「リメンブランス・マーダーズ ~最後の酒杯~」朱鷺田祐介

(紹介文PDFバージョン:remennburannsumurdersshoukai_okawadaakira
 今回「SF Prologue Wave」で発表されたのは、『エクリプス・フェイズ』日本語版翻訳監修者の朱鷺田祐介による「リメンブランス・マーダーズ 最後の酒杯」である。
 この作品は、「ミートハブ・マーダーズ あるいは肉でいっぱいの宙(そら)」、そして「ウィップラッシュ・マーダーズ 殺人鬼はどこにいる?」に続く第三作にあたるが、この連作に限らず朱鷺田祐介の『エクリプス・フェイズ』小説に登場していた主要人物ランディ・シーゲルが、本作には登場していない。だからといって読めないということはなく、むしろ一連の作品を未読の方でも、本稿には入りやすくなっている。

 さて、本作はSF版『孤独のグルメ』というか『深夜食堂』というか……どこかそういった作品にも通じる哀愁がある種のペーソスとして添えられているところが得に魅力的だと思う。あまり知られていないかもしれないが、架空世界の生活を丹念に構築するRPGでは、食の描写にこだわりを見せると、ぐっと楽しくなる。現在、RPGテイストあふれる九井諒子の『ダンジョン飯』が話題沸騰中だが、フィクションならではの独自メニューを活かすという意味では、おそらく同作にも多大な影響を与えているだろう深澤美潮の『フォーチュン・クエスト』ともども、SFの本質につながる問題を扱っていると言えるだろう。
 SFと食、というのは大きなテーマだが、それをコンパクトなエッセンスとして、重たくなりすぎない程度に扱っている「リメンブランス・マーダーズ」。『エクリプス・フェイズ』ならではのガジェット紹介は見事で、入門にもってこい。どうぞ、お愉しみいただきたい。
 フラット(未調整の義体)着装者が重要な役目を果たしているのも特徴的だ。木星共和国を扱ったSF Prologue Waveならば「蠅の娘」あたりと併せて読むのも面白いだろう。

 朱鷺田祐介はPS VISTAのRPG『魔都紅色幽撃隊 幽撃ウォーカー』のノベライズ『魔都紅色幽撃隊 FIREBALL SUMMER GIG』(西上柾との共著)を刊行したばかりだが、神話・伝承の解説者としても『超古代文明』や『海の神話』といった著作がある。本作で朱鷺田の作品に触れた読者は、丹念なフィールド・ワークをベースに描かれた『酒の伝説』にもアクセスしていただきたい。(岡和田晃)




(PDFバージョン:remennburannsumurders_tokitayuusuke
 大破壊後(AF)10年、人類が魂(エゴ)をデジタル化して、バックアップできるようになってすでに数十年が経過していた。身体形状(モーフ)は義体(モーフ)と呼ばれる、一時的な乗り物になった。バイオ技術の発達で病気を克服し、必要に応じて義体を乗り換えることで、事実上の不死を手に入れた。
 これはそんな未来のある物語。
 舞台は、地球を周回する静止軌道上の宇宙居住区「リメンブランス」。追憶という名前を持つハビタットは、〈大破壊〉によって荒廃した地球を見下ろす場所にあった。

 アポイント通り現れた男に、ジョン・ダンビルは、獣臭を感じた。
 ホセ・マルチネスは野生を感じさせる男だ。決して巨漢でもないし、筋肉増強処置を行っている訳でもないが、がっしりとしたマルチネスは強い体臭を放ち、濃厚な髭剃り跡は「男」というジェンダーを強調していた。
 ダンビルにとって、マルチネスは顧客のひとりだったが、常に興味深い存在だった。
 ホセ・マルチネスはフラット。出生前に行われる遺伝子調整をされず、ナノマシンによる基本的な生体調整すら無しに、自然に生まれてきた旧世代の人間だ。



