「10年目の贈り物」朱鷺田祐介

(紹介文PDFバージョン:jyuunennmenoshoukai_okawadaakira
 『エクリプス・フェイズ』日本語版翻訳監修者の朱鷺田祐介による新作「10年目の贈り物」をお届けしよう。

 アナログゲーム総合情報書籍「Role&Roll」Vol.140で『エクリプス・フェイズ』特集が組まれる。あたかも、それと連動したかのように公開となった本作は、さながら朱鷺田祐介がこれまで書いてきた『エクリプス・フェイズ』小説の、ひとまずの集大成のような作品である。

 ランディ・シーゲル、メアリー・I、そしてジョン・ダンビル。お馴染みの彼らが登場するのだが、彼らの冒険が言及される仕掛けには、ニヤリとさせられること必至だろう。
 そして、10年前に起こった惨劇……そう“大破壊(ザ・フォール)”。そこで何があったのか。それが10年後の“現在”に、どのような影響を与えたのか。
 ぜひ基本ルールブックの「運に見放された宇宙における、人々の歴史」とあわせて読み、設定を活かす参考にしてみてほしい。

 また、木星共和国の艦隊の設定等は、サプリメント『Rimward』(未訳)の情報が参照されている。

 朱鷺田祐介は、「Role&Roll」Vol.137からは『シャドウラン』のワールドガイド「ストーム・フロント」の連載を開始。今年も精力的な活動を続けている。(岡和田晃)




(PDFバージョン:jyuunennmeno_tokitayuusuke
 ……やがて、大洪水がやってきて、地上の罪深き者たちが滅びた後、生き残ったノアは、地に落ちた葡萄の蔦を見つけ、これを地に植えた。その蔦は、エデンの園に生えていたものを、サマエルが地上に投じたものである。ノアは、これを発見し、「これはいかなる植物であり、植えてもよいものなのか?」と神に問いかけた。
 天使ファマエルが現れ、それはアダムを揺るがせた葡萄の蔦であると教えた。
 ノアはさらに悩み、神に問いかけるため、四十日間の祈りをささげた。
 やがて、神は天使サラサエルを遣わしてその言葉を伝えた。
「ノアよ、立ってそのつるを植えよ。神がこう言われるのだから、この木の苦さは甘さに変えられ、そこから生ずるもの(ワイン)は神の血になるでしょう。その木のおかげで人類は罰を受けたのだが、今後はインマヌエルなるイエス・キリストを通して、その木において上へのお召しを受け、楽園に入ることを許されるであろう」

――キリスト教偽典『ギリシア語バルク黙示録』より


1:キリマンジャロ・ビーンストーク

 それはぎりぎりのタイミングで、キリマンジャロ山頂の宇宙エレベーターを登っていった。戦略支援AI群、通称ティターンズ(TITANs)が引き起こした世界群発戦争からの避難民で混み合い始めた宇宙エレベーターの特別シートをひとつ、大枚はたいて買った。ずいぶん、コネも使ったが、得られたのは特別シートひとつと、40キロの荷物スペースだけだった。分岐体(フォーク)をひとつ作り、1ケースのワインとともに軌道上へ送った。
「私(かれ)に伝えてくれ。これが最後だ」

 男はドイツに戻り、ライン河右岸(ラインガウ)で死んだ。
 殺したのはティターンズの戦闘機械のうち、ヘッドハンターと呼ばれるタイプだった。ヘッドハンターは通常のルーチン通り、男の首を回転ノコギリ(バズソー)で切り取った後、巣である機械工場に持ち帰った。男の魂(エゴ)は切り取られた頭部からスキャンされ、メッシュにアップロードされた。太陽系通信網そのものであるメッシュは魂(エゴ)データを受信した。この時期、同様にアップロードされた多くの死者の魂(エゴ)と同様に、男の魂(エゴ)も月のクレーターの底にあるデータ・ストレージに放り込まれた。
 後に、〈大破壊(ザ・フォール)〉と呼ばれる一連の戦争と破壊の中で、人類の90%以上が死に、その何割かが、こうして魂(エゴ)をアップロードされ、その復活は戦後の大きな課題となった。ライン河の岸辺で死んだ男の魂(エゴ)は多くの人々とともに眠りについた。

