「海辺に立ち並んで島を滅ぼすモノ」片理誠

(PDFバージョン:umibenitatinarannde_hennrimakoto
 そんな馬鹿な種族がいるのか、と佐藤があまりに大袈裟に驚くので、俺は「ところが、いるのさ」と教えてやった。
「滅び去った文明なんてもんは、別に珍しくも何ともない。物理を専攻したお前には意外に思えるかもしれんがね」
 サイコロステーキを一つ頬ばり、噛み潰してからビールで胃袋の中に流し込む。これはいつまでも咀嚼していると臭みがでてくるのだ。
「しっかし、煉瓦の作りすぎで森が消滅して、結局残ったのは砂漠と廃墟だけだったとは、何とも哀れな話だな」
「まったくだ。もっとも、薪を盛大にくべて焼き固めた煉瓦はさすがに丈夫で、廃墟としては立派なもんだったがね」
「無知ってのは恐いねぇ。……あ、おばちゃん、おひたし、もう一皿追加ね!」
 下町の居酒屋は久しぶりに再会した友人とゆっくり語らうには少々賑やかすぎたが、こういう人間くさい雰囲気が俺は嫌いじゃなかった。考古学と言っても俺の場合はフィールドワークが多いので、こういう人が大勢いる場所は久しぶりだ。八つしかないテーブルは全て満席。あちこちからがなり声やら調子の外れた歌やらが聞こえてくる。
「森が滅べば人も滅ぶ、ってね。だが大昔の人間はそんなことも知らなかった。なぁ、知ってるか、イースター島にも昔は森があったんだぜ」
 へぇ、と佐藤。早くも赤ら顔になってきている。
「本当さ。土に含まれている花粉を分析するとそういったことは簡単に分かるんだ。かつてあの島は豊かな緑に覆われた南海の楽園だった。だが一七二二年の復活祭の日、その島を訪れたオランダ人航海者たちが見たのは荒れ果てた土地と、そこをうろつく原住民たちだった。彼らは互いに殺し合い、人肉を食らっていた」
 サイコロステーキに箸を伸ばしていた佐藤は露骨に嫌そうな顔をした。
「うぇ。あまり酒の席で聞きたい話じゃないな」
 深刻な食糧危機に陥っていたんだ、と教えてやる。
「何でだよ、豊かな島だったんだろう?」
「モアイだよ」と俺。「お前だって名前くらいは聞いたことがあるだろう。イースター島にある巨大な石像のことだ」
「ああ。それぐらいだったら俺だって」
「あれは元々、祖先の姿を刻んだもので、村の守り神として立てられていたんだ。モアイが立っているのは海岸線に散在する祭壇だ。海からの脅威を彼らは恐れていたんだろうな」
「なるほどねぇ」
「ところがモアイは山の岩壁から削りだして作るんだ。あんなでかい岩は海辺にはないからな、しかたないんだが、結果として海岸線までの長い道のりを運搬しなくちゃならなかった、というわけだ。で、その運搬には大量の木材が必要だった」
 おいおいおい、と佐藤。
「まさかそれで島が滅んだって言うのか? たかがお守りのために? 文明が一つ崩壊したって?」
「文明なんてもんは呆気なく滅びるんだよ。森からの養分がなくなれば土地が痩せ、川が痩せ、海が痩せてゆく。結局、人は滅びるしかない。豊かだった土壌は嵐の度に海に流されて、最後には剥き出しの岩しか残らなかった。しかも木材がなければ船も造れないから、島から脱出することも不可能。で、行き着く先が」
「カニバリズムってか。悲惨な話だ。……やってて空しくないか? 滅びたものばかりを追いかけるなんて」
 別に、と俺は肩をすくめる。
「そこから学べることも多いよ」
「俺には理解できんな」肉をもっちゃもっちゃと咀嚼しながら佐藤がにやける。「物理を専攻して良かった。俺には最先端の方が性に合ってる」
「原子力発電所の副所長だなんて、出世したもんだな」
 お前のような研究職になれれば良かったんだが、と一瞬だけしんみりした後、再び佐藤は胸を張った。
「だが、技術職の道に進んだことを後悔しちゃいないぜ。もっとも、今じゃ管理職だがね」と笑った。
 そういや、と俺。
「俺の故郷の海岸線にもずらりと並んでたぜ、廃炉になった原発が」
