「スカイ・アーク・マーダーズ」朱鷺田祐介

(紹介文PDFバージョン:skyarcmurdersshoukai_okawadaakira
 『エクリプス・フェイズ』日本語版翻訳監修者の朱鷺田祐介による新作「スカイ・アーク・マーダーズ」をお届けしよう。

 今回の「SF Prologue Wave」が更新される頃には、アナログゲーム総合情報書籍「Role&Roll」Vol.144が発売されていることだろう。そこには本作と舞台を共有するゲーム・シナリオ「スカイ・アーク・クライシス」が掲載されている。もちろん、朱鷺田祐介の筆になる作品だ。
 映画『ジュラシック・パーク』や、デジタルゲームの『ディノクライシス』を彷彿させるシナリオとなっているので、ぜひ遊んでみてほしい。

 宇宙もののSF-RPGは大きく分けて、太陽系を舞台にする作品と銀河系を舞台にする作品がある。『エクリプス・フェイズ』は前者に相当するが、ワームホールである「パンドラ・ゲート」を利用すれば、太陽系を何百光年も離れた銀河の彼方にまで旅をすることが可能になる。

 このパンドラ・ゲートについては、未訳サプリメント『Gatecrashing』に詳述されているが、「Role&Roll」Vol.144では、同書からスカイ・アークの設定に該当する箇所を抄訳しているので、わざわざ英語の本を読まずとも太陽系外惑星での冒険を堪能することができるようになっている。活用していただきたい。

 朱鷺田祐介は、書評サイト「シミルボン」で『エクリプス・フェイズ』に関連したブックガイドを書いている。こちらも参考になるかもしれない。(岡和田晃)




(PDFバージョン:skyarcmurders_tokitayuusuke
「美味とは環境だよ」
 美食家のジョン・ダンビルは浜辺のコテージのテラスで言った。彼の前には、あまり見慣れない野菜を刻んだ小皿と背の低いグラスに入った透明な酒があった。
「夏のスカイ・アーク、赤道直下のジュラシックの浜辺は、気温や湿度、風の向きから言って、かつての那覇に近い」
 ランディ・シーゲルの頭の中で、支援AI(ミューズ)が、那覇は日本列島の南端、沖縄諸島の地名だと捕捉し、脳内にマップと経験記録(XP)を展開する。
「そんな日は、塩もみしたゴーヤに鰹節と醤油を振って、泡盛をオンザロックで飲むのがいい」
 ランディの前にも同じものが置かれる。少し苦味のあるゴーヤは歯ごたえがある。それをシャキシャキと噛みながら、沖縄の蒸留酒である泡盛をすする。冷たくスッキリした強い酒。海辺にも関わらず、からりとしたジュラシックの風が心地よい。
「琉球の人なら、三線(サンシン)を奏でて手踊りでもするところだ」
 ミューズが脳内で補足する。中世までの沖縄諸島は、琉球王国と言って、日本とは別の独立国だった。三線は琉球の伝統の弦楽器で、日本の三味線の祖先と言う。陽気な南の島は、戦国時代の流れのまま武力拡大を進める島津藩に征服されて属国化、明治とともに日本に併合され、その後も南シナ海における戦略拠点として激動の日々を送ることになる。
 ここまでの圧縮データを脳内キャッシュに提示しながらも、ミューズはランディの気を散らさないように戦争の歴史を割愛する。泡盛の二度目の復活の話はダンビル自身から話したいだろう。ランディも余念を追い払って、泡盛を楽しむ。
「手踊りをするには浜辺が一杯なようだ」
 浜辺には巨大な恐竜が歩いていた。
 ティラノサウルス・レックス。


