「ウィップラッシュ・マーダーズ 殺人鬼はどこにいる?」朱鷺田祐介


(編集部註:本作は、前作「ミートハブ・マーダーズ あるいは肉でいっぱいの宇宙(そら)」と緩やかにリンクしている作品です。前作をまだお読みでない方は、本作の前にぜひそちらもお読みになってください)




(PDFバージョン:uippurasshumaadaazu_tokitayuusuke


1:奇妙な遺体

 惑星エコーⅣ、ネオ・ブルゴーニュ開拓地

「これが今回の被害者の遺体です」
 ……という台詞とともにランディ・シーゲルが見せられたのは、巨大な蕾が切り取られた野草のような何かであった。2メートル弱ほどの緑色の植物めいた何かから複数の触手が出ている。どこか動物めいた部分もあるが、全体として見れば、花が咲く野草の類いが巨大化したものである。
 人間の遺体であれば、頭部というべき巨大な蕾状の何かが太い中枢茎から切り離され、横に置かれているのは何のジョークなのか?
 まるで、断頭台で首を切り落とされたようだ。
「ウィップラッシュ・ポッド義体です」
 惑星エコーⅣの開拓地ネオ・ブルゴーニュ担当の契約法務ディストリビューター、ヘレン・アフリカヌス(#知性化種:ネオ・チンパンジー)が説明するとともに、ランディの支援AI(ミューズ)がメッシュ検索を行い、情報を見つけ出す。



>>>ウィップラッシュ・ポッド義体:ウィップラッシュは、太陽系外惑星サンライズで発見された現時点で最大の肉食性動物型植物(カーニボア・プラニマル)。これを遺伝子調整の上、サイバーブレイン、大脳皮質記録装置(スタック)、サイバーアイなどの五感補助システム、発声用の音響システムなどを搭載し、義体(モーフ)としたもの。
 価格:高価。<<<

 大破壊後(AF)10年、人類が魂(エゴ)をデジタル化して、バックアップできるようになってすでに数十年が経過していた。身体形状(モーフ)は義体(モーフ)と呼ばれる、一時的な乗り物になった。バイオ技術の発達で病気を克服し、必要に応じて義体を乗り換えることで、事実上の不死を手に入れた。
 おかげで、こんなことも日常茶飯事だ。

「つまり、この食虫植物のお化けの中身は、誰か人間(ヒューマン)だった……」
 ランディは言いかけてから、知性化されたチンパンジーであるヘレン・アフリカヌスに頭を下げ、言い直した。「トランスヒューマンだった」
 アナーキストが支配する太陽系外惑星で法律を代行する契約法務ディストリビューターに種族差別発言をするなんて、少し不注意だった。ここが知性化種(アップリフト)至上主義のコミュニティだったら、これだけで罰金物だ。
「気配り、ありがとうございます」
 ヘレンは歯をむき出しにして笑った。
 多分、ヘレンは好意的であり、おそらくチンパンジーとしてはかなり魅力的な女性であるが、ランディの脳裏をよぎったのは、チンパンジーが霊長類の中でもっとも獰猛、つまり、ゴリラやオランウータンよりも凶暴な存在であり、小柄な猿をよく捕食するとか、彼らが実は素手で人間を骨折させられるような筋力を持っているとかいう余計な豆知識だった。つまり、ちょっと怖かった。
 だが、ヘレンはそうした反応には慣れているらしく、受け流して、本題に戻る。
「この義体に入っていた被害者がこちらです」
 彼女が指し示すとともに、テーブルの上に置かれていた直径20センチほどの半球の胴体を持つ甲虫型のドローンが、挨拶代わりに片方の作業アームを上げた。
 それは、スペアと呼ばれる緊急時用の合成義体(シンセモーフ)である。主要な義体が死亡、もしくは、修復不可能かつ意識不明となった場合、円盤状に格納されていたこの義体が起動し、虫のような足を展開した後、遺体からスタックを回収し、自分のサイバーブレインにセットして再起動を行う。
 ウィップラッシュの遺体は生体と合成部品が混合したポッド義体で、サイバーブレインに大脳皮質記録装置(スタック)を装備していた。頭部は切断されただけだから、スタックを回収すれば、半日と立たずに復帰できる。
 まあ、殺人事件が起こったのは昨夜だと言うから、そういうこともあるだろう。