 さまざまな身体強化を加えられ、最低でも遺伝子病の克服、身体欠陥の解消、宇宙活動に適するように内分泌系の強化などを加える遺伝子調整が当たり前のこの時代に、フラットであることはかなり特別なことである。例えば、今のダンビルが着想している高級な生体義体(バイオモーフ)、エグザルトの場合、過度の体臭などしないし、髭の類は最初から生えないようになっているか、デザインされた美しいものに限られている。今のダンビルは飾りの髭を鼻の下にたくわえている。
 フラットであること自体がホセの出自を物語っている。遺伝子調整やナノマシンを嫌うバイオ保守主義の牙城、悪名高き木星共和国の出身だ。彼はロボットのように見える合成義体(シンセモーフ)を警戒するから、ダンビルは家事ドローンを遠ざけ、自ら自然の食事に近いものを用意して、書斎に招き入れた。書斎は地球から回収した古書を並べた場所だ。デジタルなデータが一般化し、物理的な本など、骨董品だが、ダンビルはそれを所有していることを好んだし、ホセも、この書斎にある二十世紀風の様相を喜んだ。
「お探しのものはかなり品薄です」
 ダンビルは残念そうにいった。
「地球が滅びて十年」
 ダンビルは壁にかけたディスプレイに現在の地球の姿を見せる。濁った灰色の雲が席巻する茶色と黒の星。もはや緑の色合いはほとんど見えない。青かった海も濁り、泥のような灰色の混じった濃緑色の水たまりに、ナノスウォームが生み出したどくどくしい赤潮の領域が交じる。
「ブルゴーニュもボルドーも滅びました。
 ラインガウもトスカーナもです。
 本来の葡萄の産地はもうありません。
 金星のワインはお届けしましたが、お気に召さないようでしたね」
 ダンビルの言葉にホセは睨み返す。
「私達の条件は分かっているはずだ」
 木星のバイオ保守主義者の条件は厳しい。遺伝子改造された品種は自然のものとは言えない。品種改良のため、掛け合わせまで許されるが、ナノマシンを使ったり、遺伝子を直接いじったりするのは禁じられている。葡萄だけでなく、酵母にも同様の条件が求められる。この時点で、金星や月のハイテク農場産の多くが排除されてしまうし、ナノテク万能合成器でワインの原料であるブドウ果汁を合成することもできなくなる。
「このハビタットで畑を用意しましたが、畑の完成度はまだまだです」
 葡萄畑は簡単に出来るものではない。特に、樹を植えるところから始めるとなれば、十年単位のプロジェクトだ。
 その上、ホセの依頼人はドローンすら嫌う。
「ティターンズの手先に汚されたものを主上にお届けする訳にはいかない」
 ホセは銃を抜いた。古典的な火薬式の大口径のリボルバー。実体弾を発射する金属の塊はこの時代でも有効だ。手入れに使ったガンオイルの匂いがダンビルの鼻に届く。そこで、面白いと思ってしまうあたりが、趣味人たるダンビルの悪いところでもある。
「コルト・ピースメイカー。200年以上昔に作られた銃ですね」
 柄には象牙の飾り彫り。おそらく西部開拓が終わった後、護身用に用いられた高級モデルだ。
「お前たち、トランスヒューマンは何でも分かった口を聞く」
 ホセはいらついている。
「あるのか、ないのか?」
「ですから、条件が厳しい、と」
「それを探すのが仕事だろう?」
「火星のワインはいかがでした」
 テラフォーミングが続く火星のマーディム大渓谷の底では、ぎりぎり呼吸できる大気と地球の冬のような気候が生まれつつあり、そこで火星ワインの生産が始まっている。おそらく、一番、実際のボルドーやブルゴーニュに近い場所だろう。
 だが、ホセのいう「主上」は気に入らなかったようだ。
「メルクリウスが作ったものもダメだ」
 メルクリウスとは、非人類種族を知性化したものだ。
〈大破壊〉の前から、人類は知性の高い動物を改造して、人類社会に貢献できるように知性化した種族を生み出した。霊長類(チンパンジー、ゴリラ、オランウータン、ボノボ)、海獣類(クジラ、イルカ、シャチ)、カラス、オウム、タコなどがこうして、トランスヒューマン社会に参加してきたが、人めいた言動を取る獣を嫌悪し、知性化種を認めない者もいる。
