「ウォーハンマーRPG」待兼音二郎





酸鼻と迷妄の阿鼻叫喚世界で、泥土にきらめく黄金をつかみ取れ
――『ウォーハンマーRPG』

待兼音二郎

「21世紀の精神異常者スキッツォイド・マン」――プログレッシヴ・ロック愛好家が長年慣れ親しんだキング・クリムゾンの代表作に、こんな奇天烈なタイトル改変がなされたのはいったいいつのことだろう? 精神がいびつにねじくれた男の心象風景を楽器で描き出したかのようなあの曲の原題に込められた意図を日本のリスナーに伝えるべく工夫された邦題をなかったことにし、聞き覚えのないカタカナ語に塗り替えることに何の意味があるのか? いったい何に怯えて、かくも過剰な表現規制をするのか?
 いっぽう街では、特定の民族に属する人々を名指しして拳を振り上げ、「死ね、殺せ」と、聞くに耐えない主張を拡声器でわめき散らす連中が、我が物顔で隊列を組み、靴音を響かせている。いったいなぜ、その者たちは野放しにされているのか?
 そして牢獄では、冤罪で囚われた者が無実を訴える声が何十年間にもわたって黙殺され、再審がかなわぬまま獄中死する者さえいる。なぜ、正義の裁きはなされないのか?




 目に見えぬ何者かがいつかふりおろすやもしれぬ鉄鎚に皆が怯え、事実を歪曲した盲説を信じ込んだ者たちが狂信的な主張を連呼する――われわれが生きているこの社会は、ほんとうに21世紀なのだろうか? キング・クリムゾンの「21st Century Schizoid Man」が発表され、アポロ11号が月面着陸を果たした1969年にはあれほど輝いて見えた人類の未来が、さまで停滞した暗黒社会だったなどということがあってよいのか?
 いや、それとも……いつか、どこかで時空がねじ曲がり、われわれ全員が落とし穴に呑まれるように、どこかの異世界に迷い込んでしまったというのが、事の真相なのではあるまいか?
 ――そう、『ウォーハンマーRPG』がプレイヤーたちを叩き込む、迷妄と酸鼻の阿鼻叫喚世界へと。

 高潔な理想が天空に輝き、正義の剣は民衆の歓呼に送りだされ、悪はやがて打ち滅ぼされて、善政の恵みがあまねく世を覆う――そんなファンタジー世界は、たしかに存在する。
 だがそれは、ウォーハンマーの世界ではない。
 世界は暝く、冷酷だ。正義の呼びかけは、酒場の喧騒にかき消される。うす穢い酒場では、自暴自棄のトロール殺しが火酒をあおり、暗殺者や賞金稼ぎが儲け話に目を光らせ、魔狩人が聞き耳をたてている。君は口をつぐむだろう。それが賢明な生き方だからだ。エンパイアの法は非情にして即決、魔狩人に肩を叩かれることは、火刑台への招待状なのだから。
 慌てて表へ出ると、濁った緑色の月が夜道を照らしている。あれはモールスリープ、死の神の名が冠された混沌の月だ。禍月の満月の夜には、きっと不吉な何かがおきる……。
 通りの向こうから、おかしな集団が歩いてきた。鞭打苦行者だ。うめき祈りつつ行進するイバラを巻いた狂信者らに、君は壁にはりついて道をゆずる。
 角を曲がると、君は小走りになる。挫けた理想が、君の胸を焦がしていた。もういい、この街から逃げ出そう。背負い袋ひとつだけ肩にかけて。
 大通りへでた君は、警備隊に呼び止められた。ランタンで顔を照らされ、扇動者ではないだろうなと詰問される。とっさに嘘が口をついてでた。すらすらと君は言い逃れ、良心の痛みのなかで、詐欺師の才能をおぼろげに自覚する。
 君の作り話を、警備隊長は髭をつまみながら聞いていた。君はとっさに、通りがかったネズミ捕りを指さす。商売道具を小脇に抱えた貧相な男は、困ったような笑顔を浮かべる。
 それで見事に話のオチがついた。警備隊長は大きくひとつうなずいた。
「俺じゃねえぞぉぉ!」不運な男は、届かぬ叫びを寒空に響かせて引き立てられていく。
 君はあらためて、緑色の濁った月を見上げた。エンパイアで生きるすべを、いま君はつかんだのだ。