「今じゃどこもそうさ。もう原発の立ってない海岸なんてどこにもないぜ。原発には冷却用の水が大量に必要でね。大きな川のない日本では、海辺にしか造れない」
「それにしたって、あれは造りすぎなんじゃないか。何十基も立ち並んでたぜ」
「原発の寿命はせいぜい五十年から六十年なんだ。だからどこかが廃炉になる度に、どこかに新しいのを造っていかなくちゃならない」
「自転車操業みたいだな」
「まさに」
 ビールを煽る。
「……実際、大変なんだよ、土地がなくてね」
「古いのを壊して、そこに造りゃいいんだ」
「そうしたいのは山々なんだが、大量に出る放射性廃棄物の処理法がまだ決まってないんだ」
「おいおい。最終的な処分法も分からないもんをジャンジャン造ってんのかよ?」
「全部地下深くに埋めちまえばいいんだが、内陸部の自治体はどこも嫌がってる。まぁ、気持ちは分かるよ。電気を生み出す原発と違って、廃棄物の方は放射能を帯びたゴミでしかないからな。そんなもんが足下に埋まってたら、誰だっていい気持ちはしないわな」
 ビールを一口舐めた後、だが、と続けた。
「現実問題として原発は大量の放射性廃棄物を出す。実際、地下処分場はどんだけあっても足りないくらいなんだ。ところがもう一方では、その地下処分場を造るのにも莫大な金がかかるのさ。物凄い勢いでゴミが出続けているのに、大金はかかるわ、皆は嫌がるわで処分は一向に進まない。大昔から言われていることだが、原発は未だに“トイレのないマンション”なんだ」
「日本の場合は地震もいっぱいあるからな。いくら地下深くっていっても、そりゃ不安はある、か。……なぁ、核融合炉ってのはいつ実現するんだ?」
 佐藤は心底嫌そうな顔で、蠅でも追い払うかのような仕草をした。
「ありゃ、無理だ。まだまだとてつもない時間がかかるぞ。不可能だと言う学者もいるくらいだ」
「実験用の炉は成功したと聞いたけどな」
「実験用のはな。だが実用的な商業発電炉とするにはまだ無理がありすぎる。何百万度、場合によっては何十億度もの超高温になるんだぜ? そんな環境に何十年も耐えられる物質なんてないんだよ。おまけに放出される高エネルギーの中性子によってどんどん劣化してボロボロになってゆくんだから、なおさらだ。超電導磁石を使って強力な磁場を作り出し、その中にプラズマを閉じこめる、なんてやり方もあるけどな。実験用ならそれでもいい。だがその方式で閉じこめていられるのは、せいぜい数百秒が限度だ。これじゃあ、商売にはならない。クリーンで、安全で、無尽蔵なエネルギー。言うは易いが、現実はそんなに甘くないのさ」
「太陽を生み出すことはできる、だがそれを閉じこめておくことは難しい、ってことか」
「ま、そんなところだ」
 はぁ、と佐藤は大きく息を吐いた。
「ったく、嫌になってしまうよ。原発で何の問題もないんだ。日本には他の解などあり得ないのに」
 俺は微笑む。
「苦労してるみたいだな」
 ああ、と佐藤。
「最先端の科学技術についていけなかった落ちこぼれどもが“原発は危険だ”とか抜かすんだ。取るに足らん連中だが、数が揃えばそうも言ってられん。俺の立場ではな」
「環境保護団体か」
「馬鹿げた話だよ。“原発は絶対に安全だ”と俺たち電力会社も日本政府も口が酸っぱくなるまで言い続けてきているのに、連中は信じようとしない。二言目には、“地震”と“津波”だ。馬鹿馬鹿しい。安全対策くらい、こっちだってちゃんとやってるさ。日本の原発は百年に一度の地震がきたって大丈夫なように設計されてるんだ。なのに連中ときたら、“千年に一度の地震や津波がきたらどうする?”とか言うんだぜ」
 なるほどね、と相槌を打つと、佐藤はドン、とテーブルを叩いた。
「何が、なるほどね、だッ!」
「おいおい、俺に絡むなよ」
 ヘン、とビールを煽る。
「たかだか五十年かそこらしか稼働しないもんにだなぁ、千年に一度の天変地異なんて想定してられるかってんだ! だいたいそんなこと言いだしたらテロや戦争はどうなる? 発電施設なんて有事の際には真っ先に狙われる標的だろ? 電気がなければ敵は大混乱になるんだから。どんなボンクラ指揮官だって見過ごすはずなんかないぜ。だがほとんどの善良な日本人はそんなことは言いださない。だってそうだろ? すべての原発に空母だの戦車だのを貼り付けておけるか? どう考えても現実的じゃない」