2:インナーフリンジの死体

 それは茫漠たる星の海のど真ん中だった。
 火星軌道の外側に広がる何もない真空。
 メインベルトと呼ばれる小惑星帯の内側で、木星圏まで光の速度で後四十分……五億八千万キロという距離はどれほど近くて遠いのか? いずれにせよ、トランスヒューマンが高度な宇宙船無しに達することのできる場所ではない。
 ゆえに、この空虚の領域は、しばしば、インナーフリンジ(内界の果て)と呼ばれる。内惑星圏と外惑星圏の境界(フリンジ)に当たるからだ。
 そんな世界を粛々と旅する者がいた。
 元はおそらく軌道構造物を建設するための可変型作業モジュールであったのだろう。球形の核から、多数の作業腕が飛び出し、それぞれの先端に工具状の鉤爪やハサミ、切断用のトーチなどがついている。低重力環境で飛翔するための翼はどことなく翼竜に似ていたが、それはおそらく収斂進化にすぎない。
 それを生み出したのはTITANs(ティターンズ)と呼ばれる。戦術支援ネットワークAI群の略称で、世界の軍事システムから生まれ、特異点(シンギュラリティ)を超えた存在だ。彼らがいつから「自我(エゴ)」を持ち、トランスヒューマンの殲滅を決めたのかは分からない。
 だが、10年前、彼らはトランスヒューマンの殲滅を始めた。
 まず、密やかに彼らが主導する形で、群発的な戦闘が始まり、世界大戦へと雪崩れ込んだ。戦闘機械群やナノスウォーム、コンピュータ・ウィルス、生物兵器が地上を死で満たした。ナノスウォームとは、まるで雲のように巨大な、破壊的なナノマシンの群れで、地上の多くの物を分解し、喰らい尽くした。
 地球以外の惑星や宇宙居住区(ハビタット)でも、ティターンズのウィルス・プログラムに感染した機械が暴走し、住民を殺戮した。これにより、人類の90%以上が死に至り、地球は滅びに向かった。
 いわゆる大破壊(ザ・フォール)である。



 ティターンズの脅威が具現化した後、人類(トランスヒューマン)陣営は可能な限りの反撃を行った。月・ラグランジュ同盟は月面のマス・ドライバーから、地球上のティターンズの拠点を質量爆撃した。
 ティターンズがどうなったかは不明だが、やがて、彼らの活動は停止し、自律活動する戦闘機械群やウィルス兵器、自己増殖型ナノスウォームが取り残された。地球は危険な場所として封鎖され、侵入することは禁じられた。
 〈大破壊後〉10年。
 ティターンズから人類殲滅の命令を受けた戦闘機械のひとつが、悠々と真空を渡っていた。それはやがて、外惑星に達し、人類の生き残りを殺戮する。
 だが、その命令は中断された。
 戦闘機械のセンサーの範囲外から放たれた粒子ビームが戦闘機械を直撃、戦闘機械は爆散した。

「命中確認、対象は消滅、ミッション終了」
 戦闘機械の航路から1光秒(30万キロ)離れた宇宙船クイックシルバー号のキャビンにいた宇宙探検家ランディ・シーゲルの脳裏に、メアリー・I(α4)が報告した。
「了解」
 と、脳内で答えると、艦橋のコンソール上に浮かんだ女性のホログラムがオレンジに輝くクジラのような魚体に変わり、くるりと宙返りする。
 メアリー・I(Iは情報体(インフォモーフ)のI)は肉体を持たない魂(エゴ)だけの存在、情報体(インフォモーフ)である。汎用人工知性(AGI)として誕生し、人格を与えられた彼女は、人類への友好を組み込まれた「暴走しないAI」である。彼女のオリジナルは、太陽フレアの中を泳ぐ宇宙クジラ義体(モーフ)「スーリヤ」にいるが、今回、この艦の操縦役として、魂(エゴ)のコピーである分岐体(フォーク)を搭載している。AGIとして、多数の分岐体(フォーク)を持つ。この船のコンピュータには、彼女のオリジナルから直接コピーされた四番目の分岐体が駐在しており、アルファ4と呼ばれている。
 そこで、環境にいたもうひとりの女性が言葉を発する。
「周辺1億キロ以内に誰もいないからって、〈ファイアウォール〉も、何でもアタシたちに押しつけるのはやめてほしいわね」
 スカムの自由戦士シュガー・ヴァイオレットが強化現実(AR)の砲術コンソールを確認しながら、言った。1光秒……地球7周半分の距離を越えて砲撃を行ったのは、シュガーだ。
 シュガーは、バランスの取れた肉感的な肉体を持つ女性で、髪は今日のラッキー・カラーの紫だ。昨日もそうだったが。使用している義体(モーフ)は戦闘用のフューリー。化学的な手法で神経伝達系を加速し、高速で行動できる。それに加えて、長年、宇宙をさすらってきたスカム(星屑)と呼ばれる人々の荒っぽい暮らしの経験が彼女をおそるべき戦士に仕立てていた。
「ファイアウォールも人手不足なんだよ」
 とランディが応える。
 ランディとシュガー、メアリー・Iは、人類絶滅の危機(Xリスク)と戦う秘密組織〈ファイアウォール〉のエージェント、センティネルである。彼らは別のミッションでこの宙域にいるのであるが、ティターンズの戦闘機械が発見されたため、処理を依頼されたのだ。
「戦闘機動もしない慣性航行中のカモなんて撃っても楽しくないわ」
「しかたないだろ?」とランディが彼女をなだめる。「今、このあたりにいるのは俺たちだけなんだ」
「ま、わざわざ木星方面へ宇宙船で行くってのが酔狂よね」
 そもそも、この時代、インナーフリンジを宇宙船で旅するということ自体が珍しい。
「エゴキャストじゃだめなの?」
 魂(エゴ)がデジタル化されたこの時代、宇宙旅行はエゴキャストによって行われる。魂(エゴ)のデータのみを送信し、現地で義体(モーフ)に着装すればいい。送信自体は太陽系内同士なら、どこでも半日以内に届く。
「それは説明しただろ?」とランディ。
 この会話は宇宙旅行の暇を潰すために繰り返される愚痴に過ぎない。
 シュガーもランディも理解している。
 エゴキャストは非常に便利だが、魂(エゴ)データの受信から義体(モーフ)の着装を行う施設が目的地にあって初めて可能になる話だ。
 ファイアウォールが依頼してきた惑星間空間の未確認物体の調査となれば、直接、出向くしか無い。物理的に移動するとなれば、反物質エンジンを装備した最新鋭宇宙艦「クイックシルバー」であっても、火星から木星までは二週間、通常の水素エンジン型の反動推進ロケットでは二ヶ月近くかかる。
 こんな場所をうろうろしているような酔狂な者はそれほど多くない。
「そうでもないわ」
 メアリー・Iが全天走査の結果を表示する。
 400万キロ彼方の浮遊小惑星で宇宙コロニー(ハビタット)建設を準備している小規模の真空労働者(ヴァック・ワーカー)集団。2000万キロ彼方で氷の小惑星(アイステロイド)を火星に向かって牽引する宇宙探鉱者たちの作業船。火星から土星へ向かって自由落下軌道をのんびり流れていく巨大なスカム・バージと随伴艦の群れまでは5000万キロ。
 そして、月のマス・ドライバーから木星へ向かって撃ち出された無人カーゴまでの距離は4万キロ。
「おや、ずいぶん近いね」
 地球一周分以上の距離を近いと感じてしまうのはランディの感覚がおかしいのではない。低速な宇宙カーゴであっても、その速度は音速の100倍を超える。
 そして、ランディが何か問いかける前に、メアリー・Iは軌道要素を計算し、表示する。同時にカーゴをハッキングして、荷主や宛先を表示させる。

