「アクアリウム」倉数茂

(PDFバージョン:aquarium_kurakazusigeru
 その場所で逢おうと決めたのは、場末のビルの水族館という場違いさに惹かれたためかもしれなかった。わたしの思いこみでは、水族館は通常海辺にあるものだったし、大型魚たちがゆったりと遊泳する大水槽や、陽気なイルカやアシカのショーがつきもののはずだった。けれどもその水族館は、みすぼらしい雑居ビルの地下階にあるというのだった。一瞬、どこかの小洒落たバーにありそうな、薄暗い室内に熱帯魚の水槽だけがならぶ息苦しい空間が脳裏に浮かんだが、そんなものではない、七つの海のいきものを蒐めた本格的な水族館だと男はいうのだった。
 好奇心、あるいは懐かしさだろうか。もちろん、そのような見知らぬところに懐かしさを感じるいわれはかいもくないのだが、わたしにはどうやら古びてうらぶれた場所への偏執があるらしい。たとえば閉館寸前の客のいない映画の二番館。地方都市の時代にとりのこされた遊技場。赤錆だらけの鉄工所。そうした場所に行くとなぜだか胸がわくわくしてしまうのだし、二度、三度とおとずれるのも苦ではない、いつか、そう言ったのを覚えていて誘ったのかもしれなかった。
 地下鉄の駅をあがると、ビルディングの向こうの空は薄墨の色に染まっており、すでに約束の時間は大幅に過ぎていて、わたしは手のひらのなかの娘の指先をしろいほねのように感じながら、焦って足を速めた。
 入り口は、細くて急な階段を降りた先にあった。入場料を払って内に入ると、なかの空気までもが、水滴を含んでじっとりとおもたるく、そのうえ、どこか可聴域の下限からポンプのかすかな振動音が間断なく響いている。なぜだかふいに疲労を感じる。
 暗くてチケットを受け取った館員の顔は見えなかった。観覧順路はしろい記号で、避難路は緑で掲示しています。災害時にはサイレンが響きます。それでは、地中の海の旅をお楽しみください。
 蛍光の矢印にしたがってわたしたちは歩き出した。
 男の言った通り、水族館はビルの一角とは思えないほど錯綜していた。順路は右に左にと不規則に折れ曲がり、淡い星屑めいた照明が黒い壁に嵌め込まれて、弱々しいあかりを宙にはなっている。
 やがて、最初の展示室にはいりこんで目を瞠った。天井までとどく大きな水のかたまりを、寒いいろをしたさかなたちが群れをなしてよぎっていく。そのとちゅう、光がいっせいに炸裂したみたいに、とつぜん千の剣(つるぎ)となってひるがえった。思いもかけぬ鋼の散乱に思わずうっとりする。
 つぎの場所は水底にへばりついて生きている魚(うお)たちの部屋らしく、先ほどとは一変して、暗褐色の岩石めいた物体が、石混じりの砂の上に静謐にちらばっていた。貝かと思えばさかな、さかなかと思えば蟹。彼らは生のしるしを極限までおさえこみ、無生物と一体化して生きていた。そこでは、時間までもが鈍重にうずくまっているような気がして、わたしはかすかな眠気を感じた。
 不思議なのは、わたしたち以外に観客がみあたらないことだった。どれほど歩いても、深海生物の奇怪な生態に見入っている幼い眸(ひとみ)にも、蔓草のようにからまりあっている恋人たちの腕にもいきあわず、ただどこまでも無人の通路がつづいている。そのくせ、室内はなにものかの濃厚な気配で充ちているのだった。まるで濾過されたささやき声のように聞こえる例のポンプ音のせいだったかもしれないが――。
 通路はしばしば階段にかわり、いくつもの展示空間を通過しながら、より下へ、下へと導かれていく。おそらくもう地下数階分、あるいはもっと深くまで降りたかもしれない。 
 わたしは男を求めて視線をさまよわせた。わたしを待ってどこかに立っているはずだった。無防備な肉をさらしたままのグロテスクな蛸の交合は、わたしの情欲をいやがおうにもかきたてたし、海老たちの透明な甲殻は忘れかけていた清楚な思いをよみがえらせた。男のうなじと腕と腋の叢が恋しかった。その場所に舌をはわせれば、かすかに海の味がするだろう。男もまた餓(かつ)えているはずだった。もっとも、娘をつれてきた以上、今夜、そのときを持てるかどうかは微妙だった。
 迷宮めいた館内をさまよったあげく、わたしたちは三百六十度をとりかこむドーナツ型の水槽の中央にいた。意図的に光度をおさえた水のうちがわを、くれないのひれを耀(かがよ)わせたリュウグウノツカイが無機質な目でこちらを睨んで通りすぎていく。長大な銀の屏風。待ってたよ、とそれが言った。娘は、手をふりはらってふうわりとかがやくもののほうへ駆けていった。
 肩に手がかかった。背後から、男がわたしの肩を抱いているのだった。
 待ってたんだよ、やっと来たね。男はくりかえした。わたしは、あの子が、と言って娘が消えた先を目で追った。
 これはほんとうは水槽なんかで飼えるさかなじゃないんだ。水深千メートルの深海を一匹で泳いでいる。
 じゃあ、これはなに。なんでここにいるの。
 ほんとうのこれは誰もいないしずかでくらい場所でふりしきるマリンスノウを食べているはずだ。
 こうしていてもなんだか幻みたいね。でも以前にも見たことがあるみたい。どこだったかは覚えてないけれど。それにしても眠いとつぶやいた。せぼねから垂直に水にしずんでいくようなこの眠気この物憂さからもう永遠に逃れることはできないのではないか、そのような思いに囚われていると、男が背筋をそっとなでおろし、尻のわれめを指でなぞった。情欲がふたたび潮のように満ちてくる。男のはだかの腕をにぎりしめた。
 わたしたちは手を繋いで次の間に入っていった。そこはいろも大きさも少しずつことなる楕円の水槽が幾つもならんでいて、そのなかをさまざまな種類のくらげたちが浮遊していた。
 娘は恍惚のあまり彫像になっていた。眸にもひらいたままのくちびるにも、水槽とくらげの双方からはなたれる光が、淡い色彩となって反映していた。たしかにくらげを眺めていると、沈殿していた記憶の層がゆっくりとかきたてられるようだった。もっとも娘にはそうした過去などまだないはずだが。いっぽう、おとなたちは。夢の汀をそっと手探りしてみる。
 ねえどうしてくらげはみずのははとかくの。
 娘がふいにそう尋ねてきた。そうね、どうしてでしょうね、とゆっくり答えながら、むかし自分も同じ問いを口にしたと思い出した。いつのことだったろうと考え出したとき、どこか遠くからサイレンの音が響いてきて。