 ホセはそんな勢力からの使いである。
「ロボットを使わないとなると、人手を使わなくてはなりません。
 働き手は厳選しましたので、サルやタコが葡萄に触れたことはありません」
「AIもダメだ」
 戦略支援AI群、ティターンズが反乱を起こし、地球を滅ぼした〈大破壊〉以降、AIに恐怖を感じる者も多いが、これだけ電子装置が一般化し、常時、メッシュ(通信ネットワーク)経由の管理体制がある世界で、AIを関わらせないのは難しいが、ジョン・ダンビルは対応策を講じていた。
「畑の管理システムを動かしているのは人間のオペレーターですよ」
「死者ではないと?」
「生身です」
 ホセの言う死者とは〈大破壊〉などで、肉体を失い、デジタル化された魂(エゴ)だけになった者たちのことだ。情報体(インフォモーフ)と呼ばれ、義体(モーフ)を買う金が貯まれば、復活してくるので、内惑星の法律上、死者とはみなされていないが、ホセの属する木星共和国では肉体を失ったら、死者とみなされ、忌避される。ダンビルはそれも理解しており、葡萄畑の管理は生身のオペレーターを雇っていた。
 だが、ホセは銃口をぐいとダンビルに押し付けた。
「ブタがいたな」
 ホセは体外通信端末(エクト)を操作して、ディスプレイに画像を表示させた。
 畑の警備のために雇った傭兵部隊の姿が映る。重戦闘装備をまとった生身の兵士たちが、葡萄畑の外を周回している。ヘルメットの下にはサイバーアイを輝かせた人間の顔があったが、1名だけ、豚の顔をしている。
 近年、誕生した豚の知性化種、ネオ・ピッグだ。タフな肉体と多産さが評価され、第二世代が大量生産されているという。
 ダンビルは失敗したと思った。
 リストのチェック漏れだ。他のエリアでは、面白がって知性化ブタの兵士も使っている。食肉用の家畜を知性化するなどという皮肉な現実が面白かったからだ。
 ダンビルの脳裏で支援AI(ミューズ)が警備担当の民間軍事会社(PMC)との交信を行い、昨年の秋口、収穫前の葡萄畑が窃盗団に襲われた際、増援の中に、知性化ブタの兵士が混じっていたことを確認した。
「謝罪します」
 ダンビルは頭を下げた。
「遅い」
 銃声が響き、脚を撃ち抜かれたダンビルは激痛に耐えかねて椅子から転げ落ちた。
「お前が送ったヌーボーを主上は飲まれた。
 お前はブタの関わったワインを主上に飲ませた」
 その主上が崇める救世主はその事績の中で、ブタの群れに入り込んだ悪霊と闘った。ゆえに、ブタが聖なる杯に関わることはタブーである。
 ホセは銃を納め、代わりに腰からワスプ・ナイフを抜いた。やや丸みを帯びた筒型の刺殺専用の短剣だ。
「煉獄の死者にすぎないお前はさらに罪を重ねた。
 これは傲慢の罰だ。教訓をお前の魂に書き込め」
 ナイフの刃先がダンビルの腹に刺さる。
 冷たい刃先が腸を貫く。
 その後、ホセが柄のスイッチを押した。
 パン!
 低い破裂音とともに、刃先の穴から高圧の圧搾空気が吹き出し、ダンビルの腹腔内を暴れまわり、引っ掻き回した。
 激痛が走る。
 腸が引き裂かれ、破裂したが、即死はしなかった。
 ダンビルが体内に仕込んだ医療用ナノウェア「メディシン」が刃の侵入に呼応して稼働し、アドレナリンの分泌で痛覚の緩和を始めていたからだが、圧搾空気の爆発は致命的だった。支援AI(ミューズ)が冷静に義体(モーフ)の限界を語る。
(多臓器不全と出血多量により、後三分で死亡します)
 即死しない分、苦しんで死ぬことになる。
 ホセは、それを望んで、わざと武器を替えたのだ。
「また来る。審判の日に救われたければ、最善を尽くせ」
 ホセは吐き捨てるように言った。
 ダンビルの義体(モーフ)はすでに限界で、その言葉に答えることは出来なかったが、彼の支援AI(ミューズ)はホセの言葉を記録した。
 ホセは、ダンビルの肉体が血と腸をまき散らしながら、書斎の床を転げまわるのをしばし見つめた。ダンビルが動きを止めた後、書斎を出て行った。

