「縁結び」八杉将司

(PDFバージョン:ennmusubi_yasugimasayosi
 真二が会社の忘年会を終えてほろ酔い気分で帰っていると、携帯電話が鳴った。珍しく兄からの着信だった。
『真二か。久しぶり。あのな、今度の正月だけどな、うちに帰ってこいよ。三日に村の神社で例祭をやるんだ。おまえに出てほしいんだよ……え? 三日から仕事だ? 休めよ。休めない? 有給も取らせてくれないブラックなのか、おまえの会社。ちょっと上司の電話番号を教えろ。俺が掛け合ってやる……うん? 取る? そうか。無理だったら言えよ。ああ、じゃあ、帰ってきたら駅に迎えにいってやるから。うん、またな』
 電話が切れた。酔いはすっかりさめてしまった。正直、面倒くさいことになったと真二は思った。
 実家のある田舎には就職してから何年も帰っていない。仕事のせいではない。実は三日から仕事はじめというのも嘘だった。
 なにせ帰省しようとしたら電車やバスを乗り継いで何時間もかかるのだ。暮れのラッシュに巻き込まれたらへとへとに疲れるに違いなかった。そのうえ実家の両親は口うるさく、大掃除やお節の準備も手伝わされるだろうからのんびり過ごすこともできなかった。できれば帰りたくない。一人アパートで寝正月を満喫したかった。
 でも、帰省すると伝えてしまった。仕方ない。
 それにしてもあの限界集落寸前の田舎の村に、祭礼行事をするような大きな神社があっただろうかと首をひねった。それらしいもので記憶にあるのは、由縁もわからない小さな祠ぐらいだった。

 年末。
 真二は里帰りする人々の混雑に揉まれながら、なんとか田舎の最寄にある小さな無人駅にたどり着いた。ここから実家のある村までは数時間に一本しかないバスに乗らなければならない。
 でも、今回は兄の真也が迎えに来ていた。
 マイクロバスで。
 真二は目を丸くした。もちろん自家用車ではない。真也が勤めるこの地域の役所が所有するバスだった。
 真二は兄に訊いた。
「こんなので迎えに来ていいのかよ」
「別におまえだけを乗せにきたんじゃない」
 真也は後ろを指差した。
 振り向くと、数人の家族連れがいた。聞こえてくる会話は中国語だった。
「観光客? このド田舎にか。嘘だろ」
「俺ががんばったんだよ。とにかく乗れ」
 真二は観光客と一緒にマイクロバスに乗り込んだ。村に外国からも観光客がくるようになった事情は、真也が運転しながら話した。
 真也は役所で村おこしの企画をするよう命じられたのだという。そこでちょうど日本に海外からの観光客が増えていることに目をつけて、流行りの民泊や農業体験の企画を海外向けに立ち上げると、それが大当たりしたそうだ。限界集落になりかけた貧相な村がむしろ外国の観光客にとっては珍しく、SNSによる口コミもあってたくさんの旅行者が訪れるようになったらしい。
「でも、一段落してちょっと観光客が減ってな。てこ入れで新しいことをやろうとなったんだ」
「それが例祭のイベントか」
「そうそう」
「でも、そんな神社なんて村になかったよな」
「祠があるだろ。でかい樫の木のそばにあったの覚えてないか」
「いや、あんなの神社とはいえないだろ」
「例祭をするのには問題ない。近くの神社の神主にはやってくれるよう話をつけてある」
「それでも人を呼べるほどのイベントになるとは思えないんだけど」
「あの祠の御神体が何か知ってるか」
「樫の木だろう?」
「俺もそう思っていたが、違うんだよ。あれの小さい社の中に、御神体を収めた箱があるんだ。その中身の御神体を開帳することにした。百年ぶりという宣伝もしてある。観光客が寄ってきそうな話だろ」
「へえ、そんな由緒ある祠だったのか」
「いや、俺がそういうネタを作った」
 そう言って真也は笑った。車内に観光客がいるが、日本語はわからないと思ったのだろう。話を続けた。
「だいたい御神体の開帳なんて神社はやらない。仏像じゃないんだから」
「ええ? 詐欺じゃないか」
「ひどいことを言うなよ。箱の中に御神体があるのは本当だし、役所の郷土史を調べたら百年ぐらい前に祠で雨乞いの儀式をやった記録はあるんだ」
「じゃあ、本来はしないご開帳なんてのをやるのが兄さんの考えたネタか」
「ついでに縁結びのご利益があるとも宣伝しておいた。御神体を見たら恋愛が成就するとか、結婚できるとか。なにせ百年ぶりに公開される御神体のご利益だ。みんな興味を持つだろ?」
「なんだか詐欺くさいなあ」
「まったく嘘なことはないぞ。あの祠、神主が言うには道祖神らしいから子孫繁栄のご利益もあるんだよ。それもあっておまえを呼んだ」
「はあ?」
「おまえどうせ彼女なんかいないだろ。祠の前で祈祷してもらえ」
「ええ、嫌だよ」
「彼女いるのか」
「いないけど」
「だったら問題ないだろ。おまえが祈祷のあと結婚できたら、それをネタに縁結びのパワースポットとかなんとか宣伝に使える」
「うわ、身内を利用するのかよ」
「しょうがないだろ。俺は結婚しているし、村出身の独身者で若者といったらおまえぐらいしかいないんだ。だから頼むよ。祈祷する神主の前で座っているだけでいいから」
 真二はため息をついた。
「わかったよ」
 しかし、兄の期待通りにはならないだろうと思った。真二は自分が結婚できるとは思えなかった。これまで彼女がいたことはない。片思いしかしたことがなかった。今の職場に同年代の女性はおらず、合コンをする機会もなかった。それは周りの同僚も大差なく、なんとなくそんな女性とめぐり合えるなんて異星人と遭遇するぐらいあり得ないことに思えていた。だから神頼みをするしかないともいえるのかもしれないが。

