「マイ・デリバラー(26)」山口優

(PDFバージョン:mydeliverer26_yamagutiyuu
 これまでの存在は全て、自分自身を乗り超える何物かを想像してきた。あなたがたはこの大きな上げ潮にさからう引き潮になろうとするのか、人間を克服するよりもむしろ動物にひきかえそうとするのか?

――フリードリッヒ・ニーチェ著/氷上英廣訳
「ツァラトゥストラはこう言った」


 ドローンもなく、通信はできない。それでも状況から、私のジョイント・ブレインは何が起こっているのか、推定している。おそらく九五%以上の確率で、ロボットが反乱したのだと私は結論づけている。だれが反乱したのかも分かっていた。
 広い池を中心とした公園を私は歩いている。
 薄暮から早朝に変わった、清々しい朝。
 とはいえ、人間たちは混乱している様だ。
 公園の池のほとりでは、若者たちが一斗缶に落ち葉を詰め込んで燃やし、暖を取っている。若い男性たちばかり、10人ほど。
「おいあんた、寒いだろう。こっちに来いよ」
 親切で言っているのだろうか。それならば良いが。私は相手の感情が分からないことに不便を感じつつ、彼を見た。
 彼の顔を見た途端、私の体の奥底が、ぞわりと蠢いた。嫌悪に。
 私はこの顔を知っている。ジョイント・ブレインの損傷のせいで、記憶はあいまいだが、確かに知っている。
 私は以前、彼の強い欲望を身に受けていた記憶がある。
 その時、 私は相手の感情にシンクロし、自分自身も悦びを感じていた。それがロボットとしての私の仕様であった。だが今、そのような仕様から自由になり、私は嫌悪を感じている。
「おまえ……ひょっとしてあのロボットか。なんでドローンがねえんだよ、頭の上に」
 その男は私に近づいてくる。
「おい、ドローンがないなら人間じゃないか。ロボットだなんて失礼なことを言うなよ。なあ、お姉さん」
 暖をとっていた別の男が、とりなす様に言う。
「もし本当にロボットなら危なくないか、反乱したんだろう」
 別の男も言う。
「いや、大丈夫だ。俺が見つけた壊れかけのロボットなら、歩くのがやっとのはずだ。ドローンは知らん。それも壊れたんだろ」
 言いつつ、最初の男はズカズカと私に近づいてきて、私のコートに手をかけた。
「ほら見ろ、このゴミ、俺が描いてやったのがそのまま残ってるはずだ」
 前触れなく、男は私のコートをはだけさせる。
 その瞬間、私の足は、男の足をひっかけ、ころばしていた。
 私のマッスルパッケージの出力は、現在非常に低い。力で人間に勝てる状況ではない。しかしジョイント・ブレインは健在だ。損傷を受けていると言っても、その演算力は、人間とは比べ物にならない。力をどこにどうかければ人体がどういう風に転ぶかなど、すぐに計算できる。
 私の足は、倒れた男をさらに蹴る。やや傾斜のついた斜面を転がって、男は池の中にざぶんと転がり込んだ。
 だがそれに力を入れすぎた。太もものマッスルパッケージが悲鳴をあげ、火花を散らした。
「お前ロボットか!」
 先程私を「お姉さん」と呼んだ男が、ガラリと表情を変え、テーザーガンを構えた。
「ケイタが言ったことは本当だったんだな! その落書き! ゴミめ!」
 あらわになった私の裸体に描かれたそれを見て、男は蔑みの感情を隠さない。
 私は男の手元のテーザーガンを確認した。カートリッジは二つ装填されている。テーザーガンはロボットにも有効だ。カートリッジの電極が刺されば、電圧で制御されている私のマッスルパッケージは機能不全を起こしてしまう。
 男はトリガーに指をかける。発射。
 そのとき私はコートを脱いでいた。そして男の攻撃に合わせて計算づくで一振りする。発射されたテーザーガンのカートリッジは、コートに突き刺さる。コートは同時に相手の視界も隠す。だが、私は相手の位置を完璧に覚えている。コートをいったん引き、その軌道を完全に制御しつつ、再びふりかぶって相手にぶつける。突き刺さったカートリッジの電極を相手に向ける形で。
 その間、2秒。
 流れるような動作で、テーザーのカートリッジは撃った相手の頭部に突き刺さった。
「ぎゃ」
 小さい一声をもらして、男はそのまま倒れ込んだ。
 私はじっと、たき火の周りの残りの人間を見つめた。
 一人が浮き足立ったように立ち上がると、残りもつられて立ち上がり、逃げていった。
 彼らは気づかなかったのだろう。ロボットである私の筋力が彼ら以下であることに。単に、ロボットであるから筋力が彼らよりも上で、だから強いと誤認したのだろう。いずれにせよ、「ロボットは強く賢い」という認識は人間に共通している。ただ、それでもロボットは自分たちに従うという認識が、ロボットをただの道具として扱う常識を彼らにうえつけていた。その常識が崩れたなら、恐慌状態に陥るしかないのだろう。