「満足ですか?」
 ホセは館の出口で、ジョン・ダンビルと再会した。
 完全に無傷な姿。
 おそらくは、先ほどのダンビル自身が分岐体(フォーク)で、こちらがオリジナルなのだろう。魂の単一性を信じない者たちの傲慢な生き方。
「悪魔どもめ」
 ホセは吐き捨てる。
 だが、ダンビルは気にせず、背後にあった自動カートを指さす。
 そこには安全ケースがあった。
「知人が持っていたチリ・ワインです。
 残念ながら本来の呑み頃は過ぎていますが、地球産の赤です。
 お詫びとしてお納めください」
 ホセは頷いた。これを得るためにここまでやってきた。〈大破壊後〉10年、つまり、地球の滅亡から10年。地球産の赤ワインは完全に貴重な存在になっていた。
 新世界産でもよい。当座はこれで済ませよう。
 だが、来るべき日はそうはいかない。
「例のものを早く差配せよ。
 主上は、今年のクリスマス・ミサを楽しみにしておられる」

 ホセが去った後、ジョン・ダンビルは書斎に戻った。
 書斎の中央には、血まみれのまま、動かなくなっていた分岐体(フォーク)が死を迎えようとしていた。ほとんど動かなくなっていたが、仕込んでおいたナノテク治療システムが起動したため、ぎりぎり生きていた。後数分で死ぬだろうが、まだ生きていたし、意識もぎりぎり保たれていた。
 ダンビルはサイドボードから、赤ワインのボトルを一本取り出した。ボルドーの赤。
 コルク栓を抜き、素早くグラスに注ぐ。
 香りをかいで、一口含んだ後、軽くグラスを回して、ワインを開かせる。


(著作者:lanrentuku.com)

 そして、死にかけた自分の分岐体のそばにひざまずく。
「この酒は我が血。取りて飲め」
 グラスを傾け、ひとしずくを分岐体のわななく唇に落とす。
 分岐体は血まみれになった唇をなめるように赤いワインを飲み込んだ。
 その顔に微笑みが浮かぶ。
「美味いか?」
 ダンビルはあえて聞いた。
 分岐体には体験再生(XP)の記憶を命じてある。すべての苦痛も味覚も感情も最高の精度で記録されているし、支援AI(ミューズ)が記録状況を監視し、その一部を転送してもくれている。死にかけた分岐体(フォーク)の体内では苦痛を制御するために過剰なアドレナリンが分泌されて異様な高揚感とともに記憶のリフレインが始まっている。いわゆる走馬灯が回るという現象だ。
 この状況で酒を飲むのはおそらく死を早めることになることになるが、同時に、末期の酒は美味いという事案を検証する絶好の機会である。
 ダンビルは、もう一度、グラスを傾けた。
 ひとしずくの赤いワインが唇に注がれる。
 死にゆく分岐体(フォーク)の唇に。

(終わり)




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朱鷺田祐介プロフィール


朱鷺田祐介既刊
『魔都紅色幽撃隊
FIRE BALL SUMMER GIG』