「アンナと無垢な帝王」木本雅彦


(PDFバージョン:annnatomukunateiou_kimotomasahiko
 ノックの音がする。
 ドーン、ドーンド、ドンドンドンドンドン。
「雪だるま、つくーろー」
「うるせえ」
 幼馴染みのアンナは、いつも俺の眠りを邪魔する。はっきりと言うが、うざい。
 ギャルゲーに出てくる幼馴染みは、眠りを邪魔するにしても、もう少し愛嬌があるのに、俺の幼馴染みは邪魔ばかりだ。
 うざい、本当にうざい。
「ねー、ねー、雪だるまー」
「うるせえ。俺は寝ている」
「そんなこと言って、昨夜もネットしてたんでしょ。就職しなよ」
「放っておいてくれ。今さら俺なんかが就職できるはずないだろ」
「できるよ」
「どうやって」
「真実の愛の力で」
「本当か?」
「本当よ。私を信じて!」
 俺はアンナを信じることにして、仕事を探しにハロワに向かった。
「とりあえず契約社員から始めて、実績によっては正社員採用もある職があった」
「やったじゃん!」
「でも俺、正社員になれるかな」
「なれるよ! 真実の愛の力で!」
「そうか」
 俺はまずは勤勉を心がけ、まじめに仕事をこなしていった。
「正社員として採用されたよ。このまま頑張れば、ちゃんと昇進していけるキャリアパスもあるって」
「すごいじゃん!」
「でも俺、会社員としてやっていけるかな」
「できるよ! 真実の愛の力で!」
「そうか」
 俺はがむしゃらに働いた。盲目としか言えないような働きっぷりだった。
「今度支店長を任されることになったんだ」
「すごいじゃん!」
「でも俺、支店の取りまとめなんかできるかな。地元の人とも仲良くやっていく自信ないし」
「できるよ! 真実の愛の力で!」
「そうか」
 俺が任された支店は、どんどん成績をあげていき、全国でもトップの支店としてテレビの取材も訪れるようになった。やがて、幹部候補としてのポストが提示された。
「俺さ、組織の中で収まっていてもいいのかなって思い始めてさ」
「飛び出しちゃいなよ」
「できるかな」
「できるよ! 真実の愛の力があれば!」
「そうか」
 俺は会社を辞めて、途上国支援のボランティアに参加した。苛酷な環境だった。
 紛争がようやく終結したばかりの地域で、病気の人、重度の怪我を負った人、辛い目にあっている人が沢山いた。俺は献身的に働いた。
「俺さ、色々考えちゃって」
「どうしたの」
「世界平和のために、俺は世界を統一しなければならないんじゃないかって」
「すごい! 大志だね!」
「できるかな」
「できるよ! 真実の愛の力で!」
「そうか」
 俺は同志を集め、世界統一に乗り出した。それは険しい道のりだったが、俺には大義があり、大志があった。そして真実の愛の力も俺に味方していた。
「なんか、空しいんだ」
「どうしたの」
「俺は世界を掌握した。俺は世界に秩序を構築した。俺の力で、世界は平和になり、安定が訪れた。俺は世界であり、世界は俺だ。だがしかし、俺はこの地上に留まっていていいのだろうか。俺のスケールはその程度なんだろうか」
「突飛だね!」
「俺は宇宙に行きたい。あの軌道上から、世界を眺めてみたい」
「できるよ! 真実の愛の力で!」
「そうか」
 俺は関係各機関に指示を出し、ロケットを用意させた。
 第一宇宙速度は気合いで越えた。これまでの苦労を考えれば、たいしたことはない。
 宇宙は孤独だったが、俺はすぐに慣れた。宇宙は広い。無限だ……無限? いや、本当に無限なのか? そんなはずはない。俺が知らないだけだ。
 俺にはまだまだ知らないことがある。こんなところで止まっていていいんだろうか。
「俺は考えたよ。軌道上で虚空と地上の両方をみつめながら、一生懸命考えた」
「哲学だね!」
「人類はもっと遠くまでいける。可能性を無視してはいけない」
「フロンティア精神だね!」
「俺たちは前進し続けなければなれない。それが人類の運命なんだ。だから俺は、旅立とうと思う」
「できるよ! 真実の愛の力があれば!」
「ああ、間違いない」
「あ、そうそう、報告があるのよ」
「なんだ」
「妊娠したわ」
「え! ……そ、そうか、じゃあ、俺と……」
「あ、キミの子供じゃないから」
「え?」
「え?」
「え、だって、ほら俺たち」
「大丈夫、ちゃんと計算してるよ! 真実の愛の力でね!」
「真実の愛の力……」
「そう、だから心配しないで。私、幸せになるよ」
「そ、そうか」
 こうして俺は、移民船団を構築し、地球を飛び出した。
 目指すは外惑星と、さらに先。俺は止まらない。俺に限界はない。俺は宇宙の帝王になる。
 先に、先に。前に、前にと進むのが、俺の生きかた。すなわち、俺のありのままの姿。
「♪ありのー、ままのー、姿みせるんだぜー」
 俺の歌声は、宇宙に響く。



木本雅彦プロフィール


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