「収穫の日」大梅 健太郎


(PDFバージョン:shuukakunohi_ooumekenntarou
 ある小山の中腹に、真っ白い直方体の外見をしたA研究所があった。その一室で綺麗に洗濯されたばかりの白衣をひるがえし、博士が言った。
「ついに、新しい発明を完成させたぞ」
 研究所の床拭き掃除をしたばかりで薄汚れた白衣に身を包んだ助手は、博士が手にもっている白熱電球のお化けのようなものを見て、ため息をついた。いつも博士は変なものを発明しては、助手に迷惑をかける。ついさっきも、金魚を空に飛ばす機械が故障し、あたりにぶちまけられた水槽の水を拭いていたところだった。
「また、わけのわからんもんをつくったのですか」
 ふふん、と博士はわざとらしく笑った。
「世界の園芸業界に新風を巻き起こす、画期的発明と言えるかもだぞ」
「金魚が空を飛んでも、観賞魚業界に新風は巻き起こりませんでしたよ」
 助手の言葉には返事もせずに、ちゃらららん、と博士は効果音を口ずさんだ。
「植物成長促進ライト!」
 スイカ一玉はありそうな電球を、博士は助手に向かって突き出した。むしろその形状が発明と言っても差し支えなさそうな感じだ。
「その馬鹿デカい、絶滅危惧種と言っていい白熱電球がですか?」
 うんうんとうなずいて、博士は指をさす。
「ほれ、そこのヒマワリの苗を取ってくれたまえ」
「これですか」
 そういえば、最近急に研究所内で博士が色んな種を蒔いてたなと助手は思いながら、ヒマワリの苗が植わっているビニール製の小さな鉢を拾い上げ、博士に渡した。
「これを、この培養液の中に浸して、しっかりと固定するっと」
 培養液が入っている容器は、ちょっとした子供用のビニールプールサイズよりも遙かに大きく、深かった。
「鉢が沈んでしまいません?」
「完全に冠水してしまうくらいがよいのだ」
 博士は、ちゃぷんと音を立ててヒマワリの苗を培養液に沈めた。
「しっかりと固定しないとな。これから短時間で2メートル位まで伸びるんだぞ」
「2メートル。短時間でそんなことありえますかね」
 半信半疑になりながらも、助手はあれこれうるさい博士の指示通りに、スタンドにライトを引っかけて、ヒマワリの苗の上にかざす。
「ほれ。ライトのスイッチを押させてやろう」
 博士は助手に、小さなリモコンスイッチを渡した。助手はスイッチをオンにすると、赤と青とが斑に混じり合う、なんとも不気味な光が照らした。そして、苗がぷるっと震えたかと思うと、次々に葉が出始めた。先端はすぐに培養液の液面から伸び上がる。
「うわ、これはすごい」
 カメラの早回しのように、目の前でぐんぐんとヒマワリが成長していく。それと同時に、鉢から太い根がはみ出し、ぎゅうぎゅう音を立てて培養液が減っていった。
 本当にあっと言う間に、ヒマワリは二メートルくらいに伸び、花が咲いた。
「はい、ゴールだ。スイッチを切ってくれ」
 助手がライトのスイッチを切ると、そこでヒマワリの成長はとまった。
「信じられません」
 目の前にそびえるヒマワリを、助手は見上げた。
「君の目は節穴かね。何を見ていたのだ」
 助手は瞼をこすりながら言った。
「いやだって、ここまで成長するのに十分もたってないんじゃないですかね」助手は太くなったヒマワリの茎を握って言った。「幻でもない。夢を見ている気分ですよ」
「夢かどうか、殴って差し上げようかね」
 博士は恭しく握り拳をかまえた。
「いえ、遠慮させていただきます」助手は茎をゆすりながら続けた。「どんな植物でもこんな風になるんですか」
「そうだな。三十分もあれば、だいたいの一年生草本植物は成長しきるかな」
「いや、これは近年まれにみる大発明ですよ。博士にあるまじきことです」
 博士は自慢げにふんぞり返り、エヘンと咳払いした。
「これ、どういった仕組みなんですか」
「それは、トップシークレットだ。いかに助手とはいえ、簡単には教えてやらん」
 博士は成長したヒマワリを横によけると、今度はイネの苗をもってきた。
「双子葉類だけでなく、単子葉類でも試してみよう」