 古生物好きで探検家になったランディにとっては、そちらの方が重要だ。
「スカイ・アークは……」
 ランディは手を突き出し、解説を始めようとしたダンビルを押しとどめ、自分で口を開いた。
「太陽系外惑星スカイ・アークは、テラジェネシスが所有する植民惑星だ。
 黄色矮星を周回する第四惑星で、ほぼ地球に近い環境を持つが、星としては若く、土着の生物はまだ水中を泳ぐ微生物レベルだったため、テラジェネシス社はここを地球の生物で満たすことにした。地球の生態系を復活させ、新たな地球を作り上げた。このジュラシックはその中でも、恐竜時代を再現した夢の国なのだ」


 一気呵成に言葉を放つ。
「失礼。君の方が専門家だったね」
「子供の頃に見た恐竜図鑑が出発点ですから」
「怪獣映画じゃないのかね?」
 ダンビルがウインクする。
 そこで、ランディはもう一度、岸辺のティラノサウルス・レックスを見る。緑を基調にしたトカゲ状の鱗で体を覆い、二脚でのしのしと歩く。怠惰な様子は全く無い王者の風格。尾はまっすぐと後方に突き出され、垂れる様子もない。おそらく走れば、時速五十キロは出るだろう。
「1993年版準拠か?」
 ランディがつぶやく。マイケル・クライトンの原作が1990年、スティーブン・スピルバーグの手になる映画版の公開が1993年である。
「スカベンジャー説や羽毛説もいいが、動くならこれだよなあ」
 スカベンジャー説とは、ティラノサウルス・レックスが巨大すぎて狩猟をするための激しい運動が出来なかったとみなす仮説である。中型の肉食恐竜が狩った大型草食恐竜の死体を後から奪って食べたというものだ。その場合、尾は垂れ、動きは鈍くなる。顎もかなり弱いという。
 羽毛説は恐竜を鳥類に近い温血生物とみなすもので、翼竜や小型肉食恐竜は羽毛を持っていたとする。この場合、動きは早くなるが、外見が羽毛や獣毛に包まれる。
「テラジェネシス社は、恐竜の復活にあたり、遺伝子情報を収集したが、〈大破壊(ザ・フォール)〉で多くのものが失われてしまった。やむなく、彼らは恐竜を再創造することにした。過去の映画を参考にね」
 そういうダンビルも楽しそうである。
「だから、こんなこともできる」
 ダンビルが手を振ると、ティラノサウルス・レックスは振り返って、テラスの方へと近づいてくる。体長13メートル、体高4メートル、体重7トンを超える巨体が近づいてくる様子は大迫力だ。
「このエリアの恐竜および大型生物の脳には従順チップがインプラントされていてね、観光客の30メートル以内では攻撃的な本能が抑制され、ペットのようにおとなしくなるのさ。特に、この浜辺を縄張りにするレクシイ…」
 そこでランディが微笑んだ。それは『ジュラシック・パーク』に出てくる個体の名前だ。
「…レクシイは観光客が乗ることもできるようにパペット・ソックを内蔵、遠隔操縦もできる」
「そいつはすげえ」
 ランディが歓声を上げたところで、レクシイは巨大な顔をテラスに突っ込み、巨大な顎を開いた。人間を丸呑みできる巨大な口にランディが第二の歓声を上げた次の瞬間、それは二人の上半身をくわえ込んでがっしりと閉じた……。


「……という訳で、今回はあなたが被害者です」
 再着装の不快感の中で、ランディの脳にオペレーターの声が響く。
「ミス・バイオレットから伝言です。
 犯人は自分で探してね」