   宇宙カーゴ:4729133
   発信地:月面マス・ドライバー
   到着地:ガニメデ
   発射時期:〈大破壊〉0年
   荷主:ジョン・ダンビル
   宛先人:アダム・マキャノン

 メアリー・Iの注釈がバタバタと点滅し、全員の意識に浸透していく。

 ガニメデ:木星の衛星。現在は木星共和国(>>>バイオ保守主義の牙城。通称・木星独裁帝国(ジョヴィアン・フンタ))の首都。
 アダム・マキャモン:キリスト教者。枢機卿。ヴァチカン市国法王庁所属。現在はガニメデに亡命した法王の側近。

 リンクされた情報が全員のメッシュに不安をかきたて、それはそのまま、量子通信で〈ファイアウォール〉の連絡役(プロクシ)に送信される。
 ガニメデは現在、バイオ保守主義でパラノイアな軍事独裁国家となった木星共和国の本拠地であり、地球滅亡後、地球から脱出したカソリックの総本山、ヴァチカンの避難先でもある。枢機卿宛てとなれば、おそらく、このカーゴは法王庁が脱出の際に送り出した貴重品を運んでいるのだろう。
 そして、ジョン・ダンビルの名前が不安を掻き立てる。ミートハブでの一件、さらに、太陽系外惑星「エコーⅣ」での事件が擬似的な記憶を通して思い出される。

 ミューズ:XPで事件経過を再生しますか?
 「ミートハブ
 「エコーⅣ

 ジョン・ダンビルは太陽系全域で活動する資産家だが、その際立ったグルメ指向が奇妙な事件を引き起こしてきた。ミートハブでの反物質による大量殺人の犯人であり、エコーⅣに建設された葡萄農園での奇妙な殺人事件の被害者でもあった。
 そして、このカーゴは10年前、〈大破壊〉の末期に、打ち出されたものだ。自律性の低い無人カーゴで送り出したためか、現在の常識からは考えられないほどの低速で、木星圏まで10年以上かかる予定だ。自由落下軌道のスカム・バージや周回軌道移民船でもなければ、考えられない速度だ。
 10年前のジョン・ダンビルが何を法王庁に送ったのか?
 〈ファイアウォール〉も同じ結論に達したようだ。すぐさま、調査ミッションが指示された。この宙域にやってきた本来の調査ミッションは、それほど急がない部類だったので、優先順位リストが更新される。