 大破壊後(AF)10年、人類が魂(エゴ)をデジタル化して、バックアップできるようになってすでに数十年が経過していた。身体形状(モーフ)は義体(モーフ)と呼ばれる、一時的な乗り物になった。バイオ技術の発達で病気を克服し、必要に応じて義体を乗り換えることで、事実上の不死を手に入れた。
 おかげで、こんなことも日常茶飯事だ。

「殺人事件?」
 ランディは一応聞いた。
「私は、一般法律プロトコルB230に準拠した法律文案にて、被害者を含むこのコミューン全体と契約しています」
 ヘレンがお約束の言葉とともに、一般法律プロトコルB230を圧縮送付してきた。ランディの支援AI(ミューズ)がそれを展開し、会話と平行して該当箇所を提示する。アナーキスト(無政府主義者)勢力が支配する世界は自由でいいが、秩序を維持する最低限の法律まで存在しないので、ヘレンのような「法律代行業」が存在する。裁判官と判事と弁護士とお役所と警察を混ぜたような不思議な職業だ。
「このプロトコルでは、義体損壊および殺人意図があった場合、被害者が復活していたとしても、殺人事件とみなします。殺人はコミューンの秩序への脅威であり、そのため、事件解決が可能と推測されるトラブルシューターのあなたがたを招聘したのです」
 宇宙探検家のランディ・シーゲルは、惑星エコーⅣに登録されたトラブルシューターという名目になっている。
「殺人事件だ」とランディは自分に言い聞かせるように言った。
「では、まず、被害者に証言を聞きましょう。
 お名前は?」
 すると、スペアは親しげにロボットめいた作業肢を振った。
「ダンビルだよ。久しぶりだね、ランディ・シーゲル」
「ちょっと待て」
 ランディは少しだけ脳内で会話した。

 ランディ:ミューズ、答えてほしい。これ、知り合い?
 ミューズ:検索します。

 大破壊後(AF)10年、人類が魂(エゴ)をデジタル化して、バックアップできるようになってすでに数十年(以下略)。

 魂(エゴ)のデジタル化はコピーとバックアップを可能にした。そのため、必要に応じて分岐体(フォーク)と呼ばれる分身を作ることがしばしば行われた。ランディの場合、宇宙探検家という危険な職業に加えて、人類の絶滅の危機と戦う秘密組織「ファイアウォール」のエージェント「センティネル」であることから、しばしば分岐体(フォーク)を作ってきた。今、エコーVにいるのはアルファ1で、オリジナルはタイタンにおり、他に複数体のアルファ分岐体(フォーク)が太陽系にいて活動している。このアルファ1も太陽系に戻るたびに、経験プログラム(XP)によって、記憶の統合を行っているが、すでに2年近い記憶のギャップが存在する。惑星をまたにかけて飛び回っているとよくある事態だ。
 数秒後。おそらく、量子通信で太陽系とコンタクトしていたミューズが復帰した。

 ミューズ:太陽系に残したあなたの分岐体(フォーク)、ランディ・シーゲルα6が過去に、ミートハブという宇宙コロニーで出会っています。
 経験プログラム(XP)をインストールしますか?
 ランディ:バックグラウンドで高速実行。