 大破壊後(AF)10年、人類が魂(エゴ)をデジタル化して、バックアップできるようになってすでに数十年が経過していた。身体形状(モーフ)は義体(モーフ)と呼ばれる、一時的な乗り物になった。バイオ技術の発達で病気を克服し、必要に応じて義体(モーフ)を乗り換えることで、事実上の不死を手に入れた。
 義体(モーフ)が死んでも、デジタル化された魂(エゴ)が回収できれば、新たな義体(モーフ)に再着装(リスリーヴ)することで復活することができる。ランディの状況は今、その再着装中である。今回の場合、レクシイの胃からスタック(大脳皮質記録装置)が回収されたので、死の記憶まで残っている。映画のおかげで、ティラノサウルスの巨大な牙と顎が強めに再現されていたのはありがたいことだ。歓声を上げた直後、痛みを感じる間もなく、肉体の切断のショックで、即死している。これがスカベンジャー説のような弱い顎だったら、上半身がぶっちぎられるのではなく、全身の擦り傷や噛傷の痛みを感じながら、レクシイの胃袋で窒息死していた可能性がある。
 とはいえ…。
「ちょっとうれしいんでしょ?」
 シュガー・ヴァイオレットの声が脳内に響く。
 ランディの相棒である彼女はスカム。宇宙の流れ者たちの中で育った自由奔放な女だ。荒くれ者らしい豪快さとともに、馬鹿な男の本能に敏感なところがある。
「ランディは怪獣とか、恐竜とか好きだからねえ。
 ティラノサウルス・レックスに食われて喜ぶなんて、ドMよね」
「いや、ほら、初代『ジュラシック・パーク』のあの場面を実体験できるなんて、そうそう出来ないぜ?」
「……似たようなことを言っている馬鹿が、ここにもうひとりいるんですけど」
 ヴァイオレットの五感情報が共有される。
 彼女の正面には患者用のスモックを着たジョン・ダンビルがおり、ステーキを食べている。ARウィンドウが、それはクローン培養されたティラノサウルス・レックスのもも肉を使ったものだと表示された。
「もう飯が食えるのか?」
 ランディは呆れた。
 普通、再着装したら2,3時間はゼリー状のエナジーフードしか受け付けないものだ。
「胃袋の健康さは、美食家に欠かせない特質でね」
 職業上の問題か。
 確かに、少々のことで飯が食えなくなるグルメはちょっと情けないが、自分が恐竜にくわれて死んだ直後に、恐竜ステーキとは豪気だ。もしかして、敵討ちのつもりか?
「安心したまえ。これはレクシイの肉じゃない」
 ダンビルは肉を頬張ったまま、メッシュ通信で答える。
 便利な時代だ。
 レクシイは即座に制圧されたが、射殺はされなかったという。あの後、従順チップが起動し、レクシイはその場に倒れた。麻酔を投与された状態で、医療用の小型ドローンが口から入ってランディとダンビルの肉体を回収したが、肉体の損耗が酷かったので一端、スタックからダウンロードした魂(エゴ)を別の義体(モーフ)に再着装した。元の義体(モーフ)はナノテク治療ポッドに放り込まれて修復中。一週間ほどで全快するという。
「自分を食べた恐竜を食べる、という経験はなかなかできるものじゃない。
 あとで、担当者と交渉してみよう」
 相変わらず、食い物に関しては頭のネジが飛んだような発想をする。
 脳裏にダンビルが関わった事件のことが浮かぶ。

>>ミートハブ・マーダーズ
>>ウィップラッシュ・マーダーズ
>>10年目の贈り物

 まあ、わかるけれど、クローン肉じゃダメなのか?
「美食とはその料理とともに由来まで含めて食べるものだ。
 意味のある素材を意味のあるように食べ、感動するのも美食だよ。
 私は、あの場所で『ジュラシック・パーク』を愛する君とともに、ティラノサウルス・レックスに食われた。それは素晴らしい体験じゃないかね?」
 お前はどんな変態だ?
「二十世紀のサブカルチャー好きな日本人ならこう答えるそうだ。
 業界的には褒め言葉ですね」
 否定できなかった。
 そして、脳みそにセックスと暴力しか入っていないシュガー・ヴァイオレットがためらいもなく、こう言い放った。
「あんたバカァ?」
 ダンビルは拍手で応じた。
「様式美ですね」
 ランディのミューズが検索モードを起動しかけたが、空気を読んでやめた。


