「ブライアン」八杉将司

(PDFバージョン:buraiann_yasugimasayosi
 それは中性子星が発する強力な電磁波ジェットに触れたのかもしれないし、巨大恒星による想定されていないほど強烈な恒星風のプラズマをかぶったのかもしれなかった。
 とにかく私が生活していた都市型の移民宇宙船は突然すべての機能が停止した。暗闇が訪れ、生命維持システムも故障する重大な事故が起きた。その後、火災や爆発が居住区画のあちこちから発生し、私たちは船から脱出しなければならなくなった。
 そして、私がたどり着いたのは、事故ポイントの数光年ほどの距離にあった恒星系の小さな惑星だった。そこは呼吸できる大気や海、自然があった。しかし、それだけだった。文明というものはなかった。元々私たちはすでに殖民が進み、社会基盤が整った惑星に向かう途中であり、こんな未開の惑星で生活するつもりはなかった。
 しかもである。自動航宙でここに着陸した脱出艇は、脱出したときから冬眠ベッドに致命的な故障があったらしく、乗っていた十数人のうち生き残っていたのは私だけだった。
 惑星内通信を試みたが、応答はなく、どうやらほかの脱出艇はたどり着くことすらできなかったようだ。
 脱出艇はここより遠くの星へ飛ぶだけの能力はなく、あとは救命信号を発して誰かがくるのを待つしかない。しかし、この広い宇宙では、たとえ受信して助けにきてくれても一体何十年かかることか。
 私は絶望した。
 食料や淡水化装置など生きていくための物資は積み込まれていたので、私一人だけなら半年ぐらいは生活していけた。その間にこの惑星で自活していく術を見出せばさらに長く生きていけるだろう。だけど、だからどうなのだ。おそらくここで一生を過ごすことになるのである。たった一人で。
 私は芝居役者だった。人前に立って演じ、物語を紡ぎ、それを見てもらうことをいわば使命として生きていた。
 しかし、何もかもを失った。着の身着のままで脱出艇に乗ったので大事にしていたものもすべてなくした。それだけではない。ここには観客がいない。いや、小さい貧乏劇団の役者だったからもとより客は数えるほどしかいなかったけど、それでも少しはいたのだ。ここには一人もいない。私は、一体何のために生きればいい。
 地面に仰向けに寝転がる。もうこのまま餓死してやろうと思った。
 陽がまぶしかった。横を向く。
 石ころが見えた。
 握りこぶしほどの白っぽい石ころだった。
 石というものがどのように形成されるか私は知らない。石の性質によってはねじれたり、割れたりしていろんな形になるのだろうと思う。
 とにかくその石ころは三ヶ所がえぐれていた。
 そのえぐれ方はまるで笑顔だった。
 人間が笑うように、目を細め、口を大きく開けて、笑っていた。
 見事なまでに笑顔で、人間でもここまで朗らかには笑わないだろうと思えるほどの笑顔で、私は思わず吹き出した。
 気持ちが少しほぐれた。
 しかし、ほぐれただけで、希望の光が見えたわけではない。笑ってるような石ころの隣で死ぬ気にはなれなかっただけである。
 私が乗ってきた脱出艇が、別の脱出艇の救命信号を受信したのは翌日のことだった。
 ここに流れ着いたのは自分だけかと思ったが、もしかしたらこれからやってくるのかもしれない。とりあえず今受信した脱出艇は徒歩でいけるほど近くに着陸したことがわかった。たくさんの人が乗っていることを期待しながら、なんとなく気に入った笑う石ころを手にしてその場所に向かった。
 見つけた脱出艇は小さかった。ところが、見つけたと同時に子供と思われる泣き声が聞こえた。
 慌てて探すと、小さな男の子と女の子がいた。五、六歳ぐらいだろうか。
 二人とも泣き喚いていた。親やほかに大人はいないのか見回したが、どうやらこの脱出艇にはこの子供たちしか乗せられなかったらしい。おそらく私の脱出艇と違って、脱出前に冬眠ベッドの故障が判明して無事だったのがこの子を乗せた二基だけだったのだろう。だからこの二人の子供だけでもと思って。
 結果、私に託されたわけか。
 とにかくまずは泣き止ませなければと必死にあやした。しかし、疲れ知らずに二人は泣き続けた。困りきった私は、持っている笑う石ころに話しかけた。
「なあ、ブライアン」と、私は笑う石ころを思いつきでそう名づけた。「おまえはいつも笑ってるな。ちょっとはこの二人を見習って泣いてみたらどうだ」
「ははは」
「笑い事じゃないんだぞ」
「ははは」
「他人事と思いやがって」
「ははは」
「ふざけやがって。こうなったら俺も笑ってやる。ははは」
「ははは」
「ははは」
「ははは」
「ははは……ほら、二人とも笑ってやれ。いつまでもこいつに笑われたくないだろう」
 女の子が涙目ながら、つられたようにぎこちなく笑い出した。しかし、男の子は笑わなかった。
 私はブライアンを男の子の前に差し出しながら言った。
「どうした。ほら、こいつに笑い返してやれ」
「だってつまんないのに笑えない」
「……そうか、つまんなかったか……」
 こんな小さな子供に自分の即興芝居をつまらないと言われるのはなかなか辛い。とはいえ男の子は泣くのをやめていた。女の子が泣き止んだので自分がいつまでも泣いていられないと思ったのだろう。
 これで次の行動ができる。私は積み込まれていた物資を確認し、私と二人の子供が生活していける環境を整えることにした。テントを張り、ソーラー発電システムを働かせ、食料の整理などをした。
 その後、着陸してきた脱出艇はなかった。