 反物質エンジンを搭載したクイックシルバー号にとって、4万キロの距離はわずか数分でしかないが、カタツムリのようにゆっくり動く無人カーゴに合わせて減速するのにさらに十五分かかった。
 カーゴはデブリ避けの円錐型のノーズコーンをつけた巨大なコンテナである。ノーズコーンは長い旅の苦労を示すように複数の穴が空いている。ナノマシンによる自動メンテナンス・システムを装備していても、まだ埋まらない大穴は感知できなかった大型のデブリにぶつかったのか、それとも……
「海賊どものビーム砲だね」
 シュガーが言った。
「被害者がいる」
 コーンの縁のあたりに引っかかった銀の物体がある。映像を拡大してみると、それは人間だった。内惑星圏で多用される、強い太陽光を反射する銀色の宇宙服を着用しているが、何かがぶつかったのか、頭部は跡形もない。おそらく、スタック(大脳皮質記録装置)も失われているだろう。胴体にも多数の傷がある。多くはデブリの貫通した孔だが、明らかにビームと思われる焼けた銃痕も見える。
「誰かな?」
 疑問はすぐに回答された。メアリー・Iが宇宙服に残された電子タグを解析したのだ。
「ジョン・ダンビル、送り主ね」
「分岐体(フォーク)だよな?」と、ランディ。少なくとも、ランディの分岐体(フォーク)が最近、ダンビルに二度会っている。
「α3。10年前に地球で制作された彼の三人目の分岐体(フォーク)です。
 オリジナルに連絡しますか?」とメアリー・I。
「まあ、待て。カーゴの中を確認してからだ」

「空っぽだね」
 宇宙服を着てカーゴの中身をのぞいたシュガーが答える。カーゴのハッチは開けっ放しだった。真空になったカーゴの中には金属片が浮いているだけで、何もなかった。おそらく、海賊の仕業だ。カーゴごと曳航しなかったのはなにか理由があるのかもしれない。中身の価値だけで十分と踏んだのか? 推進剤をケチったのか?
「さて、どうする?」
 ランディは悩まなかった。
 自分の「娘」リディア・シーゲルにこの事件の解決を命じた。

3:秋の匂い

 月のドーム都市プラトー。
 目覚める前に、リディアの脳裏には「父」から送られてきたXP(経験再生)がインストールされていた。
「ややこしいことになりそうね」
 リディアは毛布で出来た子宮のような、微重力下睡眠用のハンモックから這い出しながら、呟いた。
「だから、お父上は、あなたに解決を依頼したのでしょう?」
 ゴーストライダー・モジュールの中でメアリー・Iが答える。「遍在する」と自称するAGIのコピーのひとつがまるでミューズ(個人用の支援AI)のように、リディアの脳内に相乗りしているのである。すでに情報は共有され、デジタル・アシスタントとしてのメアリーが更新されている。
「お父上ね。血縁って断ち切れないのかしら?」
 リディア・シーゲルは、宇宙探検家ランディ・シーゲルの遺伝子的な娘ではない。
 彼女はランディ・シーゲルのα3分岐体(フォーク)だ。ゲートクラッシャーとして、異星人の残したワームホール・ゲートの彼方の太陽系外惑星を探索するランディは故郷のタイタンはもとより、太陽系を留守にすることが多い。そのために、彼が自分の代理人として制作した分岐体(フォーク)だ。そして、その際、社交能力と生存能力を向上させるために魂(エゴ)のレベルから、性別を女性に変更した。美しい金髪やきらきらした青い目は父親譲りだ(クローンなので、当然である)。
「まあ、そのために私は生まれた。
 それもまた楽しいわ」
「あなたが許可すれば、ジョン・ダンビルとコンタクトします。
 カーゴの件を伝えますか?」
 内惑星圏にいる相手ならば、誰かにコンタクトするのは簡単だ。すべての人々のアドレスは公開されており。メッシュで検索するだけでアドレスどころか、過去の履歴すべて、現在位置まで分かる。プライバシーという言葉は、遍在するメッシュ・ネットワークとその支配下にあらゆるセンサー群の生み出すビッグ・データの前に、超贅沢品という貴重なものに変わった。
 メアリーの言葉の背後にはすでに、リンクした多大なデータがある。
 ジョン・ダンビル(オリジナル)の居場所はリメンブランス。地球を見下ろす静止軌道の宇宙コロニー。地球を懐かしむ人々の住処。代理人である複数のα分岐体(フォーク)が太陽系の内外で活動し、月面にも、著名なレストラン・チェーンを切り盛りしつつ、美食に勤しむα2がいて対外的な活動を多々担っている。
「小細工を弄するのはなし。α2のアポイントを取って。カーゴのことも伝えて」
 リディアは自分の才能と父親の勘を信じた。
 α2のアポイントは1秒で取れ、ヴァーチャル・リアリティでのミーティングが設定された。リディアは外惑星でデザインされた仮想現実用ドレスをまとって、ミーティング・スペースにアクセスする。

“ウルトラ・ヴァイオレット”

 メアリー・Iが警告し、五感フィルターを起動する。
 想像するべきことだった。
 ジョン・ダンビルは職業的なグルメだ。
 彼はXPを使って自らの美味体験を売っている。ミートハブに彼がいたのも、ネオ・ブルターニュで彼が殺されたのも、美味体験を追求したが故だ。当然、彼はヴァーチャル・リアリティでもそれを疎かにはしない。美味を共有できる最高レベルの仮想現実(サイマル・スペース)。それは現実と区別のつかない最高級再現度の仮想現実、通称「ウルトラ・ヴァイオレット」。ここならば、彼が満足する歓待が可能だ。
 踏み込んだ途端、少しだけ肌寒い風がリディアの金髪に触れた。
「秋?」
 リディアは直感的に感じた。