 そして、年が明けて三日、真二は例祭に参加した。
 祠は、洋々たる枝ぶりの樫の大木の根元にある切妻屋根を備えた小さな木造の社殿だった。真新しい紙垂がぶら下がり、社殿の前には祭壇が設けられていた。
 祠を囲むように集まった観客は思いのほか多かった。数百人はいるだろうか。地元のテレビ局のカメラまで入っていた。
 これほどになることを見越してか、例祭の規模も神主一人だけのこじんまりしたものではなかった。雅楽の演奏者もそろえ、しつらえた真っ赤な舞台の上で笙や和琴、楽太鼓の音色を響かせていた。
 これほど大掛かりでありながら、縁結びの祈祷を受けるのは真二だけだった。恥さらしもいいところだったが、いまさら逃げられない。
 雅楽独特の甲高く緩やかな調べを聴きながら、真二は指定された位置に座った。
「かけまくもかしこきいざなぎのおおかみ……」
 神主が長い祝詞をとうとうと告げると、祭壇に置かれた薄汚れた大きな木箱に手をかけた。恭しく真二の前に持ってくる。これが祠の中にあった御神体の入った箱らしい。
 蓋がゆっくりと開けられる。
 そこには御神体であるソフトボール大の真っ白な球体があった。
 不思議な物体だった。石にしてはそれらしい模様や歪みはなく、白磁器のようだったが、これほど純白な陶磁器は見たことがなかった。
 そのとき演出なのか、雅楽の演奏が大きく盛り上がった。
 観客たちが競って携帯電話で写真を撮る音も聞こえた。
 真二は一瞬、白い球体が光を帯びたように感じた。


