「猪風来(いふうらい)――縄文の鼓動」関 竜司

(PDFバージョン:ifuurai_sekiryuuji
 2017年8月11日、筆者は岡山県新見市法曽にある猪風来美術館を訪れた。縄文アーティスト・猪風来(いふうらい)の土器彫刻(「縄文スパイラルアート」)を見るためだ。
 青年時代、縄文土器の破片に感動し、縄文土器の復元に熱中した猪風来は1986年、北海道石狩に居を移し、本格的な創作縄文土器、土偶の制作をはじめる。以降、国内外で精力的に活動し、数多くのギャラリー・展覧会に招かれ、高い評価を獲得し、特に近年ではNHKの番組でハート型土偶や遮光器土偶を再現し、一躍脚光をあびた。(現在、縄文人のやり方で、縄文土器が焼けるのは猪風来ただ一人だ)。2005年、岡山県新見に猪風来美術館を開館したのを機に岡山に活動の拠点を移し、現在も多産な活動を続けている。
 猪風来はいう。
「文明都市に寄生している現代芸術は、力を失いつつある。閉塞した現代芸術シーンに豊饒なる魂のデザインが復活する。それが『縄文スパイラル』である」
 太古人間は、自然の繰り返し(スパイラル)に身をゆだねてきた。繰り返しの中でのみ生命の維持・発展は、可能だからだ。古代から人間は、星辰の動きを観測し、季節の変化を察知し、農業や漁労に生かしてきた。狩猟の際の罠のかけ方、どの季節に何が取れるかまで古代人の自然のサイクルに対する感覚は、現代人のそれとは比較にならないほど鋭い。特に縄文人の自然のリズムに対する繊細さは鋭敏だ。
 しかし近代以降(特に蒸気機関の発明以降)、私たちの生活は季節に影響されない、言い換えれば自然環境に左右されない繰り返しへと変わっていった。電気の発明は昼と夜の区別をなくし、鉄道や車は大地の起伏を、クーラーやエアコンは四季の移ろいを平板化した。文明の発展によって箱庭的生活を送っている私たちは、五感によって感じる力を、身の回りの世界に対する感受性を著しく減退させている。猪風来は今一度、縄文人の魂に立ち戻り、文明の中で失われたナマの感覚を取りもどそうとする。猪風来のアートの豊饒さはそこに由来する。
 縄文土器に高い芸術性を見出し喧伝したのは、岡本太郎だった。岡本は縄文土器の中に激しい緊張感と超自然的激越を認め、そこに人間性への根源的な感動と信頼感を見出したのだった(「縄文土器論」(1952))。縄文芸術にインスパイアされた岡本にとって、まさに芸術は爆発であるべきだった。
 縄文土器に魂のスパークと生命のエネルギーを感じる猪風来も、やはり岡本と同じ感動を共有している。しかし猪風来はさらにそこから一歩進めて、縄文人が感じていた自然のリズムや細やかな神経にまで同化しようとする。縄文人と同化した猪風来の感性は、自然という生命のリズムから形態が生まれてくる一瞬、一刹那をとらえる。それは自然から文様や文化が生まれてくる一瞬であるとも言っていい。
 とりわけ猪風来美術館第五展示室(「森羅万象」)は、猪風来の芸術的感性が体現された圧巻の空間だ。「縄文の太陽」「縄文の月」という巨大なレリーフは、雲海から太陽や月が、神として(人間に恩恵を与えるものとして)現れた瞬間を表現している。力強く格子状に文様化された太陽や月は、かつてそれらが呪術的存在であり、まさにそれゆえにこそ人間精神と不即不離のものであったことを実感させる。
「黒潮の海」というインスタレーションも、海が恵みをもたらす豊饒さとして、人間と自然が恵みを分かち合うフィールドとして認識された瞬間を表現している。波の荒々しさ、ダイナミズムを体感できる優れたインスタレーションだ。
 また猪風来の代表作に「叫魂華」という鬼の像があるが、これも文明化された異形なる身体が自然に帰る一瞬を表現している。
 猪風来のアートが力強い太古のエネルギーを感じさせるとともに、アートとして非常に高い洗練された完成度をもっているのは、人間の美意識が発露する瞬間を捉えているからだ。
 現在、猪風来に触発される形で多くの若手アーティストが縄文アートに注目している。2017年にはクール・ジャパンの一環としてクアラルンプールで「アーツ・オブ・ジョウモン(Arts of JOMON)」展が開かれ、縄文アートは海外からも高く評価された。その中には猪風来の愛弟子、村上原野の作品も含まれる。
 とりわけこれら若いアーティストたちは、たんに縄文芸術にインスパイアされるだけでなく、それを現代的視点から捉え返し、深い人間理解へとつなげている点でも非常に示唆的だ。その結果生まれたアートは、どこかSFを思わせる。

 太古のリズム、鼓動がアーティストたちを揺さぶっている。

(2017・8・18)

(リンク)
 猪風来美術館
 猪風来美術館 展示情報
 アーツ・オブ・ジョウモン(Arts of JOMON)



関竜司プロフィール


関竜司 参加作品
『しずおかの文化新書9
しずおかSF 異次元への扉
~SF作品に見る魅惑の静岡県~』