#解析は必要ですか?#

 メアリー・Iがヴァーチャル・スペースのドメイン・ルールを解析するかどうか聞いてきた。
「野暮はやめてね」
 リディアは微笑んだ。
 トラップを警戒する相手が違う。
 ダンビルは多分、最高の美味を用意している。それも彼が望む最高の美味を。
 一歩踏み出す。
 そこは、パリ郊外の館の庭であった。かつて、貴族たちが住んだ庭。
 秋のパリ。
 四阿(あずまや)の前に、黒服の老執事がいる。
「ありがとうございます」
 踏み込むとその中には、ややふくよかな壮年男性がいた。これが本来のジョン・ダンビル。彼は自ら、紅茶を入れていた。
「ようこそ、リディア。
 お父上には何度もお世話になった」
 最高のアッサム紅茶の香りが立ち上る。
「甘いものもありますよ」
 小皿に載せたクッキーとショコラ。
「よいのですか、のんびりしていて」
 リディアは攻めてみた。
「邯鄲の夢、という言葉があります」
 すっと、ティカップを差し出す。
「この世はすべて邯鄲の夢。
 私のような者は常々そう思っています」
 と、ジョン・ダンビルは微笑んだ。
「10年前、私はあのカーゴで最後の一本を送り出しました。
 あれは最後のボルドー」
 その言葉に込められたニュアンスをリディアは感じ取った。彼女の中でガニメデとワインの関係がつながった。
「それを木星にいらっしゃる御方に贈りました」
「クリスマス・ミサで用いるために最高の一本をと」
 あのカーゴに積まれていたのは、木星にいる法王に贈られた最後の赤ワインであった。キリスト教のミサにおいて用いられる杯には、聖体拝受という意味合いがある。かつて、救い主は言った。
「このワインは我が血。取りて飲め」と。
 ゆえに、キリスト教はワインの祝福を伴う宗派となった。
 しかし、彼らは地球滅亡後、苦悩することになる。救世主の血を失い、いや、救世主の血をナノテクによって合成する羽目になった。
 できるならば、自然のワインを。
 法王がそう望むのはやむを得ないこと。
 しかし。
「……それがなぜ、今頃……」
「状況を踏まえ、飲み頃に届くように」
 ダンビルの言葉とともに、想定される熟成効果の推論シミュレーションが提示される。
「宇宙への輸送、宇宙カーゴでの発生する振動、重力の影響などを総合的に加味して、最適の時期にお手元に届くようにと」
「なぜ、あなたの分岐体(フォーク)がカーゴに?」
 愚問だった。
「最高の形でお手元に届くように」
「あなたはカソリックなのですか?」
「いいえ」と、ダンビルは答える。「キリスト教は人造の義体(モーフ)も魂(エゴ)の複製も認めておりません」
 現代の人類=トランスヒューマンは、人造の義体(モーフ)を身にまとい、常時、魂(エゴ)を記録することで、事実上の不老不死を実現した。それはキリスト教の教えに背くことである。魂は唯一無二のものである。一度、機械に記録され、再度、人造の器にダウンロードされた魂(エゴ)など、神の作り給いし人の魂(スピリット)ではない。それは怪物だ。フランケンシュタイン博士が作り上げたつぎはぎの死体と一緒と言える。
 ジョン・ダンビルもそんな怪物の一体にすぎない。
 美味を追求するがゆえに、美食を味わうためにチューニングされた義体(モーフ)を使用し、美味があると言えば、どんな彼方の星へも、自らの複製された魂(エゴ)を送信することをためらわない。
「そういう意味で私は救いに値する人間ではない。
 だが、私はワインというキリスト教が育てた文化に敬意を抱いております」
 そこで、ジョン・ダンビルは微笑んだ。
「探していただけますか?」
「もう存在しないかもしれませんよ?」
「それなら、それで構いません。それが神の御心ですから。
 しかし、どうなったかは知りたい。
 あの一本、世界を滅ぼすかもしれません」
 リディアの中で多くの計算が駆け巡った。
「そうですわね。
 この事件はXリスク、人類絶滅の危機かもしれません」

4:レコンキスタ

「右舷レールガン斉射!」
 木星共和国宇宙艦隊巡洋艦「アルカサル」の艦橋で、ホアン・デ・レオン・マグダ艦長が命じると、砲術手がスクリーンを確認しながら、発射スイッチを一気に操作する。一瞬、遅れて破壊目標となる軍事衛星が砕け散る。カリストにある敵性国家・氷田(ひょうでん)が防衛網の一環として配置したものを除去したのだ。カリストへの威嚇を込めた掃海作業である。
「いい腕だな」
 レオン艦長は賞賛の言葉を口にした。
 木星のもたらす絶大な重力潮汐力と電磁界の中では、レールガンで打ち出される高速弾頭でも完全な直進はできない。重力と磁界が進路をねじ曲げてしまう。プラズマ粒子砲など奇妙な螺旋を描いてどこか明後日の方角に飛んでいってしまう。ましてや、木星共和国宇宙艦隊では、シンギュラリティの危険が想定されるAIは限定的にしか使用されておらず、細かい射撃補正は期待できない。メッシュによる無線武器管制も行われていない。ハードワイアード(有線結束)で接続された砲塔でしかない。強力な木星の磁界の影響で弾頭に敏感なセンサーを搭載できない。そのような過酷な条件下で「アルカサル」の砲手は1万キロ以上離れた標的の軍事衛星に見事、レールガンを命中させて見せたのだ。



