「現代SFを楽しむためのキーポイント:ナノテクノロジー」岡和田晃

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 ナノテクノロジー(以下、ナノテク)の「ナノ」とは、十億分の一の単位を表す接頭辞であり、もともと小人を意味するギリシャ語の「nannos」とラテン語の「nano」に由来している。一ナノメートルは、一〇のマイナス九乗メートル=十億分の一メートルを意味しており、ナノテクとは一般に、このような極小単位(ナノスケール)で原子や分子の配列を自在に制御することにより、望みの性質を持つ材料、望みの機能を発現するデバイスを実現し、産業に活かす技術と定義されている。ナノテクノロジーという言葉を人口に膾炙させたのは、エリック・ドレクスラーの『創造する機械』(一九八六年)を嚆矢とする。ドレクスラーは分子機械工学という学問分野を提唱し、ナノスケールの機械を「アセンブラー」と名づけた。アセンブラーを用いれば、原子を配列を自在に制御でき、自然の法則の許す限り、何でも作り上げることができるというのだ。極端な話、ありふれた材料をアセンブラーに入れ込んでおけば、車でも飛行機でも、好きなものが出来上がるという塩梅である。このようなプロセスは生物の身体のなかでも起こっていることである。ドレクスラーの発想は、学術論文としての厳密さを欠いていると批判されたが、科学界に強烈なインパクトを与え、広く浸透を見せもした。「医療、宇宙、コンピュータ、製造技術のこれからの進歩は、すべて原子を配列する我々の手腕にかかっている。だからアセンブラーを使えば、我々の世界を再構築することも可能だし、破壊することもできる」と告げたドレクスラーは、ナノテクの利点だけではなく、危険性についても言及していた。ナノテクは、純粋に技術のみが追究されるだけのものではなく、それによりもたらされる社会的影響込みで考察される対象とするべきものである。だからこそ、ナノテクは複雑な社会状況を理論的に描く現代SFの方法論と強い親和性を有している。
 ナノテクSFの起源はシオドア・スタージョンの『極小宇宙の神』(一九四一年)にまで遡ることができる。映画『ミクロの決死圏』(一九六六年)はナノテク的な考え方を広く知らしめたが、先端技術としてのナノテクにいち早く着目したSF作家は、ドレクスラーと同時代に華々しい活躍を行なっていたサイバーパンクの作家たちだった。彼らは情報環境の進展だけではなく、ドレクスラーのヴィジョンを巧妙に作中へ取り入れたのである。とりわけグレッグ・ベアの『ブラッド・ミュージック』(一九八五年)やニール・スティーヴンスンの『ダイヤモンド・エイジ』(一九九五年)は高い評価を集め、一九九〇年代以降は、SFのサブジャンルとしての「ナノテクSF」が定着を見せた。現在では、ナノテクは主題的に扱われるというよりも、SFガジェットの一種として自然に登場するケースが多いようだが、ナンシー・クレス『ナノテクが町にやってきた』(二〇〇六年)のような作品も江湖に問われている。一方、日本においては、『ブラッド・ミュージック』に強い影響を受けた森青花『BH85』(一九九九年)や黒葉雅人『宇宙細胞』(二〇〇八年)等を、ナノテクSFの代表作として取り上げることができるだろう。加えて、映画やコミックのみならず、ハードSF的な自然科学志向とは異なるスタイルを志向したスペキュレイティヴ・フィクションが――荒巻義雄『柔らかい時計』(一九六八年)や、飛浩隆『夜と泥の』(二〇〇四年)のように――ナノテクのヴィジョンと作品の世界観がうまく結びついた佳作として読み直され、新たな解釈を生むケースも少なくないようだ。


【主要参考文献】タヤンディエー・ドゥニ「日本SFにおけるナノテクによる社会的影響の批判的展望:『銃夢』のケーススタディ」「立命館言語文化研究」22巻3号、立命館大学国際言語文化研究所、二〇一一年。

[初出]『ポストヒューマニティーズ 伊藤計劃以後のSF』(二〇一三年、南雲堂)より改題。



岡和田晃プロフィール


岡和田晃 参加作品
『きっとあなたは、あの本が好き。
連想でつながる読書ガイド』