「プラネタリウム小説いろいろ」鬼嶋 清美

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 みなさんはプラネタリウムに行かれたことがありますか? 行かれたことのある人はもちろん、そうでない人でも、プラネタリウムが星を映す機械だということは、ご存知かと思います。
 扉を開けて中に入ると、そこには白いドームの天井と、中央に鎮座するダンベル型の機械。座席に座って椅子を倒すと、天井を見上げた状態になります。操作卓に座った解説員が挨拶をすると、夕方の風景から陽が沈み今夜の星空を再現していく。解説員が今夜見える星座たちを指し示して、星の並びに重ね合わせるように星座絵が浮かび上がる。一度でも体感すれば、ここが特別な空間だと誰しも思うことでしょう。
 毎日「今日の星空」を映し出すことはもちろん、北極点での星空でも赤道上の星空でも、あなたの生まれた日の生まれた時間の星空でも、彼と彼女が誓い合った夜の星空でも映し出すことが出来るのです。
 そんなプラネタリウムが登場する小説を、これから紹介していきましょう。

 実在するプラネタリウムが登場し、物語上の必然性がある活躍をする最初のものは、おそらく織田作之助の長編『わが町』でしょう。ベンゲットの他あやんこと佐渡島他吉の一代記である物語のクライマックスに、かつて大阪にあった大阪電気科学館のプラネタリウムが登場し、他あやんにとって思い出深いあるものを見せてくれます。戦前に発表(1942年)されたこの小説はのちに日本映画の奇才であり生前オダサクとも交友のあった川島雄三監督の手で映画化(1956年)され、大阪市立電気科学館で実際にロケがされました。現在は岩波文庫に収録されていますし、映画もDVDで観ることが出来ます。
『わが町』に登場する大阪市立電気科学館は、1937年に日本で最初にプラネタリウムが設置された科学館です。カール・ツァイス社のプラネタリウム、ツアィスII型が設置され、1989年の閉館まで、半世紀にわたって大阪市民に親しまれていました。マンガの神様、手塚治虫も若い頃、電気科学館に通って、プラネタリウムの星空に親しんでいたといいますし、1987年の開館50周年記念講演にも出席されたそうです。
 大阪都市協会が発行していた地域月刊誌『大阪人』の2006年10月号には大阪市立電気科学館を受け継いだ大阪市立科学館の特集が組まれ、田中啓文が連載していたコラム『なんやこれ?大阪』で「なにゆえSF作家は大阪に集中しているのか。」を考察しています。大阪を中心とした京阪神で多くのSF作家を輩出したのは、電気科学館の存在があったからでないかというわけです。挙がっている作家の名前を羅列してみると、小松左京、筒井康隆、眉村卓、かんべむさし、堀晃、山野浩一……たしかに多くの作家がいることは間違いないですね。彼らのすべてが電気科学館や市立科学館に通ったかどうかは定かではありませんが、いち早く身近に宇宙に触れられる環境があったというのは、何らかの意味を感じずにはいられません。

 大阪市立電気科学館開館の翌年1938年には、東京の有楽町にあった東京日日新聞(現在の毎日新聞)本社に東日天文館が開館しました。電気科学館と同じくツァイスII型が設置されたこのプラネタリウムは、1945年、空襲によって焼失し、わずか8年という短命な運営で終えてしまいました。
 この東日天文館の空襲による焼失をモデルに書かれたと思われるのが、秋山完『天象儀の星』(ソノラマ文庫 2001年)。空襲で焼けてしまうツァイス26号機を、爆撃機の飛行士の視点から描き、その飛行士の記憶を持った青年の現代の物語が交錯するファンタジックな短編です。著者の代表作『ペリペティアの福音』と同一の歴史上にある物語ですが、是非とも復刊を期待したいと思います。
 戦後から12年が経った1957年、渋谷駅前に東急文化会館の屋上に建設された天文博物館五島プラネタリウムが開館し、銀色に輝くドームは渋谷の象徴として2001年の閉館まで親しまれてきました。
 多くの人にとってプラネタリウムのイメージは、大阪市立電気科学館と、五島プラネタリウムが作り上げてきたことでしょう。
 この五島プラネタリウムの閉館から、時空を超えて空襲前後の東日天文館を舞台に展開するのが、瀬名秀明『虹の天象儀』(祥伝社文庫 2001年)。五島プラネタリウム閉館の日の翌日、一人の少年がプラネタリウムが観たいと訪ねてくる。解説員である主人公は、もう動かない投映機を前にその機能を説明するが、少年の問いかけにあわせて星を映す投影球のレンズをのぞくうちに、時空を越えて東日天文館のある戦前の有楽町にタイムスリップする。そこで出会ったのは、当時の流行作家、織田作之助だった……。
 中編小説の分量ながら、プラネタリウムそのものが活躍する本格的なSFと呼べる小説がここに誕生したといっていいでしょう。
 また、同じく瀬名秀明にはバーチャルワールドとラブストーリーを組み合わせた長編『エヴリブレス』(徳間文庫 2008年)があり、やはり閉館間際のプラネタリウムを主人公が観に行くシーンが登場します。ここでプラネタリウムが動作して星空が描かれるシーンはプラネタリウムの動作としてはもっとも官能的な描写ではないかと思います。
 いしいしんじ『プラネタリウムのふたご』(講談社文庫 2003年)は、星の見えないある村のプラネタリウムに、双子の赤ん坊が捨てられていたことからはじまります。プラネタリウムの解説員がその双子を引き取って育て、成長した二人はやがてそれぞれの道を歩みます。ひとりは村にやってきたサーカスについていき手品師に、もうひとりはプラネタリウムの運営を手伝うようになる。双子の対称的な人生を描いていく。
 川端裕人『せちやん』(講談社文庫 2003年)は、自らを「せちやん」と名乗るプラネタリウムを自作する青年と出会った少年三人が、やがて成長してバブル経済の波の中で揉まれながら、それぞれの人生を歩んでいく。
 そもそもはヤングアダルト小説として刊行された梨屋アリエ『プラネタリウム』『プラネタリウムのあとで』(講談社文庫 2004年,2005年)の連作短編集2部作。空からフレークが降ってくる恋する少女、翼が生えてきた少年、石を生み出す少女、など少し不思議な登場人物たちの物語に、プラネタリウムが様々な形でからんできます。プラネタリウムが活躍するという意味では肩すかしを感じるかもしれませんが、ファンタジックなジュブナイルとしては非常に面白い読後感を味あわせてくれます。とはいえ、この短編集に登場してくる図書館と併設したプラネタリウムは、モデルとなる施設が都内に実在しますので、探して訪れてみてはいかがでしょうか。