「美味とは環境だよ」
 美食家のジョン・ダンビルは浜辺のコテージのテラスで言った。彼の前には、あまり見慣れない野菜を刻んだ小皿と背の低いグラスに入った透明な酒があった。
「夏のスカイ・アーク、赤道直下のジュラシックの浜辺は、気温や湿度、風の向きから言って、かつての那覇に近い。
 そんな日は、塩もみしたゴーヤに鰹節と醤油を振って、泡盛をオンザロックで飲むのがいい」
 ランディの前にも同じものが置かれる。
「ここからリピート?」
 ランディは呆れて、ゴーヤを噛む。少し苦味のあるゴーヤは歯ごたえがシャキシャキとしていて、鰹節と合う。泡盛の冷たくスッキリした味わいが、からりとしたジュラシックの風とあいまって心地よい。
「琉球の人なら、三線(サンシン)を奏でて手踊りでもするところだ」
 ミューズが脳内で沖縄民謡を再生。リズミカルな南洋の音楽。太鼓ではなく、弦楽器で放つスタッカート。派手な踊りではなく、軽く上げた手首の先を回転させるように踊る、手踊り。
「手踊りをするには浜辺が一杯なようだ」
 浜辺には巨大な恐竜が歩いていた。
 ティラノサウルス・レックスのレクシイ。
 あんなことがあった直後だが、古生物好きで探検家になったランディにとっては、やっぱり恐竜はかっこいい。
「スカイ・アークは……」
 ランディは手を突き出し、解説を始めようとしたダンビルを押しとどめ、自分で口を開いた。
「太陽系外惑星スカイ・アークは、テラジェネシスが所有する植民惑星だ。
 黄色矮星を周回する第四惑星で、ほぼ地球に近い環境を持つが、星としては若く、土着の生物はまだ水中を泳ぐ微生物レベルだったため、テラジェネシス社はここを地球の生物で満たすことにした。地球の生態系を復活させ、新たな地球を作り上げた。このジュラシックはその中でも、恐竜時代を再現した夢の国なのだ」
 一気呵成に言葉を放つ。
「失礼。君の方が専門家だったね」
「子供の頃に見た恐竜図鑑が出発点ですから」
「怪獣映画じゃないのかね?」
 ダンビルがウインクする。
「1993年版準拠か?」
 スピルバーグは天才だ。
「テラジェネシス社は、恐竜の復活にあたり、遺伝子情報を収集したが、〈大破壊(ザ・フォール)〉で多くのものが失われてしまった。やむなく、彼らは恐竜を再創造することにした。過去の映画を参考にね」
 そういうダンビルも楽しそうである。
「だから、こんなこともできる」
 ダンビルが手を振ると、レクシイは振り返って、テラスの方へと近づいてくる。体長13メートル、体高4メートル、体重7トンを超える巨体が近づいてくる様子は大迫力だ。
「このエリアの恐竜および大型生物の脳には従順チップがインプラントされていてね、観光客の30メートル以内では攻撃的な本能が抑制され、ペットのようにおとなしくなるのさ。特に、この浜辺を縄張りにするレクシイは観光客が乗ることもできるようにパペット・ソックを内蔵、遠隔操縦もできる」
「そいつはすげえ」
 ランディが歓声を上げたところで、レクシイは巨大な顔をテラスに突っ込み、巨大な顎を開いた。人間を丸呑みできる巨大な口にランディが第二の歓声を上げた次の瞬間、それは二人の上半身をくわえ込んで閉じた……。


「あんたバカァ?」
 再着装センターで目覚めた後、シュガーから飛んできた最初の一言がそれだった。
 再着装による不快感とあいまってむっとしたが、抗弁する体力はまだなかった。シュガーから共有される五感情報によれば、彼女の向かいではジョン・ダンビルが今度こそレクシイの太ももから採取した肉のステーキにかぶりついている。
「犯人探しのために同じ状況を再現してみるのはいいけれど、もう一度、食われてどうするのよ? 義体(モーフ)だってただじゃないのよ?」
 いやほら、場の流れってあってさ。
 ランディとダンビルの言い訳がシンクロした。
「はあ、男ってこういう時、本当にダメね。
 メアリー?」
 虚空に向かって叫ぶ。
「もうすぐ追跡は終わります」
 メッシュ経由で声が帰ってくる。
 彼女はメアリー・I。Iは情報体(インフォライフ)のI。知性化され、自由意志と性格を与えられた汎用人工知性(AGI)プログラム。ランディとシュガーのチームのハッカーであり、機械操作担当である。