 これはかつて筆者がウォーハンマー世界を書き表した一文である(「ゲームジャパン」2007年2月号掲載)。背景世界のモデルはドイツ30年戦争の頃のヨーロッパ。マイケル・ムアコック著『軍犬と世界の痛み』、その主人公の傭兵隊長フォン・ベックのようなキャラクターにプレイヤーたちがなりきってプレイできるゲームと考えるとわかりやすい。
 ただしこの世界には魔法が存在する。”魔力の風”を一身に受け止めることで、神変不思議の術が操れるのだ。だから魔力は放射能のごとき危険物であり、扱いを誤れば事故も起きる。身に帯びた金属が永久磁石に変わるといった小規模なものから、術者が”混沌の領域”に吸い込まれて行方不明になるというような大規模なものまでがある。そうして魔術師は少しずつ狂っていき、身体のあちこちが少しずつ奇形化していく。
 そうした魔力のスパイスでもあるのが、遠い昔に飛来した彗星がもたらしたとも言われる、ワープストーン(変異石)という鉱物だ。この鉱物は世界中に散在し、住民に奇形をもたらしている。片眼が口になった女や、額から小人が生えた男が、そこかしこに存在する。そのように「身体が不自由な」人たちの人権への配慮などはこの世界にはひとかけらもなく、むき出しの蔑視や差別が渦巻いている。
『ウォーハンマーRPG』ではプレイヤーキャラクターや、重要な脇役である貴族の令嬢が、そうした異形者であることも珍しくない。ことに混沌教団には”魔力の風”にさらされて精神や肉体に異常をきたす者が多く、先に挙げた魔法使いなどはその際たる例だ。そうした邪宗門の奇形者らが隠れ処に集まって混沌神を崇める酒池肉林の宴を催すという、山田風太郎が初期短篇「畸形国」で描きだしたような光景もこの世界では日常の一部だ。

 そう聞くと、なんと大袈裟で現実離れした世界設定かと思われるかもしれない。だが、ウォーハンマーの世界は近世ヨーロッパに魔法を加味してデフォルメしたものだとは、必ずしも言い切れない。前述のようにこの世界は太古に飛来した彗星によって放射能のごときものに汚染された。ことによると、栄華を極めた文明がその時点でいったん滅び、科学技術も途絶え果てて、かろうじて残ったその残滓が魔法によるカラクリ仕掛けとして混沌信者に伝えられ、現在に至っていると読めなくもないのだ。つまり、『北斗の拳』で描かれるようなディストピア世界だ。
 無軌道な暴力と迷信と、弱者への容赦ない蔑視に支配されたこの世界は、人間の本質がむき出しになった社会でもある。同調圧力に日々さらされ、空気を読んでまわりに合わせることを強いられている皆さんには、ぜひこの世界を体験することをおすすめしたい。いや、冒頭にも挙げたように、我々は真実の21世紀を目にする前にこの世界に迷い込んでいるのかもしれない。だとすれば、ここで生き抜く術を一刻も早く見つけ出さねばならない。
 そこで、濁世を切り拓く冒険者の皆さんへの応援歌として、アイアン・メイデンの「Bring Your Daughter… to the Slaughter」を紹介しよう。「おまえの娘を連れて来い。殺戮の場へ」という歌詞は、いかにもこのゲームの登場人部が呟きそうな一節だ。ちなみにこの曲はもともと、映画『エルム街の悪夢5 ザ・ドリームチャイルド』のサウンドトラックで使われていたものである。




 ダークファンタジーの雄『ウォーハンマーRPG』第二版の翻訳は、2006年末にホビージャパンから発売されたが、品薄で入手困難な状況が長らく続いていた。
 しかし2015年春、ルールのエラッタをすべて適用した第二刷がリリースされ、店頭で新品が入手できるようになった(http://hobbyjapan.co.jp/wh/)。
 ロールプレイング・ゲームに馴染みがない方も多いかと思うが、プレイのようすを生中継する「『火曜の夜は冒険者!』ウォーハンマーRPG配信」が毎週火曜日にニコニコ生放送で配信されているので、第一回からさかのぼってご覧になることをおすすめしたい。
 また、かつて岡和田晃氏が「ゲームジャパン」誌上に連載したリプレイ二篇の全話がホビージャパンのサイトからPDF形式で無料ダウンロードできるようにもなっている。そちらも、大いに理解の助けとなるに違いない(ダウンロードURL:http://hobbyjapan.co.jp/wh/gamejapan/index.html)。






待兼音二郎プロフィール


待兼音二郎翻訳作品
『ウォーハンマーRPG 
基本ルールブック』