「我が木星宇宙艦隊こそ太陽系最強だ」
 レオン艦長はあえて口にする。
「いつか、この力で退廃的なトランスヒューマンの怪物どもから太陽系を解放するのだ」
 艦橋の士官たちが敬礼を持ってこの言葉に応える。
 宇宙の過酷な戦場で鍛えられた男たち。ホアンにとって、もっとも信頼する男たちだ。
「いつか、我らのレコンキスタがならんことを」
 副官のマイケル・クリーガー中尉が叫ぶ。
「いつか、ポイント・ガンマを越えて、故郷の星を取り戻しましょう!」
「ああ、そうだ」

 木星圏最大の軍事勢力、木星共和国は人類最後の砦として、ティターンズの手先となったトランスヒューマン国家やアナーキスト、あるいは、非人類知性体と闘ってきた。あの日、ティターンズの陰謀で、地球上の大国同士が全面戦争に突入し、それは宇宙にも波及した。木星圏ではアメリカ宇宙艦隊が先に開戦の報を受け、「17分間戦争」と呼ばれる奇襲戦によってロシア宇宙艦隊を撃破し、わずか一日で木星圏を統一した。その後、太陽系各地で、ティターンズのウィルス兵器で次々と戦闘艦が乗っ取られ、機械が反乱を起こし、多くの宇宙居住区(ハビタット)が全滅した。比較的被害の少なかった木星圏には多くの避難民が辿り着き、その中には、ローマ・カソリックを代表するヴァチカンの教皇と側近たちも含まれていた。
 以来、ティターンズの脅威と戦うため、木星共和国は戒厳令体制を継続している。ティターンズの干渉を避けるため、AIやナノテク、義体の乗り換えなどの最先端技術を禁止し、その他、有用な技術も制限してきた。ロボットのような外見の合成義体(シンセモーフ)はもちろん、遺伝子改造した義体もティターンズの影響を受けているとして危険視し、宇宙の膨大な距離を超えるための遠方配信(ファーキャスト)も否定している。
 魂とは唯一無二なのだと。
 だからこそ、木星共和国は地球を取り戻したいと願ってきた。
 レコンキスタこそ彼らの悲願である。

 突然、通信士が叫んだ。
「戦闘空母ジョージ・ブッシュより入電。
 任務のため、アルカサルはポイント・ガンマに向かえ」
 艦橋要員全員に緊張が走った。
 レオン艦長が問いかける。
「これは演習か?」
「ジョージ・ブッシュより返電。
 これは演習にあらず。
 木星共和国第一艦隊はポイント・ガンマに集結せよ」
 レオン艦長は微笑んで頷いた。
「ついにその日が来た」
 艦長は自らマイクを取って命じる。
「全艦に通達。
 本艦は、掃海作戦を終了し、ポイント・ガンマに向かう」
 艦内放送とともに、巡洋艦内部で歓声が沸き上がる。ついに、ついに、その日がやってきたのだ。邪悪なティターンズとその眷属である醜いトランスヒューマンどもから故郷の星、地球を取り戻すのだ。

「すでに、共和国上層部は動き出しています」
 四阿でジョン・ダンビルは言った。
 同時に、木星共和国宇宙艦隊の作戦行動がリディアの脳内にインストールされる。ポイント・ガンマ集結命令。それは木星共和国宇宙艦隊による内惑星圏再侵攻計画である。
 木星共和国の地球奪還作戦「レコンキスタ」に参加する木星共和国艦隊は、戦闘空母ジョージ・ブッシュを旗艦とし、戦艦ニクソン、重巡洋艦ラムズフェルド、強襲揚陸艦イオージマ、特務砲艦サンティアゴ、巡洋艦アルカサルなど二十隻の大型宇宙戦闘艦を中心とし、三百隻以上にのぼり、太陽系最大級の陣容である。宇宙船が一般化したこの時代であっても、〈大破壊後〉にこれだけの戦力を保有しているのは木星共和国だけであった。
 ポイント・ガンマと表示された座標に粛々と集結しつつある宇宙艦隊。
 そこから想定される軌道は公転と逆進する形で、小惑星帯のケレスで経由し、地球圏へと直行する。
「ケレスがまず、攻撃のポイントになるでしょうが、その前に」
 ジョン・ダンビルが表示したのが宇宙カーゴのルートである。
 それはまさに、木星艦隊のルートを逆に進むものだった。
「まるでピザの配達が待ちきれない子供ね」
「ええ、到着は再来年のクリスマス前の予定でしたが、猊下のお手元にあるワインが底をついたようで、偵察艦がカーゴを回収する予定でした」
「広大なインナーフリンジでワインを1ケース探すのね?」
「あてはありますよ」
「どこ?」
「パラス」
 それは小惑星帯にある小惑星のひとつで、そこにあるハビタットは、宇宙の犯罪結社「ナイト・カルテル」の重要拠点と言われていた。