 どうやら私が親となり、二人を育てるしかなさそうだった。
 なぜか死のうという考えは浮かばなかった。相変わらず希望があるわけではない。それはこの二人の子もそうだ。こんな何もないところで成長して大人になったところで輝かしい未来などない。だが、私はこの子たちと生きることにした。あの石ころのせいかもしれない。あの笑っている顔を見ると、絶望している自分がバカらしく思えてくるのだ。
 子供が乗せられていた脱出艇にはサバイバル用の緊急物資だけではなく、作業用ロボットや教育プログラムが収められた電子ブックも載せられていた。子供を育ててくれる誰かのために入れたのだろう。それはいいのだけど、私は一介のしがない役者に過ぎず、知識豊富な技術者や学校の先生ではない。
 しかし、そうも言っていられない。人手が欲しかった。これから何年も生きていくにはある程度しっかりした住居がいる。一人では難しかった。積まれていた作業用ロボットが動けば助かる。専門用語だらけの組み立て解説書は私にとって意味不明な代物だったが、根気よく一文一文を時間かけて読み、わからない用語や数式については教育用の電子ブックで勉強し、二人の子供の世話をしながら、何ヶ月もかかって一体の人型ロボットを完成させた。
 そのロボットには顔がなかった。目や耳に相当するセンサー類は胴体部にあるので人間のような頭がいらなかったのだ。しかし、どうも味気なかったので、ブライアンを頭部に乗せ、ずいぶん小さいながらも頭をつけた。ロボットはプログラムされた動きしかできなかったが、いつも笑っているので何をやらせても楽しそうに見えた。おかげで二人の子供はロボットに懐いた。
 またロボットを製作するにあたって勉強もしたので、ある程度の電子技術は覚えられたし、子供たちに知識を教える先生の真似事もいくらかできそうな自信がついた。
 ロボットになったブライアンの助けを借りて風雨に耐えられる家を建て、この惑星の植生を調べて食べられるものを見つけ、畑を耕して収穫できるようにした。三人の人間が生きていくにはそれほど困らないまでになった。
 それでも楽にはなれない。未来への希望がどうしても見出せず、ふと深刻に考え込み、ふさぎこむことはよくあった。子供二人がいるのでしっかりしなければと思うのだが、絶望の火種が消えることはない。二人の子供も子供ながら不安があるのだろう。毎日のように二人は喧嘩を繰り返していた。私もブライアンの笑顔がときにうざったく思えて八つ当たりしたことも数知れない。
 それでも私たちはブライアンと共に生きた。
 子供たちは成長し、幸い大病もなく健康な大人へと育った。
 そして、赤ん坊が生まれた。
 私の子ではない。子供だった二人が自分たちで赤ん坊を生んだのだ。私が取り上げた。男の子だった。あれだけ喧嘩ばかりしていたのにと思うが、そんなものなのだろう。
 とにかく私は喜んだ。自分の孫ができたような気分だった。
 それから二人はたくさん生んだ。毎年一人は出産した。双子もできたりして、結局十二人の「孫」ができた。
 まあ、娯楽が少なかったからかもしれない。
 とにかくおかげでにぎやかになった。私は孫たちのために、芝居の知識をブライアンの動作プログラムに入れた。しゃべる機能はなかったのでパントマイムしかできなかったが、それでも充分に孫を楽しませることができた。
 そのようにして彼はいつも家族の中心にいて、誰にでも公平に笑顔を振りまいた。
 やがて孫たちも立派に成長していった。
 だが、ここで問題が生じた。近親なので子供を作ることができない。できなくはないが、非常に危険だった。しかし、この惑星のどこを探しても自分たち以外に人類は存在しなかった。
 この問題を孫たちは自分で解決しようとした。
 私が教えた知識を生かし、二隻の脱出艇を組み合わせて改造し始めたのだ。冬眠ベッドを修理し、かなりの長距離な恒星間航宙も可能なまでに動力をパワーアップさせた。これほどの比推力であれば、おそらく本来私たちが目指していた植民地の惑星まで届くだろう。
 それは驚くべきことだった。私の知識と技術だけではとてもここまではできない。孫たちが力を合わせた結果だった。
 そして、孫たちが旅立つ日。
 私は惑星に残った。
 もう年老いていた。そう長くはないだろう。その植民地の惑星に到着する前に寿命が尽きそうだった。
 しかし、晴れやかな気持ちだった。生きていてよかったと、心の底から思っていた。十二人の孫たちと、孫たちが作り上げた宇宙船は誇りだった。
 両親の二人は残るという。私は反対したが、頑固なまでに残ると言い張った。それを覆すほどの力は老いた私にはなかった。
 これでまた脱出艇でここに漂着したあのときと同じになる。
 しかし、あのときとは違う。
 孫たちは必ず帰ってくるという。ここは大切な故郷だから。親の顔を見たいから。
 また私との再会も孫たちは望んでいた。
 だが、残念ながらそのとき私はもう生きていないだろう。
 それでも悔いはない。私はこれから孫たちの将来に想いを馳せることができるのだ。きっと満足な死を迎えられる。絶望して死のうとしたあのときとはまったく違う。
 宇宙船が離陸する。輝かしい光を放ち、空へと飛んでいく。
 両親は泣きながら去りゆく光芒に手を振った。
 ブライアンはあの宇宙船を改造する電子部品の不足を補うために体をばらされていた。
 もう今はただの石ころでしかない。
 それは私の手の中にあり、私と一緒に満面の笑顔で孫たちを見送っていた。

 (了)



八杉将司プロフィール


八杉将司既刊
『光を忘れた星で』