>>>インストールXP「ミートハブ・マーダーズ あるいは肉でいっぱいの宇宙(そら)」<<<

 さらに数秒後。
「私の分岐体(フォーク)があなたにあっているようですね。
 確か、ミートハブというコロニーで……。
 ベーコンで出来たコロニー?」
 流れこんでくる記憶がフラッシュバックするように、目の前のスペアに入った人物が太陽系でもトップクラスのグルメであることを理解した。ベーコンで出来た宇宙コロニー(どこの冗談だ?)での殺人事件(死んでも、バックアップやスタックから回収できるこの時代に殺人事件?)を解決するため、ランディの分岐体(フォーク)と仲間たちが派遣され、ダンビルの分岐体が企てた、反物質を使って行った第二の殺人事件を食い止めた。
「今度は彼が被害者です」
 ランディがセリフを口にする前に、ヘレンが明言した。
(敏腕だ)
 ランディは脳内で情報を整理するため、3秒ほど黙った。
 まるで精神面の強化を行っていないゼロ(未改造者に対する蔑称)のような気分だ。
 ダンビルはグルメの大金持ちで、宇宙を旅している理由の大半は、その舌と胃袋を満足させてくれる美味を求めてのことだ。
(ネオ・ブルゴーニュ)
 脳内で、開拓地の名前がフラッシュする。その名前の通り、今はこの開拓地村は、滅び去った地球圏最大のワイン生産地にあやかったもので、新世界での自然農法の可能性を追求している。ここには葡萄や小麦など、ヨーロッパらしい農産物の生産実験が行われており、ダンビルはこの開拓地の主要なスポンサーだ。ダンビルはここでフランス料理を再現しようとしているのだ。主に、ワインを。
「前例からすれば、ダンビル氏のグルメ趣味が何らかの影響をもたらした可能性がありそうですね」
 ランディは少しオブラートにくるんだ表現をした。
 焼き肉の匂いが気になると言って、反物質で宴会場を吹き飛ばした経歴の持ち主だ。行き過ぎたグルメ趣味が彼に対する殺意を呼び起こしたとしても何の不思議もない。
「とりあえず、こいつを撃ってもいいかな?」
 ランディの相棒、シュガー・ヴァイオレットがレーザー・ボルターを抜いた。彼女はスカム、宇宙を放浪する荒くれ者たちのひとりだ。着装している義体(モーフ)も、戦闘用に加速したフューリーである。ミートハブの一件のXPを共有した彼女は、事件解決の最短ルートに達したらしい。彼女の属するスカム文化では、アナーキズムが前提だ。問題は拙速で解決する。彼女らしい言い方をすれば、「撃ってから考える」という結論だ。どうせ、すぐに復活するこのご時世。彼女のやり方もまあ、アリだが。
「まあ、待て」
 ランディはヘレンが抗議する前に、シュガーを止めた。
「彼は今回、被害者だ」
「まったく」とシュガーは銃を納める。
「客観的なお話を聞きましょう」と、ランディはヘレンとダンビルに聞いた。
「まず、なぜ、あの植物義体に?」
「もちろん、味わうためだよ」

2:究極のジビエ(野味)

 故事に曰く「食べたものがあなたを作る」。
 そう、食とはあなたの肉体を作り、あなたの精神を作る。
 形状(モーフ)を自由に変えられる今だからこそ、
 あなたは食によって魂(エゴ)を豊かにするべきなのです。
  『ジョン・ダンビルの豊かな食文化』