 くくく、と佐藤は笑った。口元が残忍そうに歪む。
「放射性廃棄物の処分方法が確立しない限り、原発は廃炉になった後もそこにずぅ~~~っと立ち続けるんだ。プルトニウム239の半減期は二万四千年なんだぜ! ほとんど永遠みたいなもんじゃないか! にもかかわらず、俺たちがやってる安全設計はせいぜい百年かそこらしか考慮しちゃいない。なぁ、お前、おかしいと思わないか?」
「まぁ……確かに言われてみれば」
「だがほとんどの日本人はこのことについて何も言わないんだ。彼らはちゃんと知ってるのさ。千年に一度の地震なんて起こらない、日本がこの先テロや戦争に巻き込まれることも絶対に永遠にない、ってことをな」
「……だが0%とも言い切れないんだろう?」
 ふははは、とひとしきり笑った後、「0%さ」と佐藤は言い切った。
「限りなくゼロに近いのならそれはゼロなんだ。そう見なすべきだ。それが現実的な考え方というものだ。確率なんてもんは宗教と同じ。所詮は神話、さ。信じるかどうか次第なんだから。俺たちの提唱する安全こそが、実話なんだ。だってそうだろ? 現に俺たちの目の前にあるじゃないか。見ろよあの明かりを、この携帯端末を。全部電気で動いてる。そして俺たちもこうしてちゃんと生きている。これ以上の証明がいるか?」
 大した自信だな、と俺は呆れる。
 まぁな、と佐藤。肉を頬ばる。
「全ては豊かな現在のため、だ」
「海辺に立ち並んで島民に幸福をもたらす、か。まるで何かみたいだな」と俺は笑いかける。
「“だが実際にはモアイは島を滅ぼしたんだぜ”というつもりなんだろ? よしてくれ。原発はお守りなんかとは違うぜ。ちゃんと電気を生み出すんだ」
 ま、俺は仕事柄、どっちかというと環境保護の立場に近いからな、と弁解。
「困るな。科学者なら、もっと中立な立場で物事を判断してもらいたいもんだ」
「こんなつまみを見てりゃ、そりゃ、文句の一つも言いたくなるさ」
 俺は皿の上に一つだけ残っているサイコロステーキを箸でつつく。
 店の従業員が丁度、新しい皿を持ってきた。
「お、きたきた。おひたし。お前も食えよ、体に良いんだぞ」
「クロレラを棒状に固めてるだけなんだろ、それ? 嫌いなんだ。……それにこの模造肉のステーキ、相変わらず臭いな」
「しかたないだろう、元はミミズの肉なんだから」
「……バッタの脚の筋肉だって聞いたけどな」
「今じゃどこもミミズさ」
「俺たちの祖先は本物の肉や魚を食ってたんだぜ」
 食い物だけじゃない、酒もさ、と佐藤がジョッキを掲げて見せる。
「俺たちの曾祖父の代くらいまでは本物の酒が飲めたんだ、こんな化学合成された人工アルコールじゃなくな。だが、ま、多少のことは我慢だよ。原発に放射能漏れはつきものだ。いちいち気にしてたら身が保たん。全ては電気のため。今日日、森だの畑だの海だのがなくったって死にはしないが、電気がなかったらそうはいかん。だろ?」
「まぁ、な」
「今さら電気なしの石器時代みたいな暮らしに戻れるか? そうとも! そりゃ無理だ。戻れっこない。なら電気を作り続けるしかないじゃないか、なぁ! 石油や石炭と同様、ウランやトリウムもいずれは枯渇するが、それまでの間、俺たちはせいぜいこの素晴らしき電気文明を謳歌するのさ! なぁ、おい!」
「しっかし不味いな、これ」
「そうか? 慣れればそうでもないぞ。お前は外国暮らしが長いから、そういう贅沢な」
 この時、テーブルの上に置いていた携帯端末が突然けたたましい電子音を奏でだした。
《ピピピピピッ! タダ今、政府ヨリ緊急警報ガ発令サレマシタ! ピピピピピッ! 繰リ返シマス! タダ今、政府ヨリ緊急警報ガ──



片理誠プロフィール


片理誠既刊
『エンドレス・ガーデン
ロジカル・ミステリー・ツアーへ君と』