 プラネタリウムのドームは基本的に真っ暗な密閉空間にならなければなりません。密閉された空間といえば、ミステリの舞台としてもふさわしいのではないでしょうか。そのいくつかご紹介しましょう。
 第3回鮎川哲也賞受賞作であり加納朋子のデビュー作である連作ミステリ『ななつのこ』(創元推理文庫 1992年)。主人公の駒子は、日常で出会った不思議な出来事を、愛読していた『ななつのこ』という短編小説集の作者にファンレターの形で送ります。すると作者からは返信で謎解きがされるのですが、その手紙のやりとりの先には、もう一つの大きな謎と仕掛けがあったのです。この『ななつのこ』には、デパートの屋上にあるプラネタリウムが舞台となるエピソードがあり、そこで解説員をしている青年との出会いが起きます。このプラネタリウムは、実際にモデルとなる都内のデパートの屋上に存在していました。残念ながら数年前に閉館となってしまいましたが、周囲の遊技場の感じなど、雰囲気はこの小説で永遠に残り続けることでしょう。
 森博嗣の犀川創平と西之園萌絵のコンビが活躍する人気シリーズの第3作『笑わない数学者』(講談社文庫 1996年)の舞台は、数学者が建てたプラネタリウムのある屋敷で起きた消失事件を軸に展開します。トリックそのものはある意味プラネタリウムという空間ならではのトリックとも言えるのですが、ミステリでありながら、この小説の美しさは、トリックではないところにあるので、そこを読めるかどうかで評価が別れる小説でしょう。
 プラネタリウムで起きた密室殺人をはじまりとして、幻想小説として展開するのが、白鳥賢司『模型夜想曲』(アーティストハウス 2002年)。プラネタリウムで殺人が発生するが、遺体とプラネタリウム本体が消失してしまう。事件の調査を依頼された探偵。しかし調査が進むにつれて、現実とも幻想ともつかぬ世界へ踏み出していく……。著者はこれ一作のみでその後の活躍が見られなかったのは残念ですが、幻想小説の舞台としてプラネタリウムが描かれたことに意義のある小説でした。

 これからのプラネタリウムは、どんなものになるでしょうか。
 星新一のジュブナイル小説『宇宙の声』(角川文庫)には、冒頭、ドーム空間でリアリティのある映像空間、つまりバーチャルリアリティ空間が登場します。現在のプラネタリウムは、デジタルプロジェクターを複数台使用して、星だけでなくドーム全体に高解像度のデジタル映像を投映する、まさにバーチャル映像空間となっています。バーチャル空間というのは、SF的なアイデアとして珍しくないものかもしれませんが、いま実現してみると、星新一の先見性に改めて驚かされます。
 第35回日本SF大賞を受賞した藤井太洋『オービタル・クラウド』(早川書房 2014年)にはヘッドマウントディスプレイに表示するプラネタリウムが登場し、頭を向ける方向に3D映像として見ることが出来るものとなっています。GPSと傾きセンサーを組み合わせればこのプラネタリウムは実現できますし、実際の開発・研究例も様々にあります。プラネタリウム本来の意味である「星の運行を表現する」空間は、ドームを飛び出して、より自由なデバイスとなっていくのかもしれません。
 プラネタリウムを改めて本来の機能である、あらゆる場所と時間の星空を再現する機械として考えたとき、それは「星空のタイムマシン」と呼ぶことが出来るのではないでしょうか。空想の世界でしかないタイムマシンが、実在する機械として体感出来るのだとしたら、その魅力を活かしたフィクションはもっと描けるような気がします。今後も新しいプラネタリウム小説の登場を期待したいものです。

(了)




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