 先ほどと同じようにして苗を固定し、ライトの光をあてる。すると、みるみるうちにイネは成長し、稲穂をつけた。
「あ。失敗したかもしれん」
 博士が舌を打つ。
「ちゃんと、綺麗な稲穂ができてますよ」
「触ってみなさい」
 言われるままに助手が稲穂を触ると、ぺこんと潰れた。中はスカスカのようだ。
「あれ。米ができてないですね」
 博士も稲穂を握りしめ、ライトを見上げた。
「成長が早すぎて、受粉するヒマがなかったのだろうか」
「なかなか難しいですね」
「食用作物への応用は厳しいのかもしれん」
 博士は次にソラマメの苗を引っ張りだしてきて、成長促進ライトをあてた。ソラマメもみるみるうちに花を咲かせ、甘い芳香がしたかと思うと、次々に豆の莢ができた。
「外見は立派なソラマメだけど」
 莢を収穫して開くと、中には本当に小さな粒が三つ入っているだけだった。
「ああ、やっぱりか」
「どういうことです?」
 あくまで推測だがな、と博士は前置きして言った。「恐らく、自家受粉しても花粉管が伸びる前に果実が成長してしまって、受精できずに種子になれなかったんだろうな」
 なるほど、と助手はうなずいた。「つまり、可食部分が種子の作物は、この成長促進ライトの恩恵を受けられないってことですかね」
「そうなるな。種なしブドウとかには最適かもしれんが」
「ああ、デラウェアは美味いですよね」
「でも、多年生木本植物も、このライトには向いていないんだ」
「そういえば、さっきから実験材料はすべて苗ですね。なぜですか」
「聞いてばかりじゃなくて、ちゃんと理由を考えたまえ。そうでないといつまでもキミは助手のままで、研究所の床拭き掃除ばかりだぞ」
「床の拭き掃除をしてるのは、博士の空飛ぶ金魚のせいですよ」
「それはさておき」博士は大きく伸びをしてから言った。「つくるなら、葉っぱを直接食べるような作物がベストなのかもしれん」
「でも、どうでしょうかね」
 助手が、首をひねりながら言った。
「どうって、何が」
 博士の眉間に皺が寄る。
「成長促進ライトで無理矢理急激に成長させた野菜を、一般消費者は受け入れてくれるんですかね」
「ん?」
「だって、無農薬で有機農法で遺伝子組換えでない野菜がもてはやされてるんですよ、今の世の中」
「無農薬で遺伝子組換えではないぞ、これ。害虫にやられるよりも先に成長するくらいなんだから」
「ものの数分で収穫されるような作物って、胡散臭くないですか」
「そうかな」博士は頭をポリポリ掻いた。「既存の植物工場の赤色LEDによる成長促進効果と、なんら変わらないと思うがな」
「成長速度がケタ違いです」助手はソラマメの葉を一枚ちぎって言った。「やっぱり、食べるという行為が絡むと嫌なんじゃないですかね」
「むむ」博士は肩を落とし、ため息をついた。「どうせ食ったら何でも分解されてしまうんだから、いいじゃないか」
「そうもいかないみたいですよ、世の中。ですから食べ物以外、つまりバイオエタノールの原料になるようなものだとどうですかね」
 助手は大きく身振り手振りをし、サトウキビを表現した。
「サトウキビねぇ」博士は実験器具棚のところに行き、ビーカーを手に取った。「この培養液の原料って何か想像できたかね?」
 そのまま培養液をビーカーに掬い、助手の前に突き出す。うっすらと青みを帯びた液体は、光を反射して輝いている。
「培養液っていうくらいですから、窒素とか無機栄養分だけでなく、何らかの有機栄養分も含んでいるんでしょうね」
 ビーカーの壁面に映る自分の顔を見ながら、助手は言った。
「よくわかったな。スクロースとグルコースを浸透圧調整して、大量に溶かしこんでる」
「それって、べたべたに甘いんじゃ」
「舐めてみたまえ」
 博士は培養液に指を浸し、ぺろりと舐めてみせた。
 助手もおそるおそる真似してみると、しっかりと甘かった。
「まるでかき氷のブルーハワイ」
 そういうこと、と言って博士はビーカーの中の培養液をソラマメの根本にかけた。
「根っこからスクロースを大量に吸わせて、急速に成長させる」
「そして成長した植物体を収穫して、発酵させてバイオエタノールをつくる、というわけです」