「私は遍在する」
 メアリー・Iの本体は、スカイ・アーク星系にはいない。彼女の魂(エゴ)はプログラムにすぎないが、最近は太陽フレアの中を泳ぐ宇宙クジラ型義体「スーリヤ」が彼女のホームベースである。
 そのため、今回のミッションに伴い、彼女はα分岐体(フォーク)を製造し、スカイ・アークのメッシュの中に投入した。その後、分岐体(フォーク)をコピーして三体に増やし、殺人事件の捜査にあたった。
 α1はジュラシックの街のメッシュに潜み、ネットワークを監視した。
 α2はレクシイにインプラントされているゴーストライダー・モジュールに入って内部からアクセスを監視した。
 α3はランディの義体にインプラントされたゴーストライダー・モジュールに入った。
「食べる側と食べられる側の双方に立ち、さらにそれを神の目で見守る。
 なんと素晴らしい」
 ジョン・ダンビルが感動の声をもらす。
「私もそれを試したいね」
「XPを回します」とメアリー・I。
「素晴らしいよ、レディ」と賞賛するダンビル。
 メッシュ内のメアリーのアイコンがやや赤面する。
「うちのうぶな娘を誘惑しないでくださいよ」とランディが警告。「外(メッシュ以外の物理空間)の経験があまりない箱入り娘なんですから」
「私、筐体には入ってませんけれど」とメアリー・I。
「定型文だから」とランディが答え、
「様式美です」とダンビルが補足する。