「私は美味いものが食べたいんじゃ」
 半球形の機械外殻(ロボット・シェル)に入ったダンビルは、2本のマニピュレーターを振り回して言った。
 ダンビルがグルメであることは分かっていたので、誰も止めなかった。
「ここ、ネオ・ブルゴーニュで失われたワインを復活させるために、私は資金提供した」
 支援AI(ミューズ)が、ここ数年のネオ・ブルゴーニュ開拓地の予算におけるジョン・ダンビルの支出を示す。彼はとんでもない金をここに投下している。
「それはわかります」と相槌を打つ。「しかし……」
 ランディはウィップラッシュ義体を振り返る。異星の食虫植物から進化した動く食肉植物には、確かに頭部めいたものがついているし、口となるくちばしもあるが、これでワインを飲むのか?
「それはワイン用の義体(モーフ)ではないよ」
 スペアのダンビルが答える。
「ワイン用には、エグザルトの味覚強化義体を用意している。
 この季節ならば、ジョアンナがいいのだがねえ」
 ダンビルの回答とともに、高級セレブ向けの生体義体エグザルトのデータがピックアップされる。社交関係を強化し、見た目も美しい義体に、ワインを味わうため、五感を強化した義体だ。XP記録装置も組み込まれているから、高感度の味覚体験も記録できる。
 金持ちのダンビルは、義体(モーフ)を複数体所有しているらしく、必要に応じて義体(モーフ)を乗り換える。それも、最適の状態で食事を楽しむためである。
 ジョアンナは、秋のワイン収穫祭向けに調整した女性型義体だ。
「ワイン踏みがしたくてねえ」
 会話に画像がリンクする。古風で大きな木桶で、葡萄を踏む古典的な衣装の少女。日付は去年の秋。ちょっと年を若くした幼形成熟義体(ネオテニック)。
 ただし、中身はダンビル。

 大破壊後(AF)10年、人類が魂(エゴ)をデジタル化して、バックアップできるようになってすでに数十年(以下略)。
 おかげで、こんなことも日常茶飯事だ。

「食文化を享受するということは、ただ食事を取るだけではない。
 食を形成する環境、シチュエーションを含めて、文化を楽しむということだ」
 ダンビルは熱弁をふるう。
「ワインを楽しむには、適切な食事との組み合わせが必要だ。
 ワインはまだ若い木であるが、なんとか近いところまで再現出来た」
 ネオ・ブルゴーニュ開拓地の北側、山の斜面が葡萄畑になっている。少し傾斜し、水はけの良い土地に、背の低い葡萄の木が植えられた。南側には、自然農法による小麦畑や野菜農園、果樹園が広がり、西の丘陵地帯には、牛や羊が放牧されている。
「小麦から作るバケット、牛から絞ったばかりの乳から作るバター、とれたてのズッキーニやエシャロット」
「ダンビルさん」とランディは止める。「話を戻していただけますか?」
「失礼」と、ダンビルは話を止める。
「あのウィップラッシュ義体は、ジビエ(野味)の試みです」
 ジビエとは、フランス料理の用語で、食材として、狩猟で得られた野生の鳥獣を指す。ジビエを使った料理を指す場合もある。
「ここエコーⅣで狩猟料理を?」
 宇宙探検家であるランディは驚きの声を上げた。
 太陽系外惑星の動植物を食べるのはかなりのリスクがある。毒物があるかもしれないし、何よりも、未知のウィルスや細菌が付着しているため、病気が発症する可能性があるのだ。確かにここまで環境が似ており、たんぱく質の基本構造が同じならば、食べられないことはないだろうし、消化も可能だろう。メディシン(医療用ナノウェア)や毒物フィルターもあるから、それこそ青酸カリでも無い限り、即死はせずに住むだろう。