5:評判(Rep)で支払いを

「なるほど、海賊があれを換金するために、ナイト・カルテルに接触したと」
 パラスの宇宙港に降り立ちながら、ランディは納得した。
 ナイト・カルテルはシチリア系マフィアを中心に伝統的な犯罪結社を統合する形で誕生した宇宙時代の犯罪組織だ。この時代にしては古臭い話だが、密売や麻薬(ケミカルも電脳も)など非合法な商売全般を扱っている。宇宙海賊どもが無人カーゴから奪った荷物を金に変えるには最適な商売相手だ。
「それなら、話は早いわ」
 犯罪シンジケートはただの暴力集団ではない。彼らにとって重要なのは金である。そこに交渉の余地がある。
「娘がダンビルの代理人になれるようにしてくれた」とランディが肩をすくめる。
「で、どっちで支払うの?」とシュガーが聞き直す。
「交渉次第だが、向こうの希望は評判だろうな」
 パラスは小惑星帯にある。これより内側では旧式経済と呼ばれて通貨で交易が行われる。電子マネーとなったクレジットが通貨である。
 これに対して、小惑星帯より外側では、いくつかの例外をのぞくと、電子マネーを評価せず、ネットワーク上の「評判」(イイネ!やフォロアーの集合体)が貨幣価値を持つ新経済、いわゆる信用経済の世界になる。その人物やその団体に与えられたメッシュ上の評価がそのまま貨幣価値を持つ。有名でよい評価の多い人物がすなわち資産家となる。
 両者の中間にある小惑星帯は過渡期経済圏で、旧式経済のクレジットも新経済の評判も使用できるが、惑星連合傘下の銀行に記録が残るクレジットを嫌がる連中は多い。外惑星ではいざという時に使いやすい評判を高く評価する。
「ダンビルは太陽系全域で、食通として有名な男でね。太陽系辺境に埋もれた珍品、特に希少な地球産のワインを買い漁るにたる名声を持っている」
 多少、取引した相手が胡散臭かろうが、彼がワインを買うことに問題はない。

 いや、実際には問題があったのだ。
 1時間後、ランディ・シーゲルとシュガー・ヴァイオレットはナイト・カルテルから買い取ったワインのケースを抱えて銃撃戦のまっただ中にいた。ランディは酒場のカウンターの影でケースを抱えたまま、やけになって叫ぶ。
「何でこうなった?」
「楽しいじゃん?」
 と、シュガーが店の中に集まってきたゴロツキどもにアサルト・ライフルで弾をばら撒きながら応える。いかん、こいつの頭の中には、セックスと暴力しか入ってなかった。特に今は、化学的神経加速装置が生み出したハイな状態で、文字通りトリガーハッピーになっている。
 相手もどうせ、ポッド義体の鉄砲玉だ。殺しても、後で復活する。
 なんというか、命が軽いのか、安いのか?
 それより、襲ってくるのが早すぎないか?
 ナイト・カルテルが裏切ったのか?
「新経済の弊害ですね」
 と、脳内でメアリー・Iが報告する。
「評判を通貨とする限り、評判の移動は公開されます。
 評判とは評価者からの投票であり、投票者にはその評判の行方を追いかけることが可能です」
 ナイト・カルテルは法外な金額を提示し、ダンビルはそれにふさわしい評判を即座に支払った。支払われた評判はナイト・カルテルのフロントであるダミー企業の評判を上昇させた。あの太陽系屈指の美食家ジョン・ダンビルに注目された食材(太陽系最後のワイン)を保有していたという評判で、企業の資産価値が向上したのである。
 この情報は即座に太陽系を網羅するメッシュ上の評判スコアに反映され、ジョン・ダンビルがその名声をかけて購入した「太陽系最後のワイン」を強奪しようとするダンビルのライバルの手先を呼び集めてしまった、という訳だ。
 新経済に対して、もっとも古めかしい抽象通貨で応じてきたようだ。それは暴力という。
「ナイト・カルテル自身はこの騒ぎに一切関わっていません。
 どちらかと言えば、ダンビル氏のライバルたちが急ぎ雇った連中か、大儲けしそこなった海賊の仲間でしょうね」
 銃弾の雨が降り注ぎ、バー・カウンターに並んでいた酒のチューブから琥珀色の液体がばらまかれている中、メアリー・Iの冷静な分析を聞くのはあまり精神にはよくなかった。パラスの微重力のおかげで、飛び散った酒の雫がカウンター内部にも浮かび、呼吸するたびにアルコールが口の中に飛び込んできた。体内に仕込んだ医療用ナノウェア「メディシン」のおかげで、泥酔こそしないが、喚きだしたい気分がする。
「ランディの精神状態に異常な高揚が」
 メアリーが冷静にコメントするやいなや、銃撃していたシュガーが身を下げるとともに、ランディにキスした。
「船に帰ってファックしましょう、ダーリン」
 そうささやきながら、カウンターの向こう側、つまり、ゴロツキが集まっているフロアに向かって、片手で手榴弾を放り投げた。よりによって、強化炸裂型だ。
 この淫乱暴力女はセックスの機会に気づいた途端、強行突破に出やがった。
 どんと派手な音がして、フロア全体に破片が飛び散り、酒の匂いに血臭が強く混じったが、もうランディは気にしなかった。
 シュガーに手を引かれて、カウンターの裏から飛び出し、ワイン・ケースを抱えたまま、近くの無人キャブに飛び乗った。シュガーがキャブの窓をショットガンの銃把でぶち破り、追跡者に反撃する間に、ランディはナイト・カルテルと現地の法務ディストリビューターにメッシュで通信を飛ばす。ナイト・カルテルは追加料金(今度は電子マネーだ)で宇宙港の安全を確保してくれた。法務ディストリビューターにもクレジットを払い、後始末を頼む。パラスは独立国家で法律もあるが、ナイト・カルテルとの癒着で警察は役立たずだ。後で莫大な借金を背負わないように、法務ディストリビューターを雇うのがマシな選択だ。こいつらは、弁護士と裁判官と民間軍事会社を合わせたような連中だ。メッシュ通信に浮かんだ担当者は、ノヴァクラブ(大型のヤシガニから作った生体義体)の甲羅に、法務職のシンボル「天秤」を描いていた。たぶん、リアルでお硬い職業という訳だ。
「はあ」
 一息ついて、キャブからクイックシルバーに飛び乗った途端、シュガーがキスしてきた。
 ランディにはもうメアリーに発進を命じる暇しかなかった。