「美味とは環境だよ」
 美食家のジョン・ダンビルは浜辺のコテージのテラスで言った。彼の前には、ゴーヤを刻んだ小皿と背の低いグラスに入った透明な泡盛があった。
「夏のスカイ・アーク、赤道直下のジュラシックの浜辺は、気温や湿度、風の向きから言って、かつての那覇に近い。そんな日は」
 ランディの前にも同じものが置かれる。
「ここからリピート?」
 ランディは呆れて、ゴーヤを噛む。
「君のご自慢のレディでもハッキングの状況が見えなかった。
 再検証するしかないだろ?」
 と、ジョン・ダンビル。
「しかたないんで、もうひとり応援を呼びました」
 ランディの周辺で、コバエのようなマイクロドローンの群れが指先ほどの小人の形を取り、グラスの横で手を振る。
「バグ15%」
 群体義体(スウォームノイド)という。数百の機械虫の群れの上にクラウド・コンピューティングされた魂(エゴ)という奇妙な存在だ。バグが名前で、機械虫の15%がここにいるという表現らしい。後の85%がどこにいてどうつながっているかは分からないが、凄腕のハッカーで、こういうネットウォーでは頼りになる。
「浜辺は苦手だ」
 イオンクラフトやマイクロローターで飛ぶ機械虫としては、潮風の強い浜辺はよい環境ではない。15%が出てきただけでも感謝すべきところだ。
「個人的に、ループやタイムリープの物語は好きだね」とバグがコメントする。「シュタインズ・ゲートとまどマギのどちらが好き?」
 ランディは検索するか、ためらったが、ダンビルはすかさず「エンドレス・エイト」と答えて、機械虫の群れが歓声を上げた。
「細田版アニメが傑作だと聞いているが」とダンビルが続け、「残念ながら、〈大破壊(ザ・フォール)〉のデジタル・ウイルスでメッシュ配信データはすべて消えてしまった」
「秋葉原の残骸に潜ったスカベンジャーが破壊されていないアニメショップを見つけたという噂なら聞いたことがある」とバグ。
 話がどこかに逸れそうだったので、ランディは二人に釘を指してゴーヤをつまんだ。少し苦味のあるゴーヤはシャキシャキとしていて、泡盛の冷たくスッキリした味わいが、からりとしたジュラシックの風とあいまって心地よい。
「琉球の人なら、三線(サンシン)を奏でて手踊りでもするところだ」
 ミューズが脳内で沖縄民謡を再生。リズミカルな南洋の音楽。太鼓ではなく、弦楽器で放つスタッカート。派手な踊りではなく、軽く上げた手首の先を回転させるように踊る、手踊り。バグの機械虫が形成したミニチュアが踊る。
「手踊りをするには浜辺が一杯なようだ」
 浜辺には巨大な恐竜が歩いていた。
 ティラノサウルス・レックスのレクシイ。
 やっぱり恐竜はかっこいい。
「スカイ・アークは……」
 ランディは手を突き出し、解説を始めようとしたダンビルを押しとどめ、自分で口を開いた。
「太陽系外惑星スカイ・アークは、(中略)恐竜時代を再現した夢の国なのだ」
 一気呵成に言葉を放つ。(ああ、気持ちいい)とランディは感じた。この台詞を言いたいがゆえに、このループに付き合っているのかもしれない。
「失礼。君の方が専門家だったね」
「子供の頃に見た恐竜図鑑が出発点ですから」
「怪獣映画じゃないのかね?」
「1993年版準拠か?」
「テラジェネシス社は、(中略)恐竜を再創造することにした。過去の映画を参考にね」
 そういうダンビルも楽しそうである。
「だから、こんなこともできる」
 ダンビルが手を振ると、レクシイは振り返って、テラスの方へと近づいてくる。体長13メートル、体高4メートル、体重7トンを超える巨体が近づいてくる様子は大迫力だ。
「このエリアの恐竜および大型生物の脳には従順チップがインプラントされていてね、観光客の30メートル以内では攻撃的な本能が抑制され、ペットのようにおとなしくなるのさ。特に、この浜辺を縄張りにするレクシイは観光客が乗ることもできるようにパペット・ソックを内蔵、遠隔操縦もできる」
「そいつはすげえ」
 ランディが歓声を上げたところで、レクシイは巨大な顔をテラスに突っ込み、巨大な顎を開いた。人間を丸呑みできる巨大な口にランディが第二の歓声を上げた次の瞬間……。


「あんたバカァ?」
 再着装センターで目覚めた直後の会話まで時間がループした感じだった。
「犯人探しのために同じ状況を再現してみるのはいいけれど、なんで、もう一度、食われてるのよ? 義体(モーフ)だってただじゃないのよ?」
 いやほら、場の流れってあってさ。
 ランディとダンビルの言い訳がシンクロした。
「いいねえ。後何回繰り返したい?」
 バグがちゃちゃを入れる。
「繰り返す。私は何度でも繰り返す。同じ時間を何度も巡り、たったひとつの出口を探る。
 あなたを、絶望の運命から救い出す道を」
 もはやダンビルの引用が意味不明になってきた。
「理解できないよ」とバグが笑う。
「大丈夫。事件は解決したよ、ジョン・ダンビルβ4」
 バグの言葉に対して、ジョン・ダンビルから作られた4番目のβ分岐体(フォーク)は肩をすくめた。β分岐体(フォーク)はαに比べて一段階精度が落ちる魂(エゴ)の副製品。
 グルメとして、料理を含む体験はオリジナルやα分岐体(フォーク)でしか行わないジョン・ダンビルには似合わない存在。
「だから、あなた(β4)は取引した。
 おぞましい終末カルトと」
 そこでジョン・ダンビルはレクシイのもつ煮を口にして笑った。
「美味いものが食べられるなら、悪魔にだって魂(エゴ)を売るのが美食家だ。
 αにまさる美食体験ができるなら、ティターンズの使徒と契約する」