 かつては、ジビエにありがちな鉛玉問題も、合金弾頭の使用で軽減されている。
 だが、しかし……
「いや、猟銃などという野蛮なものは使わないよ」
 機械の昆虫のようなボディのまま、ダンビルは熱弁する。
「食文化は、その環境をまるごと楽しむことだ。
 エコーⅣらしいジビエとは、この星における食物連鎖の頂点に立つことさ」
 ランディの支援AI(ミューズ)が、エコーⅣの生態系ピラミッドを検索する。エコーⅣは地球と似た環境なのに、植物優勢の特異な生態系を持つ。小型の哺乳類は存在するが、食物連鎖の頂点に立つのは、ランド・アネモネと呼ばれる固定型の超大型陸棲イソギンチャク。株の直径が1メートル、触手は最大2メートルまで伸びる。
「もしかして、ランド・アネモネを食べようと?」
「いやいや」とダンビルは作業腕を振る。「イソギンチャクは所詮、イソギンチャクだ。あれは何度か食べたが、あまりうまくなかった」
(喰ったのか)
 そこは突っ込まないことにした。
「ランド・アネモネと共生しているクラウン・スプライトという飛行原猿類がいる。
 実は、これが美味くてね」
 一緒に、XP情報が添付されていた。
 開いた瞬間、鳥類系の柔らかな肉質に、果実を喰らう獣類特有の甘く深い肉汁の味がランディの脳裏で爆発した。軽くソテーした表面の油の旨味もいいが、生身がまたいい。
 食べているダンビルは、その味わいを堪能した後、類似した料理として、日本の文化で「鳥刺し(鳥の刺し身)」を提示し、クラウン・スプライトの刺し身にいたく興味を示していた。
 ランディの脳裏で、ミートハブで出会ったもうひとりのジョン・ダンビルがもうひとりのランディに語った哲学がリピートされた。
「肉料理は、肉と火の距離によって定義される」
 肉は焼いて食べるものとは限らない。
 生で食べる肉料理も数多く存在する。
 タルタル・ステーキしかり、鳥刺ししかり。
 それらはまさにジビエである。
 クラウン・スプライトのレア・ステーキはそんな生肉料理にきわめて近い至高の肉料理のひとつに思われた。
「すげえ、こいつは美味い!」
 同じくXPを体験したシュガー・ヴァイオレットが叫んで、思わずこぼれた口元のよだれを拭いた。スカムである彼女はグルメではないが、肉好きである。ステーキなどがつがつ食べる方だが、クラウン・スプライトの味はかなり好みだったようだ。
 ランディはコメントを控えた上で、ヘレン・アフリカヌスを見た。チンパンジーの知性化種である、この契約法務ディストリビューターは、異星の従兄弟の味を語るダンビルを非難するどころか、自分もXPを展開したらしく、歯をむき出しにし、息を荒くしている。
(チンパンジーは、雑食性で、果実や木の葉、昆虫類、爬虫類、鳥類に加え、小型の原猿類を捕獲して、その肉を食べていた可能性があります)
 律儀にも、支援AI(ミューズ)が解説する。
 ヘレンは、ダンビルのジビエを理解し、もしかしたら、ご相伴に預かっているかもしれない。美味いと分かってしまった場合、生き物はその存在を生き物ではなく、食物としてみるようになる。ヘレンの内なる野生が小型の原猿類に近いクラウン・スプライトを「美味い食材」と認めたらしい。彼女がネオ・ブルゴーニュとの契約で用いている一般法律プロトコルB230には、地元の非知性生命体の人権を認めてもいないし、食材を狩猟する行為も否定していない。