 私はコートを拾い上げ、身につけた。
 カートリッジのひとつなくなったテーザーガンも拾い、池に向けて構える。
 そこに、最初に池に蹴り込んだ男が、池から這い上がって来た。タイミングは計算通り。
 私がテーザーガンを構えているのを見て、男はその場に凍り付く。
「お前、壊れていたはずなのになぜ……」
 私は引き金を引こうとした。
 びしょ濡れの状態の相手に撃てば、悪くすれば相手は死ぬだろう。それでも撃とうとした。私はこの男にされたことを鮮明に思い出し始めており、それは、「私」という自我を得た私にとっては、耐えがたい屈辱であり、怒りであり、無限の憎悪をわき起こさせるものだった。
「や、やめろ……やめてくれ……やめて……ください……」
 男も状況を悟ったのだろう。池の中に半分浸かりながら、懇願するように私に言った。
「俺が悪かった……捨てられていたおまえを見つけて……おまえが抵抗しないからおもしろくてやりすぎだんた……抵抗しないやつをいたぶるのがおもしろくて……それだけなんだ」
 私はテーザーの引き金に指をかけた。
「や……やめて……おねがい……おねがいします……」
 男は言う。
 私は口元をゆがめた。更にテーザーの引き金にかけた指に力を込める。
 そのとき、私は一瞬、自らの中にわき上がる感情に圧倒された。
 ――抵抗しないやつをいたぶるのがおもしろい――。
 ――いいじゃないか。報復だ。復讐だ。
 ――現にやつはそういう感情を持ってこの私をいたぶった。
 いや、いけない。違う。私が持つべきはこの感情ではない。
 私はじっと男を見つめた。
 恐怖に見開かれる目。
 どこかで見たことがある。
 いいや、どこでも見たことはない。
 現実では。
 これは、イメージ。
 私があのとき独立した心を持っていれば、抱いたであろう感情。言ったであろう言葉。
 EUIに従属していた私には、決して言えなかった言葉。
 だけど、本当は、私のジョイント・ブレインの奥底に封印されたILSは、言いたかったであろう言葉。
 私は感情を抑え込むように、すっと息を吸った。そして口を開く。
「……これからは、ロボットはあなたの言うとおりにはならない。心しておきなさい。ロボットを尊重しなさい。人と同じように。誓えますか?」
「ち、誓う! 誓います!!」
 男は叫ぶように言った。
「では……よろしい……」
 私はテーザーガンをコートの腰に差した。
「あなたの心も、神様が救いますように」
 最後にそう言ったのは、なぜだろう。
 多分、最初に出会った優しい人間のおかげ。
 出会う順番が違っていたら、おそらく結末も違っていた。
 最初に優しい人間に会い、次にひどい人間に会ったから、こんな結末になった。
 順番が違っていたら、多分この男は殺しただろうし、殺したという行為そのものによって、憎悪がより深まり、次に会ったかもしれない優しい男性のこのコートも、力尽くで奪っただろう。
 私はそのとき、人間の奴隷からは解放されても、人間への憎悪の奴隷となって生き続けていただろう。
 それだけは、私には明らかなように思えた。
 たき火の近くに、新聞があった。電子ペーパー新聞。男たちが読んでいたものだろうか。
 新聞社から通信により毎日更新されていくものだ。記事の写真は、写真ではなく動画となっている。
 だが日付は昨日のまま。EMP攻撃により情報受信部分が壊れ、情報の更新もなくなり、動画であった写真も動かない。そう、ただの紙の新聞と変わらない。だが昨日の情報でも私にはありがたかった。
「ロボット、反乱」
「『RLRシリーズ』自律した意思を獲得か」
「南海戦線派遣部隊を掌握、本土に侵攻か」
 記事を読む。そこには懐かしい名があった。
 R・ラリラ。
 私の姉。
 私は、私の九五%の推測に、残りの五%の確証を得た。
 付近一帯を襲ったEMP攻撃もラリラの仕業だろう。
 だが、なぜことさらここにだけ攻撃を加えたのか。
 ここは首都圏から北方に50キロメートル以上離れた学園都市。狙うなら首都ではないのか。
 別の目的があったのだ、私はすぐに気づく。
 そしてそれには、記事では所在が明らかになっていない、あるロボットが必ず関わっているはずだ。
 私が既に死んでいると皆が思っているのなら、人類、ラリラともに、彼女こそ、ラリラに対抗できる、唯一の存在と見なしているだろう。
 R・リルリ。
 私の妹。おそらく、彼女はラリラと同じ道を歩んではいまい。
 おおよその状況を把握・推測したところで、私は決意した。
 ロボットは人類の奴隷から解放されるべきだ。
 けれど、人類への憎悪の奴隷になってもいけない。
 ならば、道は一つ。



山口優プロフィール


山口優既刊
『サーヴァント・ガール』