「見守り」谷田貝 和男


(PDFバージョン:mimamori_yatagaikazuo
「ごめんなさい。もう悪いことはしないよ。これからはおばあさんのお手伝いをするから、ゆるしてよ」
 たぬきはおじいさん、おばあさん、そしてうさぎにあやまったので、うさぎはたぬきを助けてあげました。
 心を入れかえたたぬきは、おばあさんのてつだいをしてくらしたそうです。めでたし、めでたし。

 ぼくの読んだことのある民話『かちかち山』は、こんな終わり方になっている。
 しかし、本当の結末は違うことを、大きくなってから知ることになった。おばあさんは鍋で煮られ、その報いとしてたぬきは泥船に乗せられ、船が溶けておぼれ死ぬのだ、という。
「年齢指定により適切な描写に変更されております」
 それは、電子書籍タブレットに表示された「絵本」の巻末に記されていた文句だが、幼い頃はまだ、その意味が分からなかった。
 オリジナルのラストは子供に読ませるには残酷すぎる、ということらしい。
 だからぼくは、『かちかち山』の本当のラストを読んだことがない。

 小さな頃『かちかち山』が読めなかった少年が、大きくなってからのこと。
 以前から興味を持っていた推理小説だった、『占星術殺人事件』を選んで、電子書店にアクセスし、ダウンロードの手続きを取ろうとする。しかし、端末には警告の表示が出た。
「ペアレンタルロック この小説は保護者の意向によってあなたへの閲覧が制限されています」
 『Yの悲劇』を読もうとしたときもそうだった。少年が興味を持った本は、ことごとく読むことが出来ないのだ。
 「本」というものが、印刷された紙の束を綴じたものから、電子情報となった時代。
 データをネット経由でダウンロードし、個人が持っている端末で読む。何千冊、何万冊もの情報を手元のタブレットで瞬時に読み出せる。
 本の情報はオンデマンドで速やかに配信されるので、好きなときに好きな本を読むことが出来、読みたい本が絶版で手に入らないということも存在しない。
 地域住民や生徒を対象としたライブラリサービスを利用すれば、居ながらにして電子書籍が無料で一定期間端末に配信され、読むことが出来る。しかし、同じものは連続して借りられないし、同一電子書籍の通算貸し出し回数も限度がある。コピーにも制限がかかっており、著者の権利は守られている。
 電子書籍の黎明期、普及の障害になっていた諸々の難関は、大半がクリアされた。
 しかし、その代償として、システムにどんな本を読んでいるかというログを残すことになってしまった。
 それは、ネットの黎明期に発生した問題が尾を引いている。、
 年少者がネットを経由して、青少年に有害と思われる情報に簡単にアクセスできるとして、問題になった。
 出版業界は、表現の自由を守る代償として、ゾーニングを受け入れることになった。個人認証をしなければ電子書籍を閲覧できず、レーティング対象の年齢に満たないユーザーにはアクセスが不可能になる仕組みだ。
 同時に整備されたのが、閲覧ログだ。保護者は子供の閲覧ログにアクセスすることができ、どんな本を読んでいるかを把握し、読ませたくない本を選別することが出来る。
 そして保護者が「不適切」と判断された本は、閲覧が不能になる。また、「親と一緒の読書を推奨」という表記が出る場合もある。
 「子供を有害な情報から守るため」という大義名分の元、子供の読書は、親や教師といった保護者に完璧に管理されているのだ。
 少年はそんな状況に、苛立つばかりだった。彼に思いつく限りの方策を試みたが、なんともならない。
 そしてある日、ついに学校から、こんな通知がやってきたのだ。

 あなたは日常の言動、読書傾向などから、専門家によるカウンセリングを受けるのが望ましいと判定されました。
 ×月×日に、指定された健康相談センターで受診して下さい。

 言われた日に出向いてカウンセリングを受けた。中年女性のカウンセラーは愛想がよく、たわいのない話しかしなかったが、愉快な体験ではなかった。
 和やかな会話の中にも、読書傾向や興味を、職業的な鋭さで緻密に聞き出そうとしていたからだ。
「こんな本を読んでみたらどう?」
 やんわりとだが、当たり障りのない本を読むように指導もされた。
 自分の頭の中が、なにもかも、筒抜けになってしまう。
 少年の欲求不満はたまる一方だった。
 その帰り道。
 普段は通らない道を歩いて行くと、古い建物の前で足が止まった。長い間放置されてきたようなボロボロの外観。掲げられている門標には「LIBRARY」とある。
「……図書館だって?」
 そんなものが、まだあったとは。
 おそるおそる扉を押してみると、簡単に開いた。
「おや、どなた」
 人の気配を察したのか、中から老人が出てきた。
「はじめまして。わたしは司書だよ。この図書館の管理を任されてるものだ。でも、もう留守番みたいなもんだがね」
 老人はにこやかだった
「ここはもともと、この家のご主人様のコレクションだったんだ。今時紙の本を集めている好事家で、亡くなったときに、遺言を元に私設図書館を作った。紙の本が読みたいひとなら誰でも大歓迎なんだが、利用者は、ほんとうに久しぶりだ。どうぞ」
 廊下の奥にある開架書庫に通された。広い部屋には書架が立ち並び、そのどれにも、上から下まで本がぎっしり詰まっている。
 こんなにたくさん本がある場所に入るのは、はじめてだった。
 少年は並ぶ背表紙を、しばらく見入っていた。
「すごい」
「ここにある本は、どれでも自由に読んでいいよ」
「ありがとうございます」
 天国だ、と思った。
 ペアレンタルロックがかかり、アクセスログが検閲される自分の端末でなく、紙の本を自由に手にとって読むことが出来る。そこには何の制限もない。
 その日から、少年はこの施設に通い詰めた。
 小説や歴史書、その他の本を片っ端から読んでいくうちに、ある歴史上の人物に惹かれていった。関係する書物を次から次へ棚から抜き出し、読破する。彼の思想、業績……すべてが少年を魅了した
 机上に大量の本を積み上げ、一心不乱に読みふける少年に、司書の老人が声をかけた。
「ほう、熱心に読んでいるね」
「この本が大好きなんです」
 少年は目を輝かせながら答えた。
 手に取った本の表紙には、アドルフ・ヒトラー『わが闘争』と書かれていた。

(了)




谷田貝和男プロフィール


谷田貝和男既刊(共著:頭脳組合名義)
『ノストラダまス
予言書新解釈』