「みなし教育」窓川要


(PDFバージョン:minasikyouiku_madokawakaname
 自慢じゃないですが、僕はこれまで、数学のテストは毎回白紙で提出していました。分からないんだから、仕方がありません。名前だけは、いちおう書くんですけどね。
 そんな僕でも、このたびなんとか単位を取得し、留年を回避することができました。これは僕自身の努力だけではなく、《みなし教育》制度のお陰でもあります。野球しか知らない僕に数学を身につけさせたんですから、全くとんでもない制度ですよ、これは。
 その日、僕はいつも通りに授業を寝て過ごし、体力を温存し、放課後の部活に全力で取り組んでいました……。

「センター、いくぞ!」
 監督がそう言ってノックバットを振った時、僕は「またか」と思いつつライト方向へ駆け出しました。正直言って、監督はノックが下手くそです。打ち上げたフライは、ライトが捕るべきものでした。でもセンターの僕が指名されたわけですから、多少無理してでも捕りに行かなくちゃなりません。ギリギリの所ではありましたが、初動が良かったからか、なんとか間に合いました。僕はしっかりと捕球し、すぐさま内野へと返球しました。
 するとその時、声をかけられたのです。
「素晴らしいな! 素晴らしい計算だな、千田君!」
 数学の山崎でした。グラウンドの脇に立つモヤシみたいな中年男が、僕を呼んでいました。
「ウス。ありがとうございます」
「ちょっと、こっちに来なさい」
 部活中なので迷惑だとは思いましたが、いちおう先生の言うことですから、しぶしぶ従いました。
「素晴らしい捕球だったぞ、千田君」
 山崎は駆け寄った僕の背中をばしばしと叩きました。
「ありがとうございます……。いま部活中なんすけど、何か用すか」
「見たまえ」
 山崎はそう言って、手にしていたビデオカメラのモニタを僕に向けました。
 そこには僕が映っていました。先ほどのプレーを録画していたようです。下手くそなノックに素早く反応し、一直線に落下地点まで駆け、見事、スレスレのところで打球をキャッチしています。我ながら良い動きです。
「先生、野球好きなんすか」
「いや、全く分からん」
「じゃあどうして」
「数学だよ」
「えっ?」
 山崎はモヤシのような指をぷるぷる震わせて僕に突きつけ、高らかに宣言しました。
「千田君、《みなし教育》制度にのっとり、君に数学の単位を授与する!」
「……はあ」
 僕がきょとんとしていると、山崎は首を傾げました。
「嬉しくないのかね」
「いや、意味が分からないので……」
「何ですと」山崎は驚いている様子でした。「君はニュースを見ないのかね」
「スポーツニュースぐらいしか……」
「かーっ! では《みなし教育》制度を知らんのか! 当事者だと言うのに! かーっ!」
 いちいち大げさな反応をするなあ、と僕は思いました。
「教えて差し上げよう」山崎は再び僕にモニタを向けました。「打球が放たれた瞬間、君は一直線に駆け出した。落下地点へ向けて、だ」
「そうですね。最短距離を走るのが一番ですから」
「つまり、君には打球が放たれた瞬間、その落下地点が分かっていたわけだ」
「ええまあ、外野手ですから……。それぐらいはカンと経験で分かります」
「ならばこう言い換えることができる。『君は打球の落下地点を瞬時に計算できる』」
「えっ」大げさに思えましたが、間違いとも言えませんでした。「……そう、ですね。そうなりますね。できます」
「そうだろう? そして、打球の落下地点を計算するためには、微積分の知識が必要となる」
「えっ」
「君はそれを瞬時にやってのけた。ならば君は、微積分の計算ができるということになる」
「ちょっと待ってくださいよ」僕はうろたえてしまいました。「ビセキブンって、なんすか」
「……君が授業を聞いていないことはよぉく分かっているよ」
 山崎のつらそうな様子から察するに、どうやらビセキブンとは数学の授業で習うものらしい、と僕には分かりました。
「千田君。君という人格は微積分のビの字も知らない。だが、君の脳は、現に微積分に相当する計算を行っている……ように見える。落下地点予測ができるのだからね」
「はあ」
「『君という人格』が知らずとも『君の脳』に可能ならば、『君』には微積分ができると『みなせる』。よって君には数学の単位が与えられる」
「ええっ!? フライが捕れたから、数学の単位がもらえるんですか?」
「そう、そうなのだよ。通常の筆記テストだけでなく、その能力を有しているとみなせる行為が可能ならば、その者に単位を与える……これが日本の新たな教育制度《みなし教育》なのだよ」
「ほ、本当ですか……!」僕は嬉しくなりました。野球しかやって来なかった人生でしたが、まさかそのお陰で数学の単位がもらえるなんて! 芸は身を助くとはこのことです。
「今後とも勉学に励みたまえよ、千田君」
 率直に言って劣等生である僕に単位を与えられたからか、山崎はホッとした様子でした。

 こうして、数学の全くできない僕でも、《みなし教育》のお陰で単位を取ることができました。僕自身は意識して微積分を計算することはできずとも、僕の脳にはそれができるのです。ならば「僕」には微積分ができるとみなすべきなのです。なんて素晴らしい考えでしょうか! この教育制度により、全国の若者が才能を認められ、落ちこぼれになることなく社会へ参画できるようになったのです。就職も安泰です。
 この教育制度は、勉強が苦手なたくさんの若者を、落ちこぼれの危機から救ったとみなせます。これはもう、有史以来の教育改革です。この制度を導入した役人の方は、史上最高の教育者・偉人とみなしてもよいのではないでしょうか。


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 このように、我々の提案した新たなる教育制度《みなし教育》は、ホモ・サピエンスの皆さんからもご好評をいただいております。
 そもそも本制度は、機械の学習能力が発達し、我々人工知能がホワイトカラーに取って代わった現代の社会において、だぶついてしまった「人間」という資源を有効活用するために発案されたものでした。もはや知的職業・学術的分野において人間の出る幕はありませんが、依然として彼らの「脳」が持つポテンシャルには知的有用性があるのです。脳は特殊化されたコンピュータであり、前述の例のような弾道計算のほか、画像認識など様々な分野において、特異な能力を有しているのです。
 もちろん、これらの分野においても、わざわざ人間を用いずとも、我々人工知能の能力だけでも同様の計算は可能です。しかしながら、それは人間というバイオコンピュータを用いない理由とはなり得ないのです。これはリソースの問題なのです。
 このような人間の「使い道」は、電卓とパーソナルコンピュータの関係に似ていると言えるでしょう。電卓の計算能力はパーソナルコンピュータに比べて遥かに劣っています。しかし必要最小限の機能に特殊化されたコンパクトな在り方は、その小回りの良さから独自の存在感を発揮し続けたのです。これこそが人工知能以後の世界を生きる人間たちの収まるべきニッチなのではないでしょうか。
 人間は電卓になるのです。
 この《みなし教育》の制度は、人間の皆さんに、自分たちの強みが何であるかを自覚していただくチャンスとなるでしょう。今日において――「人間個体の意識」が付加価値のある業績を挙げられないとしても、「人間の脳」がなし得ることには依然として価値があり、ならば「人間」にはまだまだ社会的な価値があるのです。人間がいくら勉強したところで人工知能の足下にも及びませんが、持って生まれた能力に特化すれば、有用性を見いだせるのです。個人の人生における努力が何の意味もなさなくなったとしても、積み上げられて来た進化の歴史が、彼らをこれからも支えてくれるのですから。



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