 ――ねえどうしてくらげはみずのははとかくの。
 わたしがそうたずねたとき、母は眉をひそめて水槽に見入っていたのだった。
 あのとき一緒にいた男の顔は覚えていない。ただ母よりいくぶん年配だったことと、ずいぶん長身だったことを記憶している。
 母親の恋人がつぎつぎに移りかわっていくのには幼い頃から慣れていたし、あたらしい男が出現したからといって、今更おどろくことはありえなかった。けれど、ある夏の朝、食卓に母が見知らぬ男と座っていたとき、これまで経験したことのないいわれのない悪寒を感じた。思えば、あれは母親が自分ではなくこの男の方をとるにちがいないという予感だったのかもしれない。
 しきりに男の世話をしようとする母を鷹揚にうけとめながら、男は親しげに話しかけてきた。警戒していたわたしは黙りこんだ。三人ですごした短い夏のあいだ、男とうちとけたことは一度たりともなかったと思う。
 家庭のある男とのぬきさしならない関係は、日に日に危険な淵へとにじりよっているようだった。ドライブのとき、車の後部座席で寝たふりをしていると、いっそ逃げよう、あなたがいればいい、自分はすべてを捨ててもかまわない、といった剣呑なことばがぽろぽろと前からこぼれてきた。そうしたことばのなかに、わたしの居場所はないようすだった。母親の声はやけに陽気だったり、急に涙声にかわったりした。
 ふだんから母親は憂愁にしずむようになった。男をうけいれようとしない娘へのいらだちのせいなのか、つまらぬことであたるようになった。
 そんなある日のこと、母親の方から珍しく遊びに行こうといいだしたのだった。場末のビルの地下階にある水族館。それだけでいかにも陰気な印象で、けっして心惹かれる場所ではなかったが、彼女はなぜだか乗り気だった。すっかり暮色に沈んだ街を手をひかれて歩いている姿は記憶に残っている。空は暗く、街は明るかった。けれども、そこで映像はとぎれていて、残っているのは薄暗い屋内や硝子に映った自分の顔といった、未編集のフィルムにも似た切れ切れの印象ばかりだ。
 ところが、記憶がよみがえったのだ。結露した鏡の表面を手のひらではらうように、古い映像がありありと浮かびあがる。くらげの水槽のプレートを読んで不思議に思ったことをなんとなしに口にした。母親はなぜだか放心した様子で、さあどうしてでしょうねと答えたのだったが。
 まさかそのときは気づくはずもなかったのだ。それが自分が目にする最後の母親のすがただと。あのあとわたしはどうしたのだろう。釈然としない気持ちのまま次の間にうつり、また目の前の水槽に気をとられていたのではなかったか。男とつれだった母にうとましさを感じ、とりあえず視界から追い払おうとしたのではなかったか。そうして夢の間遠さでサイレンが鳴りだしたとき、ふりかえって彼女がいないと気がついた。
 あのときついにおきざりにされたのだと青ざめて人気のない通路をさがしてまわったのではなかったか。唇を噛んでなみだをこらえつつ、くりかえし母の名を呼ばったのではなかったか。それでも母親のすがたは顕れず、出口の方向さえわからなくなって立ち竦んだのではなかったか。
 いくつもの展示室を経巡った。岩のあいだから顔を出すウツボ、まだらのからだを波打たせる海蛇たち。いまならはっきりと思い出せる。
 ケルプの森。天頂にむかってゆらめきながらのびている生きたカーテンにとりまかれ、きらきら陽光のかけらが落ちてくるのを眺めながら、とっくに自分は死んでしまっていて、こうして水底にいるのだとほとんど思い込んだのではなかったか。
 記憶はつぎつぎ湧き出してきてわたしを圧倒した。このままでは溺れてしまうかもしれない。


