聞くだけで、ぼくの胸は高鳴りはじめた。
「簡単に言うとじゃな、町のタワーから伸ばしたたくさんの枝の先っぽに、わしらの家をみんな吊るしてしまおうという計画なんじゃ。空中ブランコみたいにな」
 ぼくは、遊園地の空中ブランコを思い浮かべていた。メロディーにのって、くるくるとタワーの周りをいっせいに回る色とりどりの家たちを想像して楽しい気持ちになってきた。
「おもしろそう!」
「ほぉよ」
 と言いながらも、瞬間、じいちゃんはいつになくまじめな表情になって言った。
「じゃがな、おもしろいだけじゃないんだよ。これには大事な役割があってなあ」
「役割って?」
「それはな、地震対策じゃ」
 ぼくの頭はハテナマークでいっぱいになった。
「なんで空中ブランコが地震なんかと関係あるのさ」
「空中ブランコの特徴を考えてみるといいじゃろう」
 じいちゃんは解説をする先生のような口調になった。
「空に浮かぶ……?」
「ほぉよ」
 それが肝じゃと言いながら、
「地震が起きたら、いっせいに家を持ち上げて空中に避難させるというわけじゃ。支えになってるタワーの揺れさえ吸収できれば、家への被害は最小限でくいとめることができるじゃろ? それに、津波なんかの二次災害にも対応できる」
 なるほど、とぼくは思う。それはとっても大事な役割だ。
「じゃから、国をあげての大仕事となっているというわけじゃあな」
 と、じいちゃんの表情は、またいつもの陽気なものに戻った。
「とは言うても、せっかく作るのに普段はまったく使わないというのもあまりにもったいない話じゃろ。だから、これには地震が起こったとき以外にも、おもしろい使い道が考えられている。実際、このシステムは良い働きをするんじゃよ。なんじゃと思う?」
「遊園地に行かなくったって、家を持ち上げて空中散歩ができるね」
「ははは、まあ、近いところではあるがな。答えはこうじゃ。このシステムを使うと、引っ越しが自由にできるというわけじゃよ」
 じいちゃんは得意げにつづけた。
「いまの家というもんは、一度建てたらそれっきり。その土地から動くことなぞできやせんじゃろ。
 たとえばじゃ。会社から遠いところに家を建てた場合には、通勤時間がとってもかかる。当然のことじゃ。逆の場合はどうかな。都会の真ん中に家を建てた場合には、会社は近くなるかもしれんがな、自然にふれるにゃ時間をかけて郊外まで出かけていかねばならん。じつに不便なことじゃ。ほかにもな、たとえば転勤で職場が家から遠くなってしまったら家はそのまま空き家になってしまうじゃろ。そういう問題をぜんぶ解決してしまうのが、このシステムというわけなんじゃよ」
「家ごと引っ越しするってこと!?」
「ほぉよ。このシステムを使ったら、原理的には家は土地に縛られずいつでも自在に空を飛べる。となると、平日は学校や会社の近くに住んでおって、週末になると潮騒の聞こえる海辺とか、自然たっぷりの山奥なんかに気分次第で自由自在に引っ越すなんてことも可能になるわけじゃ。ハウスシャッフルじゃな」
「でも、みんながみんな、同じ場所に引っ越ししたいときはどうするのさ」
「さすがはわしの孫、良い質問じゃ。そのあたりの統制はある程度は必要じゃあな。平日は町の中心に、休みの日は郊外に引っ越したいというもんが多くなるということは十分ありうる。しかしだな、だいたい人間というのは自然の中でゆったり過ごすことを望むもんもおれば、町に繰りだして刺激あふれる生活を送りたいというもんもおるもんじゃ。つまりじゃ。バランスなんてもんは放っておいてもそれなりにうまくとれるもんなんじゃよ」
「ふぅん」
「それでじゃ」
 じいちゃんが目を輝かせて言った。
「その都市計画の実験が、まさに今からはじまるというわけなんじゃ」
「今から!?」
 突然の展開に、ぼくはびっくりしてしまった。
「さっき、最後の溶接作業が完了したからな。ほら、外を見てみなさい」
 じいちゃんは窓のほうを指差した。ぼくはそこから外をのぞく。
「空じゃ」
「空? 何にもないけど」
「よく見てみなさい。傘の骨みたいに広がった棒が何本も空を走っているのが見えるはずじゃ。空と同じ色をしてるから分かりにくいがな」
 そう言われてよく目を凝らすと、鉄骨のような太い輪郭がうっすら見えるような気がした。
「あれがさっき言うとった、家を吊るすための空中ブランコの枝にあたる部分じゃよ。あのひとつの先っちょから垂れておるカーボン製の頑丈な糸が、この鉄工所ともつながっておってな。ぐいっと動作ひとつで空へと引き上げてくれるんじゃ。もちろん、鉄工所はいつでも地面と切り離せるよう事前に改造しておるぞ」
「でも、どうしてその枝の部分はこんなに見えにくいの? ほとんど空の色と変わらないじゃん」
 ぼくは興味本位で聞いてみた。
「空に何本も筋があると気になるじゃろ。だから、目立たないよう光学迷彩の技術を使って消しておる」
「なにそれ」
「背景にあるものと同じ画像をその物体に映してやって、あたかも物体が透明になってしまったかのように見せる技術のことじゃ。まあ、要はカメレオンだな」
 道理で今まで空を見ても気づかなかったはずだと、ぼくはひとりでうなずいた。