 銀河の某惑星系を起源にした宇宙文明。
 そこでは銀河内における同期活動知的生命探査プロジェクトが始まってから、地球年にしてすでに一万年が経とうとしていた。
 彼らはタイプⅡに達する高度な文明を持っていた。いくつもの惑星系に進出し、ブラックホールすらエネルギー源として活用可能にしていた。それにもかかわらず、いまだにコミュニケーションが取れるほど知性を持ったほかの生命体とめぐり合うことができないでいた。
 知的生命の存在を確認できなかったのではない。何千万年も前に隆盛を誇ったのち滅んだ知的生命の遺跡や、数億年もすれば高度な知性が生じそうな生命体は見つけられていた。しかし、現在の彼らと同時期に存在する知的生命には遭遇したことがなかったのだ。
 不老不死を手に入れていた彼らでも一万年は長すぎた。あまりに成果が出ないので探査計画を受け持つ宇宙生命科学議会の中でも計画の打ち切りが話し合われ、大半のプロジェクトが潰えていた。
 辛うじて残された探査プロジェクトは一つだけだった。
 およそ五千年前、ある信号を発信するプローブが銀河中に散布されていた。
 そのプローブには、電子を量子エンタングル状態で閉じ込めた素子がいくつも内包してあった。それに自然界ではあり得ない人為的な規則性を持った電磁波や音波を特定の強度で浴びせられると、素子は重ねあった量子を壊すデコヒーレンスを起こす構造になっていた。このエンタングルしてある量子はペアになっており、片方は探査プロジェクトチームが保管していた。散布した片方の素子の量子エンタングルが壊れたら、EPR相関によって距離に関係なく一瞬にして互いの状態が確定する。その変化を間接的ながら観測できる技術を彼らは開発していた。これにより量子エンタングルが壊れたプローブがある惑星には、一定の高い知性を持った生命体がいると推測できるという仕組みだった。
 その探査プロジェクトだけがまだ打ち切られていなかったのは、百年前にある惑星に到達したプローブの素子のいくつかの量子エンタングルが壊れたからだった。
 ただ、そこで途切れてしまっていた。継続していれば議会は調査隊の派遣を認めてくれたのだが、誤作動の可能性が拭えなかった。なにせこのプローブによって伝わるのは量子エンタングルが壊れたという事実だけで、ほかには何の情報も得られないのだ。
 それでも希望はあった。探査プロジェクトチームのリーダーは議会を説得し、調査隊の準備を整えて再び量子エンタングルが壊れることを待ってもらっていた。
 そして、待ちに待った反応を、百年ぶりに量子観測システムが拾ったのだ。
 今度は百年前に比べて量子エンタングルが壊れた素子が桁違いに多く、誤作動とは考えにくかった。リーダーが急ぎ議会に報告すると、プローブが破壊されたのではという意見も出た。しかし、あのプローブは非常に頑丈に作られていた。考えられるどのような自然現象でもプローブを壊すことはできない。むしろ壊せたらそれこそ高度な知性を持った生命の実在を示唆しているともいえた。
 議会から調査隊派遣の許可が下りた。
 リーダーは急いだ。
 信号が届いた惑星までは五千光年もあった。文明の盛衰は激しい。もたついていたら、その間にせっかく見つけた知的生命が滅んでしまうかもしれなかった。そういったことから調査隊はいつでも出発できるようにしてあった。
 調査隊の宇宙船は特殊なドライブシステムを積んでいた。時空そのものをゆがめることで宇宙船を転移させるのだ。それは五千光年をも瞬時に移動することができた。
 ただし、膨大なエネルギーが必要で、たった一回の往復に恒星質量ブラックホールをまるまる一つ消費した。これまでおいそれと調査隊を出せなかった理由はそこにあった。
 だが、もう躊躇はなかった。
 銀河で初めての出会いに期待して、リーダーを含めた調査隊が乗った宇宙船は目的の惑星へ転移した。
 ちなみにプローブは、その性質から頑丈で故障しない構造にしなければならなかったので、現地の電磁波などの受信能力は極端に低かった。それゆえに受信可能範囲まで知的生命体を近寄らせる必要があった。そこで知性があれば必ず興味を持つであろう、自然にはない完全なる真球の形状にしてあった。
 地球人の目から見れば、それは純白の球体だった。


 長い祈祷が終わった。
 真二は恥ずかしさもあってぐったりしていた。
 ここまでやらされたのだ。何でもいいからご縁が欲しい。真二は真面目に御神体の白い球に願った。
 そのとき観客がざわめきだした。
 様々な国の言語で「何だ、あれは」と口々に言った。
 みんな空を見ていた。
 真二も見上げた。
 正月の青い冬空に、巨大な宇宙船が現れていた。

(了)



八杉将司プロフィール


八杉将司既刊
『アンダー・ヘイヴン1
 首輪につながれた少年』