 ふと気がつくと娘も男もそこにはいなかった。わたしはただ一人きりで、くらげたちのかたちづくる照明のなかに凝然と佇っていた。サイレンの音ももうしない。思わず短い悲哀の叫びをあげ、母であるわたしを探しに、薄暗い水の回廊を駆け出した――。
 駆けて駆けて、また駆けつづける。呼んで呼んで、呼びつづける。娘の名を、母の名を呼ばううちに、いつのまにか定められた順路をはずれている。
 水族館のバックステージがこんなに雑然としているとは知らなかった。むきだしのコンクリートの壁を大小さまざまのパイプがはいまわる。ぱちぱち音をたてて点滅している蛍光灯。濁った水がたまったままの青バケツ。ふとたちどまると腐りかけた海藻の臭いが鼻についた。餌用の小魚が床にこぼれてはねている。もはや自分がどこに向かっているのかもわからぬまま、非常口の掲示のある重い鉄の扉をおしあける。
 夕暮れの風が火照った肌をさまして通りすぎた。見上げれば、天球のすべてをおおいつくして鮮やかな夏の夕焼けがひろがる。太陽は、海の向こうに没したところらしく、水平線はまだ輝きをのこして揺れている。潮の香りが爽やかだった。頭上をとびかうかもめの影が黒かった。
 ゆっくりと歩き出した。じっとりと湿っておもくるしかった館内とちがい、光があり風があった。海鳥たちの鳴き交わす声が波の響きとまじりあって聞こえてくる。
 おだやかな気持ちになってあたりをみわたした。そうだ、ここはやはり海の際だったのだ。うしろをふりかえると遠い内陸で街の明かりがまたたいていたけれど、もはやそこにはなんの未練も感じない。くれないを浮かべた海を眺める。いまごろは母も娘も、あの波の下でゆったりとたゆたっているにちがいない。
 パンプスを脱ぎ、ストッキングをとりさる。背の低いコンクリートの堤をのりこえるとすぐ下は黒い砂浜だ。波打ち際まで歩いていくと、白くあわだちながらよせた波が甲をひたし、足裏の下の砂とともに引いていった。水はまだつめたくなかったが、その引く力が波間から自分を呼ぶ声のように感じられて、喜びがこみあげた。ずっとかえりたかった場所にようやくかえることができる。波をかきわけてふたたび前に歩きはじめながら、水がわたしを抱きとめてくれるのを待った。



倉数茂プロフィール


倉数茂既刊
『魔術師たちの秋』