「それって、培養液のスクロースをそのまま発酵させた方が効率よくないか」
「確かに、無駄の極みですね」
 助手は、ぽんと手を打った。
「ああ、これでなんとなくメカニズムがわかりました。成長促進ライトが、細胞分裂速度を加速し、足りない栄養分を根から強制的に取りこませるってことですかね」
「ご明算」博士はうなずくと、ソラマメの鉢を培養液から取り出した。「細胞壁の合成速度をライトの力で励起して、限界以上まで引き上げているのだ」
「限界以上」
「そう。なので、爆発的に成長する感じとなる」
「あれ」助手の背中に冷やりとした感覚が走る。「細胞壁の合成速度が速まる。それって、植物だけのことですかね。菌類や細菌類も細胞壁をもってるんじゃなかったでしたっけ」
 助手は急に咳きこんだ。
「へ、変な病気が蔓延することになりかねません?」
 博士は、何を馬鹿なことを、と言って笑った。
「大丈夫、そもそも構造が違う。植物の細胞壁はセルロースでできているが、菌類・細菌類の細胞壁はペプチドグリカンだから。この培養液では体をつくりきれない」
「でも、なんだか気分が悪いですよ」
「気のせいだ。ちなみに、多年生木本植物の細胞壁にとって重要なリグニンの合成にも効果がない。つまり、せっかく成長促進しても体が硬くなりきれずに、枝や幹が折れてしまうってことだ」
「藻類に、人食い藻って言われるヤツがいた気がするんですが」
「フィエステリアのこと?」
「そう、それです。あれが爆発的に増えたら」
「あれはアメリカの東海岸にしかいないから大丈夫だ」
「そのへんに、アメリカから輸入したものを置いてませんでしたっけ」
「心配しすぎだ。面倒くさい奴だな」
 博士は助手の頭をぽこんと叩いた。
「気分転換に、ハーブでもつくってティータイムにしよう」
「わかりましたよ。それでは、気分転換にシソでもつくりましょうかね」
「シソってハーブか?」
「似たようなもんでしょ。シソジュースが飲みたくなったんです。スカッと爽やかになりたいんです」
 助手はたくさんの植物の苗を置いているところから、シソをとってきた。そしてスイッチを入れ、培養液プールに苗の鉢を沈める。
「手順が逆だぞ」
「どっちが先でもいいでしょ」
 ばしゃばしゃと水しぶきをたてながら、培養液プールの底にシソの苗を沈める。そして勢いよく成長したシソが、助手のアゴを強打した。
「痛っ」
 はずみでバランスを崩し、助手はそのまま培養液のプールの中に落ちこんでしまった。
「なにしてんだ」
 博士が笑いながら助手を引っ張り出そうと手を伸ばした瞬間、助手の全身が白い綿のようなものに包まれた。
「え」
 ぬるっとした感触に、博士は手を滑らせた。再び助手は培養液に横倒しになる。すっと、博士の血の気が引いた。
「ミズカビか!」
 ミズカビは、カビという名がついているが、卵菌という藻類に近い生物の一種だ。
 真っ白な毛の生えた生物のようになった助手は、プールの中で苦しそうにもがいている。博士は慌ててプールに身を乗り出し、助手を抱える。今度は注意深く掴んだので、滑らなかった。しかし、助手に触れたところから、白いミズカビが一気に博士に伝染してくる。培養液のしぶきが、ミズカビにみるみる吸いこまれていく。
「まずい。ライトを切らないと」
 気づいたときには遅かった。ほとんど全身にミズカビがはえた博士は、足を滑らせて床に転がってしまった。上から容赦なく照りつけるライトの明かりを受け、ミズカビは二重三重に博士を包みこむ。染みこんだ培養液を追うように鼻から口から、そして目からミズカビが身体の中へと増殖していった。
 博士は息ができない苦しみにもがきながらも、なんとか立ち上がった。しかし、すぐにミズカビのぬるぬるに足をとられ、激しく転倒した。
「ミズカビの細胞壁も、セルロースからできてるんだな。こりゃ知らなかった。それにしても、成長促進されすぎだろ」
 意識が遠くなる中、助手の汚い白衣が思い浮かぶ。掃除の後は白衣を着替えて、しっかりと洗濯するように指導しておくべきだったなと思った。あの金魚鉢の中には微生物もいっぱいいたはずだ。ミズカビのような……。

(了)



大梅健太郎プロフィール