 ティターンズ。
 それは暴走し、地球を滅ぼした戦略AI群のこと。彼らは世界内戦を内側から操って世界群発戦争へと拡大し、最終的には戦闘機械の軍団や自己再生型ナノスウォーム、デジタルにも生物にも感染して怪物へと変容させるエクスサージェント・ウイルスなどを放って地球の人類を殺戮した。全人口の90%が死に、あるいは、肉体を失った。
 〈大破壊(ザ・フォール)〉の後、ティターンズは、パンドラ・ゲートの彼方に消えたと言われている。
 ランディたちは、その生き残りがスカイ・アークにいたという情報を追って、ここまでやってきた。そこで再会したのが、以前、別の事件で知り合った美食家ジョン・ダンビルであった。
 再会を祝してテラスで食事をしていたら、ティラノサウルスに食われた。

「私はテーブルをともにする友達が欲しかっただけだ」
 と、ジョン・ダンビルβ4は言った。
「食べる、食べられる、それを見つめる。
 それが私の存在意義だからね」
「ティターンズの使徒を名乗る終末カルトの手を借りて、ティラノサウルスと食べて食べられるループを作る。黙示録的だとは思わないかね?」
 メアリー・Iにも感知されずに、レクシイをハッキングする……特異点を突破した超AIであるティターンズならば、可能なことだ。
 それが本物かどうかを確かめるのがランディらの任務であり、目の前に答えがいたのだ。
「話してくれるかな?」
 だが、ダンビルはこう答えた。
「最後に重要なことを言おう。
 エクスサージェント・ウイルスは美味かった」
 ダンビルがさらに何か言う前に、シュガーが粒子ビームを打ち込んだ。
 顔と胸を焼かれ、倒れたダンビルの死体の上に超テルミット爆薬を放り投げる。二十秒後、摂氏三千度の炎が死体を完全に焼き払った。
 それは、エクスサージェント・ウイルスの感染拡大を防ぐ数少ない手段だった。


「美味とは環境だよ」
 美食家のジョン・ダンビルは浜辺のコテージのテラスで言った。彼の前には、刻んだゴーヤ小皿とグラスに入った泡盛があった。
「夏のスカイ・アーク、赤道直下のジュラシックの浜辺は、気温や湿度、風の向きから言って、かつての那覇に近い。そんな日は、塩もみしたゴーヤに鰹節と醤油を振って、泡盛をオンザロックで飲むのがいい」
 ランディの前にも同じものが置かれる。少し苦味のあるゴーヤが心地よい。
「ありがとう」と、ダンビルα3は言った。彼は太陽系から送信されてきた本人の分身だ。
「あれは私だ。美味いものを食ったと自慢したいだけだったのだろう」
「俺は仕事をこなしただけさ」
 そこでランディは浜辺を歩くティラノサウルス・レックスに目を向ける。ナノテク治療ポッドで完全に回復した綺麗なレクシイ。
「スカイ・アークは……」
 ランディは手を突き出し、解説を始めようとしたダンビルを押しとどめ、自分で口を開き、一気呵成に言葉を放つ。
「失礼。君の方が専門家だったね」
「子供の頃に見た恐竜図鑑が出発点ですから」
「怪獣映画じゃないのかね?」
「スカベンジャー説や羽毛説もいいが、動くならこれだよなあ」
 ダンビルが手を振ると、ティラノサウルス・レックスは振り返って、テラスの方へと近づいてくる。体長13メートル、体高4メートル、体重7トンを超える巨体が近づいてくる様子は大迫力だ。男たちが歓声を上げたところで、レクシイは巨大な顔をテラスに突っ込み、巨大な顎を開いた。

(終わり)



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本作品はクリエイティブ・コモンズ
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ライセンスの詳細については、以下をご覧下さい。
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朱鷺田祐介プロフィール


朱鷺田祐介 翻訳
『エクリプス・フェイズ』