3:解決の糸口

「問題は、クラウン・スプライトがランド・アネモネと共生していることだ」
 海のイソギンチャクとクマノミが共生するように、クラウン・スプライトはランド・アネモネの触手の範囲を住処とし、獲物を引き寄せる代わりに、自分は食われないようになっているのであろう。
「おかげで、クラウン・スプライト猟は困難を極めた」
 ……少々、間があいた。

(喰われたな)

 シュガー・ヴァイオレットがメッシュ通信でコメントした。
 ランディはとりあえず、巨大なランド・アネモネに食われるエグザルト生体義体のジョン・ダンビルを想像するに止めた。
 ヘレン・アフリカヌスはシュガーの面白がっている表情に気づいているようだが、何もコメントしなかった。
 当人は、芝居がかった間を置いて、次のセリフを口にする。
「やがて、私は気づいた。
 狩猟法を改めればよいのだと。
 ランド・アネモネが獲物と判断しない義体。
 そして、野味を楽しめる生体感覚。
 この条件を満たすのが、ウィップラッシュ義体だったのだ」
 確かに、動こうが走ろうが、ウィップラッシュの肉体は植物である。鳥獣の肉を喰らいたいランド・アネモネからすれば、獲物ではない。
 そして、ウィップラッシュは植物にして、肉食獣である。そののたうつ触手はクラウン・スプライトを捕らえ、引き裂いて喰らうのに十分な機能を備えている。
「お前、頭いいな!」
 シュガー・ヴァイオレットが賞賛の声を上げた。
 目的に合わせて、必要な機能を持つ義体を使用する。
「身体形状の自由(モーフィック・フリーダム)」は、「性的な自由奔放さ(ヘドニズム)」と並んで、スカムの自由戦士であるシュガー・ヴァイオレットの哲学である。彼女はその都度、必要な義体(モーフ)に乗り換えることにためらいがない。身体改造は過酷な太陽系辺境で生きるスカムにとって当たり前のことだ。空気に問題があれば、呼吸系統を強化する。待機の多い長期航路を行くなら、冬眠機能で眠りにつく。より気持ち良いセックスのためなら、ジェンダーの交換もためらわない。今、シュガーが女性であるのは戦闘用義体「フューリー」の性能が女性遺伝子ベースのほうが効率的だからにすぎない。
 今、シュガーの気持ちは、ダンビルの嗜好に追いついた。
「つまり、あれ(ウィップラッシュ義体)なら、あの猿の踊り食いが出来るな!」
「ああ、そうだ」と、ダンビルは作業腕で天を仰いで見せる。「素晴らしいことだ」
「ちょっとその義体を貸してくれ」と、シュガーが転がっている義体を振り返る。「ランディ、これは試してみる価値があるぞ」
「新しいウィップラッシュが仕上がるには数時間かかる。それに、」とダンビルは肩をすくめるような身振りをした。「予約が入っていてね」
「ああああ」とシュガーが悲鳴を上げる。
「この殺人事件が片付けば、そこの義体をナノテク培養槽に戻してもう一体を一週間以内に再稼働させることもできるが……」

 大破壊後(AF)10年、人類が魂(エゴ)をデジタル化して、バックアップできるようになってすでに数十年(以下略)。
 世界は便利になったものだ。

「そうやって、その義体を多くの人に薦めたのか?」
 ランディは話を戻した。
「そう、私の本来のビジネスだよ。
 食文化の探求、美食の提供だ」
「それで、顧客たちはどうなった?」
「ウィップラッシュ義体に入り込んで、森へ入っていったよ。
 ランド・アネモネは森の奥にいるからね。
 安心してくれたまえ。満足度は100%だ」
「つまり、森から帰ってきてない訳だ」
「美食ツアーが続いているだけだよ。
 安心してくれ。彼らとは通信が取れているし、この義体は野外での生存に向いている。万が一、ランド・アネモネに辿りつけなくても、光合成と水分だけで二ヶ月は生きていける」
 ダンビルのセリフには新たなXPが添付されていた。
 日光浴をすることで、光合成による栄養補給を行うウィップラッシュ義体は、「太陽光を味わう」ことが出来る。全身を使って暖かな太陽の光を味わい、体内の循環液が活性化するのを感じることができる。
「これもまた、究極の美食さ。
 知っているか、本来の故郷であるサンライズ星系よりも、ここエコーⅣの方が陽光は甘く、深みがあるのだ。おそらくスペクトル分布の差だね」
 ダンビルは止まらない。
「大気やオゾン層の存在も味に変化をもたらす。金星の大気上層で味わう陽光は紫外線が強すぎて、辛いし、火星の地表では赤外線が弱いのか、酸っぱいな。酢酸というよりは乳酸発酵した感じだ」
「帰ってくるのか?」
 ランディは止まらないダンビルの話を遮った。
「ま、冬になれば」
 ウィップラッシュの故郷サンライズは、自転が固定され、ほぼ同じ面が恒星の方角を向いている。この結果、季節もなく、太陽に向いたデイサイドの気温はほぼ摂氏49度前後で固定されている。ウィップラッシュはそのような高温多湿のジャングルに住む肉食植物である。
 それに対して、エコーⅣは地球より少しだけ長い一日とかなり短い一年ではあるものの、四季があり、このネオ・ブルゴーニュは本家ブルゴーニュに近い気温や気候で、冬になれば、氷点下に下がる。ウィップラッシュ義体は光合成ができなくなって枯死してしまう。
「ちゃんと光合成していれば、陽光の味が落ちるから分かるはずだ」
 そこで、ダンビルはやっと気づいたようにランディを見た。
「もしかして、君達の知りたいのはそこかね?」
「ああ、俺たちはこの星で行方不明になったセレブたちの行方を探していた。
 森に入った顧客の中に、分岐体(フォーク)ではなく、オリジナルはいないのか?」
「当然いる。いや、そうあるべきだろ?」