6:再び、カーゴへ

 最初にカーゴを発見した宙域に到達した時、そこには、すでに、キャプテン・バスターこと知性化タコの佐藤海が運用する工作船「うずしお」が到着していた。うずしおの横には適度に汚れた無人カーゴがある。10年に渡り、宇宙を旅してきたような外見だが、そこには宇宙海賊の砲撃跡はない。
「IDの偽装は終わっている。
 ワイン以外の中身も補充した」
 佐藤が笑う。
 通信とはいえ、巨大なタコが人の声で笑うのはいつ聞いても変な話だ。
 ランディがワイン・ケースを収めると、メアリー・Iが遠隔操縦でカーゴを宇宙空間に送り出した。
「もう、ダンビルの分岐体(フォーク)は載っていないのだろう?」
 とランディがつぶやくと、メアリー・Iが脳内に応える。
「ダンビル氏は考えを改めたそうです。
 木星の方は分岐体(フォーク)を嫌うので、ソムリエを同梱するのは諦めたようです」
 カーゴは少しだけバーニアをふかして軌道を修正し、木星への旅を再開した。
 本来ならまだ二年かかる道のりだが、二日以内に、木星艦隊の偵察隊とランデブーできるだろう。ワインを確保したら、彼らは木星へと呼び戻されるはずだ。
「これでまた、人類絶滅の危機(Xリスク)がひとつ回避されました」
 メアリー・Iが報告する。
「本当に、木星艦隊は侵攻作戦を諦めて帰国するのか?」とランディ。
「ええ、第七次ガニメデ戦役が始まりますから」とメアリー・I。
「おい」
「ガニメデにある反木星国家の氷田で、エクストロピアから提供された新兵器が稼働し、木星共和国が威圧のために送った警備艇を撃墜します」
 氷田は最近、木星艦隊に防衛用の軍事衛星を撃墜されたばかりだ。
 エスクトロピアは小惑星帯にあるハビタットで、極端な重商主義と無政府主義を採用している。無政府主義なので、国家も法律もないが、ハビタットと契約した個人や団体がインフラを提供し、その範囲は軍事や国防にまで及んでいる。エクストロピアの防衛を個人で請け負うテイヤール劉は天才的な兵器開発者で、反木星共和国勢力の筆頭である。彼がまた何かとんでもない武器を提供したのだろう。
「宇宙戦争は人類絶滅の危機(Xリスク)ではないのか?」
 多数の戦死者が出ることは大破壊で激減した人類の危機とみなされている。だから、木星共和国の地球侵攻作戦を妨害しているのだ。
「木星共和国のレコンキスタ作戦ほどではありません」
 メアリー・Iの回答はおそらく上から降りてきたそのままなのだろう。
「だったら、OKだね?」
 シュガーが抱きついてきた。
 まったくこいつの頭にはセックスと暴力しか詰まっていないのか?
 まあ、それが愛おしいのだが。

(FIN)




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朱鷺田祐介プロフィール


朱鷺田祐介既刊
『深淵 第二版 テンプレート集
辺境騎士団領』