 そのとき、じいちゃんの携帯が鳴りだした。
「あーもしもし、あんたか。ああ、こっちの準備はええぞ」
 じいちゃんはそれだけ言うと電話を切った。
「さあ、準備はええかの。一応初めての実験じゃから、手すりによくつかまっておくことじゃ」
 と、次の瞬間だった。突然、窓の外の景色がぐらりと揺らいだものだから、ぼくは驚きで思わず手すりを離しそうになった。
 なんとかこらえてぎゅっと手すりを握りしめていると、家がぐんぐん上昇していくのが分かった。
 ぼくの視線は外の様子に釘づけになった。視線は家ごと、どんどん上昇していく。キラキラ光る海面が遠くのほうまで見渡せる。慣れると、まるで高層ビルのエレベーターに乗ってるような気分だった。
「ぜんぜん酔わないんだね」
「一度上がってしまったら、ほとんど揺れはないからな」
 遠くに、同じように空中に浮かんでいる家が見えた。どこかで見たことがあるなと思ったら、親戚のおじさんの家だった。
「おーい」
 手を振ってみると、向こうの窓からも誰かの影が手を振っているのが目に入った。
「まだ実験段階じゃから、多くのもんは巻き込めん。今回はあいつの家に協力してもらうことにしたんじゃよ」
「じゃあ、今からおじさんの家と場所をシャッフルするんだね」
 ぼくは算数の答えが分かったときみたいに得意になった。
「いや、じつは今日の実験の最終目的はそこじゃなくての」
 そうじいちゃんが言ったときのことだった。
 ガタン、と何かがはずれる感じの振動がかすかに感じられた。
 と、そのとき。
 空中で止まっていた鉄工所が、また上昇をはじめたものだから驚いた。
「じいちゃん、タワーの高さまで昇ってきたのに、まだ上に昇ってくよ! なんかおかしいよ!」
 ぼくはとっさにそう叫んでいた。こんな高いところで故障なんてことになったら大変だぞと、ぞっとした。
 するとじいちゃんは、落ち着いた様子でこう言った。
「大丈夫。これから第二段階の実験に移るのさ」
 家はどんどん上に上にと昇っていく。
「壮大な実験じゃと、最初に言うたじゃろ?」
 じいちゃんはにやりとして言った。
「わしらの家がつながっとる枝のおおもとは、町の中心にある、あのタワーじゃと言うたな」
「うん」
「そのタワーを地面から切り離すのが第二段階なんじゃよ」
「切り離したら倒れちゃうじゃん」
 ぼくはあわててそう言った。
「それが倒れないんだなあ。よーく見とれ」
「まだ昇ってく!」
「種明かしをするとじゃな、今はちょうどタワーが地面から切り離されて、もっともっと大きな別のタワーにタワーごと持ち上げられてるところなんじゃよ」
 その言葉の意味がすぐには分からなくって、ぼくは少し考えてから言った。
「……じゃあ、ぼくらはいま、町のタワーごとどこかに移動してるってこと……?」
「その通り」
 つまりはだな、とじいちゃんはつづける。
「このシステムを採用することで、わしらの引っ越しできる範囲は一気に広がることになる。なにしろタワーの引っ越しで、町の境を超えて引っ越せるようになるんだからなあ。今はまだ町のタワーを持ち上げられるほど大きなタワーは多くは建っておらんがな、将来的にはハワイにだってひとっ飛びだ」
 ぼくは、空中ブランコに吊るされて回る空中ブランコ、そしてさらにその空中ブランコに吊るされて回る空中ブランコ……という絵を思い浮かべていた。しかもそれは、海をはるか越えていけるほど巨大なものだ。じいちゃんは考えることがハンパじゃないなぁ。
 と、そこでぼくは、はっと現実に戻って思ったことを口にしてみた。
「ところで、これはどこに向かってるの?」
 じいちゃんの説明だと、町ごとどこかに向かっているという。それはいったいどこなんだろう。
「まだハワイとまでは行かんがな。同じくらい良いところじゃぞ。どこだと思うかの」
「九州とか?」
「沖縄じゃ」
「沖縄!?」
 ぼくは飛びあがって喜んだ。
 でも次の瞬間、ちょっとした不安がぼくの頭をよぎっていった。
「でも、お父さんにもお母さんにも何も言ってないよ。それに、夏休みなんてまだ先なんだから明日もふつうに学校だよ? どれくらい行くつもりなの」
「一カ月くらいかのお」
「そんなに!? 学校はどうするのさ」
「まあ、なんとかなるわい」
 じいちゃんは能天気にそんなことを言って、人ごとみたいに豪快に笑い飛ばした。
「やだよ! だってそんなに休んだら大変なことになるよ」
「そう言うてもなあ。実験期間は決まっとるからのお。乗りかかった船、じゃないか。もう乗った船なんじゃから仕方ないと思って存分に楽しめ!」

 はじめは飛行機で帰ってやると抵抗してたけど、到着してすぐ、ぼくは沖縄の魅力にすっかりとりつかれてしまった。だから、お父さんとお母さんが迎えにくると言っても一方的に拒否をした。
 こうしてぼくは、じいちゃんばあちゃん、それから親戚のおじさんと一カ月の沖縄生活を楽しんで、こんがり焼けた肌と瓶に入ったきれいな白砂を手に入れることになった。
 一カ月分の宿題と引きかえに……。



田丸雅智プロフィール


田丸雅智既刊
『夢巻』