 大破壊後(AF)10年、人類が魂(エゴ)をデジタル化して、バックアップできるようになってすでに数十年(以下略)。
 人類は完璧な自分のコピー、分岐体(フォーク)の製作に成功していた。もうひとりの自分を作り出し、同時に仕事をこなす、あるいは、分岐体(フォーク)を遠方配信(ファーキャスト)して観光をさせ、その経験記憶(XP)を取り込んだり、分岐体(フォーク)と魂(エゴ)を統合(マージング)して体験を自分のものにすることすらできる。
 それでも、もしかすると、オリジナルと分岐体(フォーク)には、まだ差があるのかもしれない。

「究極の美食は自ら味わうべきだ」
 昆虫のような機械式の予備義体(スペア)で、ジョン・ダンビルは主張した。
 そこで、ランディは首筋を軽く叩いてため息をついた後、シュレッダー(破片弾を使用する噴射武器)を引き抜き、スペアを吹き飛ばした。
 吐息のような発射音とともに、昆虫型の機械外殻は穴だらけになり、ダンビルの演説が中断された。
 ヘレンは真面目な顔をしたが、何も抗議しなかった。正確には、数秒前からランディの支援AI(ミューズ)とメッシュ上で、法律論議を戦わせていた。
「異星生物由来義体の乱用および習慣性を持つ技術メディアの乱用の犯罪性」
 それに、ヘレンの依頼人は法律上、死んでいるともみなせる。自分で通報したからと言っても、依頼人は、殺人事件の被害者だ。殺人意図はわかるが、事態が混乱するよりは一時的に死んでいてもらってもよい。シュレッダーごときで、ダイアモンド・コーティングされた大脳皮質記憶装置(スタック)はこわれたりしない。
 数分後、ヘレンはダンビルの行動差し止めに応じた。
 ダンビルの顧客の中に、未成年が含まれていたからである。幼形成熟義体(ネオテニック)ではなく、実際に十五歳の少年が含まれていた。遺伝子調整はされているとはいえ、自然に生まれた貴重な存在だ。義体による不老不死が確立しているからこそ、減ってしまった子どもたちのひとりが、太陽系外で生身を捨て、肉食植物となって猿の踊り食いに興じている。
「これも人類絶滅の危機(Xリスク)か」
 ランディは、そこで、ヘレンに向き直った。
「殺人事件の方は?」
「そんなものは起こっていませんよ」と、契約法務ディストリビューターは肩をすくめた。
「ジョン・ダンビル氏は、昨日、太陽光を味わうべく、小麦畑で日光浴をしていた。
 そして、この村では春蒔き小麦の収穫が行われていた。
 自然農法なので、収穫は古風な大鎌を使います。
 収穫期の小麦畑に、小麦以外の植物が生えていたら、どうなりますかね?」
「ばっさり刈り取られて、雑草扱いか」
「その後、スペアが起動して、自らの殺人事件を通報した」
 知性化チンパンジーの女性はまたも肩をすくめた。
「では、後始末を任せてよろしいですか?
 我々は……冬が来る前に、グルメたちを回収します」
 ランディが話をしめたところで、シュガー・ヴァイオレットが思いついたように聞いた。
「ところで、ウィップラッシュって、食べられる?」
 ヘレンの目が光った。
「そう言えば、まだ試していませんね」

(終わり)




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朱鷺田祐介プロフィール


朱鷺田祐介既刊
『シャドウラン4th Edition リプレイ
帝都の天使たち』